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第六十一話 蜥蜴の翼

「白の国に行くのはいいが、出発はいつにするんだ?」

「それなんだけど、私は準備にちょっと時間が掛かりそうだから、エッジは先に行っててくれ」

「時間が掛かるなら俺も待つが」

「いや、丁度いい機会だし、エッジは早めに白の国に戻っててくれ」

「なんでだ?」

「……前々から言おうと思ってたんだけど、エッジは私を訪ねてここへ来てから一度も白の国に帰ってないじゃないか。エッジは色々と放りっぱなしだと思う」

「俺一人居なくても問題無ぇよ。ややこしいことはウルミに全部任せてある」

「そうじゃなくて。………ハルペのこと、置き去りじゃないのか?

 エッジはハルペの師匠だろ。いきなり居なくなって、ハルペはエッジに捨てられたように思ってるんじゃないのか?」


 エッジが東の街に住んで2ヶ月。

 数年前までは剣の捜索でウルミさんと一緒に数ヶ月単位で出かけることもあったらしいが、今回は違う。エッジはもう戻らないと言っているのだ。

 弟子のハルペを放っぽって、師匠のエッジは帰らない。

 弟子にとって、師匠に置き去りにされるというのは悲しいことだ。

 私がもし師匠に捨てられていたら、今頃どうなっていたかわからない。


「やっぱりエッジは一度白の国に戻った方がいいと思う」

「そんなもんか?」

「そんなもんだ。ハルペに会ってやれ」

「………むぅ」


 指摘されて始めて気がついた様子の鈍なエッジ。

 すぐに荷物を準備して、次の日には白の国へ向かった。


 …ハルペのことは、前から気になっていたことではあるが、

 それとは別に、他人は抜きで準備しておきたいものが、ある。



 師匠の家から森に入って少し歩いたところに、ちょっとした池がある。

 夏には街の子供たちが泳いで遊ぶスポットである。かなり深いところがあるので親御さんたちは遊んじゃダメだと言い聞かせているが、子供たちは構わず遊びに来る。そんな場所だ。

 もちろん冬の時期は誰も来ない。今朝も見事に氷が張っている。


 まずは、

「…フリーズ(氷結)

 反転魔術で表面の氷を取り除き、

「……アクアチャージ(大放水)

 池の水を、全て消した。


 そしたら池の底へと降りる。コケが滑るので気をつけて。

 水が無くなり大きな穴となった池には後で水を補充しておくが、池の一番深いところに用があるのだ。そこに目的の物が封印されている。


 すっかり苔生してまわりの地面や岩と同じ色になっている箱をどうにか見つけ、コケを綺麗に取り除いて残った水分も反転魔術で全て消してやる。


 この封印場所は私しか知らない。

 師匠は誰にも教えるなと言っていた。

 この池の水を取り除く方法はいくらかあるが、かなり高位の魔道師でないと不可能だ。それも反転魔術が使えればこのとおり。私程度でもそこまで難しくはない。

 その反転魔術を覚えたときも、師匠には無闇にこの()の封印を解くなと言われた。


 しかし私はその封印を破り、

 池の底から、半分腐ってしまっている細長い箱を引き上げ、家に持ち帰る。


 前に見たときと変わらない、中の物を腐食から守るためだけの飾り気の無い箱。

 中身は一本の杖。

 私の師匠である蒼雷のメイスの杖が入っている。


 杖の銘は、蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)

 翼を持つトカゲ、ドラゴンの一部を素材とした杖だ。



「やぁメイス。な~にしてるの?」

「アルラウネ。そっちの準備は出来たのか? 白の国までは一週間くらいかかるぞ?」

「ボクには準備するような荷物は無いよ。それよりメイスの方が気になってさ」

「うん、ちょっとこれをな……」


 持ち帰った箱を居間の床に置き、魔術で金具の錆を落として小さな鍵で錠を開ける。

 箱から出てきたのは大きな杖。

 大人の男性の身長よりなお少し背の高い杖の全体には、細長く削られたいくつもの青い宝石がまるで稲妻のようにジグザグに埋められている。杖頭には青魔銀で造られた小さな竜の彫像が飾られ、その名を示すように大きく誇張された翼は杖頭から大きく先を伸ばし、見ようによっては死神の大鎌のようにも見える。


「……ドラゴンの杖だよ」

「ドラゴンの…?」

「私の師匠の杖なんだけど、ドラゴンの身体の一部を利用してる」


 私の師匠である、蒼雷のメイスの杖。

 青の国の至宝とも言われる杖だ。


 これには素材としてドラゴンの身体の一部が杖頭に埋め込まれている。師匠がドラゴンの討伐から持ち帰った片翼は大部分が首都の魔道師たちの研究に使われ、今も国宝として城に保管されているはずだ。師匠は少しの翼膜と骨髄だけを貰い、それを杖に組み込んだそうだ。


 そして何よりこの杖には、師匠の圧縮魔法式が、

 『蒼雷の魔術の全て』が記されている。


「…触ってみても?」

「ああ、いいよ」


 杖を手渡す。

 アルラウネは、地球の香りのようなものを感じられるらしい。

 初めてここへ来たのも、森を歩いているところを私の気配を感じたからだそうだ。

 それだけではない。魔物は他の魔物を感じることも出来るという。


「…………」

「何か感じるか?」


 アルラウネはじっと杖を見つめ、

 つぅっと指で全体を撫でると、最後に杖頭の翼に触れた。

 その部分に、ドラゴンの素材が埋め込まれているはずだが……。


「……ううん。何も感じない」

「…………そう」


 ひょっとしたら何か感じるところがあるのかと思ったが、さすがに死んでしまった魔物までは無理か。

 雷と憤怒のドラゴンは、もういない。


「ドラゴン、結局はこんなになっちゃったか…」

「…ドラゴンを倒したのは、私の師匠なんだ」

「………うん。人に倒されたっていうのは知ってたよ。

 でも気にしないで。…というより君の師匠には感謝しなくちゃいけないくらいだ。ボクはあいつを止めてやることが出来なかった」

「……………」


 ドラゴンはアルラウネのこともわからなくなってしまい、近づく者を無差別に攻撃するようになってしまった。

 最後には討伐されることとなり、アルラウネはその時に、自分の分身たちを全て殺すことを決めたのだ。

 その決意には感じるものがあるが、やっぱり私はクラーケンに死んで欲しくない。



 この蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)には、私が受け継ぐことが出来なかった師匠の全てが内包されているはずだ。

 前に見たとき私は今よりもっと未熟で、一晩睨んでもちんぷんかんぷんだった。

 これを解読出来れば天国の師匠も、少しは私を認めてくれるだろうか…。



 深呼吸を2回して、

 杖を、その内の魔法式を見る。




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