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第七十一話 赤の国の港町

直しました。

 真空海月(しんくうくらげ)


 飛行機の無いこの異世界で、飛行機を作ろうと考えた魔道具。

 反転魔術による揚力で浮く『気球』である。


 飛行機が無い、とはいってもこの世界には魔法があるので、空ぐらい飛ぶことは出来る。

 普通に風魔術を使えば、人一人くらい簡単に吹っ飛ばせるからだ。

 しかし自由自在に、継続的持続的に空を飛ぶには、とても効率が悪い。数十発も連発すればさすがにバテる。時間にして数分飛ぶのがやっとだろう。

 問題は効率だ。大量の空気を推力として吐き出すのでは消費が大きすぎる。


 人類を初めて空に上げたのは気球だろう。熱気球なら割と簡単に作れる。熱の管理と推力は魔術でどうとでもなるし、実際に修行時代に小さな気球の玩具を作ったこともある。

 他にも飛行船のようなタイプのガス気球がある。とんでもない量の魔力が必要だが、魔術で水素やヘリウムを生成することも出来るのだ。

 しかしどちらの場合も、もしも外部から攻撃された場合に対処出来ないという弱点がある。可燃性のガスに火魔術が引火したらお星様になってしまうだろう。気球は却下だ。


 飛行機は揚力で飛ぶ。

 それは簡単な理科知識であり、火薬やガソリンのような人工物と違ってごくごく身近な自然現象だ。

 では揚力とは何か。

 何のことは無い。風が物を押す力のことだ。

 空気は密度、つまり気圧の差を埋めるように流動する。気圧が高い所から気圧が低い所に向かって空気が流れる現象が風だ。

 空気は風となって物を押す。


 思い切り速く走れば身体に風を受けるように、

 飛行機はエンジンの推力でもって高速で進む。このとき前方の空気が圧縮され、結果として機体前面に強い風を受ける。そしてその風を、大きな主翼で受け止めるわけだ。翼は仰角によって風という空気の塊に乗り上げるように浮き上がることが出来るのだ。


 風を受け止める大きな主翼の下側の気圧は、上側の気圧に比べてとても大きなものになる。

 ここで重要なのは、高い気圧と低い気圧、その気圧差である。

 これは相対的なもので良い。何らかの手段によって気圧を高くしてもいいし、低くしてもいい。

 本質的には、ジュースのストローを吸うのと大差は無いのだ。

 ストロー内の気圧が下がれば、周りの気圧が相対的に高くなり、ジュースは浮く。


 つまり、

 反転魔術で真空を生み出せば、空を飛べる。


 最初は真空が周りの空気を際限なく吸い込んで呼吸困難で死ぬところだった。真空を膜状にして空力を上手く布地に限定させたりスカート内の空気を足したりしてみた。細かい調整の末にも、試験飛行で何度も海に落ちて死に掛けたりもした。

 出来上がったこの真空海月は、ディスイズ最高にちょうどいい浮力で私の小さな体重と釣り合い、スカートの内側の空気によって相対的に高くなった気圧の上に乗り上げる。補助的に風魔術で上昇すれば破格の魔力効率で空に浮かび続けることが出来るのだ。


 気球のように空を飛べれば、

 あとは魔術で推進力は補える。

 私は空を飛んで、何処へでも行ける。

 ……魔力が続く限り、だけど。



 桂ァ!! いま何キロ!?

 試験飛行はさんざんやったが、さすがに海を越えるのは初めてだ。破格の魔力効率を誇りグリフォンの爪の魔力容量だけの貯蔵魔力があるとは言え、赤の国に着く頃にはクタクタだな。

 ふわふわ空を浮かぶのはかなり神経を削る。上空の気流は強く、風に煽られて常に不安定だ。ついでに帽子の顎紐が食い込んで痛い。

 くるくる回る海月の服の中でベルトを足掛かりにして機首を操作する。踵を踏み込んで(ベルト)を引いてスカートの笠を張り、左右の袖の笠の浮力を操作して舵を取る。風を…風を拾うんだ…。

 低空飛行だと落ちたとき逆に危ない。水に濡れれば二度と飛べないまま大海原で魚の餌になってしまう。なので高度は高く取る。二百メートルくらいだろうか。急に強風が吹いたりすればひっくり返って真っ逆さま。その時は足の操作で笠を閉じて身を捻り、海に落ちる前に正位置に立て直してまた笠を開きバランスを取る。この状態で足が攣ったらたぶん死ぬ。


 胸の部分に組み込んだグリフォンの爪の貯蔵魔力はさすがというべきか、数時間稼動しても一向に減る気配も無い。姿勢制御のために補助推力の風魔術を使っている分で私の魔力が減っていくだけだ。


 ……グリフォンの爪。

 クラーケンが丸呑みにした、風と傲慢の魔物の素材。真空海月にはそれが組み込まれている。馬の角(ウマノツノ)蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)と同じ、特別な素材だ。

 今まで試運転も含め何度もこれを使って飛んでみたが、これといって身体に異常は感じない。もし私に傲慢の影響があるならば、とっくにどうにかなっていても不思議は無いが……。

 何も問題が無い、ということは私にも「耐性」というやつがあるのだろうか?


 …………うん。

 耐性があるのならしばらくは使っても大丈夫なのだろう。

 ウルミさんの例があるので油断は出来ないが、この調子なら持って来た諸々の素材も安定して使えるかもしれない。

 クラーケンの墨を小分けにして魔道具を量産し、武装することで色々と捗るな。アルラウネの種も使っていける。

 問題は解読の済んでいない蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)だが、アテはある。


 まずはナタを訪ねよう。

 あいつはあれで天才だ。古代魔術についても知識があるかもしれない。無ければ知っている魔道師を紹介してもらおう。私が杖を使うためだと言えばホイホイ動いてくれそうだし。

 利用できそうなものは何でも利用させてもらう。


 赤の国の、首都へ向かおう。



 数時間後、さすがにバテてメゲそうになってきた頃、水平線に陸地が見えてきた。


 赤の国の港町、そこから距離を置いた荒野に着陸する。

 離陸はともかく、着陸には広い場所が必要である。真空膜と内気圧を調節して少しずつ浮力を減らし、ゆっくりと降下して地面に降り立った。一番難しいのが着陸だ。(つえ)があれば楽なのに。

 私の杖として作ったグラディウスの鞘には、この真空海月のマニューバー用の魔術がたんまり書き込んである。あれさえあればこの服の性能を100%引き出せるのだが、無いものはしょうがない。


 もたもた脱いだ真空海月を畳み、荷物を確認して手ごろな石に腰をおろす。

 さすがに疲れた……。

 2度の休憩を挟んで飛び続け、太陽がちょうど真上に来ている。これだけ長い時間飛ぶのはさすがに無理があったか、魔力の使いすぎで少しくらくらする。

 赤の国は魔物が多いと聞く。この状態でエンカウントは避けたいのでさっさと港町に向かった。



 三月式典のときにも来たが、赤の国の港町も他国の港と同じく賑やかなところだ。

 三国間の貿易には各国の特色がよく出る。畜産農業が盛んな青の国からは家畜や穀物が取引されるし、白の国からは豊富な木材や果物が輸出されている。

 そして工業が盛んな赤の国からは様々な金属製品や加工食品などが売られている。金の属性魔術を専門とする鉄工職人の魔道師も多く、何より魔道兵器の技術は他国には真似の出来ない代物だ。

 それらは毎日、この港を通して流通しているはずなのだが……。


 しかし現在、港は閉鎖されている。

 町は商人たちの大型馬車が溢れ、行き場を無くした人々のフラストレーションが目にも見えるようで異様な雰囲気だ。

 宿を取って休みたいというのに、昼間から何処も満室だった。

 露店を物色しながら道行く商人たちの噂話に耳を傾ける。




 商船はいつ出港するのか。


 数日中に出ることは無いらしい。


 ここで立ち往生している間にも商品が腐る。


 城塞都市に戻って南の陸路を行った方が早いか。


 噂ではそちらも封鎖されているらしい。


 そもそもなんで封鎖されてるんだ。


 知るわけがない。あそこの兵士にでも聞いてみろ。


 こんなことなら赤の国に来なければよかった。


 しかし青の国には戻れない。国境は封鎖されてしまった。




 青の国から来た商人もいるようで、自然と愚痴が聞こえてくる。

 三月式典以降、法律が大きく変わったので奴隷売買のために奴隷商が移住し、それを相手に商売をする者も引っ張られてきたようだ。そうして多くの商人が赤の国に移住している。いつかサイが言っていたな。

 その商人たちが困り顔である。


 理由はわからないが、どうも兵士たちが突然港を閉鎖してしまい、商人も船乗りも立ち往生しているようだ。空でも飛ばなければ国から出ることも出来ないみたいだな。

 ざまぁみさらせ、とは思わない。

 ここで立ち往生しているのは他国へ商品を輸出しようとする商人と輸入品を受け取るはずだった商人だ。そこに奴隷商だけは含まれない。他国は奴隷禁止なのだから。

 真っ当な商品を扱う商人が被害を被っている。奴隷商どもめ、こんなときには難を逃れているのだ。許すまじ……。


 何で兵士たちが港を封鎖しなくてはいけないのか。何かあったのだろうか?

 理由を問い詰めようと町を見回る兵士を見つけ、いざ声を掛けようとした、その時。


 その兵士と目が合い、

 あからさまに怪訝な顔をされた。

 ……なんだ?


 ………よく周りを見渡せば、兵士だけじゃない。商人たちも、船乗りたちも、

 ヒソヒソと声を潜めては、私を遠巻きに見ている。

 一瞬私が超絶美少女なので皆の視線を集めて釘付けにしてしまっているのかと思ったが、そんなわけはないので考え直した。


 たぶん、私の顔が知れ渡っているのだ。

 魔法が使える黒髪魔族。私は一時期青の国で指名手配されていたし、三月式典にもそのことを知っている魔道師がいた。



 私も有名になったものだ。

 皆が私を知っているのだ。

 もう、髪を染めていても隠せない。




 そう考えると途端に居た堪れなくなって、

 周りの目から逃げるように、その場を、町を後にした。



 街道の脇で夕日に染まる町を眺め、黄昏れる。

 誰も居ない。ときたま商人の馬車が通るが、特に私に目をくれるでもなく通り過ぎるだけだ。


 覚悟はしていた。

 私はそれと知ってて自分からこの国に来たのだ。私自身の我儘で。

 心細くても独りで来たのは私自身だ。そんなことはわかっている。ただ実際に現実を目の当たりにしてちょっと気がメゲそうになっただけ。荷物を何も持ってこれなかったので色々買い物をしなければ。宿が満室なら野宿しなければならないかもしれない。食料を買わなければ。あと杖と素材と、畳んだ真空海月を仕舞っとく鞄も欲しい。


 少しだけ休憩してから、ぱしん、と頬を張った。

 まずは水と食料だな。夜は冷えるので防寒具も買わないと。

 気を取り直して街に戻り、水を手に入れようと水屋を探す。

 赤の国の地は全体的に荒野で、他国より水が少し貴重である。飲料水でも浄化魔道具が発達しているので問題は無いのだが、そもそも水脈が少ないのだ。

 土地が痩せていて農作物も上手く育たないようだ。植物の成長を助ける木属性魔術を利用した農耕魔道具も発達しているらしいが、十分とは言えないのだろう。そのため保存食の技術が進み、露店には干し肉、漬け物、缶詰め等が並んでいる。

 露店の商人に道を尋ねると、水屋はこの先らしい。


「…ざっけんなよ!!!! このアマ足下見やがって!!!!」

「はん!! どう言おうが金貨20枚!!これ以上は銅貨一枚だって出す気ぃ無いね!!!!」


 露店に陳列される食べ物は埃っぽい上に虫が集るのが玉に傷だが、露店商というのは何処でも元気だ。

 聞こえてくる怒号を無視して缶詰めを物色していく。


「はぁ!!? たったの金貨20枚だぁ!? こいつの仕入れにどれだけ……!!」

「こっちはあんたが無駄に仕入れた売れもしないもん買ってやろうってんだ!! 気に入らないなら他当たりな!!! もっともここにいる商人どもにそんな余裕のある奴ぁ一人も居ないだろうけどねぇ!!!!」


 人が多くて歩き難くなってきた。邪魔だなぁ。

 野次馬たちの人集りを掻き分けて水を売る商人を探すのだが、思うように身体が前に進まない。


「さぁこっちだって忙しいんだ!!いい加減とっとと決めな!!!!!」

「う゛~~……ちきしょうめが!!!!」

「売るのか売らないのか!!!!!」

「わかったそれで売る!!!!! 買ってくれ!!!!!」

「はいはい毎度~。おぅいコレ運んでおくれ~」


 野次馬を集めていた諍いに決着がついたようで、周りからは失笑のような歓声が上がる。ぞろぞろと人集りが引いていき、動きやすくなったので先を急ぐ。

 が、何だか見たことのある気がする超大型の馬車の横を通り過ぎたところで、

 黒王号みたいなでかい馬に、首根っこ咥えて持ち上げられた。


「んん?タマはまた何を咥えて……って、あんた何でこんなとこにいるんだぃ??」


 …………サイに見つかってしまった。



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