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第六十八話 魔物の素材


 アルラウネはウルミさんの暴走によって片腕を失った。

 治癒魔術で失われた腕を再生させることは出来ない。千切れた腕も、凍って砕けてしまっていた。

 アルラウネ。私を守るために……。


「腕、痛くないのか? 再生は出来ないけど、魔術で痛み止めくらいは……」

「心配してくれてるんだね? ありがとうメイス。

 けれど人間用の治癒魔術は魔物のボクには効果が無いんだ」

「私のために、こんな……」

「そんな暗い顔しないで。大丈夫なんだから。

 ほらほら見てて~。ピッコロのマネ~」

「気色悪いわっ!!!!」

「天津飯のマネもする?」

「増えるの!?腕!?」


 アルラウネの腕は、普通に生えてきた。

 心配して損した。私の心配を返せよ。

 アシュラマンにでもなっちまえよと言ったらアッチ村の村長像までイケると言い出すので止めていただいた。もうコイツほんと何でもアリだ。



 ……ともあれ、


 ウルミさんは、治癒魔術の専門魔法士の下へ搬送された。


 ウルミさんは魔力切れを起こし昏倒していた。ウルミさんの魔力操は凄いもので、全身で普通の魔道師の何十倍もの魔力を常に練ることが出来る。が、あれだけの大魔術を行使したのだ。無理もない話だと思う。


「なんてこったぁっ!!!!我等が麗しウルミ氏が気絶しておられるぞぉあ!!!!」

「こりゃぁてぇへんだぁ~!!一体全体何が起こったってんだぁ~!!」

「気絶されるウルミ氏もまた麗しい……ハァ…ハァ…」

「戦士ギサルメ粛清ぃっ!!!!歯ぁ食い縛れえぁあ!!!!!」

「あ゛こ゛っ……ありがとうございますっっっ!!!!」

「野郎どもぉ!!!!ウルミ氏をお運びしろぉぁ!!!!」

「「「 ソイヤッサァ!!!!! 」」」


 すぐに駆けつけた戦士たちの中に親衛隊らしき人が数人いたようだ。黒光りする筋肉に担がれ神輿のようにソイヤソイヤと運ばれる間も、ウルミさんは何かよくわからないことを呻いて魘されていた。……無理もない話だと思う。



「使用者から離しても、まだ気配が生きてる。たぶん魔力を食って活動を再開したんだ」


 ウルミさんの頭から剥ぎ取った馬の角(ウマノツノ)を撫でたり抓ったり頭に着けてみたり。しばらくすると馬の気配も消えてしまったようだ。

 馬の角(ウマノツノ)は一先ず封印されるだろう。

 後々よく調べられるだろうが、今はウルミさんの身が優先だ。



 幸いだったのは、ウルミさんに大事が無く、翌日には目を覚ましたことだ。


 お見舞いに行くとウルミさんは、私に土下座で謝ってきた。

 謝罪の言葉を並べるばかりで碌に会話が成り立たないほど、ウルミさんは取り乱していた。私の顔を見るなり涙を流し、大変なことをしてしまったと頭を下げた。


 ウルミさんがそこまで謝ることはないと、私は思っている。

 全ては馬の角(ウマノツノ)の仕業だ。ウルミさんはユニコーンに操られているようだった。もちろんそのことも女王に報告してある。

 怪我人は出たが、それも治癒魔術でチャラ。人的被害は無かったと言っていい。魔王城の研究所も、氷が解けて水浸しになっている程度で復旧はすぐである。


 ウルミさんは、白の称号を剥奪されしばらく謹慎されることとなった。



「私はきっと、初めからそうなることを望んでいたのね。

 今はもう、肩が軽くなった気がするわ……」


 いくらか落ち着きを取り戻したウルミさんは、どこか清々しい顔をしていた。

 白雪なんて面倒臭いと、

 名誉なんて要らないと言っていた。

 本人がそう思うなら、それでよかったのかもしれない。

 ウルミさんはまだ若干二十歳。今から道を選び直すことなんていくらでも出来る。ウルミさん美人だし、いい人を見つけるのもアリだろう。

 そんなウルミさんが白雪になったのは、馬の角(ウマノツノ)に選ばれたかららしい。


 聞けばあの(つえ)は、使う者の気力(・・)を奪うらしいのだ。

 魔力以外の消耗がある特別な(つえ)。それを使うためには、ある種の耐性が必要らしい。

 その耐性を持たないものが(つえ)を使うと、気力を根こそぎ奪われ途轍もない脱力と倦怠感に襲われる。ひどい場合では廃人になった者もいるのだそうだ。


 怠惰の魔物の素材が、人体に悪影響を及ぼしているのだろうか?

 ウルミさんには、その耐性があった。

 だから今までは、普通に(つえ)を使っていたのだ。

 ウルミさんの祖父、私の師匠も蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)を普通に使える。


 普通に使っていたが、その師匠は私には使うなと言って杖を封印していた。

 それは、このためなのかもしれない。



 それから数日が経った。

 その日の内は首都中が史上初の降雪に舞い上がっていたが、翌日から気候変動による災害が頻発して大変だった。

 白の国は自然災害が多い。かつて魔王と魔族たちが剣によって常夏にしたこの地の気候は、他の地の気候と軋轢を生んでいて天気が安定しないし、小さな地震や洪水も結構起きる。日本人の私には気にもならないほどだが。

 そこへウルミさんの大魔術である。

 雪を降らすほど気候を変えられ急激に冷えた空気が、翌日には元の気候に戻ろうとする力で急激に暖められたのだ。各所で小さな竜巻や豪雨による洪水が発生して戦士も魔法士もみんな走り回っていた。

 私も今朝から土砂に埋もれた農道の復旧を手伝い、先ほど家に戻って遅い昼食を考えるところである。


 数日ぶりの晴れの今日。連日の土木作業も一先ずは落ち着いた。

 毎日働き詰めだったので、さすがに疲れを感じる。

 なので昼食はおにぎりで済まそう。おいしい梅干しが手に入ったので梅おにぎり。それと塩漬けの魚の焼きほぐしも。疲れた身体が濃い塩味を要求している。

 アルラウネの分も作ったのだが生憎と留守だ。重機以上の馬力が出せる花の魔物も、もちろん土木作業に駆り出されている。仕事が終わったら帰ってくるだろう。書置きと一緒にテーブルに置いておく。


 クラーケンの分も作ったので持って行こうと思う。

 大時化の海で座礁した船の救援にはクラーケンが出動していた。そちらは昨日で終わったようなので海岸に戻っているだろう。


 寸胴一杯炊いたご飯を握って海苔を巻き3升のお櫃に詰め込んで持っていく。かなり重いので台車に乗せて、いざイカの待つ海岸へ。

 クラーケン喜ぶぞ。あのイカはとても食いしん坊だからな……。

 ………食いしん坊、か。



 クラーケンは水と『暴食』の魔物、らしい。

 足を引いても30メートルほどの巨体を持つクラーケン。しかし『暴食』というほどものを食べているか。

 なるほどクラーケンは食べることが好きだ。けれどその巨体ほどには食べていない。米なら五升ほども食べれば満腹らしいのだ。大きさに比べれば小食すぎる。


 けれど私は、クラーケンのイカ墨で杖を作ったことがある。

 暴食の魔物の素材で作ったあのグラディウスの鞘を使っていたとき、私は何故か食欲が抑えられずにぶくぶく太って大変だったのを、思い出した。

 今考えれば、あれはイカ墨の影響だったのではなかろうか?


 魔物の素材が人体に悪影響を及ぼすとすれば、暴食のイカの影響が私に邪悪な肉をもたらしたというのはいかにもありえそうな話だ。そうかやっぱり私が太ったのには理由があったのだ。

 おそらく馬の角(ウマノツノ)を使う者にも怠惰の馬の影響があったはず。

 いままで馬の角(ウマノツノ)を初め魔物の素材を使用した者がこんな暴走事件を起こした例は聞いたことが無い。耐性の無い者が廃人になったとも聞くが、耐性があるはずのウルミさんも、なんだか気怠い雰囲気を出していた。耐性があると言っても、影響が全く無いわけではないのかもしれない。


 確証は無いのでもっと調べる必要がある。

 幸い実験用のサンプルはあるのだ。

 クラーケンやアルラウネに素材を貰い、それを使って実験をすればいろいろなことがわかるはずだ。


 水と暴食のクラーケン。

 木と色欲のアルラウネ。


 クラーケンの素材でちょっぴり体重が増えるなら、アルラウネの素材ではどうなるか、ちょっと想像したくない。

 まずはクラーケンにイカ墨を貰うとしよう。



 私がクラーケンの棲む海岸に着くと、そこはサバトと化していた。


「あぁ~ンん…もうらめぇ……、

 ふぁ~んたすてぃっくだよぅ…こんなの初めてぇ~ん………」


 サバトの中心では一輪の花がゲソと戯れていた。

 海から生えるヌメリを含んだ触手がアルラウネの身体に纏わり着き裾や袖や襟元から服の下まで入り込んで直接褐色の肌を撫で回している。海水と粘液に濡れ服も透けてしまいもはや肢体を隠す用を成していない。シルエットを露わにされた身体は高く持ち上げられ両腕に絡んで動きを縛るゲソの先が口内に突き入れられ別のゲソは片足だけに巻き付いて体勢が安定していない。甘く首を絞めるゲソが襟から入り脇腹を這い回りつつ裾から出てきて服を捲り足が根元まで見えてしまっている。抵抗出来ない様子で無理に身を捩ると逆に大きく裾が捲れ上がって今度は尻が露わになり更なるゲソが殺到して下着にまで絡んで目も当てられない。縛られていない方の足はまだ自由があるが力無く垂れ下がって時折ピクピクと小さく動くばかり。それも体を巻く野太いゲソがにゅるりと蠢く度にビクンビクンと大きく跳ねる。荒い息を漏らす恍惚の表情からは辱めに抗う意思が(はな)から感じられず、異形の快楽に身を委ねてどこまでも堕ちてしま

 ………て、もういいわ。


「何してんのお前?」

「あぁメイス。もはや語るまでもないことだけれど触手責めというジャンルの発祥は日本だと言われているんだ。日本人たるもの一度は触手を嗜むべきだよね。異種姦、緊縛、粘液、複数のフェチズムが合わさり最強に見えるね。ボカぁかれこれ五千年も生きているけれど、こんな名状し難いテクニシャンに出会ったことは今まで無かったよ。イヤらしいことこの上ないね」

「ふざけんな色ボケ!クラーケンに変なことさせんな!」


 褐色の根の体に緑の葉の髪、頭の上には小さな花が咲いた花の魔物アルラウネ。イカと聞いて目の色輝かせていたが、まさか自分で楽しむのが目的だったとは……。

 仲良く出来ないとか豪語してたくせに、いつのまにこんな危ない関係になってるんだ。奴はもう手遅れだがクラーケンを巻き込ませるわけにはいかない。うちのイカにいらん芸仕込まないで欲しい。


「お前、氾濫した川の仮設ダム建設はどうしたんだよ?」

「実はボク、土木作業は大の得意なんだよ。そっこーマッハで終わらせちゃってヒマだったから、性欲を持て余してたんだ」

「……クラーケン、こんなの相手にする必要ないんだぞ。そいつが口から吐くのは一言一句毒でしかないから耳を貸しちゃダメ」


 計10本の触手を巧みに操る大きな大きな巨大イカ、クラーケン。

 5本のゲソでアルラウネを捏ね繰り回し、3本のゲソをうねらせながら、2本の触腕の片方をゆるゆると私に近づけた。

 触腕の先から水が生み出され、文字となって言葉を伝える。


γけれどめいす このひととは なかよくしてほしいと めいすがいいました

 それに このひとはわたしです わたしも このひとのはなしをききたいですγ

「それとその触手プレイには何の因果関係もないだろ?」

γでも めいすはこうするとよろこぶと あるらうねがγ

「不純度100%の大嘘だ!!!!」

「メイスは恥ずかしがり屋だから、自分の変態性を人に知られたくないんだよ」

γなるほどγ

「そんな見え透いた嘘を簡単に信じるな!!」

「嘘を嘘と見抜けない人には(ボクと会話するのは)難しい」

γうそ なのですかγ

「ムラムラしてやった。今は反省している」


 ……それも嘘だな。こいつは反省なんかしない。

 触手(エロス)を我慢出来る奴でもない。

 もう無駄な期待はしない。


 まぁ、この二匹が仲良くしてくれるのは、素直に嬉しい。もっとまともな交流をして欲しいが……。

 万物に悪い影響を与える魔物を吸盤から引き剥がす。海水と粘液でとんでもないことになってる服を脱がせる。


「あ~あ、これどうすんだよ。私が洗濯するのか?」

「とりあえず着替えは持って来てるよ。水着だけどね~」


 なら最初から着替えておけよ。

 悪びれもしないアルラウネが鼻歌交じりに手早く水着に着替える。ポーズを付けてドヤ顔で見せ付けてちょっとウザい。

 ワンピースタイプの水着だが少し変わった様相だ。内側に入り込んだ水を抜くための穴が設けられていてヘソの下辺りに横一本の線が走っている。胸の辺りには四角い白布が縫い付けられ大きく目立ち、それ以外は紺色一色でかなり地味に見えるが……、


 ………すごくみおぼえのある水着だった。


「この国はいつでも暑いから年中水着シーズンでイヤらしいことこの上ないよね。ユニコーンの所為で雪降ってたけどやっと気候も戻ったことだし、メイスも一緒に泳ごう」

「おま……、おまえ…それ……」

「ん?この水着? メイスの家で見つけたんだ。似合うかな?」

 

 ……馬鹿な。すっかり忘れていた。

 調子に乗って職人に作って貰ったこのスク水は、その後我に返ってしっかりと箪笥の奥底に封印していたはずなのに。


「スクール水着なんてそれこそ五千年ぶりに見たよ。メイスはいい趣味しているよね~。コレ、わざわざ作ったの?(笑)」

「チガウヨ。きっとホラ、ハルペあたりのが紛れ込んで……」

「でもゼッケンに平仮名で[めいす]って書いてるよ?ホラ。平仮名(日本語)なんてボクやメイスくらいにしか……」

「違うっつってんだろがバカ!!大体何を当然のように人ん家の箪笥調べてんだお前は勇者か!!あまつさえ人の水着勝手に着るとかバカじゃねぇのか!!」

「メイスの水着は別に用意してあるよ。さぁこれに着替えて」

「お前が着替えろよ!!可及的速やかにそれを脱げ!!

 ていうかなんだこの水着!?スリングショットじゃねぇか!!誰がこんなもん着るか!!」

「きっとメイスに似合うと思うよ。クラーケンもそう思うよね?」

γめいすには なんでも にあいますγ

「何を頭足類にファッションセンスについて同意求めてんだ!!!クラーケンも適当なこと言うな!!」

「きっと恥ずかしがってるんだね。ボクが着せてあげるからクラーケンはメイスを押さえてて」

γわかりましたγ

「お前ら実は仲いいだろ!!!!」


 二匹の魔物がタッグを組んで私に襲い掛かる。

 仲良く出来ない、などと言いながら本当に仲良さそうに。


 とてつもない力を秘めて五千年の孤独を歩んできた魔物たち。

 同じ力を持つもの同士、気兼ねなく遊ぶことが出来るのが、嬉しいのかもしれない。

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