第七十六話 赤の国の首都
やぁメイス
ボクだよ
イヤらしいものの味方 ―――――だよ
おっと そうそう
このボクはボクであって もうボクじゃない
ここにいるこのボクは 君の色欲なのさ
といっても ボクと君の相性はあまりよくないみたいだね
繋がりが薄い ボクはこんなに君のことを思っているのに 関係は一方通行なんだね ちょっとショックだよ
君には性欲ってものが無いのかな?
まぁ 君は特別だものね
メイスが元から女の子ならよかったのかもしれない
はたまた男の子のままならよかったのかも
こと性に関して、君は微妙な身体だ
おまけにアレがまだ来てないじゃないか 周期の把握は基本なのに
いったいいくつなのかな君は? 10才? 5ちゃい?
うふふぅ そう怒らないでよ 話を続けよう
こうなってみてわかることは多かったよ 周期はわからなかったわけだけど
ここにいるボクは分身みたいなもの
ほんの 種でしかないからね
分身であるボクが知ったことを 本体が知ることは無い 安心してよ
それにこれは夢だから 起きたら君は忘れちゃうだろうね
ボクたち8匹の特別な魔物は その素材までも特別みたいだ
ボクらは体の一部になっても生きているんだよ
そして 人の魔力を食べて 生き返る
もちろんこんな体の一部だけじゃ動けやしないし 喋れもしなければ 性欲を持て余すのもままならないね
ここにいるこのボクは 君の魔力で やっと出来ているんだ
そしてボクの方からも 魔力を返しているはずだよ
きっといつも以上の魔力を扱えたはずだ
そのかわりに だ
ボクはボクの感情を 欲望を
まわりに撒き散らして 人間の心を侵食しようとしているんだよ
魔力を食べて欲望を返し 感情を食べて魔力を返す
君の魔力とエッチな心を食べて ボクの性欲と魔力を吐き出す
それがこのボクに残された機能だ
純粋な色欲しか残ってない それ以外の全てがこのボクには無い
といってもボクと君の相性が悪いもんだから 君以外の人の心を利用させてもらっている
きっと現実では 君のまわりにいる人が欲求不満になったりするだろうね
そしてこのままいくと 相性が悪いといっても君にだって影響が出てくるはずだ
そろそろ君も欲求不満を感じないかい?
イヤらしいことこの上ないね
うふふぅ そんなこと言ったって ボクにだってどうしようもない
もうボクには 善悪の区別だってついていないんだ
ただそうするだけの機能なのさ この種は
ま それはともかく
おそらく君は目が覚めたときにこのことを覚えていないと思うけど
君が何の成果も無く白の国に帰れば ボクの本体が君におしおきをする予定だよ
一人で勝手に飛び出しちゃって ボクの本体は激おこぷんぷん丸だ
薬漬けにして自我を壊して 廃人にするかもしれないね
ガンギマリで泡吹くほど脳内麻薬駄々漏れにされちゃうよ ボクの本体に
イヤらしいことこの上ないね 気をつけてね
あぁ 分身であるこのボクがそれを見れないのが残念だけれど
この意識も もう消えてしまう
時間切れみたいだ
繋がりが薄い がんばってみたけど この辺で限界だね
それじゃあね~
○
「 薬 漬 け っ て 何 だ ! ! ? 」
ベッドから跳ね起きて不吉なことを抜かす淫花を探す。
おしおきの度を完全に逸脱しているだろ! 危なすぎる! 引くわ! 超えちゃいけないライン考えろ!!
全くアルラウネのやつ、どこに……って、アルラウネ?
あれ? なんでアルラウネなんだ?? ここは赤の国。あいつが居るわけがない。
あ、夢を見たのか。あいつの夢というのが嫌な気分だが、うぅん…よく思い出せない。何か重要なような不吉なようなことを聞いた気がするのだが、……ぶるり、本当に夢だったのだろうか?
ここは何処だろう?
えっとたしか、サイの馬車で罠というかいろいろハメられそうになって、命からがら逃げ出して無我夢中で首都に向けて走って、そこで気を失ったのか。
必死だったとは言え、こんな魔物の出る国で自殺行為に等しい。途中で力尽きれば魔物のエサだったな。魔力も少なかったはずだがどうにかなったのだろうか? そういえばナタの顔を見たような気がする。
硬いベッドの上で体を起こして重い頭を巡らせる。
石造りの小さな部屋だ。四角い窓から見える外は夜だが、魔道具の照明が輝いて明るい。仮眠室かなんかだろうか? もしくは独房だ。
部屋の中には私が今寝ているベッドと、小さなイスが一つ。
「やっと起きたか」
そのイスに、真っ赤な箒のような頭をした黒マントが座っていた。
「な、ナタ!」
「いきなり来たと思ったらすぐぶっ倒れやがって、お前は何がしたいんだよ」
やはりナタに助けられたようだ。とするとここはもう赤の国の首都か。
どうやら私は無我夢中で荒野を走り、首都に到着すると同時に力尽きて倒れたようだ。そこを偶然ナタに拾われたのは本当に運がいいと思う。
つまらなそうに言いながら、ナタは水筒を投げて寄越してくれた。めちゃくちゃ喉が渇いていたのでありがたく煽る。
冷たい水を勢いよく飲むと頭がハッキリしてきた。
「ナタ、突然だけど話があるんだ」
「なんだよ?」
「この国の王に、マスケットに会いたいんだ」
頭はハッキリした。
何しにここまで来たのかもハッキリしている。
マスケットに会って、剣を返してもらう。
私は蒼雷の弟子として、青の国で王様に謁見する権利があるらしい。用事も無いので要らない権利だったが、ナタにも同様の権限があるはずだ。
「お前なら、紅炎の弟子なら国王に会うのも難しくないだろ? 私を会わせてくれ」
「はぁ? なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」
渋るナタに提示する交渉材料も用意している。
ナタはどうしても私と戦い、勝敗をハッキリさせたいらしい。あの魔術会での勝負が流れてしまい、私を訪ねて東の街まで来るほどだ。ナタなりのこだわりがあるのだろう。
それでナタの気が済むのなら、ナタの思うとおりの条件でいくらでも戦ってやろう。ただしマスケットに会わせてくれるのが条件だ。
やっこさんえらい執着だったからな。これならどんなことでもホイホイ言うことを聞いてくれるはずだ。
「前に言ってたじゃないか。私と勝負がしたいんだろ?」
「お前が杖造ったらって条件でな?」
「杖なら持って来た…………ん…だけど……」
アホな私は、そこでやっと問題に気が付いた。
蒼雷の杖、蜥蜴の翼。
それだけじゃない、真空海月も、とんがり帽子も、
全部サイの馬車に、忘れて来ちゃった。
○
赤の国の首都は巨大な城壁に囲まれた街である。
その城壁の大きさ高さは青の国の首都の城壁の倍ほどもある。あっちは三つの城壁だが、こちらはひとつでも高く分厚く、頑丈さも上だ。
そして何よりも門がでかい。
『正門』と呼ばれる巨大な観音開きは見上げるほどに背が高く幅もまた大きい。大きく分厚く重くそして大雑把すぎた。いや大雑把ってことは無い。意匠も見事だ。
ナタの知り合いだというおっちゃんの他、多人数の門番の人が住み込みで常駐しているらしいが、夜に門が開かれることはまず無いらしい。地理的に中央山脈に近いこの街は魔物がよく出るから、昼間であっても馬車が通る際にいちいち手続きをして開くことになる。
大昔は人が数十人で開いていたそうだが、今は魔道具の開閉システムがあるようだ。馬車が四台以上並んで通れそうなほど大きい。ガンダムでも歩いて通れそうだ。幅はともかくなんでこんな高く作る必要があるのだろうか? ファンタジー物ではよく見るが、何が通ることを想定しているのだろう?
これだけ巨大な門を構え、分厚い城壁が首都をすっかり囲んでいる。
巨人の襲来には高さが足りないかもしれないが、この城壁は魔法で出来ているのだ。
比喩的な意味では無い。大勢の魔道師が積み上げた岩石壁なのである。
赤の国の工業とは魔術学。鉄も魔術で成形するし家も魔術で建築する。
土魔術と金魔術で出来た街。それが赤の国の首都だ。
街灯の数も多い。今は夜で空には三つの月が輝いているのだが、その輝きが褪せるほどに煌々と光る大小さまざまな魔道具の灯りが街中の道や建物や宣伝看板などを照らし続けている。まるでネオンだな。青の国の首都でもこんなに明るくは無かった。魔道具の生産量も桁が違うようだ。
街は正門から中心の広場に向けて一直線に大通りが突き抜け、その左右に特徴的な四角い建物が立ち並ぶ。中央広場から先は高台だ。折り返すように波打つ上り坂が左右に伸びて迂回するように登っていく。驚くべきことにこの高台も建造物である。中は空洞。工業区画になっていて、今日も最高の魔法技術が振るわれているらしい。
そして、その高台の上のさらに奥に、鎮座するように城が建っている。
この国の王がいるところ。
今はマスケットの城だ。
「目がちかちかする」
「この街は初めてか? そういや式典のときは街まで来てねぇのか」
「すごいな。夜に街が明るくて眩しいなんて、久しぶりだ」
「久しぶり? やっぱ来たことあるのか?」
「いや何でもない」
そんな街の中を、ナタと二人で歩いて行く。
大通りからはかなり離れ路地のような道を抜けていくのだが、どんどんと薄暗い区画に入っていく。
道行く人々がナタを見て礼をし、中には声を掛けて挨拶をする人もいる。紅炎の弟子であるナタは有名人のようだ。「フランベルジェ様」と呼ばれる度にナタの顔が歪むのが少し可笑しい。
「ナタってまだ師匠の名前継いでないのか?」
「……そうだよ。悪いか?」
「何の意地か知らないけど、そんな恥ずかしいくらいならさっさと貰ってしまえばいいんじゃないか?」
「お前に言われなくても、近々そうさせて貰うよ」
ナタとの勝負は、お互いが万全の状態で。
そのためには、私が杖を持つ必要がある。
せっかく持ち出した師匠の蜥蜴の翼はサイとククリさんから逃げる際に置いて来てしまったが、諦めるのはまだ早い。無い杖は造ることも出来る。
幸い材料はあるのだ。クラーケンの墨とアルラウネの種は財布と一緒にポケットに入れっぱなしだったし、素材ならナタの家にも大量にあるらしい。
一から杖を造るのには時間は掛かるが、ひょっとしたら前以上の一品が出来上がるかもしれない。
……というのがナタに対する私の言い訳である。
師匠の杖は後々取りに行くとして、今ナタに見捨てられると私は知らない街で孤立してしまう。お金はある程度あるし、別に一人になるのが心細いわけでは無いのだが……、
ナタの後に着いて、出来るだけ会話を絶やさず、勤めて平静を装い、街の裏通りを歩いて行く。
前だけを向いて、ナタだけを見て、余計なものを、出来るだけ見ないように。
だって……、
この国には、居るのだ。
この街ならば尚更に多いはずだ。
青の国ではもう見ることのない、鎖に繋がれた黒い髪の人たち。
今もまだ、この国で売買されているはずの奴隷が。
今のところは、まだ私の目には映らない。
奴隷を買うのは貴族街の人々だし、そういう店は街の外れにあるものだ。
けれど私は、はっきりと緊張してしまっている。
もしも何処かから鞭の音でも聞こえたら、反射的に耳を塞いで平静さを失ってしまうだろう。
ナタが暗い道ばかりを行くものだから、余計に不安になってしまう。
「ナタ、もっと明るい道を歩かないのか?」
「何だよ怖いのか? もう着くから我慢しろ」
そう言って歩く間にも、どんどんと景色は暗くなっていく。
何だか人も居なくなって来た。
……………、
……いまさらだが、大丈夫なのだろうか?
ふとそんな考えに思い至る。
考えてみれば男と二人、人目に付かない場所に連れ込まれてイタズラされてもおかしくない。
いやいや、ナタがそんなことをする奴だとは思えない。こいつとは何度か会っただけだがプライドの高さだけはわかる。暗がりで人を襲うような人種ではない。そんなことをするくらいなら正々堂々正面から襲うタイプだ。それだけ自分の能力に自信がある奴だ。
…………いや、
考えてみれば、もしもナタが変な気を起こしたとして、今の私には抵抗する術が無いのではないか? 問題はそこじゃないのか?
杖も無ければ魔法紙の一枚も無い。ナタは手に持つ街灯のような杖と膨大な魔力でもって、今この瞬間にだって上級魔術を行使することも出来るのだ。式典の魔術会の時は鞘があったからよかったが、今魔術を使われたら反転魔術の詠唱は間に合わない。
それ以前に腕力で敵うわけがない。ナタのマントの下の体は一般的な魔道師と同じくヒョロガリのようだが、私のようなか弱い少女が羽交い絞めにされれば抵抗出来ないだろう。あわわわわわ……。
ふ、不安がどんどん膨らんでいく。
そもそも私とナタはそれほど面識がある方ではない。式典の時とナタが家を訪ねてきた時の二度会っただけ。大して知りもしない男と誰も居ない暗い道を歩いている。
なんだかククリさんに着せられたこの服の短い裾がやけに頼りない。なんでこんな時に限ってこんな格好してるんだ私は。
この道の先に複数人の悪漢が待ち受けていて、咄嗟に逃げようとする私の前を塞ぎ、下卑た笑みとともに私の腕を掴んで、僅かな抵抗の魔術もナタに阻まれて、悲鳴を上げる口も塞がれ、とうとう服に手を掛けられて………、
「おい」
「……ぅえっ!?」
青い顔で俯いて立ち止まり変な想像を加速させていると、先を歩くナタが気付いて私の顔を覗き込んだ。
……そ、そんなまじまじと見詰められても。
あわわ私の貧相な身体はナタが矜持を擲ってでも手に入れる価値は無いぞ? そりゃいつもと違って多少可愛い格好だし、生足だし、最近胸だって膨らんできた気がしないでもないこともなくなくないわけだけど……ちょ、近い!近い!
「な、ナタ、考え直せ、今ならまだ……」
「動くな」
「ひっ!?」
路地の壁に追い詰められる。
壁ドン状態だ。
ナタはそのままゆっくりと手を伸ばして、
私の服の、胸のボタンに指を、
………掛けることはなく、ポケットの中に手を突っ込んできた。
「な、なんだ?」
「……………」
ナタが私のポケットから取り出したのは、皮紐で口を縛った小さな布の巾着袋。
私の財布だった。
………………なんだよ。カツアゲだったのか。
巾着の口を開けると中には金貨が数枚入っている。純金貨も一枚入っているのでそこそこ大金だ。
そして、金貨以外にも入れてあるものがある。
肌身離さず持っていようと、アルラウネから預かった素材を、
クラーケンの墨とアルラウネの種を入れてある。
「………これ、お前のか?」
「え? あ、あぁ」
「……魔力の流れが変だと思ったら、やっぱりこいつの仕業か。
鬱陶しいもん持ってくるなよ」
「???」
忌々しそうに種を見るナタ。膨大な魔力容量はナタも感じ取っただろう。
「大切なものなんだ」というとすんなり返してくれたが、心なしかさっきよりも距離を置いてまた歩き出した。
………やはり変な気は起こさないよな?
取り合えず身の危険は無くなったが、これから上手くやっていけるのだろうか?




