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第八十一話 王様に会うための一つの方法

「子供じゃないんだ。わざわざ送ってもらわなくたって大丈夫だよ」

「しゃーねーだろ。師匠に送れって言われたんだ」


 公園を後にしてサイの馬車へ帰ると、途中で雑用を終えたナタが追いついてきた。

 師匠の言いつけ通り、美しいお嬢様ことこの私を送ってくれるらしい。


「私は考えなくちゃいけないことがあるんだよ。どうやったらマスケットに会えるか…」

「その様子だと、ダメだったのか?」

「お前の師匠が言うにはな」


 マスケットは私と会うのを嫌がっている。王がそう言うならこの国で位の高い要人に口を利いて貰っても無駄だと思われる。

 それでも私はマスケットと話がしたい。グラディウスのこともある。

 やはり城に忍び込むか。


「なぁナタ。お城の詳細な見取り図とか手に入らない?」

「……何をするつもりなんだよ。忍び込むつもりなら俺が協力すると思うか?」

「ですよねー」


 紅炎も私が王に会うつもりなら邪魔をするようなことを言っていた。ナタもそうだろう。

 普通に考えて城の警備は厳重だろうな。兵士たちを出し抜けたとしてもあの老人は相手にしたくない。

 何か無いかなぁ。王様の行動パターンでも探るか? 24時間見張れば警備の薄いタイミングもあるかもしれない。


「ナタは王様に会ったことあるの?」

「あぁ。魔道師会で優勝したのを表彰されたよ」

「へぇ……」


 …………、

 ……なるほど表彰か。


 そういえば私にも経験があった。青の国で首都に大虎狼(タイガーウルフ)が進入したのを迎撃した件を、亀を退治した他の騎士や魔道師たちと一緒に、もののついでで表彰されたのだ。

 そういうアプローチでも王様には会えるのか。


 特別な功績を称えられる場なら、王様の近くまで行ける。

 あのときのついでのような表彰式ではなく、こう、有無を言わせないような大きな功績ならば、国中から称えられるようなレベルの功績をあげれば、

 一国の王ならば、

 勲章の一つも、賜わせる責任がある。


「………………」

「……どうした?」

「用事を思い出した」


 忘れていたわけではないが、思い出した。


 私の師匠はかつて翼を持つ蜥蜴を討伐して国王から勲章を貰ったと言っていた。

 蒼の勲章は私が持つには重いので、学園長に頼んで国に返してもらったが。

 人を脅かす強大な魔物を退治すれば、きっと無視出来ない功績となる。


「北の砂漠に、行かなくちゃ……」

「は?」

「そこに棲んでる魔物に用があるんだ。ナタ、手伝ってくれ!」


 忘れていたわけではないが、

 私は、バジリスクにも会わなければならないのだった。





 蛇に会いに行く。

 私が赤の国に来た目的の一つだ。

 八匹いるはずの特別な魔物の一匹。土と強欲のバジリスク。

 そいつはこの国の北の砂漠に棲んでいる。



 ナタから砂漠についての話を聞いた。

 赤の国の北の外れ。馬を3日ほど走らせたところに、その砂漠はある。

 そこは古代に王国があった場所。

 あるとき全て、石と砂に変わってしまった。


 砂を掘ればその国の財宝が今も眠っていると言われている。

 けれどそこへ行く者はいない。

 行けば帰ってこれないから。



 ある冒険者が仲間と共に、その財宝を狙って砂漠へ行った。

 しかし砂漠から帰った冒険者はたった一人。

 行けば帰れぬ砂漠から帰った、その男が見たものは、


 「蛇が(・・)いる(・・)」とつぶやいて、

 その場でそのまま、その姿のまま、

 石になってしまった仲間の姿。



 そんなおとぎ話の真偽はともかく、事実として砂漠から帰ってきた者は他に誰もいない。

 そんなところへ行こうとする私はバカだと言われた。



「そうそう。その蛇に用があるんだ」

「バカかお前は話聞いてろ! 帰って来れねぇって言ってんだろ!」

「大丈夫大丈夫。図鑑には載ってないけど私はその魔物を知ってるんだ」

「はぁ!?」


 サイの馬車ではなく、ナタの元実家だというゴミ家に戻って来た。

 山と積まれたゴミ、もとい資材を掻き分けて作業に必要なスペースを確保しようと、とりあえず作業机の周りから片付ける。

 とにかく準備が必要である。あの蛇の戦力はアルラウネも舌を巻くほどだ。


「なんでお前がそんなこと知ってんだ?」

「ちょっと知り合いの魔物に聞いて……いやそれはともかく、

 その蛇の魔物は、『見ただけ』で何でも石にしてしまう魔法を使うんだ」

「……魔法を使う魔物。『翼を持つ蜥蜴』や大昔の『鳥の姿の火』みたいなか?」

「そうだ。そいつを倒して砂漠の財宝を持って帰れば、王様も私を表彰してくれるんじゃないか?」

「お前、本当に諦めてないんだな…」


 扉の前で立ったまま話をしていたナタは、またも私に呆れてしまったようだ。

 が、しばらくすると部屋の片付けを手伝ってくれた。


「お前の言うことを信じるとして、見ただけで何でも石に出来るんなら無敵じゃねぇか。どうやって倒すんだよ?」

「信じてくれるのか?」

「まぁ、本当なら面白い話だ。お前は俺が知らないことを知っているし、鳥の火(トリノヒ)と同じ素材も持ってた。

 それに伝説級の魔物を倒すってんなら面白い。師匠だって砂漠に手を出したりしないんだぜ?」


 呆れたは呆れたが、それ以上に私の話に興味が出たようだ。


「それで? 無敵の魔物を倒す算段はあるのか?」

「何でも石にするなんて言って、それでも何でもかんでも石に出来やしないよ。私ならそいつが石に出来ないものを3つは並べることが出来る」

「お前の言うことはわけがわかんねぇ」

「ナタはただ手伝ってくれるだけでいいんだ。お前のその生まれ持った大量の魔力を貸して欲しい」


 私はバジリスクに会わなければならない。アルラウネが言うには狂って人を襲う蛇は手が付けられないらしいが、私はまず対話をしなければ。

 アルラウネはグリフォンも狂っていたと言っていた。

 でも私はグリフォンと話すことが出来た。

 簡単にはいくまい。アルラウネは蛇の姿を見た瞬間には石化の魔法で石にされたらしい。アルラウネの本体は頭の上に咲いている花で、いつもかぶっているチューリップハットに守られ一瞬石化の毒が遅れ助かったらしい。


 まずは蛇の目の前に立つ方法から用意しなくては。

 グリフォンのときはクラーケンが守ってくれた。私一人で身を守る盾や武器が必要だ。

 グラディウスに代わる通訳も必要か。日本語で手紙でも書くか。興味は引けると思う。


 方針が決まればつっぱしるだけ。

 久しぶりの魔道具製作だ。





 バジリスクは、見ただけで全てを石化させる毒を持っている。

 始末が悪いのは身に着けている物からも毒が伝染(まわ)ることだ。

 盾に身を隠しても、やがて盾を持つ手から毒が伝染り石になってしまう。

 アルラウネもあと少し本体の花を切り離すのが遅れていれば完全に石にされていたとのこと。

 鏡も効かないという話もある。…が目で見なければならないという時点で何でもは石に出来ないと言っているようなものだ。



 まず一つ。

 バジリスクは石を石にすることが出来ない。

 ……………、

 ……これはまぁ屁理屈だ。もとから石であるものを石化させることはできない。


 二つ。

 バジリスクは空気を石にすることが出来ない。

 空気は物質として存在する物だが、目で見ることが出来ない。

 蛇は触れるだけでも石化させられるらしいが、空気まで石にしていたら呼吸も出来なくなってしまうだろう。そんなマヌケな話はない。


 そして、三つ。



「どうだナタ? 私が見えるか?」

「全っ然見えねぇよ。っつか眩しすぎだろ」


 次の日。首都の城壁の外。街の東側にある演習場に来た。

 大小様々な石が積み上げられた小高い山がいくつもある。私とナタ以外にも数人の魔道師がいるようで、時折石山の向こう遠くから小さな爆発音のようなものが聞こえる。

 派手な魔術の実験によく利用される土地らしい。採石場のような場所だな。ここならどれだけの量の爆薬が全身タイツのヒーローを吹っ飛ばそうとも誰にも迷惑は掛からなさそうだ。


 ナタの目を眩ませているのは私の大閃光(メガブラスト)である。手加減抜きで光を生み出す極光の魔術。私のお腹の辺りから前方に向けて眩い光が生み出されている。

 ナタはいま自動車のハイビームを向けられたように目が眩み、こちらを見ることが出来ていない。しかし私からはナタの姿がよく見えている。



 バジリスクは、光を石にすることが出来ない。

 石化の魔法が目で物を見るというメカニズムを利用している限り、直視できないほどの光源を石化させることが出来ないのだ。光まで石化させてたらそもそも物を見ることが出来ないし、もしもバジリスクが発光体をも石化させていれば空に太陽は有り得ない。

 バジリスクに相対するためには、こちらの姿を相手が見れず、且つこちらは相手が見えなければならない。なのでこの光を盾にして近づこうと思う。


「お次は武器の方だ」


 用意しておいた紙を取り出す。

 丸めた紙を広げるとかなり大きい。すでに魔法式が書き込まれた魔法紙だ。


「えらくでかい魔法紙だな?」

「そりゃでかい魔術だからな。ナタにはこれに魔力を込めて欲しいんだ」

「?? 魔法紙だろ?」

「見てくれればわかるよ」


 魔法紙というものは、魔道具と違って使い捨てである。

 ただの紙に魔力容量なんて無い。魔力を通して魔術が行使されれば魔力切れで損壊する。

 けれどもこれはただの魔法紙ではない。


「……なんだこの魔力容量」

「驚いたか? これは例のイカ墨を使って書いてあるんだ」


 紙はただの紙でも、書き込んだインクは特別だ。

 クラーケンのイカ墨の魔力容量はヘタな宝石よりも大きい。しかも筆で直接魔法式を書くならば集中して魔力を定着させる魔道具作りよりもずっと早く作ることが出来る。

 これは魔力容量を持つ魔法紙である。それでもこの魔術を使えば魔力切れを起こすだろうが。

 利点は二つ。手早く製作出来ることと、これ自体にかなりの量の魔力をストックすることが出来ること。


「これ、どんな魔術なんだ?」

「なんだナタ。見てわからないか?」

「俺の解読ではこの魔術は攻撃にならない。なんだこれ?ただ高密度の雷を誘導するだけだろ?」

「正確には攻撃魔術じゃないよ。えーとナタは弓とか鉄砲って、わからないよな?」

「また俺の知らねぇことを……」

「実際に見てもらえば早いか」


 これ自体は攻撃をするための魔術ではない。この魔術が起こす現象が攻撃になる。

 近いのは投擲魔術か。その名の通り物を投げる魔術である。魔術で生み出した火の玉なんかを目標に向けて飛ばすのに使われる、多くの魔術に元から組み込まれているような基本的な魔術である。

 この世界に弓は無い。魔術が技術の根本であるから、物を飛ばすにも魔術を使うのが前提なのだ。物理的な装置や機構が発達しにくい世界。それ故に時計すら無い。歯車機構の概念すら怪しい。


 ともあれ弓や鉄砲。

 物を飛ばす、遠距離武器。

 これは攻撃魔術ではなく、武器を作り出す魔術である。


 バジリスクにダメージを与えるほどの攻撃力は用意しておいてしかるべきだろう。光の盾だけでは、やっと蛇の前に立てたに過ぎない。土を司る魔物は何も石化だけが能力ではないだろうし。

 しかし私の破壊雷(ギガヴォルカ)は超近距離魔術だ。ちょっとした槍程度の射程距離しか無い。触れればアウトな相手には頼りなさすぎる。

 師匠の杖が使えれば良かったのだが、手持ちのカードで戦うしかない。

 私の持つ最大の攻撃手段。

 その超電力がもたらす威力を、飛ば(・・)して(・・)みようと思う。



 ポケットから金属のボールを取り出す。私の小さな手に収まるほどの鉄の塊。簡単な金魔術で作った。これ自体はただの鉄球である。

 それを左手に持ち、魔法紙は畳んで口に咥えて、右手をフリーにする。

 鉄球を持ったままの左手をまっすぐ前に突き出し、身体は半身に構えた。


 魔力を練る。

 全力で。私が限界まで魔力を練らないとこの魔術に足りない。全身で集中して、巨大な魔力を練って、魔法紙に流し込む。

 クラーケンのイカ墨によって書き込まれた魔術が、起動した。



 魔術は二つの破壊雷(ギガヴォルカ)だ。

 突き出した左手の拳から、上下対称に紫電の槍が形成される。

 螺旋に安定させた私の最高魔術が磁界を形成して手の中の鉄球を捉えた。手を広げると鉄球が宙に浮き、対極の超電流の中心に保持される。

 それを今度は右手で掴み、引く。


 磁性を帯びた金属をまっすぐ引くと、それに引っ張られるように二本の雷槍も傾いていく。私の左手を支点にして、天を指す雷槍と地を指す雷槍の穂先が引き絞られる。

 そしてとうとう二つの先端が、右手に掴まれた弾体を挟み込んだ。


 まるで弓を引くような予備動作で、発射準備が完了する。

 弓の形をした、二本の雷。

 魔術で編んだレールガンである。

 『電磁弓(レールボウ)』と名付けよう。


 左手から限界まで引き絞られ平行に並ぶ二本のレールが、右手の鉄球に同時に触れる。

 とてつもない電流が生み出すローレンツ力が、金属の弾体を加速させた。





「それで? 想定以上の威力が出てしまい目の前全部が吹っ飛んだ、と……?」

「わざとじゃないんです。過失です。弁護士を呼んでください」


 上級二等以上の魔術行使は許可の申請が必要だったらしい。

 兵士に怒られたが、損壊される設備や器物があったわけでもなく運よく人的被害も無かった。私はこういうときの運はいいんだよな。ナタの名前も出すと今回だけは厳重注意で済ませてくれた。

 ちなみにナタ本人は居ない。奴は私を置いて逃げた。



 新魔術である電磁弓(レールボウ)の威力は想定以上だった。

 二発同時に出す破壊雷(ギガヴォルカ)の電力を運動エネルギーに置換する弓の魔術。私はまたもレベルアップしたな。レベル5くらいだろうか。


 演習場の石材の小山に向けて発射された鉄球の弾体は、私とナタの目の前をそれはもう見晴らし良くしてくれた。


 ヤヴァイと思ったときにはもうナタは消えていた。対応が速い。きっと彼奴もこういうことに慣れているんだ。

 私も遅れるまいとその場から離れたが、近隣の魔道師がそれを許してくれなかった。

 演習場に元から数人いた魔道師たちは、私の魔術が音速の壁を貫く音と、石材の小山に丸い穴が開く音と、演習場の一部がソニックブームによって薙ぎ払われる音を聞いてすぐさま駆けつけてきた。


 三人の魔道師による捕縛魔術でがんじがらめにされた私は兵士団に突き出され、こうして尋問を受けているのだ。俺は悪くねぇ。俺は悪くねぇ。



 ……まぁ実験は成功だ。

 想定以上の威力が出てくれて、大成功だったと言っていい。

 あとはこれを魔道具にして、ナタに魔力を籠めて貰う。


 兵士団から帰る道すがら、ベンチに座って少し休んだ。

 眩暈がする。左手が、今も小刻みに震えている。


 ある大魔道士は極大呪文を2発は撃てたはずだが、

 私の魔力では、たった1発でMP切れだ。



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