第七話 魔法使いの弟子
家に着くと、おじいさんはとつとつと語りだした。
まずおじいさんの名前はメイスというらしい。
森の奥の小さな家で、何十年も独りで魔法を研究しているとのことだ。
偏屈だったおじいさんは弟子も取らず、ただただ研究に没頭しているだけだったが、ある日、自分の寿命を感じ始めたらしい。
自分の研究は自分のもの。後世に残すものなど何も無い。そう考えていた魔術師メイス老はある日街を歩いているときに、広場で木剣を振る親子を見たそうだ。
○
父親であろう男は大層体つきがよく。鋭い身のこなしで変幻自在の剣線を描く。
対してその息子であろう子供は、必死に父の一挙一動を観察し、おぼつかない足取りでその動きを真似る。
それを見て、所詮こんなものだと鼻で笑った。
父親がすることを、息子は十全になぞることは出来ない。それも成長とともに、いずれは追いつき追い越すことも出来るかもしれない。
だがあの父親はまだ若い。これからまだまだ多くを学び、確実に今以上に強くなるだろう。
人が出来ることには限界がある。
父親もいずれ年を取り、その限界に達するだろう。
そしてその息子が追いつく頃には、息子自身も年老いるのだ。
それでは、父親よりは強くなれたとしても、更なる高みを目指せない。
それが人間の限界である。
だから業を継承することに、メイスは虚しさを感じるのだ。
だが数年後、メイスは思いがけないものを見る。
それはあの親子が変わらず木剣を振る姿だ。
だが父親の方は、剣を振るわずただ息子を見るばかりだった。
そして息子の振るう剣は、父が振るう剣とは違う剣線を描いていた。
おそらく、新興の剣術道場にでも習い始めたのだろう。まだまだつたないが、しっかりとした足取りで剣を振るう。
そう、メイスが見たのは、その足取りだ。
足運びに、数年前に見た父親のそれを、メイスは見たのだ。
息子の剣技は、もはや父親のものとは別物といってもいい。
だが、父親の教えは、たしかに息子のどこかで生きているのだ。
その先に到達する高みは、父親が何十年生きたところで辿り着けない場所だろう。
高い低いではない。
それはまったく違う高みに、息子が父親を連れて行くということだ。
そうして代を重ね、いくつもの高みを重ねた子孫は、あるいは更なる、想いも寄らないような場所に到達するのかもしれない。
自分にも師匠はいた。
自分はけしていい弟子とは言えなかったが、
彼は果たして、どんな想いで弟子を見ていたのだろうか。
そんなことに、メイスは60年以上も生きてから気付いてしまったのだ。
研究に入れ込むあまり、そんなことにも目を向けずに生きてきたのだ。
いままでは、全ての人間にとって、無為だけが結果だと勘違いしていた。
が、違う。無為になるのは自分だけだ。
無為に生きてきたわけではない。
だがこのままでは無為になり果てる。
それはとても淋しいことだった。
あの頃の師匠の気持ちを知らなければいけない。
だから今になって、弟子をとることを決めた。
だが、自分に残された時間は少ない。
世を捨てて生きてきたメイスに、弟子は着かないだろう。
そんな中、変わった奴隷を見つけた。
魔力を持つ奴隷である。
○
僕は魔力、つまり魔法の才能がある。
これは到底ありえないことらしい。
奴隷。「黒い髪を持つ魔族」達は、一切の魔力を持たずに生まれる。
だから魔力を多く持ち、魔法を操る貴族たちは、魔族を差別し、奴隷にして支配するのだ。
これほどの魔力を持つ奴隷は、見つかれば殺されてもおかしくはない。
いままで魔力の高い者に見つからずに済んだのは幸運だったのかもしれない。
いや、まてよ?
じゃぁ今まで僕は、髪の色なんかでこんなひどい迫害を受けてきたということか。
言われてみれば、エッジも他の奴隷たちも黒髪一色だったが、それ以外の人間は青髪だの金髪だのバラエティに富んでいたな。
あとはサイくらいか、黒髪だったの。
サイのことを思い出してさらに怒りが込み上げる。
この世界の事情なんて知るか!! 僕は異邦人なのだ。
目が覚めると森で年増に幼女にされた挙句奴隷だ。
「どこがどう幸運なんだよ!!」
「ワシにとっての、だよ。ひどい状態ではあったが問題はなかった。ある程度は治癒魔術で回復したじゃろう」
あ、それはありがとうございます。
背中の傷は後が残るらしいが、爪は生え変わる。治癒魔術とやらのおかげか、もう膜が張っていて痛みはほとんどなくなっていた。
奴隷地獄から助けてもくれたし、このおじいさんはいい人だ。それは間違いない。
「身体を回復させることからじゃな。その後魔術の修行に入る。それに一から教養も必要だろう。忙しくなるな。何せワシは、人にものを教えるのは始めてじゃからな」
魔法使いか。奴隷よりは100億倍マシだ。というかなれるなら一度なってみたいくらいだ。
でも僕は早くあの剣を探さなくちゃいけないんだけどな。
早く日本に帰りたいし、でも魔法使いか。
・・・ちょっとくらいならいいか。
こうして僕は魔法使いの弟子になってしまった。
勘違いしないでよねっ、助けてくれたお礼に弟子になってあげるだけなんだからね。
こちらは閑話です。
「七話と八話の間くらいの話」
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