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第一話 『招かれた災厄』

王国枢密院:極秘


各位


国王陛下に対する呪痕を突き止め、解呪の為の『サートゥの審問術』を行使されたし。

王様にかけられた正体不明の呪い。


それは、もう何ヶ月も王国にとって重々しい影と化して付きまとっている。


魔導治癒師たちが懸命に呪いと戦うも、呪術の痕跡すら掴めず国王陛下は衰弱していくばかり。

呪痕さえ残さない呪いなど、可能なのかと嘆く魔導治癒師らが次々と交代させられるも結果はいずれも同じ。


王位継承権を廻る策動の兆しと、政情の不安定化。

そしてなによりも、『継承権に対する外国』の干渉の危険性。

全ては、若き国王が呪いに苦しむという重大な事実によって引き起こされていた。


なればこそ、直系のお世継ぎもまだな若き国王陛下の不予に王国枢密院は震撼するのである。


仮に、恐れ多きことながらも国王陛下が崩御あそばせば王国はどうなるのだろうか?


隣国の国王や、姻戚関係にある他国の貴顕がむざむざと黙っているだろうか?


或いは、国内の継承権保持者が相争うところで漁夫の利をもっていかれるのではないだろうか?


別段、王室に対して格別の忠誠心を抱いているわけでない貴族達。

しかし、彼らの寄る辺であり領地のある王国に外から手を伸ばす不逞の輩が出てくるとなると話は違う。

そうなってくると国王陛下の健康状態は一刻も早く回復させねばならない事柄となるのである。


国内外の高名な治癒魔導師や、さらには呪術関係の専門家を招聘して彼らは王様の治療に全力を尽くす。

だが、結果は苦々しいことに国王陛下は快癒されるどころかますます体調不良を訴えるばかり。

食欲の不振も深刻なものと化してしまい、貴族らが揃って献上した白砂糖やその菓子を辛うじてご賞味あそばす程度。


もはや、これ以外に万策尽きたと腹を決めた王国の枢密院。

やむを得ず、枢密院は恐るべき禁呪である『サートゥの審問術』で呪いに精通した存在を呼び出すことを秘密裏に決定する。

呪痕が感知できず、魔導治癒師たちが諦観に浸っていた王様の病状。

あるいは、呪いに精通する恐るべき存在のいずれかならば解呪の方法も知っているだろうと彼らは願ったのだ。





極秘裏に魔導研究所に用意された広大な召喚用の一室。

如何なる呪痕が放たれようとも、封じ込められる強力な魔導隔離障壁を幾重にも展開し

更に呪術防護アミュレットを無数に配備した上で、王国は万全の体制で事に挑む。



高位の術者らが幾人も力を揃え、呼び出す恐るべき存在とて、これならば、と。


そうして、全てにおいて遺漏なく整えられた術は完璧に成功する。

揺らぐ境界線の先にいる存在を捉えた術は、その『恐るべき何か』を手招きし、そして、捕縛。

『自らの意思』という同意で持って、境界線を越えた扉を潜った好奇心の強い『何者』か。


それが、こちらに向かってくると知らされたとき、誰もが一瞬、恐怖と緊張感、そしてかすかな期待に息を潜めてしまう。


『サートゥの審問術』で呼び出された存在は、紛れもなく正しい答えを有しているということは間違いない。

歴史において、記録される限りだが呼び出された存在は全て答えを持っていた。

それほどまでに明瞭な効果を有する術として、『サートゥの審問術』は定評がある。


……ではありながら、禁忌として長らく忌避されてきたのはそれ相応の理由があるものだ。


「皆々様、ご覚悟を」


術式の制御を努める宮中魔導師が声を張り上げて叫ぶその一言。


その術式は、たった一つの目的のために全てを放棄したのだ。

召喚される存在について、確たることは何一つとして定かでない恐るべき混沌。

かつての記録では魔王さえも、呼び出したことがあるという。


だからこその、備え。

だからこその、覚悟。



堅固な術的防護で完全武装した騎士団の存在。

悪魔との契約に備え如何なるごまかしも見抜く明瞭な法務官の一団。

そして、王国の誇る宮中魔導師らによって練り上げられた隔離結界。


その全てが、この瞬間に備えて用意されていた。




……だからこそ、というべきだろう。


その場にいた誰もが、事前の定めに従い行動していた。

召喚術式の中に現われた存在に半数が視線を向け、敢えて半数が視線を逸らす。

石化や魅了の術を想定しての対応。


「は?」


「純人族……なのか?」


だがしかし、眼を逸らした半数はやがて困惑したようなざわめきに気を引かれて中央の存在に視線を向けていた。


「……やはり、そうだ。どこからどうみても、純人族だぞ!」


そこに現われたのは白き衣を纏う普通の男。

ぽかんと間抜け顔をさらし、手に抱えていた鞄をポトリと落す様。

そのありようは、街並みを歩いている普通の純人族となんら相違がない。


こんな男が、国王陛下を苦しめる呪痕なき呪いの解呪法をしっているのだろうか?


「私は、ウッカリー法務官である! 名乗れ! そなたは、何者だ!?」


その疑問を抱く一同の中から前に歩み出た法務官は、だから、戸惑いを声に滲ませながら訊ねていた。

何者か、という根源の問い。

生物は、その名において本質を明らかにするという根源。


だからこそ、法務官は普通ならば一々名乗ることのない己の名を明かしてまで問いかけているのだ。


お前は、何者か、と。


「答えよ! 王国の法に基づいて、私は、問うている!」


しかし、それほどまでの権威に対し呆けたように突っ立っている純人族の男は何一つとして言葉も返そうとしない。

それは名乗りに対する傲岸不遜なまでの対応。

法と、名誉と、権威に対する無礼なそれはウッカリー法務官にとって看過し得ない神聖侮辱である。


故に、彼は無意識のうちに習慣に突き動かされて難詰する口調となっていた。


「重ねて、問う! そなたは……」



そうして、問いかけを黙殺されたことに腹を立てた法務官が一歩、威圧せんと無意識のうちに歩み寄ったときのことだった。



「いけません! ウッカリー法務官!」


咄嗟に、宮中魔導師らが警告を発するもとき既に遅し。

迂闊にも隔離術壁結界の中に一歩足を踏み入れた瞬間、全てが終わっていた。

法務官が纏っていた13の呪術防護アミュレットが瞬時に融解。


咄嗟に、身を引くウッカリー法務官。


だが……既に未知の呪痕が複数彼の体を侵食しているではないか!?


「法務官殿は、もう、間に合わない!」


魔術士らが一様に警告を発し、やむを得ず彼らは呪痕隔離の術を二重三重に場の中央に立つ恐るべき何者かと、ショックで呆けてしまっている法務官へ目掛けて放っていた。


殺到する魔術の煌きと、揺らぐ境界線。


本来ならば、せめて『サートゥの審問術』の手順を完成させてから為すべき隔離措置もこれほどの恐るべき呪いを発散する『危険すぎる存在』相手には躊躇することは許されない。


ならばこそ、彼らは全ての手続きを省いてその決断を下す。


……ある者は、後に書き記す。


その決断は、正しかった、と。


なんなれば、僅か一歩だけ隔離結界に踏み入っただけのウッカリー法務官は僅か一週間後にはこの世の存在ではなかったのである。


事前に13の呪術防護アミュレットを装備し、その直後からの懸命な対呪痕抑制の魔術的措置にも関わらず、だ。


その最後は、記すことすら……本来は、憚られる最期だった、といわねばならない。



ともかく、その瞬間に男達は事態を把握する。

眼前のふざけた表情の純人族の男は、しかし、絶対に純人族ではあり得ない、と。


「……翻訳は!?」


「もう、通じるはずです!」


声をからし、だから、彼らは問う。


「お前は何者だ!?」


心の底からの恐怖と義務感に縛られての叫び。


「何者って、およびのドクターでしょう?」


「毒蛇!? お前は、毒蛇か!? 純人族ではないのか!? 」


「ええ、そうですよ。 ところで、ジュンチャンチー、とは?」


あっさりと、頷く男の声にあるのは真実を語っている人間の気楽さ。

なんとおぞましい名前なのか、と慄きつつもしかし王国の人間は逃げ出しそうになる自らの心に叱咤激励を入れて踏みとどまり肝心のことを問う。


「いい、分かった、答えてもらいたい!」


そうして、王国の人間は問う。

国王陛下を苦しめる症状の原因を。

そして、その解呪の方法を。


それに対し、毒蛇と名乗ったその男は、幾つか問い返す。


いかにもまどろっこしい一瞬。

だが、問われた侍従は戦慄せざるを得ないのだ。


見たこともないはずの国王陛下の症状を、刻一刻と的中させるその存在に。


何故、分かるのだ、と問う視線。

それらを無数に浴びながら、しかし、男は何を当たり前のという表情を崩そうともしない。


しかし、それこそが召喚された毒蛇なる存在が国王陛下の呪いを知っているという強力な傍証でもある。


が、そこで毒蛇と名乗る男は言葉を濁し始めるのだ。

自分を『クランケ』にあわせろ、と。

その『クランケ』が、国王陛下を意味するのだと悟った法務官らが警告の声を発し、咄嗟に彼らは気を引き締めていた。


『クランケ』がかの毒蛇の言葉で国王だというならば、契約を無理やり結ばせようとする狡猾な知恵も甚だしい。


「ああ、ですから、クランケを診せてもらわないことには……」


「治ると分かるまで、貴様に見せるわけには、絶対にいかない! 答えよ!」


故に、声を張り上げて法務官らは強硬に反駁する。


汝のような危険な存在を、病臥されている国王陛下にお目どおりさせるわけにはいくものか、という一致した見解。


そして、にらみ合いの対峙を何時までも繰り広げる覚悟を定めていた彼らは、だから、次の瞬間に驚愕する。


「……はあ、分かりました。取り敢えず、そうだなぁ……」


手持ちが乏しいんだよなぁ……まあ、あれなら上手くすれば効くだろうし、駄目でも特に問題はないだろうなぁとブツブツと呟いた男。


何事かを思いつきあっさりと、前言を撤回した男。


「ああ、ちょうどいい。これを」


そうして、ごそごそと鞄に手を突っ込んだ男が差し出すのはあり得ないほどに透き通った瓶だった。


その透き通った瓶の中身、それは固められた丸薬。


しかし……驚くべきことに、見間違え出なければ、それは、全ての形状が均一な丸薬に他ならない。


馬鹿な、と幾人かがうめき声を漏らす中。

あろうことか、、『じゃあ、投げますよ』とのたまうた男。

それを放り投げる事を理解できた王国の面々はいなかった。


そうして、彼らはその秘薬を手に入れることに成功する。


唯一の問題は、そう、たった一つの問題はそれが『本物』かどうか。


咄嗟に魔術的要素を精査し、鉱物毒を警戒して家畜に投与した上で、その肉を囚人に食べさせ、ようやく彼らは躊躇いながらも死刑囚に一粒、投与する。


経過を見守ること1週間。なんら、変化を示さないことに安堵しつつ、効能を疑いながら枢密院は紛糾する。


曰く、投与すべきだという一派。

曰く、御身に何かあればどうするのかという一派。


だが、最終的には国王陛下の様態がこれ以上は……ということにより彼らは決断する。


毒蛇に言われたとおりの手順で彼らは、その丸薬を国王陛下にお飲みいただく。


……結果は誰にとっても、幸いなことに本物であった。



国王陛下は、投与後、顕著に健康状態を回復。

なんと、余命いくばくもと囁かれるほどに強烈であったはずの呪にもかかわらず、1ヶ月後には旺盛な食欲を回復し、3ヶ月後にはほぼ回復しきったのである。



そうして、彼らはその時になってようやく気が付く。


『サートゥの審問術』はある種の契約魔術。

契約条件を確認もせずに、『答え』を受け取ってしまった、ということを。

宛て:王国枢密院


【緊急】


審問術は召喚に成功。


『純人族』に『擬態』した何者かを捕縛し召喚したと思われる。

詳細は不明。


自らの種族を『ドクーター』と称していることから、『毒蛇族』と仮称する。


なれど、術中の事故により法務官一名殉職。

特筆すべき事象として、13の呪術防護アミュレットが瞬時に融解するほどの筆舌に尽くしがたい恐るべき呪いを受けた模様。


やむを得ず、隔離術式を複数展開し、打ち込んだがために一部翻訳術式に干渉し、正確な訳が得られなくなった模様。


なお、国王陛下の様態は渡された秘薬で快癒へ向かいつつあります。




しかし……我々は、禁忌に手を染めてしまいました。


神よ、どうか、我らを御救いください。

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