第六十三話 師弟関係の保存
「それでハルペ。なんで私を襲ったんだ?」
「…………」
簀巻きにされて蓑虫のように木に吊るされるハルペに問う。
アルラウネの種子砲とやらは装填する弾の種類や威力を自在に変えられるらしく、殺傷力の無い攻撃だった。ハルペの頭には小さなこぶが出来たが、後で治してあげよう。
殻の実に頭を撃ち抜かれて木から落ち、あっけなく制圧されたハルペはしかし憮然とした態度で頬を膨らませるだけ。一向に口を開こうとしない。
時折抗議するような目で私のことを睨んでくる。
「ほ~らほら。ここかな~?ここがええのんかな~?」
「うひゃひっひひひひっ!!やめっ!!メイス姉たすけひゃひひひひっ!!!たすけえぎひひひゃひゃひゃひゃっ!!!!!」
一方、同じく吊るし上げられているショテルは、アルラウネによって拷問を受けている。猫戯らしのような植物を全身に這わせるという責め苦に耐えるショテルの陥落は時間の問題だろう。恐ろしい魔術である。
「ひぃ…っひぃ……っ、喋るっ。何でも喋るからもうやめてぇ……っ」
「くすぐりフェチというのはちょっとマイナーな性癖に思われるかもしれないけれど、実は純粋に本能的なとても潜在的行為だと思うんだ。何故なら子供の遊びだからね。何がおもしろいのかわからずとも子供はくすぐり合うのが楽しくてやめられないんだ。例えば意味も無くギリギリ入れそうな狭い穴を見つけて全身から入りこんでみたり、一番太いお父さん指にひたすらセルフでむしゃぶりついてみたり、コンセントの穴にかった~いドライバー突っ込んでエレクトしてみたり、それら性的な関連付けを禁じえない本能的行為の延長として考えてみるとどうだろう。全身を弄られるのは笑っちゃうほど気持ちいいものだし、相手が大声上げて悶絶するのは興奮するほど気分がいい。性交渉にも通じる営みに思えて……」
「……こねぇよ。そろそろ止めてやれ?」
言ってることがコレっぽっちもわからない。
おかしなことを口走るアルラウネを引き剥がす。ショテルよく耐えるなぁと思ってたらこれ拷問じゃなくてただの私刑だ。アルラウネなんも聞く気ねぇ。
アルラウネを下がらせて、今度はショテルに問う。「さて本命だ」と指をワキワキしながらハルペに狙いを定めるアルラウネは取り合えず置いといて。
「ショテルは話してくれるか?」
「……………」
アルラウネの拷問によってすでに心折られたショテルにはすでに抵抗の意思はないようで、一度だけバツが悪そうにハルペの方を見てからすぐに口を開いた。
「……ハルペに頼まれたんだっ」
「ハルペに?」
だから全部ハルペが悪い……、とは続けなかった。
また悪ガキ双子が責任押し付け合って、というわけではなさそうだ。
「こないだハルペの師匠が帰ってきてさっ。ハルペの奴、ずっと師匠いなくて落ち込んでるみたいだったから、これで元気になるかなって思ったら、急にメイス姉を倒すとかいいだしたんだっ」
「……………」
……やはりその件か。
エッジはこの数ヶ月、青の国の東の街にいた。それも突然白の国の戦士を辞めてだ。
当然ハルペとの師弟関係も破棄。ウルミさんが後処理をしてるはずとエッジは言っていたが、ハルペ本人は納得したわけではなかった。
エッジはあんな奴なので、人にものを教えるのが苦手だ。弟子のハルペにも訓練メニューばかりで、特別何かを教えているのを見たことが無い。
エッジはひょっとしたら、ハルペの師匠でいることに前向きじゃなかったのだと思う。
しかし弟子はそんなこと知らない。
突然師匠が居なくなるというのが、弟子にとってどれだけ寂しいことなのか。そんなことはわかっていたことなのに、エッジが譲らないものだから最後には私もウルミさんも折れてしまった。
それはやはり間違いだったのだ。
今回のことも、きっとハルペは帰って来たエッジに何か言われたのだ。
ハルペは、エッジの弟子でいたいのに。
そのハルペは今、私と交代したアルラウネによって身の毛も弥立つ極悪非道の拷問を受けている。
「あんた誰なのです! わ、ワタシをどうするつもりなのですか!」
「ミーはおっぱい星人のアルラウネだ。エロワード以外は口を開くな。口で愛撫する前と後に『おっぱいおっぱい』と言え。わかったか!ぺったん娘!」
「なっ!?やめるのです!!いや!!そんな手つきでワタシに近づかないで欲しいのです!!」
「ユーのようなぺったん娘がミーの訓練を受ければ、左右各胸が兵器となる。男性に祈りを捧げさせる性の女神だ。その日まではヒンヌーだ。おっぱい星では最下層の階級だ」
「なぜ脱ぐのですか!!??」
「揺れる乳はおっぱいだ!! 揺れない乳も広義的にはおっぱいだ!! 全く小学生は最高だぜ!! フゥハハハーハァー!!」
「うわぁぁぁん!!!!たすけてほしいのです!!!!」
……ほんの少し目を離しただけで事案が発生していた。
いつにもなくわけのわからない言動のアルラウネ。そろそろ止めないといろいろ危ない。
全裸でハルペににじり寄るアルラウネのゆんゆん揺れる頭の花を掴んで引き剥がしながら、考える。
エッジには一言言わないといけないな。もっと弟子を気遣ってやるべきだと思う。
そりゃあハルペは真面目な弟子とは言えないし、過酷な訓練を受けるにはまだ幼い11才の女の子だ。……私は10の頃に師匠に死なれ独り立ちしたが。
でもだからこそ、ハルペの気持ちはわかる。
やっぱりエッジには、私から一言言わせて貰おう。
○
「 た の も う ! ! ! ! 」
バーン!!と扉を蹴破りエッジの家に殴り込む。
私、アルラウネ、ハルペ、ショテル、ぞろぞろと頭数を揃えたカチコミである。
首都の外れに位置するこの家。少々の法度は人目に付かぬ。泣こうが喚こうが誰も来ない。
道中エッジの落ち度について考えているとふつふつと怒りが込み上げて来た。
一発ギャフンと言わせてやるべきなのかもしれないと杖を握る。いくらエッジといえども今の私ならばそれくらい容易い。
エッジの奴め。ハルペみたいな女の子を泣かしてただで済んでいいわけが無い。弟子を怒らせると恐いということを思い知らせてやるべきだ。寝ている間に髭をアフロにされた師匠もいるんだぞ。あのときは本当に恐い思いをした。
ともあれ、ハルペの涙には私にも責任があるのだ。
その責任を取ろうと思う。
私がエッジを説得して、白の国の戦士に戻ってもらおう。
「おぉう!? メイスにアルラウネじゃねぇか。今日着いたのか? つかなんで戸壊して入ってくんだよ。チビ二人も一緒か」
「エッジがいるぞ殺せ!!」
「………何があったんだよ。とりあえず茶でも飲んで落ち着け?」
「ここがエッジ君のハウスね。お邪魔しまーす」
「お邪魔しますっ」
「…………」
五人で囲炉裏を囲む形に座布団に着く。
ちょうどお昼の準備をしていたようだ。鍋で芋が煮え、串刺しにした川魚が焼ける香ばしい臭いが立ち込めている。
それにしても日本昔ばなしみたいな家だよな。あとはお山のように盛られたごはんがあれば完璧なのだが。エッジは米好きじゃないのかな? 日本人なら米食え米を。ここに日本人は私とアルラウネしか居ないが。
何も言わず、ハルペが手早くお茶を淹れる。全員に配り終えたところで言いたいことを言わせて貰った。
エッジがいなくてハルペが寂しい思いをしていたこと。
ハルペはエッジに師事し続けたいこと。
そのためにも、エッジに白の国の戦士に戻って欲しいこと。
「……まぁ、いいたいことはわかった」
ハルペの淹れた茶を啜りながら、わけがわからない様子で話を聞いていたエッジ。
やっと合点がいったと湯のみをコンと置いた。
「とりあえずお前ら。戸は弁償しろよ?」
「ですよねー」
「メイス姉が壊したんだぜっ。オレ関係無えっ」
「じゃなくて!! ハルペのために白の国に居てやってくれ」
「つーかそりゃぁ……、問題になってねぇだろ」
「はぁ?」
どういうことか。こっちは事と次第によっては暴力に訴えてでもエッジに首を縦に振らせるつもりだったのだが。
囲炉裏の火にかけられたままの鍋を下ろして鍋敷きに置き、おたまで一口味見しながらことも無げに言うエッジ。
「お前はまたこの国に暮らすことになるんだろ? なら俺もここにいるさ。
だからそれで、何も問題ねぇだろ?」
「…………え?」
……あ、そうか。
私はクラーケンのことが心配でこの国に戻ってきた。
ここでクラーケンが暴れださないよう見張って暮らす。
……エッジは、そう思っているのだ。
ハルペを見る。
きょとんとした顔で、私の顔を見ていた。
「メイス姉、またここで住むのですか? 師匠も、もうどこにも行かないのですか?」
「阿呆。前っから任務で何ヶ月も空けるなんざ、よくあったことだろうが」
途端に、ハルペの顔が明るくなった。
私とエッジを交互に見て、ぱぁっと笑ってあわてて顔を伏せて横を向いてしまった。にやけ顔を隠しているつもりだと思うが、今度は身体がくねくねしてしまっている。
問題は解決となったようだ。
私がここにいる限りエッジはもうどこにも行かない。だからハルペもエッジに教えてもらえる。全て元通りだ。
私がここにいる限りは……。
エッジはそのまま、食事を始めてしまった。
ハルペは今にも走り出しそうだ。
場の空気を見てショテルもほっと一息。
アルラウネだけが、私の雰囲気から何かを察して目を細めている。
言い出し辛い。
とても言い出し辛い雰囲気になってしまった。
たしかにこの国にはしばらく滞在することになるだろうが、私が白の国を出ると言ったら、エッジはまた着いてくるつもりなのだろうか。
「ウルミ姉さんに師匠はもう戦士を辞めるつもりかもしれないって聞いてビックリしたのです。それでこないだ師匠が帰って来たから問い詰めたら、メイス姉のそばに居るためだって…」
「…………」
それだけの会話しか無かったのか。
エッジは言葉少ないにもほどがある。全く師匠という人間は何処もこんなのばっかりか。
だから弟子は勘違いして突っ走ることになるんだ少しは弟子の身にもなって欲しいと思うが、今はいい。
問題が根本的に解決していない。
「そういやメイス。お前の家なんだが、そのまんまにしてあるみてぇだぞ? いつでも住めるようにしてるってよ」
「え……あ、うん」
暮らす準備すらすでに整っていた。
あれ…?なんだろこの外堀を埋められる感じ。
言い出し辛い。
ハルペの喜び様を見ると、とてもじゃないが「用事が済んだらすぐに出て行く」なんて言い出せなくなってしまった。
……………、
○
「エッジ、ちょっとそこに座りなさい」
「もう座ってるが……」
双子を帰らせ、アルラウネにも席を外して貰い、エッジと話し合う。
エッジとはじっくりと話をする必要がある。
「エッジの口下手は弟子に悪い影響を与えると思う。今日だってちゃんと説明してればハルペも勘違いしなかったはずだろ」
「あ~、まぁそう言うがなぁ…」
この場に私しか居なくなると、途端に態度が砕けるエッジ。
ぽりぽりと頭を掻く仕草が似合わない。このガチムチ大男がやるとゴリラかクマみたいだな。
「まぁ、ハルペの奴がな、かなり落ち込んでたらしいんだ。
弟子持つのも戦士の義務なんだが、俺は任務ばっかで出てること多かったし、まともに教えてやれたことなんざ無ぇしな。正直いい機会だとも思って辞めたんだが、
お前に言われて戻ってみりゃ、お前の言った通りだった。
女王やウルミや他の戦士には笑われたが、また戦士やらなきゃなって思ってな。しかし俺が辞めるっつったのを出戻りになって、
こんな半端なのが師匠で本当にいいと思うか?」
……このゴリラ、まさか、
師弟関係に前向きじゃないとは思っていたが、自分に自信が無いだけなのか?
「俺みたいのが師匠やってて、ハルペの奴はちゃんと育つのか……」
そういうのを、弟子のハルペには見せたく無いのか。
そうか、だからエッジはハルペに、アレコレ言わないのだ。
さっきも事も無げに芋なんか食っていたが、弟子の前だから余裕ぶって見せていたのだ。
ボロが出ないように。
師匠が弟子に弱みを見せるわけにはいかないから。
自分の至らなさを予め断っておくなど、模範として失格だ。
エッジは自己評価はともかく、そういう「約束事」には気をつけている。
そっか。
師が言葉足らずなのは、弟子への見栄なのか。
ならば、これが師匠と弟子の正しい関係なのかもしれない。
完全な人間など何処にも居ないが、
師匠は弟子に完璧を見せなければいけないのだから。
「ハルペはエッジがいいと思ってるんだぞ」
「それじゃ駄目だろ。ちゃんと教えられる奴が教えりゃ、ハルペももっと伸びんだ」
エッジがこんな自分に自信の無い奴だったとは。
おかしいな。昔はもっとこう、何でもそつ無くこなす脱走奴隷だった気がするんだが、不器用な人間になってしまったものだ。
「エッジは実力もあるし、ハルペの目標として十分だと思うけど、エッジは何でそんな自信が無いんだ?」
「そりゃそうだろ。俺は結局何も出来てねぇからな」
……お前のことも助けられなかった、と、
エッジは昔のことをまだ気にしてるのか。
一緒に逃げたときに私だけが助からなかったことを、今でも引きずっている。
結果的には私も助かって今元気だと言うのに。
エッジは、コンプレックスなのかもしれない。
頑なに私を付かず離れず、守ろうとする。
私の側を離れないのは、次は助けたいと思っているから。
今度こそは、最後まで完全に助けたいと思うから。
私のすぐ隣まで来ないのは、自信が無いから。
自分が頼られたのでは、また置き去りにしてしまうかもしれないから。
これは、すぐにどうこう出来る問題じゃなさそうだぞ。
私が白の国を出ると言ったら、
私が、赤の国に行くつもりだと言ったら、エッジは確実に着いて来るだろう。
そうなればまたハルペが悲しむことになる。
私は益々、この国を出られなくなってしまった。