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共通の舞台をテーマにサークルのメンバーそれぞれで制作した作品です。
良ければもう片方の作品『君の隣で歩ける世界 ~リベラルウェイ・オンライン sideナギサ~』も御覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n9169bo/
コウガは眠っていた。
数十メートルは優に超えるであろう大樹の上で、彼は数時間もの間眠っていた。
そして、ゆっくりと今目を開いた。眼前にはどこまでも広がる青空。
若干寝ぼけているのか、半目で回りをぐるっと確認する。今彼がいる木もそうだが、巨大ともいえる樹木が所々に生えていた。
高所を恐怖することはなく、下もゆっくり見渡す。限りなく緑が生い茂っている大地。目覚めの第一印象として、『高いな~』と思った。
耳をすますと、聞こえてくるのは小鳥のさえずり。風で揺れた葉たちの掠れる音。スッと息をすると、木々や葉から出る自然な香りが鼻孔をくすぐる。ちょうど気持ちの良い強さの風が頬を軽く撫で、髪を少しなびかせる。そのどれも心地が良いせいか、彼はもう一度うとうとし始める。
だが、自分がいる場所の明らかな違和感に気が付き、今度ははっきりと目を覚ました。
「……おっと、インしたまま寝ちまったのか俺は」
欠伸から大きい伸びをした後、両手を握ったり開いたりを繰り返した。感触は完全に現実の自分の体のそれに近い。一瞬でもこれが現実での自分の体だと思い込んでしまうほどに鮮明にできている。
しかし、両手に付けている黒いオープンフィンガーグローブと手首にはめている簡素な腕輪が目に入る。
そして、極め付けは視界の左上にさきほどから表示されている緑色のゲージと、それの量を数値化したかのような数字。それを見て改めて確信した。
「相変わらず、現実と区別しにくいな、この世界は……」
――そう、ここはゲーム。バーチャル世界、VRとも言われていたりする。現在、コウガが見ているもの、聞こえているもの、そして自分の姿もまた全て偽りのもの。いわばここは仮想空間というものである。
その空間で作られたゲーム。ジャンルをVRMMORPGと表した、名は『リベラルウェイ・オンライン』と呼ばれている。彼はそのゲームのプレイヤーだ。
「……さて、と」
コウガは立ち上がると同時に、左の手首にはめている青く透き通った石の腕輪――通称『端末石』――に軽く触れた。
すると、手首の上に半透明な白い板のようなものが表示される。そこにはステータスやアイテム、オプション、ログアウトなど、いろいろなワードが記されていた。
――これはメニューウィンドウ。さっき触った端末石と呼ばれるものから出すことができる。
そのウィンドウを開いて、ステータスとある部分をタッチし、更に違うウィンドウを出す。そこから『装備』へ。『武器』とあるリスト、中には『トランスソード』とだけ記されていた。コウガはそれを選んだ。
ふっ、と微かな効果音《SE》が鳴ると同時に、コウガの手元に一振りの長剣が現れた。銀色の刀身、目立った装飾もない少し刃が広い両刃の剣、どこにでもありそうなシンプルなその武器を確認したコウガは、よしと背中にその剣を提げ、木から飛び降りる。
軽やかな身のこなしで、危険な高さすらもろともせず、静かに着地した。
――このゲームでは、落下時によるダメージというものが存在するが、これは体力《VIT》か敏捷性《AGL》のステータスを高めているプレイヤーにはあまり関係のないことでもある。敏捷性を主に上げているコウガはまさに落下ダメージを心配する必要のないプレイヤーだ。
「まずは、プラネティスに戻るとすっかなー。……ん?」
少し歩くと、木の陰にあるものに気が付いた。
それは、人の身体を遥かに超えている巨大な猪。それも現実では絶対に見れないほどの体躯をしている。死んでいるのか、ぴくりとも動かないが、存在感は計り知れない。
おそらくこの辺りに現れるモンスターであろう。それも、このタイプは、1人で相手にするにはモンスターの推奨レベルよりも自分のレベルが高いか、またはパーティを組んで挑むべき《中型》としてカテゴリー化されているものだ。
「寝てる間にどんぱちやってたわけか……」
近くまで歩み寄ると、その死体はまるで石が砕けるように分解され、霧のようにその場から消えていった。
モンスターを倒した際、その死体は今のように消えていくようになっているのだが、直後ではなく少し経ってから消えるように設定されている。
ということは、さきほどまであの巨大な猪を誰か他のプレイヤーが相手をし、倒したということになるわけで、その誰かはまだ近くにいるという可能性もある。
「まだ倒した直後か。……てことは、注意するべきか」
コウガは自分の武器に意識をはりつつ、再び歩み始めた。
しばらく歩いていくと、道に沿って見える木々が少なくなり、道が徐々に幅広くなっていく。
更に奥へと進んでいく。すると、門の代わりであるのか、2本の木が左右に見えた。抜けると、広場のような場所にコウガは辿り着いた。
そこはまるで、円状にくり抜いたかのようにその場だけ樹木がない。その回りにはモンスターもいなく、今までの大樹より一回り二回りも大きな木が1本だけ生えている。
もしかすれば、ここはそれを中心とした、休憩所なのかもしれない。あるいは……。
「まるで、ここで思い切りやれって感じだな」
ここはフィールド――さしずめ、『森林』や『樹海』とすればいいか――という分類に属する場所である。
しかし、フィールドといっても、ここは『普通のフィールドとは異なる』仕様だというのをコウガは知っている。そして、リベラルウェイ・オンラインには『そういう』事を臨んで行うプレイヤーが多くいることも……。だからこそ、少しでも気を緩ませるのは危険であると、このゲームを長くやり続けてきて得た経験がそう告げる。油断は出来ない。
「さっさと抜けたいもんだな」
呟くと、そのままこの広場を通り抜けようとしたが……。