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第五十六話 木と色欲のアルラウネ


 アルラウネ。


 絞首台の小人(ガルゲンメンライン)秘密を語る者(アルルーナ)


 抜くとこの世のものとは思えない叫び声を上げ、それを聞いたものは死んでしまうと言われる花、マンドラゴラのことである。ファンタジーに登場するこの花は根っこが人の形をしているという。

 錬金術や呪術に使われ、秘薬を調合するための材料であるとか。

 万能薬や媚薬、果ては不老不死の薬の素だとか。

 無実の死刑受刑者の血から生まれるだとか。

 ややこしい手順で手間隙かけて世話をすると色々な秘密を教えてくれるだとか。

 そして、長く育つとひとりでに歩き出す、とか。


 根っこが人の形をしているということは、逆に言えばその人形(ひとがた)の頭に花が生えている形になる。

 褐色の体は人形の根。緑の髪は植物の葉。そして頭の小さな花。

 ようするにこの女の子は人間ではなく、魔物だということだ。


「君のことを、もっと聞かせてくれるかい?」


 そんな幻想物語に登場しそうな姿をした魔物は、この世界では特別な力を持つ。

 翼を持つ蜥蜴ドラゴン。

 鳥の姿の火フェニックス。

 角のある馬ユニコーン。

 そして私が出会った、クラーケンとグリフォン。


 海の怪物クラーケンは、力は強いが温厚で友好的だった。

 しかし鷲頭の獅子グリフォンは、人間とは相容れない魔物だった。


 そして…、

 私の前に現われた、花の人アルラウネは……、



「とりあえず今どんなパンツをはいているのか教えてくれるかな?

 色はもちろん上下セットのを付けているよね?

 もし違うならそういうことを気にする人ってどう思う?

 実際に指摘されたことは?

 キスしたことはある?

 普段エロい妄想とかする?

 一番萌えるシチュエーションってどんなの?

 グっとくる異性の仕草は?

 好きな身体の部位は?

 ちなみにボクは女の子を構成する部位で好きでないところは一つたりとも無いよ。

 耳とかうなじとか弱い部分はある?

 胸のサイズ……は聞かないでおいたほうがよさそうだ。

 大丈夫。ボクは大きいのも小さいのも大好きだよ。

 いやらしいことこの上ないね!」



 …………、

 …変態だった。


 家に上げるとお茶を出す間も無く繰り出される怒涛のセクハラ質問の数々。見た目は小さな女の子だというのに中身は親父なのだろうか。脳みそがピンク色にトロけている。

 何が嬉しいのか目をキラキラ輝かせては頭の花をピコピコ揺らし、隙あらば私のローブの裾を狙ってくる。何なんだこいつは。


「……………」

「やや、ごめんごめん。初対面ではしゃぎ過ぎだね。少しペースを落とそう」

「うん、そうしてくれるかな」


 アルラウネは自由奔放というか、かなりフリーダムな性格のようだ。

 言語中枢に異常があるとしか思えない倒錯っぷりだが、とりあえず危険は感じない。

 こほん、と一つ咳をしてちょこんと椅子に座り、私がお茶を出すと「ありがとう」と言ってまた頭の花が揺れる。


 頭に花が咲いている。

 それ以外はどこをどう見ても人間だ。

 言葉を交わして意思疎通も出来る。

 熱いお茶をふーふーして啜っている。

 人間の姿をした、人間のような、魔物。


「いやー、まさか地球の人に会えるとは思わなかったよ。君はいつこの世界に来たの?」

「8年前だけど、その、やっぱりアルラウネは人間だった頃のこととか、地球にいた頃のこととか覚えているのか?」

「ノンノン、アル☆ラウネ!もっと愛を込めて!」

「……いや、そういうのはいいから」

「そうだね。ボクは日本人だ。君はどこ出身? アメリカ? ヨーロッパ?」

「私も日本人だよ。この髪は染めてるんだ」

「あーそっか。たしか黒髪は即奴隷だったね」

「…………まぁ、そんなとこだよ。最近は事情が変わったけど」

「はぁ…はぁ……こんな女の子が奴隷だなんて……きっと身も心もズタボロにされて娼館に売られたり変態ロリコン親父に身体を開発されたり………いやらしいことこの上ないね!!」

「変態はお前だ!!!!」


 ノリが軽い。

 馴れ馴れしい。

 何より、エロい。


 クラーケンともグリフォンとも全く違う。

 魔法を使う特別な魔物。他にもいるだろうとは思っていたけど、いきなり現われてこれは予想の斜め上だ。


「あぁ…!いいねその目!ゾクゾクしちゃうよ!いやらしいことこの上ないね!」

「…………」


 予想の遥か斜め上を行く最低な言動にドン引きし、ありったけの侮蔑を込めた目で睨んでやるのだが全く効果が無い。

 ……ダメだこいつ。

 …こいつ、ダメなやつだ。


「まぁ冗談はさておき。

 ボク『は』っていう聞き方からすると、君は他のボクに会ったことがあるんだね? しかも色々と事情も知ってるようだ」

「他の…?」

「グリフォンかバジリスクってことは無いかな?君は生きているし。ドラゴンもユニコーンもフェニックスももういない。とするとボクも会ったことの無いボクだ」


 頭の花がまた揺れて、アルラウネは言う。


 魔物というのは元々召喚魔術でこの世界に呼び出された地球人。

 最初に出てきたときは粘土のような肉の塊だったと伝えられている。それがあらゆるものを取り込み姿を変え、その身を分けて増殖した。

 魔物は、元は一人の人間だったのだ。


「グリフォンには、会ったよ」

「へぇ!よく無事だったね! あれは傲慢で困ったちゃんなボクだから、会った途端に襲われたりしなかった?」

「……お前が、全ての魔物の元になったのか?」

「正確には微妙に違う。ここにいるこのボクも元のボクから分かたれた魔物の一匹に過ぎないんだ」

「…なんでそんな風になってるんだ?」


 召喚魔術で呼び出されると、人間は魔物になってしまうらしい。その所為で今では禁術扱いだ。

 もちろん人間を魔物に作り変えるなんて特撮ヒーロー物の敵の幹部とかが使いそうな魔術が存在していいわけがない。確かに人間を人間のまま召喚することが試みられたはずだ。

 一体どうしてそんなことになってしまうのか。ただ呼び出すだけの魔術が怪物を作り出す要因になるとは思えない。


「うん、正確なことは正直わからない。でもこんな身体になってわかることもある。自己紹介がてら話そう」


 お茶のカップを置いて宙を仰ぐアルラウネ。

 軽い深呼吸の後、ゆっくりと語りだす。

 この世界に、最初に呼び出された人に、何があったのか。






 君もどうやら知ってるみたいだけれど、ボクたち魔物はもともとは一人の人間だった。

 その人間、元のボクはこの世界に呼び出されたときに自分という存在を保てなかったんだ。ボクや君の世界とこの世界では、どうやらルー(・・)()が全然違うみたいなんだね。


 この世界の人間は、泥で出来ているんだ。

 これは比喩的な表現と思ってくれてかまわない。つまりは『土』と『水』だ。

 それをこの世界のルールに適応した存在が内から観測することは出来ないけど、ボクは土と水の上位の属性たる木の魔物だからなんとなくわかるんだよ。

 そういう(つく)りになっているみたいだ。


 この世界に存在しない物質で出来ている者は、この世界にとっては異物なんだね。この世界はそれを許してくれない。

 つまり異世界の人間がこの世界に来ると、その瞬間に存在が変質してしまうんだ。

 結果的には、肉の塊になってしまう。


 それは恐怖以外の何ものでも無かったよ。

 うん、ボクはそのときのことを、ぼんやりと覚えてる。

 ボクはそのとき、自分が消えてなくなっていくのを体感したんだ。


 恐くて怖くて、闇雲にがむしゃらに、辺りのものに手を伸ばしたよ。

 すると思いのほか色々な物が手に触れたんだけど、後になってから考えるとそれは、周りのものを食べていたんだ。

 必死だった。この世界に適応するために、ボクはこの世界のあらゆる物を食べて、取り込んでいたんだ。

 そして気付いたら取り返しのつかないことになっていた。ボクの意識は8つに分かたれて、ボクの身体は数えることも出来ないほど増殖してしまった。


 それが魔物だよ。


 ボクの意識を持たない、ボクの欠片の成れの果てとも言うべき数多の魔物たちと、

 この世界の属性を取り込んで、ボクの意識を分けた8体の魔物たち。


 氷と怠惰のユニコーン。


 火と嫉妬のフェニックス。


 雷と憤怒のドラゴン。


 風と傲慢のグリフォン。


 土と強欲のバジリスク。


 そしてこのボク、木と色欲のアルラウネ。


 ボクが知るのはその6体だけだけど、あとおそらくは水の魔物と、金の魔物がいる。


 たぶん、色んな生き物を取り込んでまるでキメラか鵺みたいになったボクが薄れた記憶の中から浮かべた姿だったんだと思う。

 中二病っぽいよね。笑ってよ。





 笑えない。

 全然笑えない。


 そりゃあ、話は知っていたけれど、

 魔物になった「その人」は、いきなり勝手に召喚されて、魔物になってしまったのだと、私は知っていたけれど、


 この世界と、元の世界では、ルー(・・)()が違う。

 あらためてこの世界の理不尽を知ってしまった。

 やっぱり…、私はこの世界のことを……、


「こっち側に来るのは10年ぐらいぶりだけど、君に会えるならもう少し早く来るんだったよ。いや五千年も生きていまさらたった数年が惜しいなんておかしな話だと思うけどね」

「こっち側?」

「こっちの西側のことさ。ボクはこの大陸の東側から来たんだ」

「東側って、山を越えてきたのか? 魔物の巣を越えて?」

「そうさ。ある目的があってね。なぁにいつものことさ。邪魔する奴は指先一つでダウンだったよ~」


 東の山脈。多くの魔物が棲む危険地帯。

 五千年前に召喚されて増殖を繰り返して手が付けられなくなった魔物を、この世界の人類はやっとのことでその東の山へ追いやった。しかしその代償として、人類はこの大陸の中央に位置する山脈の東と西に分断されることになった。

 人は山脈を越えられない。試したところで道も無い山の中を人の足で何日歩ける? その間絶えず襲い掛かる魔物をやり過ごすことは出来ない。

 過去の記録では数名の人が山を越えてやって来たこともあったらしいが、それこそおとぎ話のような記録だ。


 そんな山脈を、たった一人で鼻歌まじりに越えてきた。

 本人の言うとおりアルラウネはクラーケンやグリフォンと同質の魔物のようだ。姿形は女の子だが、やはり特別な魔物、見た目では計り知れない。


「そんでもってこの森を歩いてたら、すごい懐かしい気配がするじゃないか。すぐにわかったよ。あコレ地球の人の気配だって…」

「そういうの、わかるものなの?」

「うん? 君の方では何も感じていないのかな?」

「いや別に何も」

「君は人間のままだからかな? ボクはビンビン感じてるよ~。そりゃもうビンビン!ビンビン!!」

「…変な擬音を強調するな!」


 元となった自分の意識から色欲を分けたのが今のアルラウネなのだという。

 木と色欲のアルラウネ。

 全部で8体いるという魔物は、そんな七大罪みたいな意識がそれぞれに表れているのか。

 それだと一つ足りないが、たしかにグリフォンは風を操りとても傲慢な考えを持つ魔物だった。

 ならば水の魔物は、クラーケンだ。


「水の魔物なんだけど、私は会ってるよ。クラーケンっていう大きなイカの、とても温厚な魔物だった」

「え、そうなの? …そっか~イカか~」


 ……いやらしいことこの上ない、と。

 どんな想像を膨らましているのか、飲み終わったお茶のおかわりを求めながら頭の花を揺らすアルラウネ。

 鼻の穴を膨らませながら私を見る目に少し嫌悪を感じる。ほんと何考えてるんだ?


「……もっとも、君みたいに人間の姿のままこの世界に来れる可能性が無いわけじゃないってことは知っていたんだ。千年ほど前にこっちの西側で暴れてた魔王が居てね」

「知ってるよ。その魔王が召喚した100人の魔族は、地球人だ」

「うん。やっぱり色々と調べたんだね。そのとおりだ。

 残念ながらボクはそのとき山の向こうの東側に居てね、その100人には会えなかったんだけれど、もしもまた地球の人がこの世界に来たときは是非会いたい。もしも困っていたら助けてあげたい。そう思っていたんだ」


 おかわりを用意する私の手を強く掴み、頭の花をピコピコ揺らしてキラキラした瞳で私を見るアルラウネ。

 この異世界に落とされて、頼る者無き同郷の徒。

 何より五千年ぶりに会えた同じ世界の人間だ。

 私だってこの8年、ずっとそんな人を求めていたような気がする。

 ずいぶんいまさらだが、まぁ悪い気はしない。


 キラキラ輝いて私を見る二つの瞳に、笑顔を返す。

 しかし警戒心を解いた途端アルラウネの空いた手がまたも私のローブの裾に伸びてきた。

 慌ててこちらも空いた手で防御したが危なかった。こいつはセクハラをやめられないのか。油断していると盛大に捲られてしまいそうだ。小学生か。


 キッ!と睨むが、照れたような顔で「ごめん」と手を合わせてすぐに謝られた。

 色欲の魔物の性質。呪いのようなものなのだろうか。真面目な話をしていてもセクハラをやめられない呪いとか嫌すぎるけど。

 クラーケンもそういう性質があるのか。

 グリフォンも、そんな呪いの所為であんな結末を迎えてしまったのか…。


「さぁ、今度は君のことを聞かせてよ。

 あ、君のことはメイスって呼んでいいかな?」

「うんまぁ…、好きに呼んでくれればいいけど…」

「そうかい? じゃあお言葉に甘えて好きに呼ばせてもらうことにするよ。

 ところでメスブタちゃん……」

「待てコラ!!それまさか私のことか!!?」

「え!?今好きに呼んでいいって…」

「メイス!メイスって呼べ!」

「ちぇ…、わかったよメイスたん」

「たんも付けんな!!」


 …………、

 …やっぱりわざとやってると思う。


 ともあれ私に、同郷の知り合いが出来た。

 この異世界での異邦人同士。

 元の世界の人に会うのは8年ぶりだ。


 まぁ、

 人ではなく、魔物だったわけだが。


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