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「いや、本当にさっきはすまなかった。強い奴を見ちゃうと、つい何も見えなくなってその……ごめん!」
「あー、わかったわかった。わかったからそう何度も頭を下げないでくれ。何にしろ、こうして奢ってもらってるわけだしな。それに、話は聞いてやるって言ったろ?」
ここは、樹海と古城の国フォルトレシアの領内にある町のひとつ。国の名の通り、その町もまた大樹によって囲まれ、建物なども木で出来ていたり、湖があったりなど、自然溢れるような場所だ。
コウガとあの赤い髪の少女はそこの喫茶店のような店に一緒にいる。この店にあるメニューで頼んだ物は全て彼女持ちということで、二人は同席していた。
――ちなみにこの世界でも一応、食事を摂るような行為などが可能で、むしろキャラクター自身の耐久を保つ為に必要なことでもあるのだ。
それよりも、何故、二人は今こうして一緒にいるのか。説明するとなると、今より約1時間ほど前の話になる。
◇
「――行くぞ」
コウガは自分の一言を合図に、自慢の敏捷性を活かした超高速移動を行い、少女との距離をたった数歩で詰め寄せた。
「はぁっ!」
「っ!」
一瞬の間合い詰めからの切り下ろし、少女は焦るも両の手でそれを防ぐ。
どうやら反射神経は並を超えているみたいだ。コウガとしては、初撃を防いだ事に若干関心をもった。
だが、勝負という以上、手を抜く気は毛頭ない。攻撃がこれだけで終わるはずもない。……それに、そんな手を抜くなんてことをしたら彼女の性格上、許してはもらえなさそうだ。
「まだまだ!」
「くっ……!」
畳み掛けるように、今度はこちらが斬撃のラッシュを相手に与える。
少女は押されながらも、完全なヒットにならぬようにガードは崩さない。
しかし、このゲームではいくらガードをしていても、微量ながらもダメージは蓄積されていくのだ。HPバーの減少スピードこそ遅いものの、確実にゼロへと近付いていく。
「ほらほら、どうした? さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
「ぐぅ……! ま、まだ――」
ぴたりと地面とくっつくかのようにその場でこらえる。こちらの攻撃を防ぎながら、どこか力を溜めているようだ。
そして……。
「まだ、終わらないよ! ……はぁぁぁっ!」
「おっと」
少女の喝と共に、全身からオーラのようなものが発せられる。それにより、コウガの攻撃は弾かれ、中断させられた。
――この技はおそらく、近接職の中でレンジャータイプの職が出来るとされる、発動した本人の回りに攻撃が可能なスキル。近くにあるものを吹き飛ばす、爆発スキル|《喝砕波》である。攻撃するスキルと言ったが、他にもこのように敵の攻撃を弾くなどといった防御面でも活用することができる。
……今のでようやく確信した。両手にはナックルといった武具に、レザーといった防御よりも敏捷に長けた防具。そして、今のスキル――彼女のジョブは《格闘家》だ。
今の波動によって、攻撃は弾かれた。しかし……
「が、あめえよ!」
「なっ!?」
コウガはすぐさま体を低くし、水面蹴りをあびせる。今のスキルの弱点を知っているコウガはこれを待っていた。弱点とは、使用時に必ず無防備状態が生まれること。
だが、無防備といってもほんの数秒だけ。そんな状態の相手の隙を狙えるのも対人戦に精通しているコウガだからこそだ
まさか攻撃を弾いた瞬間に違う攻撃が来るとは思うまい。少女は防御も回避もできるはずがなく、蹴りはまともに足に当たる。体勢は崩れ、そのまま後ろに倒れた。
「しまっ……!」
言葉を遮るように、剣を彼女の顔の横に突き刺した。完全に倒せるチャンスをあえてコウガは逃す。
彼女もまた、自分がやられるというのがわかっていたのだろう。それだけにコウガの行動に疑念と怒気を込めて睨みつけた。
「なんで……」
「止めをささないか、ってか? 先に言うが、俺は別に誰構わずPKしたくてここにいるわけでもなければ、それを趣味にしてるわけでもねえよ。……それに、『勝負』って言ったのはあんただぜ? 勝負と殺し合いは違う。んで、今その決着が付いたわけだ。さす必要が俺にはないな」
少女はコウガの発言に驚いたような表情を見せたまま立とうともしない。コウガは剣を地面から引き抜き、背中へ提げた。
「……やっぱり、強いな」
「あんたも中々なもんだったぜ。――んじゃまあ、俺はこれで……」
「待って!」
「まだ何かあるのか?」
「あんたに、お願いがあるんだ」
「……もう一戦とかはなしにしてくれよ?」
「違う」
彼女は起き上がるなり、素早く土下座をしてこう言った……。
「――どうかあたしに……いや、あたし達に力を貸してくれ!」
「……はい?」
「頼む! あたしに出来ることなら何だってするから!」
……突拍子に何かをすることが得意なのか、さきほどは勝負をしかけてきたり、今度はそのしかけた相手に頼み事とは。
この少女はあまりにも読めないと肩をすくめるコウガだが、ふと辺りを見てすぐに表情を曇らせた。
「何だか事情があるようだが、とりあえず話は後の方がよさそうだ。……おい、あんた、町に帰還するアイテムか何か持ってるか?」
「……? いや、今は持っていないね。でもなんでそんな」
「ちょっと派手にやり過ぎたかもな。樹海のモンスターがお怒りみてえだ……」
そう言うと、彼女も気付いたのか、立ち上がり周りを見渡す。
今の戦いで、大分森を破壊したせいか、さっきこの森林で最初見かけた巨大猪モンスター《ビッグボア》の大群が迫ってきていた。
それも、既に怒っている状態である。いくらレベルはこちらの方が上でも、中型ほどのモンスターの大群となると話は別だ。ここに滞在するのは危険過ぎる。
「話だけは聞いてやる。だから、今は町まで走るぞ!」
「え……あ、ああ!」
そして2人は、巨大なモンスターの大群から逃げるべく、森林フィールドを後にした。
数十分は走ったか、やっとのことで近くの町に辿り着いた。二人は共に全力疾走だったため、肩で息をついている。
……それにしても、何というか、とても新鮮な逃亡劇だなと、苦笑を浮かべるコウガ。
まさか、今まで戦ってた相手とあんな一緒に森林を脱出するはめになるとは、思いもよらなかった。でも、どこか楽しかったという気持ちもあった。
彼女もまた、楽しんでた様子で、でも、申し訳ないといった感じも含んでいる様子で苦笑いしている。
何はともあれ、込み入る話だと思ったコウガは、とりあえずはということで近くの休める店へと少女と共に向かっていった。
店に着くまでに彼女は「ごめんなさい」と幾度にもわたって頭を下げて謝罪した。気にしてないと言ったのだが、止まることがないので困っている。
なので、『話を聞く代わりに、飯を奢れ』と条件をつけて、謝罪はもういいと促した。