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第七十二話 サイの大きな馬車の店


「ほらほらタマ、そいつは食いもんじゃないよ。吐き出しな」

「……けて…!! 助け……!!」

「ハガネ、ちょいとタマからそいつを助けてやりな。おぉぃ乱暴にしないでやっておくれよ」

「い…痛っ…!! 痛い…!……もが…!!」


 二匹の黒王号にはむはむされること数分。今生きている自分が何よりも幸福であると感じる。

 象みたいにでかい馬二頭の片割れはこの図体で甘噛み癖があるらしく、たまたま横を通りかかった私を咀嚼。サイに嗾けられたもう片割れも参加し、川の向こうで手を振る師匠の幻から覚めるとよだれでベタベタにされていた。

 えらい目にあった。ほとんど怪獣だよ何なんだよあの馬。謝罪と賠償を請求する。


「に、ニンジンが……、私…ニンジン………」

「久しぶりだねぇあんた、大丈夫かぃ? うちのタマがすまないねぇ」

「ふざけんなボケ!!あああ危うく餌になるところだ!!」

「ハガネが見張ってるからいつもは大丈夫なんだけどねぇ。ほらタマもこの通り反省してるよ」

「軽くトラウマになりかけたよ!!馬の躾が…ってその怪獣を近づけるな!!やめろ!!私は餌じゃないぞ!!」


 今もこちらをじっ…と見つめる巨馬にビビりつつ、サイからタオルを受け取りとりあえず顔だけ拭く。


「あんたこんなとこで何やってんだぃ?」

「…………わ、私の勝手だろ。お前こそここで何してんだよ」

「はん、あたしは真っ当に商売してるだけさ。あんたに何言われることもないさね」


 サイは現在商人をやっている。一度私を訪ねてきたこともあったが、他の商人の例に漏れず、赤の国へ移住していた。それは知っていたのだが、こうもいきなり再会するとは……。私の髪染めの魔道具で髪を緑に染め、今日はなんか白いアオザイみたいな服で、こう言っては何だが小奇麗にしていれば見た目だけは美人である。


「あたしが言えることじゃないけどねぇ、あんたがこんな国に来るもんじゃないよ。危なっかしいから早く帰りな。……ってももう無理な話かねぇ」

「そう言えば、なんか国境が封鎖されてるらしいんだけど、何かあったのか?」

「はん。ど~もここ最近、国中が嫌な雰囲気だと思ってたけど、昨日から兵士が港塞いじまって誰も彼も立ち往生さ」

「嫌な雰囲気って?」

「さぁてねぇ、あたしが知らないけどさ、

 あのあんたのお友達が王様になってからこっち、兵士どもが妙な動きしてるみたいだねぇ?」

「……………」


 マスケットが…?

 あの三月式典で、私から奪ったグラディウスを使って王様になったマスケット。

 兵士を動かして、国境なんか塞いで、一体何を………?


「それで、も一度聞くけど、あんたこんな国に何しに来たんだぃ?」


 サイはサイで一体何を知っているのか、ニヤニヤ笑いながら往来の兵士たちに目を向けている。

 本当に、

 こいつは何が可笑しいのか、いつもニヤニヤ嫌らしい顔で、本当に腹の立つ。


 私は、バジリスクに会うだの、アルラウネやクラーケンを救うために剣を取り戻すだの言って、ここまで来たが、

 私は、そのマスケットに会いに来たのだ。

 私が一番したいことを考えて、出てしまった答えがあるのだ。


「私は……」

「社長~、積込み終わったッスよ~」


 忙しそうに木箱を馬車に運び込んでいた人たちの一人が、馬車の脇からサイに作業完了を伝えてきた。


「ご苦労さん。すぐに出発するよ。準備しな」

「うぃッス。日当配ってタマハガネに馬銜(はみ)噛ますッス」


 サイが出発を指示する。

 私の話はさしてどうでもいいらしく、さっさと仕事の話に戻るサイはもう商人の顔になっていた。

 勝手な奴。聞くんなら最後まで聞けよ。私を何だと思ってるんだ。


「もう出発するのか?」

「あぁそうさ。バカどもから捨て値で巻き上げたもん売りに行かなきゃぁねぇ」

「そういえば、さっきの騒ぎは何だったんだ?」

「船が出ないからナマモン売れ残っててねぇ。それをあたしが買ってやったのさ」

「それは利益が出るの?」

「あたしは売れる算段があるのさ。あいつらと違って」

「この人たちは?」

「こいつはあたしの助手だよ。それ以外はみんな日雇いさね」


 サイが助手というのは、今も側で伝票の束を確認している女の人だ。

 年の頃は20前後。ウルミさんくらいだろうか。アオザイのような白い衣装はサイとお揃いで、おそらく制服なのだろう。ポニーテールの水色の髪と大きな両目が印象的で、

 ……どこかで見たことある気がする。


「ククリ、ちょいとこいつに服を見繕ってやっておくれ。タマハガネがべとべとにしちまったんだ」

「うぃッス。ところでその子は誰ッスか?」

「こいつはあたしのお抱え魔道師ってやつさ。前に言ってただろぅ?魔道具の」

「え?この子がそうなんッスか? へぇ~。

 ども、自分はククリっていうッス」

「はぁ、メイスです」

「んんん? ひょっとして、どっかで会ったことあるッスか? はじめまして、じゃないッスよね?」

「いえ…、はじめましてだと思うんですけど……」


 ……どこかで見たことある気がする。

 人好きのする笑顔と大きな両目で私の顔を見るククリさん。

 べたべたのとんがり帽子を覗き込み、背の低い私に遠慮無い視線を向けてくる。

 魔法陣を描けば失敗してしまいそうな名前だ。ポニーテールにした水色の髪とアオザイのような白い衣装が印象的。体中の肌が隠れているのにどこか色っぽい服である。

 色っぽいのはいいのだが、その全てが、本当に見覚えがあって、

 何だかまた取り返しのつかないことを、私は忘れていて、


「あ。そうッス。フル背伸び勝負下着の女の子ッス」

「………あ」



 それを思い出した。



「あ……あ…あ………」

「何だぃ? そのフルセノ…何だって?」


 たしか三月式典で、

 あのとき、みんなに再会出来るってテンションだだ上がりで、

 服を買おうと、この大型馬車の店に入って、


「この子、三月式典のときにうちの店に来てるんッス。そんで『明日は大切な人と会うからとびっきりのヤツを!』とかって鼻息荒くして、それで下着を試着したんッスよ。商品番号△-5番の」

「5番?………って、アレかぃ!?コルセットとガーター付きの!? アレをこいつが着たのかぃ??」


 ククリさん。

 あのとき応対してくれた店員さんだった。







 きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!






「あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!

 こいつが!? あのバカみたいのを!? 信じられないねぇ、本当かぃそれ? あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

「こんな女の子がたった一人で顔真っ赤にしてガーター買おうとするんッスもん。間違いなく覚えてるッスよ~」


 いぃぃやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!


「へぇ~こいつがねぇ?っくっくっく…」

「ちがうやめろそんなんじゃないかんちがいするなわらうなへんなめでみるなこんなのぜったいおかしいわなだそしきのいんぼうだしゅたいんずげーとのせんたくだわたしははめられたんだちがうやめろそんなんじゃないかんちがいするなわらうなへんなめで……」

「サイズが合うのが在庫にあったのは奇跡か運命ッスね。ちょ~かわいかったッスよ~」

「何だぃあんた、あの優男にでも見せる気だったのかぃ?」


 ぐああああああああああ!!!!!!!

 なんだこの状況。お一人様の私が一時のテンションでハジけた買い物を楽しんでいたのを、今になって穿り返すのはズルいと思う。何もいいわけが思いつかない。

 だって知らない人だと思ってたんだもの! 二度と会わない店員さんだと思ってたんだもの!

 まさかサイの部下だったとは……。

 よりによって私が男だと知るサイに、最悪の痴態を知られてしまった。


 思わず顔を覆った両手の間から力いっぱいククリさんを睨んでみるが、満面の笑みで返されてしまった。


「そうッス。服を見繕うんなら今度は下着と言わず、頭から爪先までコーデるッス」

「やめてください死んでしまいます」

「そうと決まればちゃっちゃか仕事終わらせるッス~」

「聞いてない!?」


 駄目だこの人。どっかで見たノリだ。

 言うが早いか金貨がじゃらじゃら入った袋を持って日雇いの人たちに日当を配りだすサイの助手。

 ククリさんの前に日雇いが並び、見る間に行列が消化されていく。仕事の早い人のようだ。ここにいるとヤバイ。


「どこへ行こうって言うんだぃ? そんなべたべたのまんまで」

「ちょっとピアノのお稽古が……」

「はん。いまさら何照れてんだぃ。いいじゃないか着ていきなよ。どの服でもあたしの奢りにしといてやるからさ」

「うぅ……、お前わかって言ってんだろ」

「あたしは別にどうも思わないさ。あんたがどんなエロい格好で誰を誘惑しようとねぇ?」

「い、言うなぁぁぁ……」

「まぁそれはそうとあんた、この後はどうするんだぃ? こんな船も出ない港に居たって立ち往生だろぅ?」

「私なら、首都に向かうつもりだよ」

「首都に? へぇ~……、まぁいいさ。送ってやるから乗ってきなよ」

「……………」


 ……サイの言う通り、この町に居ても仕方が無いし私が独りで居ても嫌な思いしかしない。こんな奴でもこの町の商人や兵士たちよりマシだと思えるのは不思議だな。

 たしかに早いとこ町を出たいというのはある。宿も無いようだし、服もべたべたでいい加減気持ち悪い。


 しかしククリさんの着せ替え人形になるつもりは毛頭ない。この商店ほどの大きさもある馬車の中には、きっと服なんていくらでも積んであるのだ。そして私が乗り込んだが最後、片っ端から全て着させられて晒し者にされるのだ。

 あと馬が恐い。

 私のことをじっと見つめる双子の馬は油断しているとまた食べられそうな気がする。一本がタブレットPCほどの大きさもある前歯が私の身体を今度こそ噛み千切る。今は猿轡のような馬具を噛まされているが……って、

 いつの間に馬具が装着されたんだ? さっきまで何も着けてなかったのに?


「さぁ、出発の準備が整ったッスよ~」


 …………、

 日当を配り終えたククリさんが馬具の装着も終えて戻ってきていた。

 本当に仕事の早い人だ。


「それじゃぁピアノのお稽古がありますので私はこれで……」

「逃がさないッスよ~。そんな格好でどこ行くんッスか」

「私の自由があるはずです」

「まず色が地味ッスよね~。メイス氏はもっとプリチ~なのが似合うッス。フリルとかリボンとかッスね。色は……」

「サイ、お前社長なんだろ! この人になんとか言ってくれ!」

「諦めな。ククリは有能だよ。せいぜい可愛くしてもらうといいさね」

「味方が居ない!!」


 いつもそうだよ! こんなの絶対おかしいよ!

 やめて! 私に乱暴する気でしょう! 十六話みたいに! 二十四話みたいに!

 もう嫌だ。こんな人と一緒にいられるか。私は一人で旅をする!


「あ、逃げた。社長~、捕まえといて欲しいッスよ~」

「おもしろそうだけどねぇ、自分でやりな」

「む~、しょうがないッスね……」


 走る私がちらりと様子を見ると、ククリさんは私を追いかけて来たりはせず、

 あろうことか、二匹の巨馬の馬具を外しに掛かっていた。


「さぁ行くッス、タマハガネ!」


 ククリさんに嗾けられた巨馬二匹が私を咥えて馬車まで戻るのに、さして時間は掛からなかった。

 私の自由はまたも馬の唾液に汚され、ククリさんにべとべとのとんがり帽子を取り上げられるともう逃げられない。


「ほらほら中に入って服も脱ぐッスよ。後で洗濯するッスから」

「帽子は……、とんがり帽子は大切に扱って下さい…」

「そんなダサいローブなんて着てるバヤイじゃねぇッス。せっかく女の子に生まれたんッスから~」

「私は女に生まれたわけじゃ………くっ!!」


 そんなことを言っても仕方が無い。

 全てを知っているサイだけが笑いを堪えて震えているのがムカつく。私が女になったのはお前のせいなんだからな?

 ズルズルと大型馬車に引き摺り入れられながらも二人を力いっぱい睨んだ。


 ……けれど私は、自分が安心しているのも感じている。

 独りでいるのは心細い。どうしようもなく抗えない寂しさに耐えながら旅をするのは私にはやっぱり無理そうだ。

 そういえば前に青の国の西の街で独りになったときもサイがいた。

 そりゃあヒドい旅路ではあったが、それでも私が心細くなかったのは、サイのおかげもあったかもしれない。

 感謝はしていないが、独りじゃなくて良かったと素直に思った。


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