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――そして、現在に戻る。
「……さて、力を借りたいって話だが。まず、その前に俺達はお互いのことを何も知らない。だから、一応自己紹介だけな」
そう言うと彼女は頷く。
「俺の名前はコウガ。ジョブは剣士だ、よろしく」
「え、あの強さで、一次職のかい?」
「まあ、いろいろとあるんだよ。で、あんたは? てか、普通は話を持ち出した奴が先に名乗るもんじゃねえの?」
「あ、ああ、それもそうだね。ごめん。……あたしはレイラ。ジョブは格闘家、所属国家はフォルトレシアだ。こちらこそよろしく」
「わざわざ国家まで言うとなると、そっち絡みの案件か?」
先読みしたように発言すると、彼女――レイラは目を丸くした。……どうやら当たりらしい。
――この世界は、四つの国家でまとめられている。『プラネティス』、『フォルトレシア』、『バルカイン』、『ラ=ネイジュ』この4つの内のどれかに所属することによって、その国内でのみの恩恵などが受けられたりする。だが、所属することは別に強制ではないため、していない者も多数いる。
通常ならば、あまり自分が所属している国家を自ら教える必要などない。あるとすれば、別国家の上層ランクのプレイヤー同士による会談や正式な決闘時、あるいは今の取り引きに近いやり取りをする時ぐらいである。
つまり、あえて自分の所属国家を言うということは、そこに関係性がある話であるということになる。推測するにはさほど難しいことでもない。
「コウガ……さん、あんたの言う通り、国家に関係することではあるよ」
「さん付けはしなくていいぜ。あ、俺もしなくていいか?」
質問に対して彼女は頷く。……コウガはさん付けで呼ばれるのも呼ぶのもあまり得意じゃない性格だ。これは勝手な考えではあるが、レイラもまたそうだと思う。だから、お互い同意できたことに安堵する。
「悪い、腰を折った。……話を戻すぞ。と言うと、あれか、攻城戦か何かのイベントだな?」
「ああ、またもやその通りだよ。今度行われる大型PvPイベント『世界樹のための聖戦』、これに参加し、絶対に勝たなくちゃいけない。その為に力を貸して欲しい」
「どうしても勝ちたい、か。へえ、そりゃ何でだ? 確かにこの手のイベントでは、勝てばその国家に何かしらの恩恵が与えられるし、負ければ色々とペナルティなるものが課せられるな。でも、数え切れないプレイヤーがいるこのゲームで、そこまで国家の為だけに勝ち負けを気にする奴らなんてのは上層部以外にそうはいない。見たところあんたはただの国民だと思うが……」
そこまで言うと、レイラの表情はどこか暗くなっては俯き始める。
「理由、か……それは、言えない。……あ、でも勘違いしないで、何かを企んでの事とかそういうのでは決してないんだ! ただ――!」
疑われているのだと思っているのか、晴らそうとすることに必死のようで、立ち上がるなり次第に声が大きくなっていくレイラ。
さすがに大き過ぎる声量に、どうしたどうしたと、店にいる他のプレイヤー達の視線が二人に刺さる。気まずい空気にコウガは耐え切れず、慌ててレイラを止めた。
「ああ、待て待て、落ち着け。……別に疑っちゃいねえよ。ただ、気になっただけさ。言いたくない事なら無理しなくていい」
「あ、……う、うん」
レイラも周りの視線に気付いたのか、頬を少し染めながら席に座る。落ち着いてはくれたみたいだ。
コウガはため息を吐く。……なんというか、この少女といると精神が疲れるというか。でも、だからといって関わりたくないとも思わないし、何より一緒にいて飽きないというのが強い。
コウガの表情を窺っていたレイラは、またもや表情が暗くなるが、すぐにばつが悪そうに苦笑する。
「あたし、コウガに迷惑なことばかりしたのに。それなのに、力を貸してくれだなんて図々しいったらないな。……でも、その、……やっぱり、ダメ、だよね……?」
最後の方は細々となって聞き取りづらかった。が、聞こえなかったわけじゃない。それに――
(……何でかねえ。断る気にもなんねえんだよな、これが)
だから、コウガは承諾することにした。
……しかし、ただ簡単に受けるのも何だか負けた気がする、というわけのわからないところで変なプライドが素直にさせてくれないらしく。
「――条件だ」
「……え?」
「いくつか、条件付きでいいのならその頼み、受けてやってもいいぜ」
「ほ、本当かい!?」
返事を聞くや、テーブルをバンッと叩き身をのし上げて近付く。それも目をキラキラとさせながら……。
「ああ。あんたは一応さっき『何でもする』って言ってたしな。だから、条件付きだ。……あと、顔がちけえよ」
「え、あ、ああ! ご、ごめん!」
顔が寸前まで近付いていたことに気付き、慌てて離れるレイラ。またもカァーっとりんごのように赤くなる。表情豊かで何より。
「で、どうなんだ?」
ちょっと目つきを鋭くして問う。別に何か意識したわけでもないが、他から見れば真剣な眼差しのそれに近い。
レイラはびくっと少し肩を揺らし、両腕で上半身を隠すように組み始めた。顔は未だに赤いままだ。
「……え、た、確かに言った。け、けど、そ、そういう意味はダメだ!」
「は? 何がそういう意味なんだ?」
「何って、その…………体目当て、とか?」
「お前はいきなり何を言ってんだ? こんな仮想空間でそんなもん望まねえよ」
「じ、じゃあ、オフで会うとかして、そしてあんなことこんなこと……ふああ!」
「アホか、お前? どうやったらそんな発想に繋がるんだよ! ったく、……しょうがない、この件はなかったことに」
「あー、待って待って! 条件付きでいい! いいから、待ってくれよ!」
「いっで!?」
席を立って去ろうとするコウガの背中をレイラは鷲掴みにするなり床に引き倒してきた。おかけで、後頭部を思い切りぶつけるはめに。それはもう鈍い音を出して……。
「あー!? ご、ごめん!」
慌ててコウガに近付くレイラ。傍から見てるとさっきから漫才のようにしか見えない。
そんなコンビに、歩み寄ってきた女性が一人……。
「――あの、大丈夫でしょうか?」
「あー、何でこう話をこじらせるんだ、あんたは……」
「うふふ、ごめんなさい、からかうのが楽しくってつい。……では、改めて自己紹介させてもらいますね。私はラヴィ、ジョブは《セイント》です。コウガ君とは、このゲームを勧めてくれた時から一緒にプレイしてるフレンドなんですよー」
「ど、どうも」
綺麗な一礼をする彼女――ラヴィはもう一度笑顔を見せた。相変わらず物腰が柔らかく、丁寧な紹介に感化されたか、レイラも一緒にお辞儀をする。
「あ、あたしは――」
「存じていますよ、打撃姫のレイラさん。……ですよね?」
ラヴィがそう返すと、レイラは一瞬肩を揺らした。
「へえ、お前、そんな肩書きなんか持ってたのか」
「一応、少しは有名なんですよ? コウガ君」
「へへっ、別に大したもんでもないわよ」
という割には照れくさそうに笑うレイラに、合わせてるわけでもないだろうがラヴィも微笑む。とりあえず馴染んでるのはいいことだ。