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第四十七話 水着会

「それでショテルが、ハルペは要領が悪いんだっ、とか言ってバカにするのです。マジむかついたので……ってメイス姉?」


 今日もハルペと一緒に日課のランニング。私たちは毎朝首都から港街までのルートを休憩を挟みながら4時間ほどで往復している。

 最初に聞いたときはこれは刑罰なのか私は無実だ冤罪だと思った。初めの頃は道半ばで倒れこみ立つことも出来ないままハルペの嘲笑と罵声を浴びるというドM仕様の毎日に辟易したものだ。膝から下の感覚が無くなり偉い人にはわからないマシンになる悪夢に毎夜うなされるほどキツい走り込みだったが、起伏の激しいコースでの走り方というものがあるようで、次第に慣れた。過酷なトレーニングだとは思うが、私の身体に取り付いた贅肉(アクマ)を滅するためだ。がんばる。

 ここ数ヶ月のランニングで私の体型も元に戻りつつある。ダイエット本を出版してもいいと思う。何度も休憩を挟みながら港町に到着。港町に隣接するこの浜辺も、いくつかの休憩ポイントの一つだ。首都側の海岸と違って船の往来が多い港側の海をぼけーっと眺める。


「メイス姉? 聞いてるのですか? ショテルを懲らしめる作戦を一緒に考えるのです」


 浜辺は港に隣接しているだけあって、様々な人が屯している。朝の散歩をしている人。パイプを吹かして一服している人。波と砂で遊んでいる子供。組み手をしている戦士達。小船に乗って背の高い竿で釣りをする人。

 釣りをする人の釣果は芳しくないようだ。

 あまり根を詰め過ぎるとこの世界の海では魔物が釣れてしまうこともある。海に危険な魔物はほとんど居ないが、小魚程度の小さな魔物だって指くらい噛み千切ることもあるので危ない。

 それでも釣りをするのは、そうしないと食っていけない人たちだけだ。魔物の肉は食べられないが。


 ……そうだ。魔物は本来、人を襲う。

 グリフォンも、人の命をたくさん奪って来たのだろう。

 師匠だって言ってたじゃないか。ドラゴンもたくさんの人を殺す危険な魔物だったから、師匠が討伐したのだ。

 グリフォンは人間だった記憶を残していた。

 ドラゴンがどうだったのかはもうわからないが、魔物が人を襲うのにそんなことは関係ない、ということだ。


「コラー! メイス姉! こっち向くのです! 海なんか見て黄昏てるんじゃないのです!」


 クラーケンは…、

 クラーケンは人を襲わないと言っていた。

 その言葉には偽りは無いだろう。

 クラーケンはいいイカだ。その意識は長い時を生きる間に擦り切れていて、しかしだからこそ純粋さを感じる。嘘を吐くなんて考えもしないような素直な奴だ。私の言うことをよく聞いてくれるし、私を守ってくれた。初めて会ったときは船ごと沈められるかと思ったけど……、

 そう、問題はクラーケンが、加減が効かないほど絶大な力を持つ魔物だったということだ。


「このド貧乳!! 人の話を聞い……あ、痛い。痛いのです。脇腹を剣の柄で突くのはやめて欲しいのです。なんか変な声が断続的に聞こえて怖いのです」


 女王と、クラーケンが人々に受け入れられるにはどうすればいいか話し合った。

 クラーケンは魔物だが人は傷付けない。単純に距離を縮めて人と触れ合える場を用意するのが良いと判断した。

 その結果、ここの浜辺に海水浴場を作る案が採用された。クラーケンが見張ることで魔物が絶対に出ない、常夏の国のレジャーである。テーマは安全性だ。ミスターもびっくりのセキュリティでメダカ一匹通さない安全性を確保できる。

 海にも川にも魔物は出るが、水遊びの概念はこの世界にもあるのだ。

 あとは安全性を証明するだけでいい。

 その安全をクラーケンが保障してくれると知れ渡れば、おのずと距離も縮まろうというものだ。他にもクラーケンの魔法で波を調節したり、空中に水流を走らせて変幻自在のスライダーを作ったりと、私のプロデュースで頼れる海の管理人として華々しくデビューする予定なのだが…、


「信じられないのです!明らかに聞こえてるのに無視したまま攻撃だけはしっかりしてくるのです!

 ……危ないので少し距離を取るのです」


 計画は中止した方がいいのかもしれない。

 この間のグリフォンの一件以来、私の中でクラーケンの危険度が急激に上がってしまった。

 私はイカに味方する。その考えは変わっていないしクラーケンのことは信じたいけど、本当にちょっとした加減違いで人の命を奪ってしまう魔物にそんなことを任せていいのだろうか。

 人の手で管理をしたってミスは生まれる。それは仕方がない。万が一の場合は挽回の手を講じればいい。

 だがクラーケンは、ちょっと肩がぶつかった程度のことで人を死に至らしめてしまう。万が一の場合に取り返しがつかないかもしれない。

 本人に計画のことを話したときは絶対事故は起こさないと言っていたし、凄くやる気になっていたが………、

 私には、もう判断出来ない。


「ぼさぼさ金髪頭ー! 服のセンス0-! 胸にまな板しまってるんじゃないのですー!」

雷閃光(ライトニングボルト)

「ぎゃあああああああ!!!!!」



 うじうじ悩んでも仕方がない。なんか馬鹿みたいだし。

 判断がつかないなら実践あるのみだ。


「グラディウス。例によって通訳よろしく」

『それはいいが、大丈夫なのか?』

「クラーケンには目いっぱい手加減してもらう。死にやしないよ」


 首都の近くのいつもの海岸にクラーケンを呼び、予行演習をすることにした。

 職人に作ってもらった水着もある。紺のワンピースの水着なのだが、何の偶然かいわゆるスクール水着に見えないこともない。これしか無かったのだ。だってセパレートや紐タイプだと背中が丸見えで恥ずかしいし。

 このスク水でも少し気になるくらいだが、腰まで伸ばした金髪がある程度隠してくれるだろう。やはり髪伸ばしててよかった。

 ……まあ誰に見せることもないんですけどね。開き直って胸にゼッケンつけてひらがなで名前書いておこうか。


 入念に準備体操を終えてグラディウスを背中に括り、いざ海に飛び込む。

 常夏の気温下での水浴びは気持ちいい。季節はもう真冬だというのに水温も高いし、日差しが弱いのは気分が出なくて少し残念だが考えようによっては肌を焼かないで済むので寧ろ高ポイントなのではないか。などと考えつつクロールで沖に向けて泳ぐ。

 こう見えても日本にいる頃は『河童の川流れ』と呼ばれた私だ。さらにその頃と身体のコンディションも大分変わってしまっている。足が付かない所から15メートルも泳げば簡単に溺死することが出来るのだ。助けて。

 私の身体が見る間に沈むと、クラーケンがあわてて食腕を伸ばして頭の上に乗せてくれた。


『これはひどい』

「ゲホッ、ェホッ、ぅうるさい! 人間は水中で生きるように進化してないんだよ!」

『クラーケンが指示を仰いでいるぞ』

「よ、よし。まずは魔物が来ないように水中に壁を作ってくれ。それから波も小さくしてくれると嬉しい」


 私の言葉の通りに、魔法で海を操るクラーケン。足の付くところまで運んでもらって改めて海に入ると、波がほとんど無くなり静かな水面が広がっていた。

 浮き輪でも作ってくるべきだったかな、などと考えていいことを思いついた。


空気球(エアバルーン)


 即席で魔法を作り、固定した空気圧の塊を作る。空気なので透明で見えないが手で掴むことが出来るしちゃんと水に浮く。浮き輪の代わりにしよう。

 水中で泡となった空気塊を両手で挟むように捕まりバタ足で泳ぐ。浮き輪というよりビート板だな。クラーケンのおかげで波も無いし、問題はなさそうだ。

 しばらく泳ぐと壁にぶつかる。水の壁もちゃんとあるな。水中にあってガラスの壁みたいだ。あ、でもトビウオみたいな魚だと飛び越えてくるかもしれない。もう少し高い壁が必要か。

 それ以外には特に目に付くところは無い。空気の浮きの魔術に捕まっていればなんとか泳げるし、快適だな。

 と、思ったら効果時間を終えた空気塊がいきなり消えた。

 一瞬お花畑で手を振る師匠が見えた。

 危ねー。


「と、とりあえず問題なく泳げそうだな」

『……泳…ぐ?』

「クラーケン。次はスライダーだ」

『一体こんなことに何の意味があるのだ?』

「…………」


 またもゲソに救われながら考える。予行演習をしたかったつもりなのだが、私は、今まで隠していたが、実を言うと、泳げない。

 これでは予行演習どころではない。私の方こそ水泳の演習が必要だ。


 クラーケンは、大丈夫だ。

 私のことを気遣ってくれるし、絶対に人を傷つけたりしない。海水浴場が開放されれば、クラーケンが安全な魔物だということは誰もが理解できるはずだ。

 その前に今、それを自分の身を持って証明する意味は何か。ここには誰も居ないのに私は一体誰に証明するつもりなのか。

 そんなの、決まっている。


 私は、自分に対してそれを証明したいのだ。


 クラーケンのことを信じたいけど、

 私は不安で仕方がないのだ。


『私に願えば お前の思うままの結果をもたらすことも出来るぞ?』

「………………」


 ……それも、いいかもしれない。

 この世界に来てからというもの、私の望むような形に事が運んだことなど一度だってありはしない。

 私は何をやっても上手くいかない。

 今回も失敗するかもしれない。

 私は、不安で仕方がない。


 そんなことはいつものことだが、今回はイカの未来が懸かっている。

 失敗出来ない。一度でも失敗すれば、人はクラーケンという魔物を討伐するために武器を取るだろう。


 クラーケンは五千年もの間、ずっと一人ぼっちだったのだ。

 それが偶然私と出会えて、もう寂しくないと言ってくれる。

 でも、

 私はもうすぐこの世界から居なくなる。

 私が元の世界に帰れば、クラーケンはまた一人ぼっちだ。

 もうこのイカにはそんな思いはして欲しくない。


 だからこそ、剣に頼るのも手かもしれない。

 この剣は何でも叶えてくれる。

 グラディウスが出来るというのだから、出来るのだろう。

 私の願いを使ってしまうことになるが、私のことはまた代わりの誰かに、女王とあとエッジ辺りに願ってもらえばいいだろう。


「……じゃあ、グラディウス。

 私の願いでクラーケンを………っと」

『む』


 私が願いを言う前に、クラーケンの食腕がグラディウスを取り上げてしまった。

 私が剣を使うのを止めたのか。一旦取り上げたものの、剣が無いと会話出来ないのでまた食腕が戻ってくる。


『お前に伝えたいことがあるようだ 通訳しよう』

「あ…うん頼む」

『心配しないで下さい ワタシは大丈夫です』

「うん、わかってる。でも……」

『メイスが元の世界に帰っても ワタシはうまくやっていけます

 なぜなら ワタシはとても優れているから』

「……クラーケン?」

『メイスのカレーライスが食べられなくなるのは残念ですが 平気です メイスがこんなに思ってくれるから ワタシはいつまでも寂しくありません』


 …………、

 クラーケンを放っておきたくない。だってこの異世界で初めて会った同じ世界の人間。その成れの果てだ。

 でもクラーケンは、元の姿に戻りたいとも元の世界に帰りたいとも願っていないのだ。

 私は、お節介なのかな。


「あっ見ろハルペっ! メイス姉が魔物に捕まってるぞっ!」

「本当なのです! おのれ魔物め! 今日こそやっつけてやるのです!」


 イカの頭の上で黄昏ているとやかましい双子がやってきた。

 とっさに背中を隠す。だ、大丈夫だよね?

 二人そろって何をしに来たのだろう。ハルペはメリケン付けてるしショテルも杖を持ってる。まさかとは思うがクラーケンを討伐に来たんじゃあ……。


 ゲソが私の身体を掴んで下ろす。ちょっと待ってここ足付かないと焦ったが、水面が固く凝固していた。ちゃんと魔法で道を作ってくれていてホッとする。

 浜まで歩いて戻ると入れ替わるようにショテルとハルペが海に突っこんでいった。


「ちょ、二人とも?」

「わっぷ!?道が無くなってるのです!!塩っ辛いのですぺっぺっ!!」

「かまうなハルペ!いつもどおりオレが道を作る!! 氷結(ヒョウケツ)!!」


 双子はもう私のことを見ていない。

 驚いたことに二人とも、水場での戦闘を想定してか水着を着ている。ショテルは白と青で左右色分けされた海パン。ハルペは薄いピンクのチューブトップだ。二人も職人に作ってもらったのだろうか?

 その上での完全武装である。作りは単純に見えるが一応ちゃんとした杖でもってショテルが海水を凍らせ、イカまで続く氷の道が出来た。そこを鉄のトゲ付きメリケンを手に嵌めたハルペが走っていく。

 やっぱり戦うつもりか。二人ともクラーケンのこと嫌いみたいだったしな。はあ、頭痛い。


 クラーケンはどうするつもりなのかと思ったら、普通に応戦していた。

 あちこちから海水が蛇のようにハルペを襲う。前後に緩急をつける動きは歩法の類だろうか。ギリギリの所で器用に避けるハルペ。

 だがクラーケンのゲソの一本に黒球が現れ、ぞわりとした。マジか!?

 クラーケン本気!?そんなもん当たったらハルペが輪切りになってしまう。

 慌てる私が(つえ)を構えるのも間に合わず、黒球が開放され水のレーザーが足場の氷を切り裂いた。

 ……? 今、わざと外した?


「わぴあっ!!?」

「ハルペっ!!」


 足場を失い体勢を崩すハルペを、水流の蛇の一つが捕らえる。

 が、何とも無いようだ。


「くっそぅ。一回死んだのです。もう一回最初からやるのです」

「よっしハルペっ。次はフォーメーションBだっ」


 ハルペが浜まで泳いで戻って来ると、もう一度ショテルが魔法を放つ。

 それに追従してハルペも走る。

 クラーケンに辿り着く前に迎撃される。

 …………、


「今日もやっているのね、二人とも」

「あ、ウルミさん」


 しばらくイカと双子の戦いを眺めているとウルミさんが来た。

 ウルミさんまでもが水着を着ている。髪色と同じ緑のビキニだ。意外に豊満なバストが目に刺さる。ウルミさんって着やせする人だったん……いや、今は双子とイカだ。


「たまには私も参加させてもらおうかしら。メイスもどう?」

「………ひょっとして、いつもこんなことを?」

「ええ。あの二人はあの魔物と戦うことで随分鍛えられているみたいね。もっともあの魔物の方は随分手加減しているようだけど。話の通り、悪い魔物ではないみたいね」


 ショテルもハルペも思いっきり本気でクラーケンに一撃見舞おうと頑張っている。あの手この手でハルペの拳をイカにぶち込もうと、ショテルが魔法で援護する。

 そしてクラーケンは手加減をしつつも、自分に近づけないように適切な力でちゃんと迎撃している。

 いつもこうやって、戦闘ごっ(・・)()をやっているのか。


 ようするに、そういうゲームなのだろう。

 訓練は遊びを盛り込むことで能率が上がることがある。

 知覚と動作と態度と精度と訓練と開発と英知。だったか。

 KABADDIカバディってやつだ。


 ルールは簡単。クラーケンにタッチできれば双子の勝ち。出来なければイカの勝ち。

 ショテルはじっくりと有効な戦略や使用する魔法を考え、

 ハルペは敵の攻撃を掻い潜り、

 そしてクラーケンは、手加減をする。

 クラーケンは二人を相手に、手加減の訓練をしているのだ。

 やっぱりクラーケンは人を傷付けない。そのために努力すらしていたのだ。


「おー、やってんなお前ら」

「あらエッジ。女王まで」

「皆さんがこちらに来ていると聞いて、丁度時間が出来たのでクラーケンの様子を見に来ました」

「あたしはそこを通りかかったってわけさ。おもしろそうだから着いて来たよ」

「サイも来たのか。

 …あの、女王。みんなが着てる水着って、ひょっとして」

「ええ、前に相談していたものを私が依頼して作らせました。計画のためには、これも必要でしょう?」


 何のかんので全員集合してしまった。

 海水浴場計画を広く流行らせるためには、当然水着を大量に売り出す必要がある。デザインの案はいくつか出していたのだが、それを女王が職人に作らせていたとは。

 さすがに女王はお歳なのでいつもの着物のままだが、気になるのは二人だ。

 サイは真っ黒なセパレートだし、エッジにいたっては赤い褌だ。

 …フンドシて。誰の考案だよ私の考案でした。冗談のつもりだったんだけど、採用されたのか。二人とも肌の露出が高いくて目のやり場に困る。


「だああああ!! 全っ然ダメなのです!!」

「あ、頭痛ぇっ……。魔力が切れちまったぜっ…」

「考えなしに魔法を使いすぎるからなのです!! ショテルの役立たず!!」

「誰のせいでっ……ハルペは突っ込む以外何もしてねぇじゃねぇかっ……」

「ちょうどいいわ。エッジ、私たちもやってみないかしら。メイスに教えてもらって研究を重ねた反転魔術を試してみたいの」

「おう。俺も今やろうと思ってたところだ。チビどもはちっと休んでろ。俺たちの動きをよく見てるんだぞ」


 双子と入れ替わりに、今度はエッジとウルミさんがクラーケンを相手取る。

 まるでちょっとしたイカ道場だ。今度はエッジを迎撃するクラーケン。海水から立ち昇る水の蛇をウルミさんが反転魔術で消していく。ショテルとハルペは休憩しながら次の作戦を考えているようだ。

 そんなみんなは、結構楽しそうで、

 私の知らない内に、みんなクラーケンと打ち解けていた。


「オレラやあなたと同じ異世界の者。こうしていると、魔物の姿をしていてもかつて人間だったというのがわかる気がします」

「…………」

「もう少し時間は掛かるでしょうが、彼は必ずやこの世界の人々の友人になれます」

「………ええ」


 私は、不安で仕方がなかった。

 クラーケンがうまく力を加減出来ないかもしれない。

 みんなはクラーケンのことを嫌いなのかもしれない。

 魔物では人間と仲良く出来ないのかもしれない。

 私が元の世界に帰ったら、クラーケンはまた一人ぼっちになってしまうかもしれない。


 全て、杞憂だったようだ。


『私の出番は 必要ないようだな』

「うん。やっぱり今回も、黙っててくれ」

『うむ』


 なんだか恥ずかしいな。私は本当にただのお節介だったみたいだ。

 私が心配するようなことは、何も無かった。

 不思議なものだ。計画はまだ始まってもいないのに、私の不安は綺麗に消えて無くなってしまった。

 私は、安心していいんだ。

 安心して、元の世界に帰っていいんだ。


「はん、この水着あんたが考えたんだって? 動き易くて中々いいじゃないか」

「…お前まだ居たの?」

「……なんであたしだけそんな嫌そうな顔になるんだぃ。まぁいつものことだけどさ。

 それはそうとあんた、なんて頭してんだぃ。またぼっさぼさじゃないか」

「ああ、さっきまで泳いでたからな。海水吸って半端に乾いたから」

「あんたホントそういうの頓着無いねぇ。ほら、紐で纏めてやるからこっち来な」


 なんとなく、されるがままにサイに任せ、テールアップにしてもらう。

 髪が上げられて背中の一部が露わになるのを感じる。

 私の背中の傷跡が、少し顔を出しているだろう。

 されてる間に、クラーケンと戦りあうエッジを見る。

 赤い褌が海の上で縦横無尽に舞っている。


 全く、目のやり場に困るな。

 サイもエッジも、露出している肌は全身隈なく傷跡だらけだ。

 私とエッジとサイは、奴隷だった過去がある。

 傷の多くは鞭傷だ。


 まるで背中の傷跡が恥ずかしくて隠している私が馬鹿みたいじゃないか。

 二人とも誰に憚ることなくお日様の下に傷跡を晒している。それを誰も見咎めていない。この国でそんなことを気にしているのは、私だけなのだろう。

 そうだ。これからは黒髪がどこに居ても蔑まれずに生きていける世の中が来る。

 次の三月式典で、この世界から奴隷制度は無くなるのだ。

 そしたら私は、皆に会える。

 マスケットやドクは元気にしているかな?

 フレイルは、今どうしているのかな?

 あんな風に別れてしまって、青の国で指名手配されている私の所在を知られないために手紙を書くことも出来ないけれど、もうすぐ会えるよ。

 そして、皆で思い切り遊ぼう。

 三月式典には三国中からたくさんの出し物がある。それを目一杯楽しもう。


 それが終わったら、お別れだ。

 …本当はもうちょっと先延ばしにしたいけど、駄目だ。

 ケジメは大切だ。もうこれ以上先延ばしにするとよくない。

 式典が終わったら、いよいよお別れだ。

 みんなと、

 この世界と、お別れだ。


 私は、この世界の思い出を抱いて、剣に願うことにする。


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