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コウガたち三人は、プラネティスの奥地にある峡谷。通称、暗黒の谷と呼ばれているダンジョンにいた。
ここはこれといった厳しいトラップやギミックなどはないが、代わりに現れるモンスターがどれも強大で、名に似合うような姿と強さを持っている。
近くの町にあった掲示板を見たところ推奨レベルは80を超えていた。
――そんな場所に彼らはいた。
「……これでラストか?」
「はい。倒してクエスト終了です~」
コウガは長剣を肩に担ぎながらラヴィに問うと笑顔で返される。
三人の目の前には、並のモンスターとは比にならない大きさのドラゴン――暗黒竜が咆哮をあげ、迫ってきていた。ごつごつとした黒い鱗に覆われた全身に、まるで大樹のような四足でその身を支えている。
――イベントクエスト『暗黒竜襲来』にのみ出る特別なモンスターだ。
……ラヴィが受けていたクエストをクリアするという条件で手伝ってもらっていたことを一週間忘れていたコウガとレイラは、こうして狩りにきたわけである。
「レイラ! さっきと同じだ。俺が動きを止めるから、ぶち込めっ!」
「了解!」
毎度の通り、コウガは敏捷を活かした超速移動で暗黒竜の回りを走りながら、脚を切り刻んでいく。
さすがにドラゴン系統だからか、普通のモンスターとは違いちょっとやそっとの攻撃では怯むこともなく、尻尾によるなぎ払いや黒い炎のブレスを吐くなどをしては暴れまわる。
だが、いくら範囲が広く、強い攻撃でも、速過ぎるコウガには全くかすりもしない。徐々に竜のHPだけが減っていった。
HPが低くなった証拠に、竜は吼えるも脚が限界を迎えたように倒れ始める。
「オラ! まだ寝る時間じゃねえぞ!」
前のめりに倒れそうになる暗黒竜の正面に目掛けてコウガは走った。
そして――一本だったはずの長剣を二本に分割し、両手で持ったその双剣で舞う。竜が悲鳴にも聴こえる叫びをあげると同時。今度は一本一本の刃が双方へ向くように、剣の柄同士を結合させ、それを持った自分ごと回転させて切り上がった。
倒れるはずだった暗黒竜の体は、コウガの流れるような連撃によって起こされる。
「今だ!」
「はぁぁぁぁっ!」
起き上がされた竜の胸に、レイラは気を込めた拳を叩き込んだ。……しっかりと直撃したその拳撃は、巨大な暗黒竜を軽く吹き飛ばし、体力をゼロにした。
クエスト完了したという報告がラヴィに、そしてパーティメンバーである二人にも伝えられる。
「お二人とも、お疲れ様です。それと、ありがとうございます」
一息吐いているコウガとレイラのところまで近付き、深く礼をするラヴィ。
「まあ、約束だしな。……ところでレイラ。お前ここ一週間で大分進歩したな。単発技でグレイズすることもあまりなくなったし、動きも文句つけるところがなくなってきてる。詰め詰めで戦い続けた結果かね」
「へへ、そうかい? ……そういえば、今の戦いで気になったんだけど、コウガが使ってる剣って何か他と違う気がする。どうなっているんだい? そいつは」
「……ああ、こいつか? こいつは、『変型剣』つって剣士専用の武器さ」
「へん、けいけん?」
「まあ、別に大したもんじゃねえさ。っと、説明するにもまずは街に戻るとしようぜ。ここじゃゆっくり話ができないしな」
他の2人も同感だと頷く。今度はちゃんと帰還用のアイテムを持ってきているから安心だ。
3人は左手首に付けている腕輪に触れる。端末石の起動。半透明のウィンドウが表示され、アイテムと書かれた部分をタッチする。
そこから『帰還の礼符』というのを選ぶと一枚の青白い札が手元に出現した。それを自分の目の前に投げる。
すると、投げた札が光りだし、人一人は入れるだろう大きさの門が現れた。
――予め決めてある町などに一瞬で戻ることができる、それが『帰還の礼符』だ。
作ったゲートに各々入っていく。光っていたゲートは霧のように消えると、そこには3人の姿も消えていた。
転移門と同じく、一瞬で景色は殺伐としたダンジョン内ではなく、活気溢れる街に変わった。
プラネティスでも、一・二を争う大きさをもつ街……というよりも、ここは城下町と言うべきか。町の奥には城が建っている。それが、ここシールブング城だ。
中に入れば、見えるのは所狭しとプレイヤーで賑わう通り。そこはまるで市場のようだ。
別の区画へ足を運べば、綺麗に並ぶ住宅に、外装からして素敵な雰囲気を出している武具屋・雑貨店といった店の数々。
レイラはとても目を光らせながら歩いていた。
「へえ、ここが有名な城下町かい。数度通りかかっただけだから、中は初めて見るよ。……なるほど、警備もしっかりしてる。治安が良いってのも頷けるね」
横を通りかかった白銀の鎧を纏った騎士たちを見て、レイラは感嘆な声を漏らす。
「そうですねー。ここはあのトップギルドの《聖騎士団》が所有してますからね。あと、人気の由来とすれば、攻城戦でも無敗の聖騎士団が治めてるからこそ、そこに惹かれてやってくる方々もいるのでしょう。ね~? コウガ君」
「ん、ああ、そうだな。……あいつがちゃんとしてるおかげかね」
「もう、ラグナ君だけじゃないですよ。コウガ君も立派ですっ」
そっぽを向くコウガの腕を掴んでぶんぶんと振るラヴィ。……あまり、自分の功績なんてものは気にしてないのだが、そんなにはっきり言われるのも何か照れると思ったり。
2人の会話にきょとんとするレイラ。
「え、ラグナってあの『要塞騎士』って言われてる、あのラグナかい?」
「まあ、そう呼ばれてたっけか。……というか、ここは本当に人多いな。やっぱあそこに行くか。これじゃ、どこも満席くせえぞ」
「え? あ、うん。あたしはこの場所のこと全然わからないから、任せるよ」
「そんじゃ、方向を変えて――」
「――どうしてくれるんだ! あぁ!?」
ある場所へ行こうと方向転換しようとしたら、突然人混みの方から怒声が聞こえてきた。
声がする方へ見ると、やじ馬が沸いている。ただでさえプレイヤーが多いというのに、そこだけ密度が半端ではない。
(……ったく、何だ?)
「ねえ、ちょっと様子だけでも見に行ってみないかい?」
「そうですね、何かあったのでしょうか?」
レイラとラヴィの二人は急ぎ足で、その人の溜まっている場所へと向かう。二人が行ってしまった以上、自分も行くしかないか、と肩をすくめながらコウガも向かった。
「なんだなんだ? 喧嘩か?」
「なんか、騎士様にぶつかったとかどうとかで……」
他のプレイヤーたちの会話を小耳に挟みつつ、人混みの中へと潜り込む。
狭い中をやっとのこと抜けると、ぽっかりと穴が開いてるような空間があり、そこには二人のプレイヤーが対峙していた。一人は、先程見かけた騎士と同じ、白銀の甲冑を身に纏った巨躯な男。……あの鎧は聖騎士団の騎士という証らしい。だから、装備している彼はおそらくその団員の1人だろう。
そして、もう1人の方は、騎士とは対照的にみすぼらしい布服を着た、中年の男性。あの大男に圧倒されたのか、尻餅をつきながら何か謝っている様子だ。……なんてことか、このプレイヤーをコウガは少々知っている。故に余計見過ごせなくなってしまった。
ため息を吐きながら隣を見ると、先に向かっていたレイラとラヴィがこちらを手招きしている。
「……何があったんだ?」
「どうも、あのおやじが騎士に思い切りぶつかったらしくてね。それで騎士の方がマジギレらしい。話だけ聞けばおやじの方に悪気はないらしいんだけど」
「はい、なにかぶつかった拍子に鎧に傷がどうとか怒っていますね。……そんなことより、コウガ君、あの人」
「ああ。……おっさんには悪いが、丁度いいな。レイラ、お前はサーチャーを開いて見てろ」
「え、え? ……あ、ちょっと! 二人とも!」
戸惑うレイラを尻目にコウガとラヴィは揉め事を起こしている男性プレイヤー二人に歩み寄っていった。
「――ひぃ! す、すみませんでしたぁ!」
「謝るだけなら誰でもできんだろうが。どうしてくれんだ? 鎧に傷がついちまってるんだけどよぉ!」
畳み掛けるかのように怒声を放つ騎士に、怯えながら何度も謝罪を繰り返す男性。
どっちが悪いかなんてものは傍から見ただけじゃわからない。けど、コウガにはそんなことは別にどうでもよかった。――丁度良い見本が出来る相手を見つけたから、ついでに助け舟を出すだけだ。
「おいおい、そんだけ謝ってんだ。許してやれよ」
「何だてめえらは? 部外者が入ってくんじゃねえよ」
「いや、案外そうでもないんだわ。――大丈夫か? おっさん。立てるか?」
腰をついてる男性に向かってしゃがんで話しかけるコウガ。今にも泣きそうな顔でコウガを見ると、男性の表情に若干の喜びが見えた。
「……あ、あんちゃん。わ、悪ぃ、腰が抜けて……」
「はぁ。……ラヴィ、おっさんを連れて、あそこへ先に行っててくれ」
「は~い。……うんしょっと、大丈夫ですか? それじゃ、行きましょ~」
何食わぬ顔で男性に肩を貸して、その場から離れるラヴィ。その突然の行動に呆然と見送っていた騎士もすぐに我へと帰った。
「お、おい! てめえら、なに勝手なことしてやがんだ! 話は終わってねえぞ!」
「安心しな、代わりに俺が聞いてやるから。……ま、大方、当たり屋みたいなもんだろ? あのおっさんから巻き上げようとかどうとかしてた、とかな。騎士様にしちゃ素敵な手口だな」
「はぁ!? ふざけたことを抜かしてんじゃねえぞ!? あの野郎がこの俺様にぶつかってきたんだ!」
「たかが、ぶつかったぐらいで……」
「それだけじゃねえ! あの野郎――」
「ぶつかって鎧に傷がついたから、謝罪じゃなく弁償をしろって? はっ、当たり屋と大差ねえよ。ってか、そもそも重装系統の防具がそんなぶつかっただけで簡単に傷つくかよ。あんた、騎士になりたてか何かか?」