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「双剣士二人と魔術師系一人――それも攻撃魔法重視のだ。良かったな、勝てる要素があるぞ」
「……ふんっ、そうかい」
ぷいっと顔を逸らすレイラ。まだ根に持ってるらしい。
確かに無茶な要望を突きつけたのはこちらだが、これも強くなるためだと早くわかって欲しいのと、彼女自身の本当の強さに気付いて欲しいところだ。そう思いを込めるように、ため息を吐くが、伝わるはずもない。
(ったく、しょうがねえな。ヒントぐらいやるか……)
反抗期の子供のような態度をとるレイラにコウガはある事を耳打ちする。最初は疑問符を頭に浮かべていたが、無視。ラヴィには「任せた」と一言、すると笑顔で返事された。
――そして、戦いのゴングが闘技場内に鳴り響いた。同時に、闘技場は一気に喝采に包まれる。コウガはそれを合図にすぐさま後方へと退いていった。
◇
スタートの合図が響く中、レイラは一人空を眺めて立ち尽くしていた。ラヴィは既にサポートに回る為か、距離を置いて魔法の詠唱を始めているのにも関わらずにだ。
対戦相手もまた、二人の剣士が既にこちらへと迫ってきていた。それでもまだ天を仰ぐ。
『今のあんたじゃ、まず勝てない』――控え室でコウガに言われたことを脳内で何度も再生されていた。……わかってる。自分はまだ弱い、彼の言うことは正しい。だけど認めるのもそれはそれで悔しい。
最初は無謀とも言える要望に不満しかなかった。無茶だ、無理だとばかり口にした。
だが、どうだろうか。強くなりたいと思っているのは他でもない自分で、力を貸して欲しいと頼んだのも自分だ。コウガは赤の他人で、こちらが何度も迷惑な行為をしたというのに、それでも彼は協力してくれている。
……思えば思うほど、なんだか自分が許せなくなった。うじうじと考え過ぎな自分を今すぐ殴りたい。
拳に力が入る。爪が食い込むほどに強く。そしてゆっくりと正面を向く。敵はもう目の前、双剣を今や振り下ろす寸前だ。
「レイラちゃん!」
ラヴィの声が背中を叩く。……もう心配はいらない。ようやく吹っ切れたから。
――勝つか負けるか、今そんなことはどうでもいい。今は強くなる為に戦っているのだと。だから、全てを認めて戦う。……でも、1つだけ、たった1つだ。これだけはさすがにレイラは認められなかった。この考えだけは崩せる気がしなかった。
(今のあたしじゃ勝てない? はっ、冗談。決め付けるんじゃないよ)
「――勝負ってのは、やってみなきゃわかんないでしょうがッ!」
レイラは怒号し、握った拳で地面を思い切り殴った。
気を限界まで込めた一撃。地面は抉れ、彼女の回りに大爆発が起きる。彼女が放ったのは喝砕波のような系統の直接版、《爆砕掌》だ。
不意をつかれた二人の剣士は、爆風をほぼ直撃でくらい、吹き飛んでいった。開始と同時に派手なスキル発動をしたことに、どっと闘技場が更に騒ぎ始める。
「レイラちゃん……」
ラヴィの安堵したような声に、レイラは振り向いて笑顔とガッツポーズで返した。それを見たラヴィもまた安心したように笑顔で頷き返す。
「さーて、いっちょ暴れてやろうじゃない!」
「うふふ、その意気です、レイラちゃん。暴れやすいようにサポートしますよー。えいっ」
真剣さの欠片も感じない掛け声と同時にラヴィは、持っていた細い鉄の棒を振るった。詠唱は既に終えていたのだろう、支援魔法をレイラにかける。
すると、レイラの体が薄緑色の光に包まれる。どこかラヴィに似た柔らかい感覚が伝わってきた。
――ラヴィのジョブ、セイントは聖術師とも呼ばれる、支援職系のクレリックから派生した職業である。覚えるスキルのほとんどが回復や自分と味方のステータスに関連づく支援魔法、そして闇に対して絶大な威力を発揮する聖術などといったもの。
今かけたのはおそらく回復系の魔法だ。しかし、それだけではないのにレイラは気付く。
「何これ、体が軽いわ」
「毎秒間隔で回復し続ける魔法《リザレクション》に、味方の敏捷性を補助する《フェザーラック》というのを混ぜてみたのですよ」
「魔法同士を混ぜた? そんなことが出来るのかい?」
「うーん、まあ出来ちゃいましたね~。あ、それと、効果時間を長めにしてありますよ~」
答えになってないような返事を笑顔でするので、ズルっとこけそうになるレイラ。何はともあれ、コウガと知り合いな時点で彼女もまた只者ではないのはわかっていた。
今まで体1つで戦ってきたレイラには到底魔法の原理はわからない。それに、この世界の自由度の高さからして考えるだけ無駄な気もしてくる。だから、あまり気にしないことにした。
いや、細かく言えば、気にしてる暇などない。何故なら、吹き飛んでいった剣士がもう構え直して、こちらの動きを窺っているからだ。
レイラはふっと微笑を浮かべては自分も構える。
「様子見かい? 必要ないね、掛かって来な!」
相手を煽る感じに叫ぶ。しかし、そう簡単に乗ってはくれないらしい。構えを固める一方だ。
……おそらくだが、もう一人の魔法詠唱の為だろう。となると、時間をかけるのはまずい。
どっちにしろ、戦うのは自分一人。ならば自分のやりたいようにするまで。
「来ないのなら、こっちから行かせてもらうわ!」
一歩踏み込む足に力を集中させ、一気に放つように地面を蹴った。数十メートルは離れている敵との距離を、一瞬で自分の間合いまで近付く。
――これは敏捷性による移動ではない。近接職系統が共通で持つ移動スキルだ。このスキルの本質は、敏捷性が低いプレイヤーが間合いを詰める時の為にある。コウガがやってみせた敏捷性にものをいわせた超速移動とは違い、移動できる距離は制限されており連続での移動はできない。が、これぐらいの距離を縮めるには十分。
間合いを詰めたレイラは低空で体を捻って大きく脚を広げた。レイラ独自の蹴りの体勢だ。
「まずは、先手必勝!」
「っ……!?」
そしてそのまま、水車のように縦回転した蹴りを放つ。敵の一人がそれを両手でもった剣で防いだ。
だが、それではまだ止まらない。回転によって増した威力は想像以上に高く、防いだ上でもなお回転が止まらず、相手の剣を叩き続ける。
それはまるで回転刃を受け止めているかの如く、双剣と脚の間に火花が散る。徐々にだが、剣士の体が後ろに動いた。
「ぐっ、おもっ……!」
そろそろガードが崩れる、その瞬間はもちろん逃さない。
ピタリと回転蹴りを止めて、すぐさま気を込めた蹴りを剣に叩き付けた。相手の防御がいよいよ崩れた。……連続攻撃でガードを削り、重い一撃で崩す。シンプルだが、短期決戦にはもってこいだ。
「吹き飛びな!」
ガードが外れて無防備な相手にすかさず、顔面にパンチをあびせ、吹き飛ばした。
「まず、一人!」
にっと笑うレイラ。しかし、すぐにその表情は濁る。
レイラは吹き飛ばした一人の双剣士のHPバーを見ていた。
(また、ダメージが500程度。グレイズか、……でも、なんで!)
そう、こちらは直撃をしっかり当てた。だが、ダメージは思っていたのよりも遥かに低い。これでは、ただ吹き飛んだのとさほど変わらない。
ただでさえ早く倒さないとジリ貧となるのは目に見えてるというのに……。
「へっ、なんだよ、動きは良いがダメージはそんなでもないな。これなら……!」
もちろん味方が受けたダメージはその味方も見ることが可能。そのダメージの低さを確認した、もう一人の双剣士の士気は下がることなく、むしろ高まってしまった。
両手に持つ剣で十字斬りを放ち始める。今度は敵の攻撃がレイラに炸裂する。