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はぁーっ
どうしよう。どうしよう。
どうしよう。どうしよう。
…朝からそればっかりである。
なーんで逃げちゃったかな。
でも、でも、もうしょうがない。
逃げちゃったものはしょうがない。
授業なんて、完璧うわの空で。
放課後、誰に追われている訳でもないのに、澄香はまた逃げるように早足で音楽室に足を運んだ。
「落ち着く…。」
いつもの窓際にそっと腰を下ろし、静かに入ってくる風を右頬に受けながら澄香は安堵の声を漏らした。
よくある事なのだが、絶対に文句を言ってやろうと思っていた胡桃は今日に限って部活を休んだらしい。
「…はい、自習練入ってー。」
今日も顧問の緩い声にメンバーは音楽室の思い思いの場所に散らばる。
「澄香ちゃん、今日胡桃は?」
「あ、今日は私なにも聞いてないなぁ。」
「あ、胡桃ちゃんなんかクラスの子に無理やり引っ張られてたよ。」
胡桃と同じクラスのエリカちゃんがのんびりと答えた。
どうやら胡桃はどこでも人気者のようだ。
澄香はいつもの場所に戻り、歌う合間に今日もまたぼんやり外を眺める。
「…ん?」
なんだかいつもと違うなぁと感じた。
なんでかなぁと少し身を乗り出すと、どうやらグラウンドのフェンス越、軟式野球部のファンの子達がいつも以上に騒いでいるみたいだった。
「かわいーっ!」
「ええーなんで?!」
黄色い声が練習中なんて関係ないとばかりにグラウンドに響く。
一際声の大きい子の発言に、澄香はピタリと動きを止めた。
「なんか好きな人に貼ってもらったらしいよ!」
「なにそれー!滝井さんとうとう彼女出来ちゃったの?!イヤーッ!」
「アハハッ!私は松浦さん派だから滝井さんに彼女出来ても平気だけどー?でもクマちゃんなんてやっぱり可愛いーっ」
…。
……。
え?
「きゅーーけーーい!!」
野太い監督の声に、汗だくの男子達がぐったりと散らばる。
澄香は自習練なんてそっちのけで、グラウンドを凝縮した。
“スキナヒト”
“好きな人”…?!
頭の上を同じ言葉がぐるぐると回転する。
すぐさま発見した彼は、同じ練習着姿の男の子達2、3人に囲まれ、なにやら冷やかされていた。
少し遠くてどんな話をしているのか分からない。
でも、周りの人にニヤニヤ顔で頬に貼られたピンク色の絆創膏をつつかれたりしていた。
バチッ
「!」
今までそんな事、
一度だってなかったのに。
ふと視線を上げた滝井くんと、ばっちり目があってしまった。
またもや固まってしまった澄香に、滝井くんはすぅっと息を吸って、そして
空に叫んだ。
「逃げるなよ!待ってろ!」
きょとんとする周囲に、滝井くんはただ爽やかに笑うだけで。
「今の、なに?」
「大会への意気込み、みたいな?」
…ファンの子達の戸惑いの声に、澄香はへなへなと冷たい床に足を崩して、ただ必死に赤い顔を抑える。
わ…
なんだろう。
もう、どうしよう。
「…澄香ちゃん?」
部活仲間の声すらどこか遠くに聞こえて。
さっきの、カラリと笑う滝井くんの笑顔がまぶたから消えない。
もう、
好きすぎてどうしていいか分からない。
◆
逃げるな、私。
勇気だせ、私。
澄香は走った。
いつもなら最後までみんなを見送る側なのに、部活が終わるとともに猛ダッシュした。
“逃げるなよ!待ってろ!”
ごめん。
とっさに逃げてしまってごめん。
もう逃げないし、今後はちゃんと
自分から行きます。
階段を駆け下り、カバンを宙に浮かせながらバサリと玄関に降り立つ。
自分の靴をエンジンでもかかっているように素早く取り出し、前のめりになりながら足を押し込んだ。
もう、空が薄くオレンジ色に染まって来ている。
澄香は高鳴る胸にギュッと手を当てながら、第4グラウンドまで思い切り土を蹴った。




