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第九十八話 夜明けの闇



 マスケットの元を離れ、サイさんとククリさんに連れ出してもらい、とうとうメイスと会うことが出来た。

 彼女ならば、何とかしてくれるのではないか。そう思ってここまで来たのだ。僕にはもうどうにも出来なくても、マスケット自身にもどうにも出来なくても、メイスならば、思いもよらない解決を自慢気な顔で提示してくれるかもしれない。根拠もなく僕はそう思っている。

 そう思うのは『剣』のことだけではない。メイスには不思議な雰囲気がある。

 僕が、……いやどこの誰も思いつかないであろうことを思いつく。それがメイスだ。

 誰も考えないことを考え付く。

 彼女はきっと、誰も知らないことを知っている。


 けれど久しぶりに会えた彼女は、見るも無残な様だった。

 一体何があったのか。後遺症が残るほどの魔力切れを起こしていた。

 その姿は、絶望の底で涙すら枯れているようだった。


 戻らなかったサイさんが言っていたとおり、城砦都市を壊滅させたのはメイスらしい。

 彼女の身に何があったのか想像もつかない。理由を聞こうにも、彼女は言葉すら失ってしまっていた。

 メイスに言わなければならない言葉が幾百もあったはずなのに、今のメイスに掛けるべき言葉がわからない。

 あんなメイスを頼るなんて、僕には出来ない。



 小さな女の子。

 それが僕の彼女に対する第一印象だ。

 カノーネ大商会会長の御令嬢と並んで歩く、古ぼけたとんがり帽子の女の子。

 すぐに父が噂をしていた子だとわかった。父の政友ギロチン様が仮住まいの使用人に雇ったと言う、魔法学園の奨励魔道師。彼女は貴族の血筋でも大商人の子でもなく、何の後ろ盾も無く才能だけで学園にいる。

 ひと目見ただけで教養の低さが見て取れたものだ。公然と憚りも無くイビキを鳴らし、淑女にあるまじき歩調で足を上げ、公然と憚りも無く大きな声を張り上げ、淑女にあるまじき横柄な態度を取る。

 下町の小さな女の子。常ならば目に留めることもない。


 しかし僕は入学の前から、父にその子の助けになれと言われていたのだ。隣のマスケット嬢に誰もが注目を集める中、僕は誰よりも先に彼女たちに話しかけた。……その結果僕はこれ以上ないほどの恥を掻かされてしまったが、それは置いておいて。

 彼女はとても強かった。

 男の僕が憧れてしまうほどに。


 気品もなければ真面目さともほど遠い。誇りも持たない気負いもない。

 そんな彼女は誰よりも優れた魔術の使い手で、職人が舌を巻くアイデアを出し算術すらお手の物。

 話せば話すほどミステリアスだと思った。

 メイスは不思議な娘だ。そこに僕は魅力を感じていた。


『 それはそうだ あれはこの世界の人間ではない 』


 手に持つ剣が、僕の心に答えをくれた。


「君は、僕の知らないメイスを知ってるんだな」

『 私はあれの願いを叶える そのためにもう誰の願いも叶えない 』

「でも君は、メイスに捨てられてしまったじゃあないか」

『 ぐ…… 』


 メイスが必要としているのはこの剣ではなく剣の鞘らしい。

 なのでこの、願いを叶える万能の魔導器であるこの剣は、僕と一緒に何をするでもなく黄昏れている。

 明け方の前にククリさんの家屋馬車を抜け出し、少し離れた場所に大きな岩を見つけ背を預け地に座り、徐々に白む地平を見ながら人の言葉を理解する剣と話をしている。


「君は人の心が読めるんだろう? メイスは今喋れないんだ。彼女の気持ちを代弁してくれたまえよ」

『 人の心を覗いて欲望を暴く魔物め 気易く私の心を読むな と言われた 』

「…………」


 メイスは言葉を失ってしまった。自分の足で立つこともままならない。

 それを回復させることもこの剣ならば可能だ。だが剣はメイス以外の誰の願いも叶えないと言い、そのメイスは剣を拒絶する。

 僕はマスケットの願いを取り消して貰おうと思ったのに、これではこの剣に願えない。万能の魔導器に何の意味もなくなってしまった。

 ………僕がここまで来た意味もなくなってしまった。


 自分の無力が、耐え難く辛い。

 いっそ死んでしまった方がマシではないか。

 そんな考えが頭を廻る。


『 あれの願いを叶えれば 私はやっと終わることが出来るのに 』

「君は何故メイスの願いに拘るんだ?」

『 それが私の願いだったからだ 』


 この剣とメイスは深い因縁があるらしい。

 そもそも封印されていたこの剣を解き放ったのはメイスであるとのことだ。


『 願いを叶えることだけが私の機能 それを果たすため 私は私に願う者を自分に願った あれの願いを叶えるのは私自身の願いでもあるのだ 』

「……君にも願いがあったのか」


 この剣はあと2つしか願いを叶えられない。

 そしてメイスの願いは2つあるらしい。剣はそれを叶えたいようだ。たった一つしか願いを叶えないはずの剣が、メイスだけは特別なのだ。


「でもメイスは願わないようだね。それでも僕の願いは聞いてくれないのかい?」

『 無論だ 私はただ願われるまで待とう 』

「…………」


 どうやら剣は諦めるつもりが無い。

 どうあってもメイスの願いを叶えるつもりだろう。


「……じゃ、僕の願いを叶えてもらうのは諦めるとしようか」


 ならば僕は、諦めよう。

 剣に願うのを諦めよう。

 それはマスケットを諦めるという意味ではない。


 剣が駄目ならば自分でやらなければならない。僕だって自分の目的を諦めるわけにはいかないのだ。僕の目的はマスケットを救うことにある。

 力の無い僕に何が出来るか。

 自分の力で、答えを見つけなくては。





 2日も経つと杖を支えに何とか立って歩くくらいにはなれた。ドクの治癒魔術と無理なリハビリのおかげだろう。

 真空海月(シンクウクラゲ)の修理も済んだ。ドクはまた怒るだろうが、今日は夜明けから鞘有り(・・・)の飛行試験を行っている。


 足は動かずとも空は飛べる。

 とは言え魔力が無い。


 グリフォンの爪を電池として組み込む真空海月(シンクウクラゲ)であるのだが、今その爪は空っぽになってしまっている。通常飛行でも長くはもたないくらいだ。

 それでも私の魔力をぐんぐん吸い上げ、空中にビタリと停止する飛行服。(つえ)の魔法式さえあれば、想定通りの自在な機動が可能である。

 高度はきっかり100m。すっかり白くなってしまった私の髪だけが北北西の強い風に揺られ、それ以外は時間すら止まったように動かない。


 この状態を維持するのも、もって5分といったところか。魔力の確保は最優先課題である。

 しかし今の私には蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)がある。

 私の怒りを喰らい無尽蔵の魔力を吐き出すドラゴンの素材を操ればどんな魔導器も永久機関に変わるのだ。


 さて、問題は私がこの杖を扱えるかどうかだ。

 必要なものはただ怒りの感情。


 私が想うのは、マスケットのことだ。

 ふつふつと、



 ふつ(・・)ふつ(・・)と、怒りが込み上げてくる。

 私を裏切った、ともだち。

 私のことを鞭で打ち据えた、マスケット。

 王となった結果が、東の街を魔物に襲わせたこと。

 マスケットは悪くないとドクは言うけど、王に責任が無いなんて私は思わない。

 私はこの手で人を殺してしまったのだ。もう後戻りなんてしない。


 決して忘れない。

 この怒りはきっと、冷めない。

 思い知らせてやるまでは、

 塵の欠片も許しはしない。



 やがて杖から魔力が漏れ出るのを感じた。

 私の想いに答えるように、魔力が溢れて身体に染み渡る。

 力を感じる。何だって出来る力だ。

 街を一つ滅ぼしてみせた。

 国だって滅ぼしてやろう。

 きっとこの世界すら、滅ぼせる力。


 ここからだ。

 私はこの力を、怒りを制御しなければならない。

 感情の制御は苦手だけど、出来るようにならなければ。


 杖から溢れる魔力が勢いを増していく。

 河の水が嵩を増し、やがて激流となって氾濫するように。

 喰わせる怒りを調節して、魔力を制御しなければ。

 制御を誤れば私は心まで杖に喰われ、人を滅ぼす魔物にとって代わるだろう。


 この杖の中に潜むドラゴンは、憎しみと悲しみと怒りに支配されていた。

 杖と繋がり心を侵食されたとき、私はドラゴンの故郷が滅ぶのを見た。

 あれはきっとアルラウネが言っていたドラゴンの巣。翼のトカゲを神として崇めドラゴンに守護されていたという山近くの村。

 それを滅ぼした人間を、ドラゴンは何よりも憎んでいる。私が杖に飲まれれば、迷いなく人間を滅ぼすつもりだ。


 あの景色と同じ光景が、私の前にもあったかもしれない。

 マスター一人では済まなかった未来は確かにあった。

 そう考えると奥歯がギリギリと軋む。

 東の街は守られたが、守れなかった大切な命があった。


 すると、

 杖から溢れる魔力が、声となって響いた気がした。

 ドラゴンの声。

 けしてゆるすな。ひきさいてころせ。

 杖が魔力とともに、さらなる怒りを私に押し付けてくる。

 これに飲まれるわけにはいかない。これは翼の蜥蜴の怒りで、私のものじゃないのだ。私は私の怒りによってマスケットを……。





「メイス!! 何度言ったらわかるんだ君は!!」


 真下からドクの声が聞こえてきた。また勝手に外に出ていた私に怒り心頭のご様子だ。

 ゆっくりと高度を下げながら、言葉の無い私が言うことも出来ない言い訳を考えてみる。ドクの気が収まったら朝食を食べて出発だ。

 目的地はすでに空から見えている。


 青の国と赤の国の国境である大河。それを渡る大橋と、城砦都市へと続く平坦な荒野。

 東から昇る朝日に照らされて、その平野に人の灯りのあるキャンプが見えた。


 大規模な野営

 そこにたくさんの青い旗。

 青の国の騎士団、『軍隊』が動いている。


 戦争はもう始まっていた。







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