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page9

「……くっ!」

 レイラの反射神経も伊達ではなく、紙一重で直撃だけは避けられた。だが、完全に今ので相手に攻撃権を与えてしまった。

 次々に繰り出される剣技を何とか防ぐも、数回の内の一太刀が体に命中していく。

 ――双剣の厄介なところは、二本の剣による手数だ。そして、その攻撃速度は近接職でも一・二を争うほどに速い。一度防げても、すぐさまもう一撃が間髪いれずに襲い掛かる。

 ただ、救いとなれば双剣の一撃一撃のダメージは低いこと。……しかし、それでもHPは確実に減っている。いくら回復魔法がかかっているとしても時間の問題だ。

(くそ! このままじゃ……)

 その時、コウガに耳打ちで伝えられた言葉の1つが過ぎった。

『いくら速い攻撃でも、止められちまえばどうしようもないよな』

 最初は意味がわからなかった。……いや、正直今でもその真意が掴めてない。

 ――速い攻撃だから、こうして直撃を免れるだけでも精一杯なのではないのか……?

(直撃……止める。……あ)

 そこでレイラはあることを閃く、が実行するのに若干の躊躇いがあった。間違えればそこで終わりの、博打に等しいことだからだ。

(……いや、失敗したら、なんて思うんじゃないよ! あたし!)

 やるしかない。そう決断したレイラは突然防御を緩める。

 双剣士は、自分が攻撃途中に防御が緩まったわけだが、これを相手は好機だと取るか奇妙だと悟るか、ここが賭けだった。

「もらった……!」

 どうやら、前者なようだ。双剣士はもう一度、十字斬りを放つ構えへと変えた。

 ……それを待っていたとばかりに、レイラは微かに笑う。

 そして、十字に構えられた剣は振り下ろしきれ……はしなかった。

 それもそのはず、二本の剣はレイラの両手によってしっかり掴んで止められていたのだから。

「なっ!?」

 剣士は表情に焦りを浮かべた。まさか刃を掴んで止めに入るとは思ってもみなかった、あり得ないといった顔だ。

 ――好機だと感じて切り込むならば、通常の攻撃ではなく、スキルで少しでも多くダメージを与えようと思うはず。そこでスキル発動前のほんの少しの隙が生まれる。だが、双剣士の攻撃速度ならばその程度の隙は何とも無い。そしてそのまま確実に直撃を狙いにくる。狙うなら、首より下の胴体が当てやすい。つまり、攻撃が来る場所は粗方予想ができるので、いくら速くても彼女の並外れた反射神経ならば止めるのは容易い。

 2本の剣を掴んでいるレイラは、もう一度笑みを浮かべるわけでもなく、険しい表情で相手を睨み付ける。もう、余裕がない状態だ。

「……捕まえた。――今度こそ、一人ぐらいはやらせてもらうよ!」

 言うが早く、レイラは敵の顎に膝蹴りを浴びせた。

「がっ……!?」

 相手の体は数センチほど浮かび、宙に浮いた体は何も抵抗なく膝から落ち、武器を持った手は力なく垂れる。

「こ、これは、スタン!?」

 敵は驚く表情を見せるが、動くのは表情と口まで。全身は一切、指さえも動かせないでいた。

 ――今行ったのは、ただの膝蹴りではない。零距離のみで発動出来る、格闘家の上位スキル《震顎》。相手とはほぼ密着状態でしか発動出来ず、ダメージも低い。だが、代わりに、当たれば相手の動きを数秒間だけ完全に止めて無防備状態へとさせることができる技だ。なお、この技は膝蹴りじゃなくとも、名の通り顎を打ち震わせる打撃なら何でも良い。

 今、このスキルを当てられた相手の状態を、多くのプレイヤーは『スタン』または『気絶』と呼んでいる。

「……はぁぁぁぁっ!」

 止めたといっても、僅かな時間しかない。一気に片を付けなくては、と気持ちだけが先走ってしまうレイラは、手足に気を練り込んだ。

 まるで雷を纏うかのように、レイラの手足は光り輝いた。

「はっ!」

 短い呼気と共に、切り裂くような鋭い上段蹴りを当てる。それを合図にするように、拳と蹴りによる連撃を仕掛けた。

 相手の全身を打ち抜くが如き怒涛の猛襲。敵はどうすることも出来ず、ただひたすら浴びるだけ。

 激しい打撃音と一緒に、ダメージ数値が大量に表示される。その中にグレイズがいくつか出たが、直撃ダメージも出ているので気にしない。ただがむしゃらに、ひたすら攻撃。

 ……せめて一人だけでも倒す、倒してみせる。そんな意識だけがレイラの攻撃の猛烈さをより引き立たせた。

 敵のHPバーはみるみるうちに減り、その量は見る影もない、残り数ドットだ。

「これで、沈めぇぇぇ!」

 止めとして、ありったけ力を込めた右拳で真っ直ぐに殴り飛ばした。

 その瞬間、一人の双剣士のHPはゼロとなり、吹き飛ばされた体は起き上がることもしない。戦闘不能である。

 敵の最期を見届けたレイラは膝を付かせた。

 体が重い。自分のHPを見ると、ごく僅かしかなく、危険な状態だと信号が送られていた。……あの連打は、体力を大幅に消費する技だったのだ。

 自動回復によって徐々に回復してはいるが、それでは全然追い付けないほどまで消費している。

(……ははっ、頭に血、上り過ぎちゃったね)

 今更になって冷静になったところで遅かった。たった一人に時間をかけ過ぎた。

 自分の真横からとてつもない熱気を感じる。魔物が唸りを上げているかのような轟音が聞こえる。

 音のする方に向くと、距離を離していた魔術師の頭上に、巨大な龍を象った焔が現れていた。おそらく、敵の魔術師が火の最上位魔法を完成させてしまっていたのだ。

「……ちくしょう」

 成す術もなく、レイラは龍の業火に呑まれる。残り少ないHPをゼロにするには十分過ぎる威力……。

(ざまぁ、ないな……)

 自分の弱さに笑うも、HPの量がゼロを迎え、目の前が真っ暗になった。


 ◇


「おい……起きないぞ、こいつ」

「きっと疲れてるんですよ」

 コウガたち三人は、さきほどの控え室にいる。試合が終わって、戻ってきたのだ。

 一人戦闘不能となっていたレイラは、ソファーの上で寝転がったまま動かない。

 ――普段での戦闘システムとは違い、闘技場で戦闘不能になった者は何かしらの不正を働かせない為に、視界をシャットアウトさせて、試合が終わるまでは何もできない仕様となっている。

「おーい」

 これで三度目。眠るレイラを起こそうと揺する。が、反応がない。

 さすがに心配になってきたコウガはもう少し近付いて反応を確かめる……のだが。

「……はっ!」

 瞬間、レイラの切り長の瞳がぱっと開かれ、同時に上体を勢いよく起こし始めた。

「いでっ!?」

「ったぁ!?」

 近付いてたものだから、お互いの額がぶつかる。聞く限り痛そうな鈍い音が部屋に広がった。

 想像以上に衝撃がきたのだろうか。二人は揃って額を押さえながら悶絶。その光景を目の当たりにしているラヴィはくすくすと微笑んだ。

「……ったく、起きねえと思ったらこれかよ。いってー、石頭かお前は!」

「石頭で悪かったな! あたしだって別に寝てたわけじゃなくて、考え事をしてただけ!」

 お互いに怒鳴り合ったあと、レイラはふと何か気付いたように首を傾げた。

「あれ、試合は……?」

「試合は終わりましたよ。レイラちゃんが倒れたあと、コウガ君が一人で残りを倒してしまいました」

「あのチーム、ランキング上位だったらしくてな。へっ、たんまり賞金頂いちまったぜ」

 冗談混じりに笑いながら、賞金が入った大きい袋を見せる。しかし、レイラの表情は変わることなく、むしろ少し暗く感じた。

 それを見たコウガは、さすがに場の空気を読み、袋をしまってレイラと向かい合うように腰を下ろす。

「いくつか自分でも気付けたか?」

 聞くと、レイラはゆっくりと頷いた。

 どうやら上手くいったみたいだ。コウガは少し安堵した。というのも、すぐに気付かないようでは見越し違いで諦めるところだったからだ。

「お前はまず、こう思ったはずだ。『なんでグレイズばかり出るのか』と。答えは簡単。ステータスの問題だ」

「ステータス?」

「そうだ。もしかしなくても、お前は筋力《STR》ってのに多くポイントを振ってたりするだろ? あの凄まじい攻撃エフェクトが証拠だ」

「ああ。コウガの言う通りだけど。それが……あ」

「察しが早いとなると、ゲーム自体これが初めてじゃないって口だな。そう、どのRPGにもあるんだよ――命中率ってのがな。お前は単にそれが低過ぎるんだ」

「そんな……でも、そういうことね」

「普通は目を通して欲しいもんだが。お前、説明書は読まないタイプだろ?」

 じっと睨むと、レイラは目を背けた。図星か、とコウガはため息を吐く。

「確かに読みたくないのはわかるが、自分が有利になるようなところは把握しとけよ。……まあ、とりあえずはお前に足りないのは技量《DEX》だ。こいつは命中率にそのまま関連するステータスで、近接職じゃ振らない奴の方がよっぽどレアだな。ポイントが余ってるなら今の内に振っとけ」

「え、あ……う、うん」

 ぶんぶんと髪の毛を揺らすほどに頷くレイラ。まさか基礎から教えるようになるとは、ともう一度ため息。

「あとは戦い方だな。そこはまあ、お前のスタイルによるから口を挟むことはしない。ただ、言っておいてやると『相性が悪い奴は先に倒しとけ』だ。お前の場合はたぶん遠距離系統の敵をさすかもな」

「……ああ。その言葉の意味をやっと理解したわ」

 レイラは自分の手のひらを見つめたあと、どこか決意を固めたかのように強く握り締めた。

「もっと……もっとだ。もっと強くなりたい! コウガ、あたしをもっと鍛えて欲しい!」

「へっ、当然。そんな半端に手伝う気はねえ。やるからには徹底的にだ。――これから1週間ほど、ここで対人戦の練習。そんでもって、レベルも多少なり向上させてステータス調整だ」

「強くなる為だったら、なんだってやるよ! 今すぐやろう!」

「……なんだか、さっきとはえらい違いだな」

 どこかスイッチが入ったかのように、立ち上がっては気合を入れるレイラに苦笑するコウガ。ラヴィは変わらず、微笑んでいた。


 その後、彼らは一週間もの時を闘技場で戦い続け、レイラは少しずつ成長していった……。

 ――特大PvPイベントまで、あと二週間ほど――


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