第九十三話 魔術戦闘5
たとえば蛇はこの世界で何一つ手に入れられなかった。
けれど私はこの世界で手に入れたものがある。
たとえば花はこの世界でたくさん失って生きた。
けれど私は何も失いたくない。
それは願いだ。
私の心が、本当に望むこと。
大切なものを失うのは悲しいって知ったから、
失いたくない。無くしたくない。
きっと誰だってそう願っている。
剣に願えば叶えてくれるだろうか。
「大切なものを失いませんように」
「みんなが無事でありますように」
「戦争が無くなりますように」
花は子供だと笑うだろうか。
蛇は贅沢だと睨むだろうか。
私は全てを失いたくないけれど、
剣は、
全てを叶えてはくれないだろう。
けれど、
蜥蜴は………、
○
空は晴天。やや東向きの風有り。BGMが大きく響いてずっと鳴り止まない。
大森林の深くまで飛んで東の街がはるか西。東の山が近くなって音楽はより一層大きく、耳を劈くほどに鳴り響いている。
ここまで深く森に入れば魔物の遭遇率はぐっと上がるはずだ。それをやり過ごしてここまで足を踏み入れるだけでも常人にはとても真似出来ないだろうに、こんな奥地までオルゴールの魔道具を仕掛けているなんて、冒険者という人種は侮れない。
そしてオルゴールの魔道具が奏でる軽快な音楽を掻き消さんばかりの、魔物たちの足音。
約30メートル上空からは、魔物たちの行進が木々の間に見える。
岩山羊、平面象、熊蜘蛛、飢餓豚、水蛙、花蚯蚓、他にも他にも、まだまだ増える。よく見ると樹黴や銀色草もいるか。森の中の植物型の魔物の索敵は空からでは難しそうだ。
それでも見えるだけで百匹以上。全てを相手にすると考えると背筋が寒くなるな。
それじゃあ、全てを相手にしよう。
詠唱を終えて放つ火魔術が私の手から真上に飛んだ。
大火輪と名付けたこの魔術は雀の涙ほどの少魔力でド派手な光と音を出す。そのまんま花火である。
魔物たちの注意を引くため、使えるものは何でも使う。
これほど魔物を引き付ける烽火は無い。空に咲いた大火の花が腹の底を叩くような音で大森林を揺らす。
そして全ての魔物が、空に浮かぶ私を見上げてくれた。
前にも右にも左にも、広がる大森林には音楽と魔物たちの鳴き声が響いている。それが一度で私に向いたのを感じた。
地鳴りのような足音が一瞬止まって、全部が私を向いて再び森を揺らし出す。本当面白いように釣れるな。
真空海月の中で手に掴むベルトを引いて足のベルトを踏む。ピッチとロールとヨーを駆使し魔物たちを一箇所に誘導して、
詠唱をした。
「召雷!!」
私の得意の雷魔術。上級一等攻撃魔術『召雷』
派手な上級魔術でありながら効果範囲は限定的だ。広範囲を薙ぎ払う魔術で大森林を燃やすわけにはいかない。そしてこの魔術ならほとんどの魔物を一撃で仕留められる。私の得意だけあって消費魔力もかなり抑えられているのだ。
集まる魔物が犇めいて私へ届けと手を伸ばすように木に登って折り重なり、そこへ魔法の雷が落ちる。落雷に打たれて十数体の魔物と大きな樹木が焼けるのが確認できた。
縦に割れて燃える樹木の側で辛うじて電流を逃れた魔物がぎゃあぎゃあと喚いている。しかしその爪も牙も、宙を浮かぶ私には届かない。
空を飛ぶということ。これだけでもこの真空海月は凄い兵器だ。
続けてもう一つ、二つ、雷を落として魔物を撃破していく。地上の魔物は私に手が出ない。空からの私の攻撃は一方的で、この調子で事が終わってくれるのではないかと都合のいい考えが湧いた。
そんなわけはないのはわかっている。
「メイス!避けて!!」
「……くっ!!」
杖が無ければ詠唱しなければならないのが魔術だ。
下級の魔術であっても一瞬で行使出来るものは無い。私が最速で出せる突風撃は世の魔道師が舌を巻く詠唱速度を誇るのだが、2秒という時間は戦場に於いて膨大だ。
それでは飛んでくる剣鳥を防ぐのに間に合わない。
もちろん、この世界には鳥の姿を模した魔物も多数いる。
総じてそれほど危険度は高くない。空を飛ぶのはほとんどが身軽な小型の魔物で、飛んだところで魔物の武器は嘴や爪だ。近づいた所を斬れば剣士でも対応出来ないことはないし、魔道師には追尾魔術や呪魔術というものもある。
しかし今ここで重要なのは魔物の弱さではなく、私の脆さである。
ロクに動けない気球の魔道具は表面が少し傷つくだけで魔法式が欠けて機能しなくなる。こっちは制動で手一杯だというのに、攻撃を受けた途端に私は真っ逆さまだ。
地を這う魔物の牙は私に届かなくても、
飛来する鳥の爪は、私の命に届いてしまう。
右手のベルトを力の限り、思い切り引っ張った。
袖と裾の笠が大きくひしゃげて、体勢を大きく崩したクラゲが左に傾いて流れるように宙を滑る。
急降下気味に突っ込んできた剣鳥はとりあえずは運良く回避出来た。羽ばたき向きを変えてまたも私を狙おうとする鳥の魔物をミニラウネの豆鉄砲が撃ち落とす。
突風撃で一度空中を跳ねてクラゲの体勢を立て直すと、次々と森から飛び立つ鳥たちが見えた。
「何匹かはボクでも撃ち落とせるよ!メイスは魔術の詠唱を!」
「よしっ!」
範囲魔術は動きの素早い魔物を複数相手にするには有効だが、魔力のロスが大きい。
やはり追尾魔術を詠唱しよう。
「……猟炎団!!」
複数の追炎弾を同時に放つ魔術。
指定対象の条件付けは『素早く動く物体』だ。
私が同時に出せる上限一杯。32発の火球が飛ぶ鳥を落とす。
骨梟、蜂鷲、黒群鴉、向かってくる鳥たちの羽が次々に燃えていく中で、泡水鳥が一匹燃えずに尚も飛んで来た。
そいつにミニラウネの豆鉄砲。着弾の寸前に炸裂した豆が水の羽に無数の穴を開けた。燃える鳥たちと一緒に真下の森へ落ちていく。
その森から尚も次々と魔物の鳥が飛んで来る。
次いで火炎薙を詠唱して何匹か同じように燃やし落としていくが、息を付く暇も無い。
正直キツいと早くも弱音が沸く。オルゴールを処理する街の人たちのために地上の魔物も減らさないといけないのに……。
[ 一度高く飛んで鳥を引き付けろ それから一気に高度を落とせ ]
「バジリスク、どうするつもりだ?」
[ 眼を使う ]
蛇が眼鏡に走らせる文字を見て急いで上昇風魔術を詠唱した。
高度を上げて見る見る地面が遠くなる。上昇する私を追って鳥の魔物たちも翼を羽ばたかせて、まるでイカロスのように太陽を目指す。
頑張って羽ばたく鳥たちには悪いが、私はクラゲの笠を畳んだ。両手のベルトを放して膝を曲げると笠を張る力が無くなり、大きく撓んでバランスが崩れる。そのまま真っ逆さまに自由落下して鳥たちを上空に置き去り森へ落ちる前に突風撃を詠唱。身を捻って再び笠を張り空飛ぶクラゲが跳ねる。
下方を位置取ったところで蛇の王の眼が上を睨んだ。
バジリスクの石化の魔法。
飛ぶ鳥たちは片端から石になって落ちた。
下を睨ませて大森林を丸ごと石にするわけにはいかないが、相変わらず凄い眼だ。浮かぶ雲まで本当に砂になって消えてしまった。
………やれる。
なんとかやれそうだ。
やはりバジリスクとアルラウネは頼りになる。私一人では無理でも、この二匹が味方ならばきっと街を守りきれる。
大森林に鳴り響く音楽も心なしか勢いが弱くなってきていた。オルゴールの魔道具は確実に数を減らしている。街の人たちも頑張っているんだ。
[ 今のはそう何度も使えないぞ ]
「あと何回使える?」
[ 2度 といったところか ]
「マジで!? アルラウネは?」
「……とうとう限界みてぇだ」
「まだ始めたばっかりだろ!!もうちょっと頑張ってくれ!!」
頼りになると思った矢先、2匹は早くも限界に近いようだ。小花はともかく蛇もまだ本調子ではないか。
いやそれでも撃ち漏らした鳥を相手してくれるのと、囲まれたときに起死回生が出来るのはとても大きいと思う。
「メイス!!!!」
「っっ!!??」
ぐらりと視界が揺らいだ。
「毒霧雲だよ!風魔術を!」
「何だそれは!?」
「山脈のもっと東にいる魔物だよ!霧だから見え難いんだ!」
聞いたこともない魔物だ。気分が悪い。
霧だから見えない魔物というのはわからないが身体がダルくて手足に力が入らないが呼吸が苦しいのにすぐ近くには魔物の姿は無くて山脈の東なんて行った事もないし考えが纏まらなくてキモチワルイ……。
「しっかりしてメイス!!」
「……ぐ………、螺旋風」
周囲に風を起こして纏わり付く霧を散らした。
あ、危ないところだった。毒霧の魔物なんてのがいるのか。しかし毒自体はそれほど強くないようだ。頭を振って意識を整えた。
「気をつけて。かなり東の方からも魔物が集まってるみたいだ。こっちの西側の図鑑しか見てないメイスが知らない魔物もいるよ」
「東側……、あの山の向こうか」
魔物の図鑑は熟読している私だが、知らない魔物がいたっておかしくはない。
私たちはこの大陸の西側しか知らない。東側にも小国が点在しているらしいが大陸を区切る中央山脈は魔物の巣窟だ。東側どころか、山脈に足を踏み入れた人だってほとんど居ないだろう。
アルラウネはその東側から来たのだった。私が知らない魔物も知っているのか。
「他に危険な魔物は!?」
[ 見えない物は 石には出来ないぞ ]
「見えない魔物はそんなには……、地上から空を攻撃できる魔物はいるよ。あと火山を小さくしたような奴とか、森に擬態した魔物もいる。とにかく気をつけて!」
く……、魔物の情報をいちいち確認していたのでは対応が遅れてしまう。やりにくい。
鳥型の魔物だけ気をつければいいということもなくなった。どんどんと状況が悪くなる。
[ 右から来るぞ ]
「!?」
魔物の姿を確認するよりも手足のベルトを引く。
避けたつもりだが、気球の制動にはやはり限界があった。
私の右の脇腹と頬に衝撃。
重い打撃が突き刺さって、一瞬意識が飛んで真空海月の制動が手から離れた。
森へ落ちる。
目が回って見えることに脳が追いつかない。
あちこちにまた衝撃。
わけがわからない。
「メイス!!メイス!!」
ミニラウネの声で覚醒した。
気絶はたぶん一瞬だ。ここは魔物の胃袋ではない。
土と草の臭い。森の中。私は空から落ちたのだ。
上を見ると木々の枝葉が不自然な形に伸びて歪んで折り重なっている。小花が魔法で木々をクッションにしてくれたのだ。
全身が痛いがアバラが何本かイってることもない。身体は動く。真空海月も何処も傷付いてないな。
「よかった。すぐに起きて」
「ぃつ……、いまのは…?」
「球体群って言う魔物だよ。小さな玉の群体でお互いに引っ付いたり離れたりして全体の形を変えるんだ。さっきは身体をいくつか投げて来たんだね」
「なんだその知育玩具は…」
また知らない魔物だ。
群生型か。やっかいだな。
「有効な魔術は?」
「そんな強い魔物じゃない。一つ一つはパチンコ玉くらいなんだ。宙を浮いてるわけでもないから地面を転がって集まるんだけど、集まるとどんな形にも姿を変えられる。とにかく数が多いのが問題なんだ。でも本体に攻撃出来れば弱い火魔術でも倒せるよ」
「……それなら!」
ざぁぁぁぁ……、という音が木々の間から聞こえてくる。
大量の、本当に大量のパチンコ玉のようなものが森の中を移動しているのだ。私を取り囲んでいたその音が眼前に集まって積みあがっていく。
生き物の形になるか武器の形になるか。
全て集まりきる前に叩くのが良さそうだ。
[ 他の魔物も集まっているぞ 急げ ]
「わかってる。……地導雷!」
浮いているわけでないのならこれが有効なはずだ。
地表に雷を伝わせる魔術。威力は弱いが確実に当たる。
波立つ金属球群は私の魔術で本体まで通電し、拠り所を失ってぶち撒かれたようにバラバラになってしまった。
ほぼ同時に他の魔物の足音も集まってきた。
獣の姿の魔物たちが私を取り囲んでいる。
再び飛び上がるための上昇風魔術を詠唱しながら、袖の中にあった魔法紙を全部ばら撒いた。
飛び上がると同時に魔法紙の反転土魔術が地面に穴を開ける。集まる魔物が何匹か落ちるのを尻目にまんまと宙へ逃げることが出来た。
……と、思ったら木の上に登って待ち構えていた棘針鼬が跳びかかって来た。
ミニラウネの豆鉄砲が撃ち抜く。
「メイス油断しないで」
「た、助かった。さっきも落ちたとき木で受け止めてくれたし、魔力は大丈夫なのか?」
「……苦しいです。評価してください」
「…………」
ミニラウネはもうダメそうだ。頭の花が萎れてきている。さすがに使いすぎだろう。
自動迎撃を失ってしまった。
それでも私がやらなければ。
真空海月の笠を張り、高度を上げる。
再び空から森を見下ろして、思い切り息を吐いて深呼吸。
今から片時も詠唱を止められない。
地を這う獣の魔物には、
召雷。
空飛ぶ鳥の魔物には、
猟炎弾。
数に押されて囲まれる前に、
暴風流。
私も残りの魔力はそう多くないけど、
鳥の襲撃をやり過ごし、知らない魔物に驚いて、何度も雷を落として、
無尽蔵に押し寄せてくる魔物たちに、挫けそうになりながら、
だんだんと、しかし確実に音楽が止んでいって、
ギリギリだけど、
やっぱり、やれる。
街を守れる。
東の山からオルゴール魔道具の音楽を辿ってやってくる魔物も、森の途中で音楽が途切れれば進む道標を失い足を止める。『人間』がいなければ集まった魔物同士で共食いを始めるはずだ。
後は私が姿を眩ませるだけでいい。
………やがて、
東の街の方から、次第に音楽が聞こえなくなってきた。
魔力も底を尽きかけている。潮時だ。
私は広範囲に水濃霧を撒いて姿を眩ませる。
真空海月を東の街に向け、残した濃霧に雷を数度落とした。
これでいい。街の人たちも適当なところで引き上げているはず。オルゴールの魔道具は全ては回収出来ないだろうが、ここまで数が減れば大丈夫だ。いずれ内蔵魔力も尽きる。
私も魔力を使いすぎてへとへとだ。
私は、勝った。
目論見通りに街を守り切った。
帰ろう。
赤の国のこと、戦争のこと、考えることはあるけど、今日のところは、街の無事を喜び、休もう。
○
街はこうして守られた。
みんな私を褒め称えてくれた。
私は街を守れたのだ。
たしかに、
街を、守れたのだ。
けれど私は、喜ぶことも、
休むことも、誇ることも出来ないで、
気付けば、
悲しみと、
憎しみと、
怒りが、
私の、心を、
引き裂いて、
○
「メイス、ケガ人が大勢いるみたいだね」
「……もう一頑張りか」
無事に帰った東の街では、広場でケガ人の手当てがされているようだった。
オルゴールを回収しに森に入って、単体の魔物と遭遇したのだろう。
この街に治癒魔道師は居ない。私が頑張らないとな。
溜め息を吐く私の顔はしかし笑っている。晴れやかな気分だ。
みんなが無事ならそれでいい。今日はもう倒れるまで治癒魔術を使おう。
[ 森近くにまだ魔物が数匹いるな 俺が行こう ]
「ボクもそっちを手伝おうかな。治癒魔術はボクも使えるけど、街の人にボクらが見られるわけにいかないしね」
「うん、頼む」
街の門の前に降りて飛行服を脱ぐ。
脇のポケットからにゅるりと飛び出した二匹は森へ向かった。
私は門をくぐって、街の人たちの賞賛をそこそこに、ケガ人の集められた広場へ向かう。
前に私が広めておいたトリアージをちゃんと使っているな。雑多に横たわるケガ人の腕には緑や黄色の布が巻かれている。この世界には治癒魔術師が少ないし薬品類もほとんど無いので識別救急の効果は高い。
緑はすでに手当てが終わっている人。黄はすぐに手当てしなくてもいい人。
私は緊急を要するケガ人が巻いているはずの赤い色の布を探す。
泣き声が聞こえる。
「メイスちゃん!無事だったんだわね!」
私を呼ぶ声。
手を引かれる。
「ど、どうしたんですか?」
「こっちだわよ。マスターが……」
広場から外れ、急いで酒場まで引っ張られた。
数人の人に囲まれて、酒場のマスターが横たわっていた。
奥さんが、すぐ側で泣いていた。
「マスター!!ケガをしたんですか!!」
「ぉぉ……、嬢…ちゃんか………」
力の無い目で私を見るマスターは腹部が真っ赤で、血が止め処無く溢れるのを奥さんが必死に手で押さえている。
マスターの腕には、黒い布が巻かれていた。
駆け寄って恐る恐るシャツを捲くり、傷を確認した。
奥さんに手を離してもらうとマスターが痛みに呻く。
横腹が大きく抉られ、内臓まで傷付いてしまっている。
命まで、届いてしまっている。
……これでは、助からない。
「やられ…、ちまった…」
「あ……、ぁ…ひどい……」
治癒魔術は、
欠損した身体を再生させることはもちろん、ここまで大きく傷付いた皮膚を修復することは出来ない。
縫合しようにも、施術の概念がこの世界には無い。
私にはあるけど…、
どうしていいのかわからない。
止血の知識。
消毒された針と糸。
麻酔。
全てすぐに用意出来ない。
何をする暇も無い。
何も出来ない。
マスターの傷からは血が溢れて、でも意識もあるし粗いけどちゃんと呼吸もしているのに。
地球の医学ならば、すぐに救急車を呼んで病院に行けば助かるかもしれないのに。
マスターは、まだ生きているのに。
どんどん死が近づいて、止めることが出来ない。
「……すまねぇな、嬢…ちゃん」
「……………マスター」
「一緒に…酒……、飲んで…やれ、なかった…な……」
○
私は街を守りきった。
けど大切なものが失われた。
もう、取り戻せない。
マスターはもう笑ってくれない。
漬け物の作り方を教えてくれない。
隠れてお酒を飲むのを叱ってくれない。
私が15歳になったら、誕生日に一緒にお酒を飲む約束だったのに。
もうマスターの酒場で、マスターのお酒を飲むことは出来ない。
どうしてこんなことになってしまったのか。
気付けばその場を飛び出して、真空海月を着込んで飛び出そうとしていた。
するとポケットに格納した杖が熱くて、
蜥蜴の翼が、まるで語りかけてくるようだった。
サイが言っていた。
赤の国は戦争をするつもりで、
東の街を、魔物に襲わせるのだと。
どうして魔物に東の街を襲わせなければいけないのか。
どうして戦争なんて起こさなくてはいけないのか。
どうしてマスターが、死ななくてはいけないのか。
誰か教えて欲しい。
お願いだから。
杖に、触れる。
それだけで不思議と気持ちが決まった。
私は、
許せない。
そう思った。
こんなことをしたのは赤の国だ。
マスケットの国だから出来るだけ考えないようにしてきたけれど、もうダメだ。
マスケットは赤の国の王として、戦争を起こそうとしてこんなことをした。
私は許せない。
そう思うと怒りが込み上げて来た。
どんどんと大きくなって、胸を裂いて飛び出しそう。
悲しみと、
憎しみと、
怒りが、
私の心の中で、
翼になって、
理性なんて、
きっと、
尻尾のように、
切って、
捨ててしまったのだ。