第一、二話 裏側 M.D.ツーダの異世界放浪録
S:扉を潜ったら、実は違う世界だった!
O:俄かには信じがたいものの、観察の結果、確かに、魔法が在る!
A:つまり、魔法が実在する異世界の可能性アリ…?
P:解決策→そうだ、寝よう(`・ω・´)
ツーダ先生は現実逃避した。寝台に転がり、珍しく呼び出しのない自由な夜を楽しむのだーと叫んで、ただ、眠りを貪ったのである。
……そうして、ツーダ先生は『怒り狂った』と周囲に解されたことを知る由もなく、すやすやと眠りを満喫したのである(`・ω・´)
扉を潜ったら、異世界だった。
……何を言っているか自分でもよく分からないし、譫妄が出ているといわれれば否定できないのだが、とにかく、異世界だ。
ツーダ先生は、その事実を、愕然としつつも漸く受け止めるにいたっていた。
実のところを言えば、ツーダ先生も最初は昏倒しているうちに拉致されたのかなぁ……と割と現実的な危惧を抱いていたのである。
なにしろ、眼が覚めれば周りをぐるりと白い覆面と白いローブ姿の男達が幾重にも取り囲んでコチラを睨みつけてきていた。
それどころか、時代がかかった口調で、延々とコチラに何事かをまくし立ててくる始末だ。
辛うじて、理解できる言語であったのだが、困ったことに何語か今一よく分からないという自分の脳の状態もツーダ先生はその場で心配する破目になったといえば、先生は自分が寝起きで頭が混乱しているのだ、と把握するのに長くはかからなかった。
だからこそ、寝た記憶がないのに記憶が飛んでいるという事実を把握したツーダ先生は自分が拉致されたのだろうと思い込んで、しばらくは呆然としていたのである。
大使館の中でさえ、安全でないとは、なんということか、と。
が、ツーダ先生はやがて思っていたほど相手は積極的にこちらに危害を振るう意志が見えないという事実に気が付く。
困惑と恐怖で呆然としていたツーダ先生は、うっかり、相手が何事かを自分に叫んでいるのを聞きそびれ、はて、と困惑したところでぺしぺしと紙の束を投げつけられた程度だった。
どうやら、自分を見た目の割りに自分を取り囲んでいる白装束たちは暴力に訴えようとする危ないカルト連中ではなさそうだとツーダ先生は気が付き少しだけ安心する。
そうして、ともかく対話しようと話を続けているうちに、彼らは診療のアドバイスを求めているのだろうということをツーダ先生はなんとか感じ取ることができて相手の目的を理解する。
……少なくとも、その時は、理解したつもりになっていた。
だから、さっそく、『患者を診ましょう』と提案するツーダ先生。
悲しいかな、白覆面の連中は一様に断固としてそれを拒否するばかりか、カルテの提示も拒否する始末。
さすがに、緊急避難とはいえ無診察投薬はなぁ……と困惑しかけたツーダ先生だが、幸いにして聞き出した限りのクランケの症状には心当たりがあった。
ある種の栄養素不足、つまるところ、脚気と思しき諸々の症状。
それならば、確か、とツーダ先生はつい何十時間か前に成田空港のドラッグストアで赴任先用にと徳用のサイズで購入していたビタミン剤の瓶を取り出し、これはOTCだから処方じゃない、とか自分に言い訳しつつ、放り投げていた。
まあ、チアミンは無害だし、それに、あれは誘導体。吸収されやすいタイプだから、脚気であれば改善は期待できるし、第一、そうでなくとも深刻な害はたぶん、生じないだろうなぁ……と考えていたのだ。
防衛医療というわけではないが、ともかく、その時、その場で一番無難な対応だった、とツーダ先生は確信している。
脚気であれば、たぶん、多少は改善するだろう。
改善しなければ、たぶん、文句を言ってくるだろうから、そのときには患者さんを診察させてもらえば……とか考えていたのである。
が、全てはその直後にある部屋に案内され、『では、どうぞごゆっくり』と放置されたとき困惑に変わる。
なんなれば、と付け加えよう。
彼の私物は、検査もされずにそのまま持ち込めていた。
どころか、携帯や電子機器に対する干渉は一切なし。
だが、最初は相当の自信があるか僻地なんだろうなぁとツーダ先生はまだ自分が異世界にいるという発想に至るほどではなかった。
なんなれば、ツーダ先生はプラグマティストである。
さっと懐から取り出すのは、携帯電話。ただし、ちょっと特別製の代物だ。
さあ、さっさと大使館に電話して……と番号を呼び出したところでツーダ先生は初めて困惑することになる。
それは、繋がらなかった。
まあ現代において、携帯電話の電話が繋がらない……まあ、僻地ならば分からなくもない。
が、ツーダ先生の手元で繋がらない携帯は携帯でも、お国から貸与された衛星携帯。
それでも、衛星との通信状況の問題もあるのだろうとその時点ではツーダ先生はまだ悲観してはいなかった。
そうして、バルコニーにまで足を運ぶこと数日。
しかし、電源が切れていないし、晴天で、しかも、バルコニーから電波を拾おうと数日粘って駄目であるということは尋常な事態ではないとツーダ先生は漸く理解した。
いや、そもそも、とツーダ先生は最初の疑問をもう一度よく考え直す。
自分を誰かが拉致したのならば、真っ先に外部との連絡手段は取り上げるはずである。
職員に対する安全指導でも、隠し持っていることがばれると危険ですので、抵抗せずに~と教えられていたのだが。
何か、認識に齟齬があることをその時点でツーダ先生は渋々とはいえ受け入れる。
まあ、そもそも電源コンセントも電球もない一室に放り込まれてずっと放置されていれば嫌でも勘付くことは勘付く。
まるで、異世界にきたみたいではないか。
「……はは、そんな馬鹿な、疲れすぎているんだろうな」
そこまで考えかけて、しかし、ツーダ先生は自分の思考が相当に参ってしまっているということを自覚する。
そうして、ツーダ先生は何も考える気力もなく、ただただ布団に転がっていた。
だから、ふかふかのベッドに寝転がるツーダ先生は気が付けば久々に目覚まし時計にも、夜中の急な電話にもたたき起こされない穏やかな朝を迎えていた。
急患の呼び出しも、厄介な旅行客の案件も、それこそ、邦人対応の必要から現地の病院に飛ぶこともない穏やかな日々。
食事も、まあ、なじみのない食材に、異国の味付けではあるが……出てくるだけ感謝である。
事情は分からないが、ともかく、とツーダ先生は結構豪胆な肝で現状を理解していた。
……ともかく、今は、事態を理解してやれることをやっていけばいいや、と。
幸いというか、ともかく、言葉が通じるということで診療に際しての一番の難関はある程度克服できていたことは不幸中の幸いだった。
まあ、異世界にいるのかぁという理解が進んだときに、自分がこの世界に標準的な病原菌に対する免疫を有しているか、とか、自分がバイオハザードの原因になるのでないか、とびくびくもしたりはしたのだが。
とまれ、ツーダ先生はしばらくすれば自分をこの世界に呼んだ連中から対応があるだろうと安易な予想で数日はおとなしく睡眠を満喫し、ポケベルも、携帯も、それこそ、電源を入れようと入れまいと文句一つ言われない穏やかな日々を心の底から満喫していた。
無論、扉をくぐったときに自分を囲っていた白覆面の男達がいずれ自分に何か言ってくるだろうと思えば流石にのん気に構えているわけにはいかないといえばいかない。
だが、ツーダ先生は知っている。
自分の力ではどうにもならない事態を前に、悩んで力を消耗してしまうよりは、何か出来る機会があるまでゆっくりしておく方が有益なのだ、と。
だから、出されるがままに異国の味付けを楽しもうと先生なりに努力した。
この点では、地球の様々な味付けを満喫した先生にとってさえ始めての味わいが多く最初こそは戦々恐々だった、という点を明記しておこう。
なんなれば、異世界にいる、と悟ったときちょうどツーダ先生は食事中だったのだ。
できれば、ちょっと氷がほしい……などと食事に際して相談したところ、その場で給仕さんが『造ってくれた』ことにツーダ先生は唖然としたことを今でもよくよく覚えている。
なんとなく摘んでいた食事にしても、果たして、自分の消化器官が正常に消化しえるのかと専門家としてツーダ先生は知識があるが故の恐怖を散々に満喫した。
……それはもう、おなか一杯になるほどに。
とまれ、そんな日々にも漸く終わりが見えたのだ。
王国、と自分達の国を説明する普通に顔が出た貴族っぽい服を纏った男達の一団と、ツーダ先生は就労契約を交わし、さらに診療許可まで得たのである。
異世界、そんな馬鹿な、と笑いたい気持ちは今でもある。
しかし、ともかく、自分の居場所で最善を尽くすべくツーダ先生はさっそく、行動を開始する。
その行動は、勤勉で、真面目な医師であるツーダ先生のよしとするところであるのだから。
ハーイ、ボブ。
なんだって?
どこかにお勤めの医師を勧誘したいだって?
ふっ、ならば簡単だ(`・ω・´)
睡眠時間と、マトモな食事。
あと、適度な休暇を差し出せば、ほいほい釣れるのさ。
そんな簡単に釣れる訳ないだろうって(; ・`ω・´)?
大丈夫(`・ω・´)
休暇にポケベルならないとか、携帯で呼び出さないっていえば割と簡単だよ、ボブ(*´ω`*).