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第五話 脱走

 場所と時間は変わって、次の街に到着した夕方。

 日は傾いているが、空はまだ青い。魔物に襲われることもなく、早めに到着したことを商人達やゴロツキ達が喜んでいた。

しめしめ、この隙に腕を手錠から抜いておく。


 街は聞いていた通り、かなり大きかった。

 まず城壁がある。そしてその周りには堀があり、大きな門に橋が架かっていた。

 中に入ると比較的綺麗に整地された大通りを挟んで、いくつもの露天が並んでいる。街の中央に向かって登る通りの先には大きな噴水が見え、そこから水路が街中に伸びているのが見える。緩やかな丘陵の地形になっているのだ。

大きな建物が立ち並び、道を行く人々の格好も様々である。

人の数が多い。活気のある街だ。


 僕らが街に入ると、その活気が少し濁る。


 あぁ・・・、と思う。

 奴隷を見る気分というのはわからないが、きっと嫌な気分には違いない。

 自分はそれよりも先に、見られる側の気分を知ってしまったというわけだ。

 ………実に嫌な気分だった。

 まぁいい。それも今日だけの話だ。

 街に着いた瞬間から、脱走ミッションは始まっている。


 その後もしばらく歩かされたが、頃合いを見計らってまずエッジが飛び出した。

 路地に差し掛かったところで、列の腹から真横に走り出すエッジに、並走していた馬車に乗る商人が怒鳴りつけてゴロツキたちを呼びつけていた。

 それに遅れるものかと僕も飛び出し、路地の先、レンガの壁の下にぽっかり口を開けた地下への穴に飛び込んだ。


 ここまでは予定通り。

 入り込んだ穴は小さく。大人たちは入れない。回り道をして追いかけてくるだろうが、かなりの時間が稼げたはずだ。

脱出の手段がそのまま敵の足止めになるとは、エッジ少年は中々賢い。作戦の第一段階は成功である。



 下水道の中は暗い。というか何も見えない。

入った穴の他にも小さな穴がいくつか開いていて光が漏れているが、まだ闇に目が慣れていない僕は、エッジに手を引かれてもたもたと歩く。

「ぎゃぁっ!!」

手探りに壁を見つけて、壁伝いに進もうとすると、手の上を得体の知れない何かが走って、口から心臓が飛び出そうになった。

「ネズミだ。そこら中にいるよ」

 ハハッ、なんだネズミか。

 驚かすんじゃないよ。


「エッジはなんでめがみえるんだ?」

「先に片目を瞑って、暗闇に慣らしておくんだ」

 エッジはいろいろと工夫を知っているようで、暗い中をひょいひょいと足早に進んでいく。

 地下道は整備されているといっても、石造りの道はでこぼこしていて、僕は何度もつまづいては流れる下水に頭から突っ込みそうになる。

 やはり僕では足手纏いだ。しかも年齢は関係ないっぽい。エッジ少年とのあまりの能力の差に軽くヘコむが、今はとにかく早く逃げないと。

 しだいに目も慣れてきた。ちゅーちゅーという声にビビリながら先を急ぐ。



 ずいぶん歩いた。

 先の話の通り。下水道は迷路みたいだ。

休憩を挟みながら何度も曲がり角を曲がって来たが、行けども行けども似たような風景しかない。

石の床と、石の壁と、石の天井と、下水の川と、あとはネズミかゴキブリだ。

ネズミとゴキブリも、よく見ると僕の知っているものとは形が微妙に違う。

思えば遠くに来たもんだ。


 外はもうとっくに日が暮れただろう。奴隷商人たちは諦めてくれただろうか。

 もう何十度目になるかという曲がり角を曲がると、光が目に差し込んできた。


 やった!! 出口だ!!


 …………いや、

 今は夜のはずだ。出口が明るいわけはない。


 途端、凄い力でエッジに腕を引かれて、軽く舌を噛んだ。痛い。


「いたぞぉっ!!!! ガキどもだぁ!!!!!」


 怒声を聞いて心臓が跳ねた。

 追っ手だ。まだ諦めてなかったのか。

 いや、諦めてくれるなんて、僕の甘い希望だろう。


 エッジの後ろを遅れないように全力で走った。

 恐い…。恐ろしい……。今走り出したばかりだというのに、もう息が切れてしまっている。

 心臓が変な脈を打ち、胸が苦しい。うまく呼吸が出来ない。

 しだいにエッジに追いつけなくなって、距離が開き始める。


「大丈夫か?」

 どこをどう走ってきたのかわからないが、先行していたエッジは十字路で待ってくれていた。


 自分の足手纏い加減と、追っ手の恐怖で吐きそうになる。

呼吸は全然整ってくれず、足がガクガクと震える。歯の根が合わずカチカチと音を立てたが、それよりも大きい自分の脈の音が直接耳の奥から聞こえてくるようだった。

頭も痛い。視界が揺れて焦点が合わない。きもちわるい。


「ここからはお前ひとりで行くんだ」

「・・え?」

「このままじゃ追いつかれる。この道を途中で曲がらずにまっすぐ行けば出口だ。外にでかい川があるから飛び込め」

「エッジは?」

「オレは別の出口から逃げる。騒ぎながら逃げりゃ、お前も逃げやすい」


 エッジは囮になると言っているのだ。

 そんな! ひとりは怖いじゃないか!!

 置いて行かないでくれ!!


「・・イ・・イヤだ!」

「こうするしかねぇだろ。オレ一人ならもっと速く走れるんだ。捕まりゃしねぇよ。川の流れに乗って泳げば、海辺の町に着く。そこで落ち合おう」


 僕の拒否をどう取ったのか、それだけ言ってエッジは違う道を走っていってしまった。

あっという間に闇の向こうに消える。

僕と一緒にいるより全然速い。簡単に捕まらないというのは本当だろう。


「・・・・っ!」

 ここで震えていても捕まるだけだ。

 笑う膝を平手で張りつけしっかりと床を踏みつけた。出口はすぐそこだ。



 エッジの言ったとおり、さらにしばらく進むと、今度こそ出口が見えた。

 久しぶりの外の景色。例の三つ子の月が綺麗な夜空。

 空気がおいしい。


 出口の淵から下を見る。

 軽く眩暈がした。

 遥か下を、大きな川が流れていた。


 出口は崖の壁面に口を開けていた。

その遥か下、何十mあるだろうか、大きな川がごうごうと流れていた。

ここから飛び降りるのか。

川は深さもかなりありそうだ。

流れは強いが、死にはしないだろう。

・・・死なないと思う。思いたい。

・・・・大丈夫だよね? エッジ、信じていいんだよね?


 予想外の高さにジャンプを躊躇ってしまう。

本当に、本当に大丈夫だよな?

死んだら怨むぞ! エッジ!

 よし……ホップ・ステップ・ジャンプ! でいこうか。

 …いや、

 せーのっ でいこう。 そうしよう。


 ……よし!

 決めた。今決めた。


 飛ぶぞ!!

 今、飛ぶぞ!!!


 さぁ、飛ぶぞ・・・!



 せーのっ!!!





 ピシャン!


 僕が何度か躊躇していると、それが聴こえた。


「――――――!!!」

 ぞわり・・・


 全身が総毛立つ。

 何度も聞いた音だ、聴き間違えることは、

 ……いや聴き間違いだ。そうに決まってる。神さま神さま。


「へっ、手こずらせやがって、こんガキャあ・・」

 祈りも虚しく、その声は聞こえてきた。

 振り返ると、いつも僕を鞭で打つ、あのゴロツキが立っていた。


「大人しくしてりゃぁ痛い目見ずに済んだのによぉっ!!!」

 ピシャン!

 怒声と共に鞭で何度も壁を打つ。

 ビク、と体が竦む。


 ……やめてくれ。

 ピシャン! という音が響くたびに、僕の気持ちが萎んでいく。


 もう躊躇っている場合じゃない。

 今、飛び出さないと、ゲームオーバーだ。

 目を瞑り足を振り上げて、川に飛び込んで逃げるのだ。

 死にはしない。大丈夫だ。

 行くぞ!



 ピシャン!


 ・・・っ。

 またあの音が響く。

 僕の勇気を削いでいく、暴力的な音。

 今捕まれば、またあの鞭で打たれるのだ。

 今度は一度や二度じゃすまない。毎日気を失うまで打たれるだろう。

 それこそうっかり死んでしまうかもしれない。

 嫌だ!


 ピシャン!


 鞭が響く。あれはとても痛いのだ。

 痛いなんてものではないのだ。

 この恐怖は言葉に出来ない。

 僕の勇気なんて、一度振り上げるだけで砂のように散ってしまう。

 あれが肌に食い込み、皮を破って皮膚を()()()とっていく痛み。

 奴隷という商品を作り出すために、

 まるでネジでも締めていくように、


 ピシャン! ピシャン!



 やめてくれ。

 ・・勇気を、

 勇気を振り絞らなくちゃいけないのに。

 今、飛び出さなくちゃいけないのに。


 ………なのに、僕の足は出ない。


 ごう と風に煽られて 膝が折れた







 下を見ると、川が流れている。

 高さはあるが、

 死にはしないだろう。







 ・・・・・・あぁ、

 ・・・でも、




  ピシャン!






鞭より

痛いかも

しれない








「・・・う゛ぅ・・うぅぅう゛ぅ・・・・」

「へへっ、最初っからそうやって大人しくしてりゃぁいいんだよ。ガキが」


 結局、僕はその場にへたり込んで、一歩も動けず、

 頭を抱えて震えることしか出来なかった。



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