第八十話 ケージ
私はマスケットに会えない。
紅炎の魔道師に、そう言われた。
「そうですかありがとうございますお手数をお掛けしましたまた他を当たってみますそれではグッバイサヨナラまた会う日まで」
「ふん、私は二度とは会いたくない。君のその帽子を見ているとあの男を思い出す」
そうとう師匠に怨みがあるようだなこの御年配は。じつは私も二度と会いたくない。
嫌味な老魔道師が言うには、マスケットの方が私に会いたくないらしい。王が会わないと言えば会えないのだろう。
考えてみれば当然だ。
あの日あの魔術会でマスケットは二度と会わないと言って去った。
ならば、マスケットはもう二度と私に会わないつもりなのだろう。
しかし私は諦めるつもりはない。
諦めたらそこで試合終了だ。
「……その目は諦めていない目かね?」
「えぇ、まぁ」
「それでは困る。王が会わないと言われたのだ。私の立場では君を王の前に立たせるわけにはいかないな……」
「…………」
私を拘束でもするつもりかと一瞬思ったが、そこまではしないようだ。しかしこれは…要人に取り入る作戦はダメっぽいな。
ならば次の策を考えるまでだ。次が駄目でもその次の策。それも駄目でも私は諦めるわけにはいかない。正攻法でダメならば、やはり犯罪に手を染めることも考えよう。
私はアルラウネを白の国に残し、全てを押し付けてここまで来たのだ。このままおめおめと帰ったらあの色欲の魔物に犯される。お、犯され??何のことだ…うっ頭がっ!!
「師匠! 魔道兵器用のケージ持って来た……って何でお前がここにいるんだ?」
「あ、ナタ」
そこへ、重ねた木箱を両手に抱えたナタがやってきた。
今度こそ赤い箒頭。それに紅炎と同じ黒マント。昨日は私に愛想を尽かしさっさと帰ってしまったかに思えたナタであったが、私の望みは聞き届けてくれていたようだ。勝負の話は流れてしまった形でも、王に謁見出来るよう一応紅炎に掛け合ってくれていた。マスケットには拒否されてしまった形だが。
「お前、こんなとこで何してんだ?」
「もう帰るところだけど、お前の師匠と話してたんだよ。マスケットのこと、ちゃんと話してくれてたんだな」
「あぁ、まぁな。言うだけなら手間じゃないしな」
「ナタは何してるんだ?」
「師匠の雑用だよ。いつものことだ。
師匠、これ兵士団に運ぶんだろ?」
「うむ。ごくろう」
面倒臭そうな顔でがっちゃがっちゃと木箱を揺らしながら歩いてきた紅炎の弟子。弟子というのは師匠にこき使われる運命にあるのか。私もよく師匠に便利に使われたものだが、どこでも同じなんだな。ウルミさんとこのショテルはどうだったか。
師弟の時間の邪魔はするまい。ナタよ存分に師にこき使われてくれ。
嫌味な老人との話は済んだし、私も拘束でもされる前に帰ろうか。次のことを考えなければ。やはり正攻法以外で考え直すべきか……。
「私は帰るよ。いろいろありがとうナタ。今度ちゃんとお礼するよ」
「待ちたまえメイスの弟子」
今度こそ帰ろうとする私を、紅炎の魔道師が引きとめた。
「丁度良い。ナタよ荷物をそこへ置け」
何だ? まだ私に何か用があるのか、この老人は。
ナタに指示して重ねた木箱を地べたに置かせ、一番上の箱の蓋を外し出した。
木箱は蓋が釘で打たれて頑丈に閉じられている。
しかし紅炎がぼそり…と何か呟くと、全ての釘がまるで生き物のように形を変えてにゅるりと抜けてしまう。角栓みたいで気色悪い。
金属性の魔術。杖を使ったようでもなかった。
たった一言の詠唱で20以上の鉄釘を操作したのか。
「これを」
「いいのか師匠?」
「よい。必要なことだ」
意外そうな声を上げるナタに何か言い含め、さらに指示を出す老魔道師が何を考えているのかはわからない。
箱の中には、小さな箱が隙間無く敷き詰められていた。ナタがその一つを手に取り、私に手渡してくれる。
単一電池くらいの小さな金属の箱は赤魔銀で出来ているようだ。さっきナタが魔道兵器のケージと呼んでいたが、ケージとは何ぞや?
「ナタ、これは?」
「ケージだ。他国の魔道師が無闇に中身を見るのは許されてない」
「それって私が見てもいいの?」
「師匠が言うからな」
「ほんの戯れと思って付き合って欲しい。これが何か、わかるかね?」
「えっと魔道兵器の部品…ですよね?」
ケージが何かはわからないが、この小さな箱には見覚えがある。
白の国に行くときの船で初めて出会ったクラーケンが船を突ついていたときの、船乗りたちが武装していた魔道兵器。
火の矢を飛ばす槍の魔道兵器は単発式で、一発撃つごとにこのカートリッジを交換しているようだった。
まさしくそのもの電池の役割を果たすのだろう。中級火魔術を行使するほどの魔力というのは大きい。それほどの魔力容量ならば、中に紅石でも入っているのかもしれない。
おそらくあの槍には意図的に完結されていない魔法式が描き込まれていて、所定の位置にこのケージとやらを嵌め込むことで火の矢の魔術を完成させるのだ。
紅石を使い捨てるなどとは考えたくはないが、容量いっぱいの魔力を使って役目を終えるこのケージとやらは交換式の魔力貯蔵器なのだ。
しかし……、
「それだけかね?」
「…………」
疑問はこの単一電池の中身だ。
魔道師が『魔道具の中身』と言う場合、それは箱に入った物を指すのではなく魔力で描き込まれた魔法式を指す。
赤魔銀の小さな箱は継ぎ目の一つも無くどこも開くような構造になっていないが、魔力を感じ見ればそんなことは関係ない。
集中して見る中身の魔法式はかなり複雑に暗号化されたもので、簡単には解読出来ない工夫がされている。私から見ても見事な式だ。
しかしだ。
魔力をほとんど感じない。
魔道兵器の電池ならば、かなりの魔力が籠められているはずなのに。
魔道兵器の槍は完成されていない魔法式が描き込まれているはずで、それにケージを嵌め込んで初めて意味のある一つの魔法式になるはずだ。だからこのケージの方にも、単体では意味を成さない魔法式が描き込まれているはずである。
論理が定義されないパズルを解くことが出来ないように、一つしかないピースから絵を見ることが出来ないように。
これだけ見ても解読は出来ないはずなのに、解読出来てしまった。
「中身は……、火属性の魔術」
「………ふむ」
暗号化は見事なもの。
けれど肝心の魔術自体はとても簡単なもので、だからこそ私にも簡単に解読できた。
それは、火の矢を飛ばす中級魔術なんかではなくて、
下級ですらない、魔力を持っていれば子供でも扱えるような魔法だった。
「ただの、弱い火です」
「クックッ…その通りだよ」
簡単に暗号化を読み解いてしまった私を少しは評価するらしい紅炎だが、私には嘲笑しているように見える。私を嘲笑う目。値踏みするような目だ。
私は何かを見落としている。今の私の答えは用意された正解であり、絶対的な間違いだったのだ。
「納得がいかないようだね。では開けてみるがいい」
「え?」
「その魔銀の箱だよ。もちろん中に秘密があるのだが、君にわかるかな?メイスの弟子よ」
箱を開ける?
今度は魔道具としての中身ではなく、物理的に中に何が入っているのか実際に分解して見てみろと言っているのか。
「いいんですか?」
「あぁいいとも。壊れてしまうが一つくらいなら問題ない。私が開けようかね?」
「いえ自分で。では遠慮なく」
ケージは継ぎ目が無く、蓋を開けるような構造は無い。よく見ると針で刺したような小さな穴が開いているが、小さすぎて中を覗くことは出来そうにない。
赤魔銀の箱には何が入っているのかはわからない。でも魔力を見る限り中に特別なものは感じられない。魔法式は表面の赤魔銀に描き込まれているものだ。
紅炎の言う通り、開いて中を見てみよう。
「………ミスリライズ」
魔銀は魔術によって生成される金属だ。魔力容量はただの鉄にも劣るがとても硬い。金魔術で操作して変形させるのは難しそうだ。反転魔術を使うのが良さそうだな。
魔銀生成を反転させて魔銀の一部を消すと、ヴァニラのスタンドにやられたようにぽっかりと口を開けてくれた。ガォン!
「今の、どうやったんだ?」
「見たなナタよ。今のがメイスの反転魔術だ」
「……前にも使ってた術だな。そういう使い方も出来るのか」
私の反転魔術にナタが驚くが、さすがに紅炎は知っていたようだ。
「君は真にメイスの弟子なのだな。詠唱も見事だ」
「……えぇ、どうも」
「クックッ……ではその君には、それがどう見える?」
得意の遊びを楽しむように、紅炎がニヤリと笑う。
果たしてケージの箱は蛻の殻。
中には、何も無かった。
やっぱり嘘だったんじゃないですか中に誰もいませんよと思ったが、老人の勝ち誇った笑みが私を負けた気持ちにさせる。
「クックク……いやすまない。メイスの弟子である君を試してみたくなったのだよ。気を悪くしないで欲しい」
一応謝罪の言葉を吐くものの、心底可笑しそうに笑う紅炎は本当に性格の悪いクソジジイだ。私に中身を見せたのも、絶対に見破れないと高を括っていたからだろう。くやしい。
師匠にどんな因縁があるのか知らないが、その弟子を相手に憂さ晴らしなんて大人気ないってレベルじゃねーぞ。
「ではさらばだメイスの弟子。ナタよ、ケージを兵士団へ運んだ後にお嬢さんを送ってあげなさい」
理不尽な敗北感にジト目で睨む私を見て、紅炎の魔道師は満足がいったようだ。黒マントを翻しさっさと帰ってしまった。
……出来ればもう会いたくないな。
○
憩いの公園には私とナタが残された。
紅炎が去ったのを確認してから、その弟子に悪態を吐いておく。
「……ナタ」
「なんだ?」
「お前の師匠は性格が悪い」
「俺もそう思う。けどあれで師匠、自分の弟子たちにはやさしいんだ」
「え、ナタの他にも弟子がいるの?」
「あぁ、たくさんいる。俺の上にも兄弟子が7人いるぜ」
「よくあんな偏屈爺に弟子入りする人間がそれだけいるな。私の師匠には私一人しか弟子居なかったから、毎日マンツーマンで教えてもらえたよ。そんな人数でちゃんと弟子が育てられるのか」
「おい俺の師匠だぞ悪く言うな。師匠は俺らのことちゃんと考えてくれてんだ。お前の師匠だって死ぬ直前になって急に弟子取り出したんだろ。師匠が言ってたぞ。たった5年そこらで中途半端な教え方しか出来ないだろって」
「ぐ……あんな風に毎日嫌味言われ続けたら5年ももたんっちゅーねん!私の師匠はあんな爺さんと違って好々爺だったっちゅーねん!」
「ふん。師匠は現代魔道具製作の第一人者だぞ知ってるだろ。この国はもちろん青の国も白の国も師匠の作った魔道具で大量の飲料水を浄化してんだぞ。どれだけの人に貢献してるか」
「え!?あれあの人が作ったの!? くそぅ…師匠はなぁ……水土木の三属性の複合による地盤開拓法の新魔術を編み出したんだぞ!!未発表だけどな!!」
「なんだそれは!?詳しく聞かせろ!!」
しばらく言い合いになってしまったが、それはまぁいい。
ケージの詰められた箱に蓋を被せ釘を打ち込むための魔術の詠唱を始めるナタ。
蓋が打ち付けられる前に、ケージをもうひとつ拝借した。
「おい。これ以上は勝手に触んなよ」
「………ナタはこれの秘密、知ってるの?」
「いや……、俺も解読は出来てない。ケージの製法は師匠しか知らねぇんだ」
「ふぅん」
紅炎以外誰も知らない秘密の中身、か。
その紅炎はすでに帰ってしまった。
詠唱を始める。
「こんどは何の魔術だ?」
「白雪直伝、物の中身を取り出して移動させる古代魔術だ」
「は?」
ウルミさんに教えてもらった古代魔術で、唯一モノに出来た便利な魔術。
密閉された空間の中身を、外の座標に移動させる『召喚魔術』の変化とも言える魔術。
まさか紅炎も、白雪の馬の角の古代魔術までは知り得ないだろう。
紅炎が去ってから使うのは嫌味なジジイには見せたくなかったからだ。
中に何も無いかに見えたケージだが、開けた途端に中身が消滅する構造なのだとしたら……、そう思いダメもとで箱を開けずに中身を取り出してみた。
すると、
「 あつっ!!? 」
鋭い熱を感じた。
「どうした!?」
「いや、なんだ??」
中にある『何か』を手の平の上に移動させたつもりだったが、現れたのは熱だけ。軽く火傷してしまった。くそぅ結構熱くてびっくりした。
しかしそれ以外には、やはり何も無い。
…たしかに手応えはあった。中身を私の手の平に移動させる魔術は成功したはずだ。
つまりこのケージの中には『熱』が封じられているということか。
いや…これは……まさか。
「お前……」
「………………」
「おい」
「……え? 何?」
「お前、やっぱ凄ぇな」
考えこむ私に、ナタが変な声を出した。
少し興奮した様子で私の手を取り、まだ残っている『熱』を感じようと私の手の平の火傷を指で触れてきた。ちょやめろ痛くすぐったい。
「何だナタ。やめろ近い離れろ」
「中身を取り出す魔術だって?聞いたことねぇ! お前は俺が知らない魔術をどんだけ知ってんだ!?」
「声がでかい!落ち着け!」
「これが落ち着けるか!今まで誰もケージの中身はわからなかったのに」
「でも結果的に火傷しただけだぞ……」
公園にはまだ人がたくさんいるというのに、ナタみたいな有名人が声を上げると注目されてしまうだろうが。
べたべた触るな距離が近いんだよ。変な噂になったらどうするんだ。
頭ふたつ分も身長の違う黒マントを両手で押し退ける。
師匠の雑用に戻れ。ハウス!
「私は帰る」
「あ、おい待てよ!」
……結局、ケージとやらの中身はわからない。
手に軽い火傷をしただけ。
ケージの中身はこの熱に秘密があるようだが…、
……………、
………そんなわけないよな。と思う。