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第八十五話 蛇との会合


 正確な地図が無いので砂漠の全容は知れない。

 何度かの雨と魔物の襲撃をやり過ごし、そこへ到着した私たちは目の前の異様に息を呑んだ。

 岩山の間を抜けるように進み、サボテンのような植物の群生地を過ぎると、その先は砂と石の世界だった。

 その一面の世界の前に、私たちは立っている。


「ここには、一匹の魔物が棲んでるんだ」


 言葉を失う二人に、私が説明をする。


「サイはクラーケンのこと知ってるだろ? あんな、魔法を使う魔物がいるんだ」

「…………あのイカと同じような魔物がいるのかぃ」

「私は何匹か会ってる。その一匹に聞いたんだ。

 その蛇の魔物は見るだけで何でも石に変えてしまう魔法を使う」

「そんな……これ全部一匹の魔物の仕業なんッスか?」


 目の前には、砂と石の世界が広がっている。

 砂の大地と、散見する岩山と、

 たくさんの人の姿をした石の像。

 それが、見える範囲にずっと続いている。


「大昔の調査団かなんかだろうねぇ。どいつもおんなじ格好だよ」

「みんな石になっちゃってるッス」


 鎧を着込んだ兵士の姿の石像群。

 きっと石にされた人たちだ。他にも馬車やなんだかよくわからないもの、いろんなものが石にされていた。生命あるものもないものも全てだ。

 よく見ると半分崩れてしまっているものもいる。さらによくよく見るとほとんど崩れ落ちて足先しか残っていないものもいるようだ。石にされた時期に開きがあるのだろう。

 何度も何度も、この砂漠に調査団が送られたのだ。

 ゆるやかに風化して崩れるほど昔から。

 それが全て、砂漠の入り口で石にされている。


「マジで見られるだけで石になっちまうんッスか??」

「どうするんだぃ? それじゃ近づくこともできゃしないじゃないか」

「こっちが見えないくらいの光を出して近づくつもりだよ。

 それに戦わなくても、クラーケンみたいな話せるやつなら説得しようと思う」

「……はん。あのイカと同じなら、あんたにゃ懐くかもしれないかぃ?」


 言い方はアレだが、まぁその通りだ。

 魔物は全てが一人の日本人から生まれた。アルラウネが言うには東京の学生か。クラーケンもグリフォンもそのことを覚えていた。

 そしてその特別な魔物たちは、同じ地球人である私の気配がわかるらしい。

 ひょっとしたらクラーケンのときのように手加減の効かない攻撃を受けるかもしれないが、そのための防衛手段は用意してきたつもりだ。ちゃんとお手紙も書いてきました。


「というわけで、ここからは私一人で行く」

「待ちな。あんた一人で行くつもりだったのかぃ」

「日が暮れる前には一旦戻るつもりだよ。といってもそんな時間は掛からないと思う」


 魔物たちは私の気配を感じられる。

 およそ数kmほどまで近づけば向こうから気付いてくれるはずだ。真空海月(シンクウクラゲ)で飛んで下に向けて光を放てば後ろを取られる心配もない。


「あんたを一人にしとくと危なっかしぃって話をしてんだけどねぇ」

「危なくないよ。準備はしてきたんだ。サイ、私の荷物を出してくれ」

「はん? あの帆布みたいなデカい服かぃ?」


 サイとククリさんに手伝ってもらって、特殊飛行服に身を包む。

 起動させると表面に薄い真空の膜が生まれ、まるで帆が張るようにスカートの笠が広がり私の身体が宙に持ち上がった。


「へぇ……、驚いたねぇこういう魔道具なのかぃ」

「まぁな。見ての通りこれを使えば空が飛べる」


 言いながら支点の無い空中でバランスを取るため、左右の袖の中のベルトを掴んで操作する。

 宙を浮かぶ気球服の中で、私の身体を支えてくれるのは骨のように張り巡らされた皮のベルトだけだ。袖の中のベルトを引いて足に掛かったベルトを踏み込み身体の位置を確かにする。

 詠唱を終えた上昇風(アップウィンド)で、一気に高く舞い上がった。

 眼下にサイとククリさん、そしてタマハガネと馬車を見下ろしながら、私は声を高く張り上げる。


「それじゃ行って来る! 安全が確認出来たら合図を送るから!」

「すっげぇッス!! 社長アレいくらで売れるかわかんねぇッスよ!!」

「慌てるんじゃないよククリ。まずはアレを作れるあいつを丸め込まなくちゃねぇ」

「……………大閃光(メガブラスト)

「うおっまぶしっっ!?」

「目がぁ!!目がぁぁッス!!」


 眼下の地上で二人が何か言っているが、全て無視しておいた。

 大閃光(メガブラスト)の守りも忘れず、石像の群れを見下ろしながら、私は砂漠の空を飛ぶ。

 この光の盾が無ければ、私は次の瞬間にも石になって地に落ちてもおかしくはない。

 油断は出来ないが、私は内心大丈夫なんじゃないかと思っている。


 空にはさっきも小雨を降らせた雲の兄弟が浮かんでいる。

 この砂漠に棲む蛇も、あの雲を見ているはずだ。

 見るもの全てを石に変える目で。

 バジリスクは飛ぶ鳥すら殺すというが、現に雲は事も無し。


 ならばやはり、蛇は自らの意思で石化の魔法を使わないこともある。

 もしくは石に出来ない物がある。

 どちらにしろ、見るもの全てを石にはしないということだ。





 高度は50m程度だろうか。

 サイに借りた小さな望遠鏡を覗くと砂漠の向こうに海が見えた。この高度で先が見越せるならそこまで大きな砂漠じゃないな。平坦なだけの地形ではないが直線距離で20km弱といったところか。

 ゆるやかだが風が複雑なので低空飛行である。後ろのタマハガネの馬車は石像群にまぎれてすぐに見えなくなってしまった。

 下にも人の石像の群れ。空の上から見下ろすと雑然と並んでいるように見えた石像たちはいくつかの隊列にわかれているのがわかる。色々な石像があるのが見て取れるな。かなり重厚な鎧を着込む石像もいれば魔道師らしき石像もいる。

 見下ろしながらゆっくり飛んでいると、しばらくしてだんだんと石像の密度が減っていった。その辺になると格好もてんでバラバラだ。調査団や兵士以外の、傭兵や盗賊なんかも混じっているのだろう。


 それも越えるともう本当に砂の世界だ。

 黄色い砂と赤い岩くらいしかない土地が広がっている。

 蛇はどこにいるんだろうか? ここは古代の王国の跡という話だが構造物らしきものひとつ見えな………ん。

 前方やや左に何かが動いている。


 魔術で風を操りそちらに進路を向けると、地面に異常があるのを確認出来た。

 かなりの広範囲に渡る砂の地面が、波紋のように波打っている。

 石を放り込んだ池の水面のように。砂が蠢いて波のように動いているのだ。

 ゆっくり私が近づくにつれて、その波紋が小さくなっていく。

 まるでその中心に、私を誘うように。



 いる。

 土を司る魔物が、私の気配を察知して出したサインだ。



 効果時間がもうすぐ終わる大閃光(メガブラスト)を追加詠唱して、油断無く波紋の中心に向けた。

 真空海月(シンクウクラゲ)をゆっくりと進め、警戒しながら、波紋の中心に目を凝らす。

 そして唐突に、砂の波紋の動きが止んだ。

 中心だった地面の砂は、盛り上がって膨らんでいる。

 私は真空海月(シンクウクラゲ)の動きを止め、急激に膨らみ続ける砂の塊を警戒する。

 膨らんだ砂の塊は、やがて形を変えて、

 大きな人の像を形作った。


 胸に抱える左手には銘板。

 まっすぐ伸ばした右手に松明。

 頭には七つの突起を持つ冠。


 この世界に存在するはずもない、自由の女神像が砂漠に現れた。

 「なんてことだここは地球だったのか」なんて、SF映画なネタも私に地球を連想させるメッセージだ。

 そう考えている間にも、スカイツリーやらピサの斜塔やら、ナスカの地上絵のような落書きまで次々と砂細工が生まれていく。

 私は光の魔術を消し、ゆっくりと高度を下げ着陸した。


 

 私が砂の大地に着地するのと同時に、音を立てて崩れる数々の砂細工。

 元の何も無い砂漠に戻り、地平線をぐるりと見渡す。

 柔らかい砂を踏むと足に何か硬いものが触れた。

 何かと思い手で砂を避けて拾い上げると、石板が出てきた。


 30×50cmほどの薄くて軽い石の板。

 [ 待っていた ] と、

 日本語の漢字と平仮名で描かれていた。

 やっぱり、蛇も人間だったときの記憶を残している。



 そして、

 石板から目を離し、顔を上げる私の前。

 気付けばもうそこに居た。




 黄土色の鱗に覆われた小さな姿。

 とぐろ(・・・)を巻いた細長い体は、伸ばせば1mほどにはなるだろうか。

 口からはチロチロと先の割れた舌が出る。尻尾の先も忙しなく揺れている。

 頭には本当に、王冠のような赤いトサカがあった。


 そして私を見つめる黄金の両目。

 睨まれた私は、少しも石になったりはしなかった。



「バジリスク……」


 名前を口にすると、返事をするようにさっきの石版が震えた。

 見るとさっきと文字が違う。

 土を操る要領で石板に文字を刻んだり消したり。ちゃんと筆談できるんじゃないかバジリスク。

 私の見込みは正しかった。バジリスクは日本語の文字で私と会話をすることが出来るし、さっきの砂細工の挨拶も地球のことを忘れていない証だ。


[ 地球の人間かと思ったが これはどういうことだ? ]


 石板の文字が蛇の意思を私に伝える。

 ……しかしその言葉は疑問の形だった。


[ フルーレ お前はとうの昔に死んでいるはず ]


 私を誰かと勘違いしているのか?

 パキパキと小さな音をたて、平らな表面に新たな文字が刻まれる。

 ……………、フルーレ?


[ その気配は確かに地球のもの そうか

  あの剣の力で地球に逃れていたのか? ]


 わけのわからない情報が並べられ、私の頭は混乱してしまうが、

 『フルーレ』という名前に聞き覚えがあった。

 ……えっとなんだっけ?


[ ならばあの約束は戯れ言というわけでもなかったか

  俺はそれでもよかったのだが

  俺は今も あの約束を覚えているぞ ]


 確か、

 グラディウスがいつか言っていた、

 千年前にグラディウス自身を造り、地球から百人の人間を召喚した、

 魔王の本当の名前。


[ あの約束が果たされたとき

  余す所無くお前の全ては 俺の物

  その約束を 覚えている

  あの約束はもう 俺の物だ ]




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