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第六十二話 再びの白の国

 青の国の東の街から首都を経由して西の街へ。

 そして港から船に乗れば白の国の港町だ。


 港町のすぐ近くの海岸は海水浴場として開放されていて観光スポットとして最近の人気である。海洋棲の大型の魔物を飼い馴らし遊泳場のアトラクションとして使役していると三国中で話題になっている。


 しかし今は閉鎖中だ。

 事情は先に帰っているエッジが伝えているだろう。遊泳場の管理をする職員が海の家に居たので聞いてみると、クラーケンは首都近くの海岸に居るらしい。

 町の宿で一晩過ごし、あらためて首都へと向かう。


「ねぇメイス」

「…………」

「メイス。メイスってば~」

「………………」

「なんでボクのこと無視するのかな?」


 白の国は山と森の国だ。首都までは山道を歩き森の中を抜けていかなければならない。

 減量のためのマラソンでハルペと何百往復も走った道だ。私も慣れたものでもう苦にもならない。昼には首都に着くだろう。


「もしかして、おこなの?」

「………あぁおこだよ。逆に聞くけど私が怒ってないとでも思ってんの?」

「え~、何か気に障るようなことしたかな~?」

「自分の胸に聞いてみたら?」


 森の中を一定のペースで歩く。

 起伏の激しい道を歩くコツは、まず顔を上げて上体を起こし、一歩一歩しっかりと歩くことだ。

 舗装された道とは違い、木の根や石が埋まっていてデコボコしている。なるたけ安定した地面を踏み、無駄な体力を使わないよう最低限の力で歩いていく。


「う~ん日課のお尻タッチのことかな?それとも皆勤でお風呂を覗くこと?それかお風呂に先回りして逆ドッキリを仕掛けたこと?隙を見て耳や(うなじ)に息を吹きかけること?寝ているメイスのほっぺをペロペロしてしまうことかな?

 あ、ひょっとして出発の日に記念と思って失敬したメイスのパンツを今も穿いていることなのかな?いや~まさかバレてたとは……」

「お前の積もらせる塵で出来た山が何度目かの噴火の時を迎えそうだよ。とりあえずパンツは返せ」


 ……頭に花が生えた変質者と、二人で。


 おかしいよね。最低限の力のはずなのに、私の体力はガリガリと削られ枯渇(エンプティ)状態。あれほど鍛えてかなり体力がついたつもりだったけど、もう二度と二人旅なんてしない。


 しかしそれももうすぐ終わり。

 この森を抜ければ首都はすぐだ。


「………ん? メイス、誰かいるよ?」

「そりゃここは街道なんだし誰でも通る……あれ、ハルペ?」


 白の国の街道は細い。森の中は木々が邪魔して、農夫が引く荷車がすれ違うのにも少し手間取るほどだ。

 そんな小さな道の先に、久方ぶりに見る黒髪おさげが立っているのが見えた。


 裾の短いワンピースと黒髪おさげは間違いなくハルペ。

 じっ…とこちらを見ているが、私が気づくと道を外れて森の中に入っていっしまった。

 ……どうしたんだろう?


「ずっとこっちを見てたみたいだけど、メイスの知ってる子なのかな?」

「うん、エッジの弟子だよ。こんなとこで何してんだろ?」


 見えなくなったハルペが消えた辺りまで駆け寄る。

 ここらの森はまだ見通しは悪くはない。木々の間から射す日光で明るいし、リスに似た動物が木の実を齧る姿も見えれば番いの鳥がじゃれ合う姿も見れる。

 それでも森は森だし、木の陰は死角になって見えない部分も多いが。


 ……ハルペはどこだろう?


「 今なのです!! 」


 上方からハルペの声が響いたかと思うと、

 今まさに森の中へ足を踏み入れようとしていた私を、アルラウネが突き飛ばした。


「おわっ!!?」


 一瞬の後、私が居た場所に木の上からハルペが突撃して来た。

 鉄のトゲ付きメリケンがちょうど私の身体があった辺りの空間を通り過ぎ、舌打ちを伴う着地から体勢を直すことなく跳躍したハルペが低い木の枝に捕まりそのまま木の上まで素早く登ってまたも見えなくなってしまう。


 勢いよく突き飛ばされた私は木の根に躓いて転んでしまった。ずれたとんがり帽子を被り直し、アルラウネに手を貸してもらってすぐに立ち上がる。


「……これはひょっとして闇討ちってやつじゃないのかな?」

「私がなんでそんなことされにゃならんのか全然わからんけど…、ハルペ!!何のつもりだ!!」


 森の中へ向かってハルペを呼ぶ。

 しかし私への返事は無い。


「仕損じたのです! ショテル!やっぱりお願いするのです!」


 代わりに双子のもう片割れに連携を呼びかける声が響いた。

 ショテルもいるのか? なんで双子が私を襲う??


「よしきたいくぜっ! 逆旋風(さかつむじ)っ!!」


 ショテルの声は魔術を放つ声。

 弱い突風(ゲイル)の変化か。攻撃力の無い風が砂埃を巻き上げながら木々の間を抜けて私たちに吹き付けられる。急激に向きを変える風が私の身体を押して引き、踏ん張りが利かず体勢を崩してしまった。

 そこへ、

「もらったのです!」

 木の上に登っていたはずがいつの間に降りていたのか、這うように走りこむハルペが下段から殴りかかってきた。

 完全に、捉えられた。


 ショテルの魔術が動きを抑え、出来た隙をハルペが突く。

 双子得意のコンビネーションは初めて会ったときにも相手をしたが、あのときとは錬度が違う。ショテルの魔術は適切な力でこちらを崩し、ハルペは瞬間的な隙を逃すことなく距離を詰める。完璧なタイミングだった。


 ハルペの拳が正確に私の脇腹を捉える。

 深々とメリケンの鉄のトゲが肋骨の下から刺さり内臓に衝撃を与え、悶絶をもたらす激痛が……、

 …………来ない?


反射葉(リアクティブリーフ)


 見るとハルペの拳は私の腹に届いていなかった。

 クローバーのような三つ葉が私の服に張り付いていて、それがメリケンを受け止めている。


 こんな小さな葉がどういう仕掛けか、私に殴られた感触は全く無い。クローバーは茎の部分が渦状に巻かれて、縮められた発条(スプリング)のようだ。その形状が完全に衝撃を吸収している。

 木属性の魔法。アルラウネの術だ。


 そして葉っぱの発条が開放されたとき、

 ハルペの身体が、ふっ飛んだ。


「な…!? ハルペ!!」

「……いや、寸前で気づいたみたいだ。今のは自分で後ろに飛んだんだよ」


 かなり危なげに見えたが、アルラウネの言う通りハルペは平気なようだ。ゴロゴロと地面を転がるもすぐに立ち上がって木の陰の死角に走りこんでいる。ハルペも魔素を感じられるのだ。魔術は通用しない。

 というかやはりこの三つ葉はアルラウネの仕業か。アルラウネを見ると…うわっ!?


「………イケナイ子供たちだね。メイスの知り合いかエッジ君の弟子か知らないけれど、ボクの目の前でメイスに腹パン食らわせようとするなんて。……おこ(・・)だよ?」

「ア、アルラウネ?」

種子砲(シードガン)


 もしかして、おこなの?

 アルラウネの顔がいつものヘラヘラ笑顔とは違う薄笑いに歪んでいる。ゆらり…と持ち上げた左手をまっすぐ前に伸ばすと、見る見るうちにその上腕が花の蕾のようなものに覆われてしまった。

 ぶつぶつと「……ガンは心で引き金を引くもの」だの「……コガンのパワーって奴はその時の精神力の大きさに比例する」だの呟くアルラウネが怖い。

 植物の種を砲弾として発射する魔法か?


「ばっきゅん」


 見つめる虚空に左手の銃を向け、

 声と共に、花蕾から弾丸が発射された。


 銃口が向いていたのは一本の木だ。まさか忍者よろしくハルペが木の絵の裏に隠れているなんてことはないし、もちろんショテルもそこには居ない。

 狙った木には、さっき私の服の張り付いていたのと同じ三つ葉があった。そこだけじゃない。他の木にも、枝葉にも、地面にも、森の至る所にいつの間にか無数の三つ葉が仕掛けられていた。


 魔素の揺らぎが、アルラウネの魔法の挙動を教えてくれる。

 魔法の三つ葉が、さっきハルペを跳ね返したように弾丸を跳ね返す。跳ね返った弾丸がまた別の三つ葉に跳ね返され、跳弾が森の中を駆け巡る。

 魔素が揺らぐ軌道を辿り、木の枝の隙間を抜き、藪から出てきて、幹を跳ね、私の鼻先を掠めて飛んで、視界から消えた。


「黒髪は魔法を先読みする。エッジ君の弟子ならなおさらだね。なら物理で殴るか、どうにかして先読みさせないか、先読みしても避けられない類の攻撃が有効だ」


 少し角度を変えて、次の弾を撃つアルラウネ。

 さっきの弾とは違う軌道を、跳弾となって三つ葉と三つ葉を渡っていく。


種子砲(シードガン)は植物の種子を撃ち出す魔法で弾種も弾速も単連三射も自由自在だけど、てっぽーだまなんて先読みされてしまえば当たるもんじゃない。

 そこで反射葉(リアクティブリーフ)。これはただ攻撃を跳ね返すだけの魔法だよ。そしてこれだけの数だ」


 三発、四発、十発二十発と続けて撃ち出される花の種。

 撃ち出された種子全てが森の中を跳ね廻り、三つ葉の発条が跳ねる音が数を増やしていく。


「君の練度がどれほどかは知らないけれど、どこ(・・)まで(・・)見えているのかな?

 ただ攻撃に対して反応するだけの自動魔法が(タネ)を跳ね返す軌道までは見えないかな? それとも………、

 まぁどちらだったところで、これは避けられないよね?」


 魔素の揺らぎは、訓練すればするほど魔術を詳しく読み取ることが出来る。魔法の属性、放たれる瞬間、何処にどんな風に作用するかまで。こと魔法に関しては未来予知に近い能力だ。


 数十の種子砲(シードガン)の弾を、数百の反射葉(リアクティブリーフ)が跳ね返す軌道。

 私の目には、三つ葉と三つ葉を繋ぐ軌道が複雑なあやとりの網のように見える。


 次々に連射される弾丸は綾取りの糸を乗倍に増やしていくのだ。

 まるでミッションインポッシブルとかの赤外線センサーだ。

 もはや子供が隠れる隙間も無い。


 かくして数秒の後、スコン…なんて軽い音がして、

 ハルペが木の上からべしゃりと落ちて来た。

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