第六十四話 花と烏賊
久しぶりの白の国の家で一晩。
翌日、女王に会いに城へ来た。
「そちらがエッジの報告にあった魔物、アルラウネですか?」
「そうです女王。クラーケンと同じ、魔法を使う魔物です」
「……報告通りですが、驚きました。本当に少女の姿なのですね」
白の国の首都。女王のお寺。
前にも来た茶室のような小さな部屋で、木と色欲の魔物、アルラウネを女王に紹介する。
「報告の通りなら、人の言葉で意思疎通も出来ると…」
「それなんですが……」
見た目は女王の言うとおり、私とそう変わらない女の子。
褐色の肌。新芽のような鮮やかな緑色の髪。
まるで森の住人の風体だが、アルラウネは今チューリップハットを被っていない。
そしてその頭には、小さな花が咲いているのだ。
姿は少女に見えても、魔物である。
「ねぇねぇメイス。純和風貴婦人だよ。それも凄い綺麗な人だね。
凄い着物似合ってるね。凄い気品を感じるね。
この国の女王とは聞いていたけれど、こんな素敵な婦人だとは思わなかったよ。
ボクの理想を具現化したような女性だ。年の頃は…ジャスト50歳と見たね。
ボクのストライクゾーン(全年齢/A)ど真ん中だ。イヤらしいことこの上ないね。テンション上がってきたよ!
B・B・A! B・B・A!
ババァ!!ボクだ!!結婚してくれ!!」
「…………この通り、意思疎通は出来ないんです」
「…そうですか。残念です」
「出来るよ!? 意思疎通出来るよ!?」
「出来てねんだよ!! 主にお前からの努力不足で!!」
もう少し会話をする努力をしろ。毎度毎度初対面で失礼すぎる。
というかお前は本当に誰でもOKなんだな。そんなストライクゾーンに真ん中も端っこもあるか。お前の存在がZ指定だよ。人のことをどういう目で見ているのかこいつは。ケダモノなのだろうか。…いや魔物だった。
まぁ何者だったところで女王に無礼は許せん。女王は笑って許してくれる人だが。
女王は私の恩人だ。旦那さまと共に、奴隷を解放してくれたのだ。
……奴隷制度廃止は中途半端な結果になってしまったが。それは私の所為だ。
頭を下げて謝罪する私を優しい笑顔で許してくれたし、勝手に剣を失った私を咎めずこうして話を聞いてくれる。感謝してもしきれない。
もしアルラウネがこれ以上の狼藉を働くのなら、いつでも頭の花を引き抜いてやる所存である。
「ふふふふ…、愉快な方のようですね」
「失礼しました女王。私は名をアルラウネと申し、ご紹介の通り魔物です。
……もしよろしければ、電話番号とスリーサイじぴうっっ!!!??」
「あれ?抜けないな。ちょっと待てよ。いま金属刃の魔術を組むから」
「やめてメイス変な声出た。やめてボクが悪かったからやめて」
「次やったら頭から除草剤をぶっかけるからな?」
もちろん原液でぶっかけたところでダメージにはならないだろう。いろいろ手を尽くしてきたつもりだが、アルラウネは性懲りも無い。
アルラウネも一応痛がりはするものの、火魔術で燃やしても焦げ目も付かない。渾身の地獄炎が効かなかったときに半ば諦めた。
アルラウネやクラーケン、グリフォンのような魔物には、上級魔術すらも並では全く通じないのだ。
上級魔術でも倒せない魔物といえば、図鑑に載っているものだと危険度ランクS+の魔物がいる。
たとえば『崩災蝗』という魔物。イナゴの身体持つ群生型の魔物で、蝗害を模した姿をとる。全体がたった一つの意思で動く軍隊だ。蝗害と違うのは作物だけでなく人間も襲うところで、これに襲われたものは街ごと全て喰い荒らされ後には崩れた残骸が残るだけ。群生型は本体を倒すのが手っ取り早いのだが、数千万匹のイナゴの群れから本体を含む範囲を攻撃する運ゲーになる。もちろん仕留め損なうと命は無い。倒すには超広範囲に及ぶ火魔術が不可欠だろう。
他にも『透鯨』という魔物がいる。体の組織が全て水という鯨で、珍しい海洋棲の魔物だ。水の身体で海を泳いでいるものだから、見えない。有効と思われる雷魔術も純水の身体には通じず、物理攻撃も無効。一息で巨大な胴を切り離すか、特大の氷魔術で凍らせてやるしかない。
どちらも常軌を逸した存在である。それらは記録によると三大魔道師クラスの人が倒したのだそうだ。
グリフォンには私の破壊雷も効かなかったが、師匠はドラゴンを倒した。他にもユニコーンやフェニックスも既に倒されているのだ。無茶苦茶な存在ではあるが、三大魔道師なら対抗出来る。
もしもクラーケンとアルラウネが狂ったとしても、人類には対抗する術があるのだ。
「女王。このアルラウネが言うには、クラーケンは危険かもしれないんです」
「聞いています。何かのきっかけで凶暴化する可能性があるのですね」
「クラーケンの強さはS+以上です。白雪の魔道師に…」
「ええもちろん。すでに手配しています」
さすが女王。話が早い。
一先ずこれで安心か。クラーケンがいつ狂って暴れだすのかはわからないが、白雪の魔道師が見張ってくれるなら白の国は大丈夫。
出来ればそれ以上を望みたい。
「一度私も、白雪の魔道師に会って話をしたいのですが……」
「それがいいでしょうね。しかし白雪がどう言うか……」
女王は言葉を濁す。
もしもクラーケンが暴れだしたら、白雪がクラーケンを討伐することになる。
しかし私は、クラーケンに死んで欲しくない。
もちろん白の国に滅んで欲しいわけでもないので、白雪の魔道師に頼むのは飽くまで保険だ。暴れるクラーケンから白の国を守り、最悪の事態を避けて欲しい。
そこらへんをよく話し合いたいわけだが、白雪の魔道師は乗り気ではないのだろうか?
「いえ、白雪は今回の件を快諾しました」
「では何故?」
「彼女は自身を白雪と呼ばれることを嫌います」
彼女。白雪の魔道師は女の人なのか。
しかし白の称号を持ちながらそう呼ばれたくないなんて。魔道師にとっては最上級の名誉のはずなのに。
青の国でも蒼の称号が不在なもんで、上位魔道師たちの間で火花が散っていると学園長がいつか言っていた。しかし特別な功績でも無ければ審査に長い時間が掛かるし、最終的な決定権は国王が有している。今現在も蒼の称号は不在である。
ナタなんかは俺ぞ紅炎と言って憚らないだろう。あいつの突き抜けた自信と真っ直ぐさは見習いたいような気もしないでもない。今の紅炎は健在のはずだが、そう遠くない未来、次代の紅の魔道師となることだろう。
そのナタの師匠であるという紅炎の話は師匠から何度か聞いたことがあるが、そういえば白雪の話は全然聞いたことが無い。
「数日中に白雪としてあなたと対面するよう、私から言っておきましょう」
「そ、そうですか……」
一体どんな人なのだろうか?
白雪として……。女王の言い回しから、ひょっとしたら私の知っている人かとも思う。
私の知り合いは少ないので必然ウルミさんの顔が浮かぶが、それなら女王が私に隠す意図がわからない。あの人も謎な人だしなぁ。
元よりウルミさんにも用事があるし、明日直接会って聞いてみよう。
「ボクは水の魔物に会わなくちゃならない」
もちろんクラーケンにも会う。
アルラウネの目的がクラーケンを倒すことだということを考えると気が重いが、一応しばらく戦わないことを約束してくれたし、会わないで済む問題でも無いだろう。
クラーケンが働く海水浴場は先に帰ったエッジによってすでに閉鎖され、今は首都近くの海岸にいるらしい。ちなみにエッジは今日は弟子のハルペに掛かりきりだ。
「女王。本当にありがとうございました」
「いいえ。全てはオレラの意思ですから」
女王にもう一度お礼を言って、城を後にクラーケンの待つ海岸へ向かった。
○
「…ん」
「どうしたアルラウネ?」
「感じる。ボクと同じ魔物だ。これがクラーケンだね」
街から海岸に向けてテクテク歩いていると、アルラウネがクラーケンを感じ取ったようだ。
魔物は同じ魔物のことを感じ取れるらしい。地球の人の気配もわかるそうだが、距離は数キロまでといったところか。これを頼りに、ずっと他の魔物を捜していたらしい。海中にいるクラーケンを見つけられなかったわけだが。
森の濃い匂いに潮の香りが強くなる。波の音を聞きながら小道を抜けると、そこはもう海岸だ。
誰も居ない。当然か。安全な魔物として知れ渡っていたクラーケンが実は危険かもしれないのだ。近づこうとする人なんてそう居ないだろう。
砂浜を踏みしめ波打ち際に近づく。
クラーケンは何処だろう?
「そこの海の下に居るね。ボクのことを警戒してるのかな?」
「そうなの? おーい!クラーケン!」
名前を呼ぶと波間からゲソの一本が顔を出した。
しかし現れたのはゲソだけ。クラーケンはそれ以上出てこない。
変わりにゲソが水の塊を作り出して飛ばしてきた。
水塊はいつぞやの黒球ではなく、普通の水だ。ふよふよとゆっくり、私の前まで浮いて来た。
何だろう…と手を伸ばして触れてみると、水塊は一度ぐにゃりと曲がり、形を変えて文字になった。
γおひさしぶりです めいすγ
おぉ…、これはスゴイ。
グラディウス無しでどう話をしたものかと思っていたが、クラーケン、文字を覚えたんだな。簡単な記号は教えたこともあるが、勉強したのだろう。
「クラーケン、こっちの声は聞こえてるのか?」
γきこえていますγ
「こいつは仲間だよ。怖がらないで……」
γめいす わたしは きけんなのですねγ
「あ………」
エッジの報告で、すでに海水浴場は閉鎖されている。
クラーケンが人と触れ合うために作られた、クラーケンの居場所。
それが失われて、クラーケンが悲しくないはずが無い。
γえっじから ききましたγ
「クラーケン、それは…」
「そうだよ。ボクらはいつか狂ってしまう。出来ればその前に死ぬのが望ましいね」
クラーケンもアルラウネも、いつか狂って暴れだすのだという。
アルラウネの知るドラゴンもそうなってしまったらしい。人間と共に暮らしていたという話だが、守護する人々を殺されたのが引き金になってしまったようだ。
「初めまして。ボクは君の色欲、アルラウネだ」
γはじめまして わたしは くらーけんといいます めいすがくれたなまえですγ
「先に言っておくと、ボクは君を殺すのが目的だ。メイスが言うからとりあえずは戦わないけれど、それは一時的な話だね」
「アルラウネ!!」
「取り繕ったってしょうがないよ。残念だけど、仲良くなんて出来ない。ボクは全ての魔物を殺さなくちゃいけないんだ。ボクも含めてね。
クラーケンさえよければ、ボクが先に狂ったときはお願いしたいくらいだよ」
「そんな……」
少女の姿で頭の花を揺らし、感情を殺した声でアルラウネが言う。
この世界に召喚され、魔物に成り果て、最後は自分自身で終わりにする。
「ドラゴンはね、いつも怒ってばかりな奴だったけれど、絶対に人を傷つけるような奴じゃなかった。日照りの畑に雨雲を運んで、喜ぶ人々の供物を喜んで、子供に怖がられては落ち込んで、困ってる人を困らせるものが許せない、そんな奴だったんだ」
…なのにあいつは狂ってしまった。と、
強く握られたアルラウネの拳が、みしりと音を立てた。
「それは、大切な人を殺された恨みでそうなったんだろ?」
「切っ掛けはそうでも、あれはもう敵討ちなんて呼べるものじゃ無かった。
暴れるドラゴンを追いかけて、一度だけ会ったことがあるんだ。
とても楽しそうに笑ってた。あいつが。
人をたくさん殺して、踏み潰して、とても愉快そうに笑ってた」
それが憤怒の魔物。
最後は私の師匠、蒼雷のメイスに倒された。
「ボクもいつかそうなるって考えると、怖いんだ。
ボクは大切な人までわからなくなって、傷つけてしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けなくちゃいけないんだ。
……そろそろ教えてよメイス。こうして白の国にまでやってきて、メイスはどうするつもりなのかな? 何か解決の糸口があるのかな?」
白の国に来たのは、クラーケンのことを女王に相談するため。
でもそれだけなら、エッジだけでも事足りる用事だ。
私の目的は、別にある。
最終的には、白の国ではなく赤の国にこそ、目的はあるのだ。
「私は…、聞きたいことがあるんだ」
「………誰に?」
土と強欲の魔物。
バジリスクは、赤の国の砂漠に棲んでいるという。
アルラウネはバジリスクもすでに狂ってしまっていると言っていたが、
グリフォンと話したことのある私には、確信のようなものがあるのだ。
「何を聞きたいのかな?」
「…………」
人の心を残した魔物も人を襲う人の敵になる、というのがアルラウネの話。
だからたとえ自分でも殺す。いい魔物も悪い魔物も、みんな殺す。
アルラウネは人なんか殺したくはないのだ。
そうなる前に、全て終わらせるつもりだ。
けれど私はやっぱり、何か理由があるように思う。
私は実は、アルラウネの話を半分信じていない。
何故なら、グリフォンは確かに、人を殺すのが目的では無いと言っていたからだ。
自分の力を知らしめるため。傲慢な自己満足のためだと、言っていた。
風と傲慢のグリフォンの目的がそうなら、雷と憤怒のドラゴンのそれは怒りに準じたもの。それはわかりやすい。
だが、わからないこともある。
バジリスクが強欲の魔物ならば、その目的は物欲に準じたものであるはずだ。
なのに、
何故、何も無い砂漠から、出て来ない?
自分の力を知らしめるため。傲慢な自己満足のためだと、グリフォンは言っていた。
それ以外のことには、人間の命にも興味が無い、とも。
人を襲うのには違わないが、ただ人を殺していたのとは、少し違う。
グリフォンは手段を選ばなかっただけ。
話の通じない奴だったから私は諦めてしまったが、手段を変えれば人を襲わなくても共存出来たと、今も私は思っているのだ。
………確かめないといけない。
本当に人殺しに狂ってしまっているのならば、そのときは仕方が無いだろう。
戦って倒す。そのために蜥蜴の翼を持ち出したのだ。
だけど、もしそうでないのならば、
他に手段がある目的ならば、
私は今度こそ説得を諦めない。
もしかしたら、アルラウネの言うことは前提から崩れることになるかもしれないのだ。




