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だが、素手による攻撃に大きなダメージを付与をすることが出来るのは、この世界で近接戦に長けたジョブ――コウガで例えれば剣士などといった職だけだ。
近接職には必ず備わっている『共通スキル』というものがあり、主に『徒手格闘』というものなどを向上させれば、それなりの効果を得られる。……しかしコウガの場合はそういうスキルをあまり向上させていない。なので、ダメージは全くもって相手に与えていないはずだ。
しかし、仮想空間といっても感触は現実のそれに等しいようにできている為、精神的にくる一撃なのではないだろうか。
「っ……! て、てめえ、何者だ!?」
「ふ、不意打ちとは良い度胸じゃねえか!」
立ち尽くしていた連中は、我に戻ったのか、コウガを睨み付けるなり一斉に身構える。その反応にコウガは鼻で笑った後、同じく構えた。
「あんたらも、大したもんだよな。女一人を相手に五人でPKしようだなんてよ」
コウガの発言に、一同は首を傾げる。「何を言っているんだ? こいつは」と言わんばかりな顔をしている。こちらからすれば、しらばくれているようにしか見えない。
――この多くの木々に囲まれた一つのフィールドは、ただのフィールドではない。ある仕様が施されている。その仕様自体は単純ではあるのだが、それ故に性質が悪いのも確かである。
その仕様とは『無条件で無差別にプレイヤーを殺害することが出来る』ということ。
プレイヤーを殺害するとはプレイヤーキル、《PK》とも呼ばれていて、そう易々と行えることではない。PKを実行する際は、ダンジョン内であるか、またある称号を得ているかなど、一定の条件を満たしている状態でしか出来ない。仮に条件を満たした状態だったとしても、実行すればたちまち『犯罪者』扱いとなり色々なペナルティのようなものが科せられてしまう。
だが、この仕様が施されているフィールドでは、そんなことは一切全て関係がなくなってしまうのだ。
すなわち、この森林のフィールドは、全てのプレイヤーが敵へとなり得る、物騒な場所なのである。
……だから、そんな場所で多人数が1人を囲んでいるの見れば、それは今から物騒なことをしますよと言わんばかりだと思ったコウガは、無茶苦茶ではあるが、こうして割って入るようなことをしたのだ。
「……何はともあれ、だ」
煙が立ちこんでいる中から聞こえる声。低く野太いその声は静かな森を震わした。
それと同時に、風を切る音と共に土煙が拡散し消えた。その中から大斧を肩で担いだ男が出て来た。凶悪そうな人相の男は眉間にしわを寄せながらずかずかと歩んでくる。
「派手に一発くれたってことは、その覚悟はありってことでいいんだよなァ?」
「わかってくれる奴がいて助かるぜ。余計な話が省ける」
コウガは背中に提げている長剣を抜いた。白銀の刀身が光る。
他の者達も腰に提げた短剣を抜き放った。それと同時に、斧を持った男を中心とするようにして、陣形を取り始めた。
大斧を軽く担いでいるこの男。先ほど吹き飛んだ際の他の連中の反応から察するにリーダー格か何かであろうか。
男は何も命令することなく、四人は男を中心として、前後に二人ずつ並ぶ。
(……へえ、見かけによらず、中々に手堅い陣をとるじゃねえの)
さすがにこんな仕様が組み込まれているフィールドに腕が足りないようなプレイヤーがいるはずがない。見た目だけの判断をしていたコウガはその見事な陣形に関心した。
奴らがしているのは、おそらく守備を軸にし、徐々に相手を追い詰める形にするもの。五人の中で一人だけ、大斧という攻撃タイプが丸っきり違う武器を持つ者を前衛にせず、あえて中心にしてるのがその可能性を高めさせている。
前衛を担う二人の短剣を握る手には少々力が入っているのか、僅かながら震えて見えた。
……来る。
「――おおおおっ!」
前の一人が咆哮する。それを合図にと、もう1人も動く。それほど開いてもなかったコウガとの間合いを一層縮め、二人は短剣を振り下ろした。
一瞬の攻撃、咆哮による喝が入った双撃。だが、コウガはそれを紙一重でかわす。
隙を狙って、二人の間を抜けようとする。だが、今の攻撃は避けられる事を前提としていたのか、振り下ろしていたはずの武器は既にコウガの顔面にまで迫っていた。
「いっ!?」
変に悲鳴をあげるも、間一髪で首を反らしてそれをかわす。……当たり前だが、息をつく暇も与えてはくれないらしい。
空を仰ぐように体を反らしていたはずだが、眼前には空など見えない。既に第二陣――斧の攻撃が迫っていたからだ。顔面に斧の影が重なる。
「くたばれ!」
「うお!?」
力強く下ろされた斧の刃を、顔面ギリギリの位置で長剣をもって防ぐ。互いの刃が衝突し生まれた衝撃波なるものが周囲一帯を震わした。剣が振動し、持つ手に重さを知らせる。腰が入った凄まじい重撃といえようその一撃は、少しでも気を抜いたらガードの上から潰されるほどの威力だ。
……だが、それは並のプレイヤーが相手ならばでの話。
「このまま潰れちまえ!」
鍔迫り合いのまま、男は力を込め始めた。大斧持つその豪腕には何本もの筋が見える。これは相当な力を入れているはずだ。
けれども、コウガの持つ剣はさっき一度震えた後、すぐさまピクリとも微動だにしなくなった。むしろ、男が持つ斧がガチガチと震えている。
「な、何だって動かねえんだ!? こ、このォ―――!」
男は更に力を込める、険しい表情になりながらも刃をぶつけ続ける。しかし、やはり剣だけが全くもって動かない。
「……まあまあなパワーだが、これ以上続けても何も変わらねえぞ?」
「なっ……!」
男が一瞬動揺したその隙に、コウガは速やかに刃を返し、斧をいなした。