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第八十三話 勝負の約束

 次の朝、肝心の矢にナタの魔力を充填して貰った。

 ナタは生まれつき魔力が多い。常人の十数倍の魔力を元にさらに数十倍の魔力を練って、電磁弓(レールボウ)の矢に定着させて貰う。


「出来たぜ。しばらくすれば安定するだろ」

「大丈夫だったのか?」

「大丈夫だよ。……っても、やっぱハラ減ったな」


 やはり素材の影響でお腹が空いたようだ。ぐぅと鳴く腹に顔をしかめるナタ。

 次に私が魔力を食わせるときには、この素材は弓に射られて消えて無くなる。運用方法として悪くはないはずだがもったいない。すごくもったいない。


「よし、私がゴハン作ってやる!」


 ナタには色々と世話になった。

 せめてものお礼に、手料理を振舞うことにしよう。


「お前、料理出来るのか? あんな不器用なお前が?」

「失敬な!金属性魔術とは違うんだ。私だって料理くらい出来る」

「とてもそうは思えねぇ」

「料理なんて簡単だよ。切って煮て焼くだけだ」

「……とても料理が出来る発言とは思えねぇ」


 私の料理は青の国の東の街の家庭料理の味。それを異世界の日本人である私の味にアレンジしている。ナタの口に合うかはわからないが、お礼は気持ちだ。腕に縒りを掛けて精一杯おいしい料理を作ってやろう。

 私は器用貧乏なので得意料理なんてものは無い。しかしだからこそ、どんなものでもそれなりにおいしく料理できるつもりだ。


 ……そう考えていた時期が私にもありました。


「任せておけよ。ちなみにナタは食べたい物とかある?」

「そうだな……肉が食いたい。

 久しぶりに砂蛙の汁が食いたいな」



 『カエル』

 脊椎動物亜門両生綱、いわゆる両生類に代表される無尾目類の生物の総称である。

 発達した後ろ足。捕虫のため長く伸びる舌。そして大きく膨らむ鳴嚢。

 たぶん、この世で一番気色の悪い生き物である。



「…か、カエッ!?!?カエル!!?? カエルなんか食べるのかお前!!?」

「何だよ美味いんだぞ? 蛙がダメなら蛇とか鼠とか……」

「…………………」(絶句)


 ………し、

 ……………信…じられない。

 ナタがそんなゲテモノ食いだったなんて。


 食文化の違いに戦慄する。

 カエルとかヘビとか、あまつさえネズミなんて、あんなの食べるなんて頭がどうかしてるとしか思えない。

 あんなの食べるなんて頭がどうかしてるとしか思えない!!

 どうかしてるとしか思えない!!!!


 そもそも不衛生だし、両生類とか爬虫類とかげっ歯類とか、食の文化という概念から最も遠い存在だろ。

 カエルだのイモリだの食って粘液で胃袋爛れないのか。

 ヘビだのトカゲだの食って毒で内臓ヤられないのか。

 ネズミとか食べて黒死病とか伝染しないのか。

 ま、まさか犬や猫まで食うとか言い出すんじゃないだろうな。いやいやそれ以前にまさか、蟲とか食べたりしないよな?? 寄生虫に腹破られて死ぬぞ!?


「……ちょっと離れてくれる? ナタがそんなゲテモノを食べるやつだとは思わなかった」

「なんだよ。青の国はどうか知らないけど、この国じゃ普通の食いもんだっての。お前は何が好きなんだよ?」

「私は、肉なら鶏肉が好きだな」

「……そんな味変わらねぇじゃねぇか」

「 全 然 ち が う !!!! 」


 どこが同じだどこが!!!!

 んなゲテモノと『かしわ』を一緒にするなよ! アスリートの味方、低脂肪高タンパク食肉なんだぞ!

 ニワトリは古くから家畜として人類に貢献してきた生き物なんだ。テキ屋のカラーひよこはみんなオスだったけど卵は完全栄養食だし、卵を産まなくなってもヒネは熟年の旨みが凝縮されたように味わい深いんだ。骨までいい出汁が取れるから捨てるところなんて存在しない。モモは柔らかくて言うまでもなく美味しいしムネやササミはとってもヘルシーだし手羽はお酒によく合うしぼんじりもせせりも軟骨もホルモンだってどこでも誰でも簡単においしくいただけます!愛でて良し、食べて良しよ!


 それをあんな両生類と変わらない味だなどと。あんなヌメヌメにゅるにゅる…、きっとドロとゲロの味がするんだ。潰れた軟体が空気を絞り出すような声で鳴きやがって何がメメタァだよシャツの中なんかでどっこい生きてないで本当に潰れてしまえばいいんだ。いややっぱやめて潰れたカエルの挽肉なんて見たくない私が知らないところでひっそりと絶滅していて欲しい。長い舌の先から足の水かきに至るまで視覚的優位な部位はひとつたりとも存在しない。卵なんて悪意の群れがこの世に具現化したような様相じゃないか思い出しただけで気持ち悪い。あの一粒一粒からカエルの子が孵るなんて考えるだけで背筋が寒くなる。大量のオタマジャクシが空から降ってくるなどという話は想像するだに地獄絵図でしかないよ。


「あんなの捌くくらいなら自分の手首捌いて死ぬわ」

「そんなに蛙が嫌いか。美味いのに」

「カエルもヘビもネズミも嫌いだ」

「お前こないだ俺が買ってやったネズミ肉の串焼きウマイウマイって食ってたじゃねぇか」

「私に何てもん食わせてんだっっ!!!!!!」


 あの燻製クズ肉のことか!!なんか硬くて変な味だと思ったよ!!

 どんな嫌がらせだよ!!カエルとカタツムリと子犬の尻尾で出来てんのかお前は!!


「……アホぉぉぅ! ネズミなんか食わせやがって、どうしてくれるんだよぅ!」

「いやだから、ウマイっつってただろ?」


 たしかに美味かったけども。そう言ったけども!!

 それは空腹が最高の調味料だっただけで、イカの精神汚染の所為で私が私じゃなかったんだ。やはり素材の影響は恐ろしい。あぁ恐ろしい。


「とにかく肉だな。そこで待ってろ!!

 あんなクズ肉よりずっと美味い本物の肉料理をご覧に入れますよ!」

「亀とかでもいいぞ?」

「………意地でもまともなもん食わせてやる」

「まぁまかせとく。期待はしないけどな!」


 見てろよナタめ。貴様の頬を叩き落してやる。

 二度とそんなゲテモノが美味いなどと言えない体にしてやるからな。





 食材を買い揃えるため、街を歩く。

 といっても私は顔が知れているので、一度サイの馬車に戻ってククリさんを借り、買い物に付き合ってもらうことにした。

 青の国から商人が多く移り住んでいる商店街、その端の空き地に、サイの馬車は店を構えている。

 朝は市場の時間だ。露店の無い商店通りはすっきりしているが活気がある。

 そして私が歩くと視線を感じる。あちこちから遠巻きに様子を見られる気がして落ち着かない。

 この国に来て一週間ほど。いい加減慣れたけどね。


「あ、メイス氏。おかえりッス」

「ククリさん。ただいま戻りました」


 馬車に入るとククリさんが迎えてくれた。

 一緒におつかいで兵士団に行ったきり私だけ無断で何日も戻らなかったわけだが、特に咎められることはない。その日の内から私の行動はククリさんが把握していたようだ。というか紅炎の弟子と魔族の私のペアは目立つので噂になっていたらしい。


「なんか連日紅炎の弟子さまとデートしてるって噂を聞くもんッスからそっとしといたんッスけど、今日はナタ氏は一緒じゃないんッスか?」

「デート違いますよ。なんでそんな恋愛脳なんですか」


 ククリさんは馬車の中で商品の検品をしていているところのようだ。木箱が開かれ様々な物品が床に並べられている。しかし数が少ないな。

 そしてサイの姿が見えない。


「サイはいないんですか?」

「社長はここんところず~っと仕事サボって、何かやってるみたいッス」

「え?そうなんですか?」

「なんか調べものくさいッスね。毎日早くから出掛けて夜遅く帰ってくるんッスよ」


 数日会わない間に、サイも仕事を放っぽりだして単独行動を取っているらしい。

 奴め、何をしているのかはわからないが今日用があるのはククリさんだ。


「社長に御用ッス?」

「それもあるんですが、ククリさんにも用が。

 でもサイがいないのならここを留守に出来ないですよね」

「それが、社長いなくて仕事になんなくって、持て余しちまってるんッス。

 タマハガネが留守番してくれるッスからいくらでも付き合えるッスよ?」


 社長不在の商人は仕事も出来ずに暇だったようだ。聞けば来る日も売れ残った商品の検品ばかり。まともな指示もくれないサイは日の出と共に何処かへ出掛け深夜遅くに帰りすぐに寝てしまうのだという。ほんと何してるんだあいつは。


「ちょっと買い物に行きたいんです。料理の材料が欲しくて」

「了解ッス」


 今日もサイの帰りは遅いのだろう。

 好都合だ。仕事が無いんじゃ、ククリさんを借りても問題ない。

 二頭の巨馬タマハガネに馬車を任せ、市場へ出掛けた。





「連日のデートに手料理をご馳走……、次は何スか? ベッドインッスか?」

「べっ!!? 違いますよただのお礼なんですってばこの恋愛脳!!」

「男の子へお礼に手料理って発想が既に恋愛脳ッス」

「……………」


 別にナタに手料理を作ってあげたいんじゃなくて、クラーケンの素材の影響でお腹が空くもんだからしかたなく食事する必要があるだけでそれ以上の意味は何も無い。

 NO! 恋愛!


 二人で歩く商店街は青の国から移住してきた商人が多く店を構えるところなのだが、私を見るといい顔をされない。

 買い物は出来る。でも露骨に舌打ちをされるし、睨まれるといい気分はしない。

 ククリさんに頼み、必要なものを代わりに買って来てもらう。


「まずは肉でいいんッスよね? 今はネズミが安いみたいッスよ?」

「ククリさんまで……。

 私は鶏肉が欲しいんです。この際モミジでもエボシでもいいからチキンをお願いします」

「鳥は売り切れだったッス。売ってそうなとこも聞いといたッスけど」


 訪れた肉屋に鶏肉は無かった。

 売り切れというよりそもそも仕入れが無い感じだ。どうも養鶏が盛んな国ではないようだな。主な食肉はげっ歯類らしい。ハハッ。夢の国に粛清されろ。

 そういえばこの国の土地は基本的に荒野だ。なるほど牧場も満足に経営出来ないんだな。そう考えると牛肉も見ていない気がする。


 ………………、


「ククリさん。こないだこの国で仕入れてた缶詰め私とナタが全部食べましたけど、あれって一体何の肉だったんですかね?」

「ランチョンミートは牛か豚だと思うッスけど?」

「…………」


 緑色の鬼畜眼鏡先生がチラついたが、そんなわけはないよな。

 他国にも輸出する缶詰めだというのにわけのわからん肉使ってるわけがない。きっと飼育数が少ないから無駄な浪費を抑えるための缶詰めなんだ。よかった。

 気を取り直して肉屋に聞いた鶏肉屋を目指す。


「メイス氏って好き嫌い多そうッスね~」

「好き嫌いっていうか……」

「何でも食べないと大きくなれないんッスよ~。おっぱいも大きくならないッス」

「騙されませんからね?」


 ネズミを食べて胸が膨らむなんて話は聞いたこともない。

 私は(常識の範疇で)何でも食べてきたつもりだが、背も胸も全然大きくならないのだ。もう諦めた。

 全部あの剣とロリコンの呪いの所為なのだ。ククリさんの上司のことですよ!


「ナタ氏は何が食べたいって言ってるんッスか?」

「……………熱に浮かされたように鶏肉に餓えていました」

「国境封鎖で鶏肉は高級食材になっちまったッスからね~」


 ……そういえばそうだった。

 国交が制限されるようになって一週間ほど経つらしいのだが、輸入に頼る物品が手に入らなくなるのは当然の話だ。

 ん、サイが調べてるのって、そのことではないだろうか? そんなことを言っていた気がする。


「あ、メイス氏。鳥が売ってるッスよ」

「わぁすごい」


 次に訪れた肉屋には確かに鳥肉があった。

 店先にはダチョウのように巨大な走鳥種の肉が羽根を毟られて吊られていた。デカい鳥肌が血抜きもされて、誰かが既に買い取ったのか片足が切り分けられて無くなってる。肉厚の包丁を振りかざす店主に聞くと今朝狩られたばかりの新鮮な鳥肉だとのこと。


 鳥肉は鳥肉。

 だけどこれは鶏肉じゃない。

 チキンじゃない。

 コレジャナイ。


「うわ高っ!? この肉1ブロックで金貨3枚もするッスよ!?」

「鶏肉……チキン………う~~ん……」

「こんなの買うことないッス!もっと安い肉を……あ、メイス氏こっちの蛙肉のが」

「オヤジさんその鳥肉ください!!!!」


 背に腹は変えられない。蛙なんぞ食うよりこっちの方がマシだ。

 財布の中から虎の子の純金貨を取り出し買えるだけの鳥肉を買った。

 3kg強の鳥モモ肉。

 ナタもこれならば美味しいと言ってくれるはず。


「美味しいって言って欲しいんッスか?」

「………どうせ作るんなら美味しい方がいいでしょ」

「そこまでこだわってナタ氏に美味しい手料理を……、乙女か」

「ククリさん?」

「何でもないッス~。メイス氏のお金なんッスからメイス氏が好きに使えばいいッス~」



 そんな感じで買い物は無事終了。

 ククリさんも一緒に食事を誘ったのだが何かを遠慮された。

 ククリさんは馬車へ。私もナタの待つ家に戻る。


 気になるのはこの走鳥肉の調理法と、サイの調べていること。

 赤の国の国境が封鎖され、兵士たちが動き回っている。

 サイが何処にいるのかはわからないが、夜には一応馬車に帰ってくるらしい。その時に聞いてみよう。


 また何か変なイベントが起こる前に、早くマスケットに会わなければ。

 そのためにも、すぐにでも砂漠へ出発しよう。





「………なぁ、お前」

「どうしたナタ? ほっぺが落ちたか?」


 結局無難に唐揚げにした鳥肉を山と食べるナタが口を開く。

 矢の製作のときから何だかちらちら私を見て来るのはわかっていたのだが、何か言いたいことでもあるのだろうか?


「師匠が許してくれないから、俺は砂漠に行けないけどさ…

 お前が砂漠から戻ってきたら、また一緒に魔術をやらないか?

 その、なんだ。もっと色々教えてやってもいい」

「…………」


 それは、どういう意味だろう?

 明日中にも私は砂漠へ出発するつもりである。これから死地に赴く私に「戻ってきたら」なんてフラグを立てて間接的に抹殺しようという試みだろうか。だとしたら完全犯罪だ。眼鏡と蝶ネクタイの子供を罰することは出来ない。


「ナタは私を殺す気なの?」

「お前ひょっとして人の話聞いてないのか?

 お前に魔術教えるの、ちょっと楽しかったからさ。いつも師匠が言う教える楽しみってやつが、わかったんだ、と、思う」

「……………」

「……いや違うな。なんかさ、俺は当然お前の知らない魔術を知ってるけど、お前も俺の知らない魔術を知ってるんだよな。そういう奴は今までいなかったから、もっと色々、お前と話がしたいっていうか」

「お前にはあの嫌味な師匠の下で、兄弟弟子がたくさんいるんだろ?」

「俺は天才だからな。最初はいいんだけどすぐに他の奴は着いて来れなくなって、いつも俺一人で師匠に教えてもらってる。

 でもお前は違う。俺が教えた金魔術も、すぐに覚えて使いこなすし」

「…………」


 ナタは、

 一緒に高めあっていける相手が欲しい、ということだろうか。

 自分と同レベルの者がいない寂しさがあるのかもしれない。

 私を対等だと思ってくれているのだ。


「………ナタ」

「どうだ? 無理にとは言わねぇけど」

「私の、物の中身を取り出す古代魔術、教えてあげようか?」

「…!! マジか!?」

「うんマジマジ。金魔術教えてもらったお礼だ」

「絶対だからな! 約束だぞ!」


 ナタって子供みたいなときあるよな。

 それくらいの約束なら、いくらでもしてやる。

 フラグもへし折る。


「そしたらナタ、やっぱりさ」

「なんだ?」

「お互いの魔術を、比べようよ。

 やっぱりちゃんと、勝負しよう」

「……そうか。…そうだな!」


 ナタとちゃんと勝負する。

 魔術会から持ち越した勝負。お互いの魔術を競い、誇りを賭けた決闘だ。

 今度は条件なんて何も無い。本当にただ純粋な勝負。

 約束だよ。ナタ。




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