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第四十六話 風と傲慢のグリフォン

 風に乗って、また懐かしい歌が聴こえてくる。

 前にもこの島で聴いたな。あの臭いも感じるぞ。


 人間。生きていたとは驚きだ。


 我が軽く撫でてやれば容易く吹き飛んでしまうというのに、尚も同じ場所を訪れるか。

 我を恐れぬはずが無いだろうに。恐怖を押してまで、我に歌を捧げたいか。


 ふふん。気に入ったぞ。

 存分に歌い、我を慰めるがよい。


 なぜなら、我は全てより優れているからだ。


 ……ぬ、

 あの懐かしい世界の臭いを持つ人間と、我に似た気配がふたつ。

 ひとつはあの人間の持つ剣か。

 とすると、もうひとつの気配はなんだ?


 …………ふん。

 おもしろいではないか。

 どれ、ひとつ様子を見てやろう。

 あるいは、我を楽しませるものであるかもしれん。


 いつかの火の鳥は、久しく見てはいないのだ。

 我の力を知らしめるのに、あれほど甲斐のある者は居ないというのに。

 そうだ。我はそういう者をこそ求めている。


 確かめてやろう。試してやろう。

 計ってやろう。見極めてやろう。


 我に及ばぬならば、全ての者は平伏すがいい。

 我に並び称するならばその虚言、跡形も無く吹き飛ばしてやろう。

 我より優れたる者など、この世のどこにも居はしない。


 我の上には何者も在らず。天すら我は下すのだ。

 畏敬を持って我を見よ。


 なぜなら、我は全てより優れているからだ。



「えー第一回、異世界漂流友の会会議を始めたいと思いま~す。

 ぱちぱちぱちぱち~~」


 さあ始まりました前代未聞のこの会合。司会進行はわたくしメイスが務めさせていただきます。

 本日お越しいただいておりますのは言葉の通じない人外ばかり。通訳はご存知、生まれながらに体は剣で出来ているを地で行く魔王剣グラディウス。

 白い頭巾の大王イカ、クラーケンもすでに皆様のお馴染みかと思います。


 そしてなにより、本日注目のゲストがこの方。

 グリフォンさんの登場です。


『さっきからお前は一体誰に向けて話しているのだ?』

「…………、うん、なんかちょっと、この場の雰囲気があまりにもアレなもんで」


 コホンと一つ咳払いをして、改めてグリフォンを見る。


 上半身は、鷲のもので、

 下半身は、ライオンのそれ。

 大きな翼と金色の毛並み。

 元の世界ではその手の王道ファンタジーなどでよく見る、純度100%の幻想生物。鷲頭の獅子(グリフォン)

 それが今、私の目の前にいる。



 グリフォンと対話しよう。

 そう考えた私は例によって海岸で歌を歌うことにした。地球で、日本でよく聞いた、よく歌った歌だ。

 ここで歌えばクラーケンも来る。クラーケンも初め懐かしい歌に引き寄せられたと言っていた。魔物は歌に引き寄せられる。去年グリフォンも歌によって引き寄せられたはずだ。

 グリフォンがいつ来るかはわからなかったのでひと月以上は毎日歌い続ける覚悟だったが、いざ実行してみると拍子抜けするほどあっさりと、その日の内にやってきた。去年と同じように、グリフォンは風と共に海岸へ舞い降りた。


「えーと、とりあえずクラーケン。それ(・・)やめてくれるかな?」


 浜辺に打ち上げられた鯨のように波打ち際に身を乗り出しているクラーケン。イカの身で陸地ではロクに動けないだろうに、ゆるゆると私の持つ剣に食腕を伸ばす。

 それ(・・)というのは、今もグリフォンを囲んでいる黒い球体のことだ。

 複数の黒い球体が、空間にぽっかり空いた穴のように空中を制止している。


 クラーケンの使う魔法であるこの黒球は、前に一度見せてもらったことがある。私も魔道師の端くれなので、クラーケンが本気になったらどんな魔法が使えるのか興味があったのだ。

 このテニスボールほどの大きさの黒球は、光を通さないほどの深度を持つ膨大な量の水である。

 ここまで小さくなるほど圧力を掛けられ一気に解放される水鉄砲(ウォータージェット)は、ダイヤモンドも切り裂けるだろう。

 クラーケンはこれで海を割って見せた。


「グラディウス、クラーケンに落ち着くように言ってくれ」

『お前に危害を加えた者だと 警戒しているようだぞ?』

「でもこれじゃ落ち着いて話が出来ない。私は大丈夫だから」


 クラーケンの大きな目玉が一度ギロリとグリフォンを見たが、黒球は全て水平線の彼方へ解放された。

 グリフォンはというと何処吹く風だ。黒球に囲まれているときも尊大な態度は崩さない。何も言わず、ただじっとクラーケンを見ている。

 …大丈夫だよな? とりあえず前回のように問答無用で攻撃してくる様子は無い。ゆっくりと近づいて、おそるおそる前足の付け根の辺りに剣を当てた。


「何か言ってるか?」

『ふむ… 自分はこの世で一番優れていると主張している』

「……なんだそれ?」

『どうやら クラーケンを倒すことが目的のようだな』

「え、なんで??」


 クラーケンを?

 あ、ひょっとして知り合いだったのか? いやだったらクラーケンの方が何か教えてくれるはずだよな……。

 歌に引き寄せられて来たんじゃないのか? いまいち目的が分からないが、とにかくやめさせとかないと危ない。えーと、何て言おう。

 とにかく目的をはっきりさせないと説得も出来ないか。何故そんなことをするのか聞くべき……っと、

 横合いからゆるゆると伸びてきたゲソが剣を掴む。


「クラーケン? 何か言いたいことがあるのか?」

『お前を傷付けるなと文句を言っている』

「……それは是非とも留意して欲しいことだけど、あんまり刺激しないで欲しいんだけどな。グリフォンは何て言ってる?」

『そもそもお前にはそれほど興味が無いようだ』


 くるるぁぅ……と一鳴きするグリフォン。

 とりあえず会話が可能なのは重畳だ。クラーケンが掴むグラディウスをグリフォンが前足で踏みつけ私もそこに手を当てる状態に落ち着いた。


「グリフォンは人間だったときのことを覚えていないのか? 私の歌に引き寄せられたんじゃないのか?」

『この世界に来る前 人間だったことは覚えているようだな 元々日本の東京に住んでいた学生だったと言っている』

「やっぱり覚えてるのか!? じゃあグラディウスに願えば元の人間に…」

『………拒否された 今の姿を変える気は無いようだ』

「なんでだよ……」


 つまらなさそうに剣を見下すグリフォン。前足で足蹴にしている状態なのでかなり高圧的な態度に見える。

 元の姿に戻りたくないなんて私には理解できないが、クラーケンもそうだった。魔物はみんな元の姿に、人間に戻りたくないのか?


『願いはすでに叶っている 何者よりも高みに在ること だそうだ』

「あーもうグラディウス。○○のようだとか○○と言ってるとか話しにくい。そういうのは省略して伝えたいことをそのまま言葉にしてくれればいいから」

『…ふむ』


 会話が出来るのなら説得も可能なはずだ。

 本人が人間に戻りたくないというのなら、まあそれはいい。

 この国に台風を起こすのをやめてもらう。


「何故人間を襲うんだ? 何か理由があるのか?」

『ふん。なぜなら我は全てより優れているからだ』

「質問の答えになってない」

『全ての者は我の力を知り、恐れ敬うべきだ。そのために我は力を示す』

「……は?」


 …えっと、何なんだこいつ?

 さっきからの態度の通り、えらく高慢な物言いだな。クラーケンとは大違いだ。

 およそ真っ当な日本人の物言いではない。そういえばクラーケンも意識が擦り切れてるみたいな感じだったし。五千年も生きてどこかが壊れてしまっているのか?


「元の姿に戻りたくないってのは…」

『当然だ。いまさら脆弱な人間に戻るなどと、悪い冗談としか思えんな。

 この剣は願いを叶えると言うが、我の願いは至高たること。それはすでに叶っている』

「じゃあなんでこの国を襲うんだ。目的がわからない」

『先も言ったように、我の力を示すためだ。この国の者を含め全ての存在が我に畏敬を抱くまでな』

「そのために、世界中の人間を殺して回っているのか?」

『……? 人間の生になど興味は無いが、死んだ者では我を敬えんだろう』

「あ、そこはそうなるんだ。じゃ厳密に傷害目的じゃないんだな? みんながグリフォンの力を認めれば満足なわけだ」


 …うーん。性格はよろしくないが、どうやらグリフォンはかなり単純な思想で行動しているらしい。ただ単に自分の強さを誇示したいだけのようだ。それ以外には人の生き死にも興味が無いのか。

 しかしグリフォンが台風を起こせば実際に被害が出る。エッジたちががんばっているので人的被害は最小限らしいが、それでも人が死ぬこともあるのだ。

 そんな、くだらない思想の所為で。


「とにかく、台風起こすのをやめて欲しい。凄い迷惑なんだ」

『ふん。何故我がお前の言うことなど聞かねばならん』

「でも少なくともこの国の人はお前のこと知らないぞ。ただの自然現象だと思ってる。はっきり言って無駄だよ」

『……何だと?』


 グリフォンの目的は自分の存在を知らしめ、人々を恐れさせること。

 しかし誰もグリフォンのことを知らない。

 台風起こしておさらばでは全く存在を知らしめられていない。恐れるも敬うも無い。


『我が撫でればたやすく命を散らす脆弱な人間が。我の力を見て欠片の畏怖も感じないのか?』

「いや違うって。たしかに凄いんだけど、それがグリフォンの力だってことを誰も認知してないんだ」

『……よかろう。いますぐこの島の全てを吹き飛ばしてくれる』

「おいやめろ。何でそうなるんだ」


 根本的に方法が間違ってるって言ってるのに…、話を聞け。

 グリフォンは強力な魔物だ。風魔術を得意とする私でも一国を襲う台風を起こすなんてことは出来ない。実力はAランクの魔道師以上ということになると思う。魔物としての危険度ランクにすると間違いなくS+以上の規格外だ。

 台風なんて起こさなくても、然るべき場を用意して実力を見せれば、グリフォンの望む畏敬とやらが得られるはずだ。


『めいす ワタシにマカせてクダさい』

「え?何?」

 なんでいきなり口調が変わって…ってクラーケンが言ったのか。喋っているのは通訳のグラディウスだけなのでわかり難いな。

「どうするんだ?」

『コロします』

「………やめなさい」

『はっはっはっは、我は一向にかまわんぞ? 死ぬのは我より弱いお前だがな』

『おマエはめいすをキズツける めいすがイヤがるコトをする』

『こんな人間になど興味はない。元より我はお前を倒すためにここへ来たのだ。お前を下して我が力を教えてやろう』

「なんでそんなやる気まんまんなんだお前ら。ちょっと落ち着け」

『差し出がましいかもしれんが 私に願えば…』

「本当に差し出がましい」


 グリフォンの周りに、またも黒球が現れる。クラーケンは臨戦態勢だ。

 随分とグリフォンを敵視している。前に私が飛ばされて死に掛けたのを怒ってくれているのか。気持ちはありがたいんだけど、話が変な方向に向いてしまっている。

 しかしグリフォンの方も、どうやら話の通じるタイプではなさそうだ。人の話を聞いてくれる様子は無い。かなり自意識の強い奴だ。


「人を襲うことが厳密な目的じゃないなら他に方法はいくらでもあるはずだ。まずは話し合いとかで解決できないのか?」

『我の力を示すのに言葉がどれほど役に立つ。というより我はもはや言葉はわからん。この剣を介せばお前一人には伝わるかもしれんが、全ての人間にそれを試す気は我には無い』

『ならば私に願うがよい』

『下らん。他に頼るなど、それこそ我の全能を否定する行為だ。我が力のみでやり遂げてこそ我の全能の証明になる』

「言葉もわからないのに、全能って言うのかそれ?」

『何だと? 我を侮辱するというのならば、まずお前から引き裂いてやろうか』

『めいすをキズツけるなら ワタシがコロします』

『ふん。やってみるがよい。我を前に地に伏すお前らが今から楽しみだ』


 …あーもう。まともな会話にならないな。

 グリフォンが人を襲うのをやめないというのなら仕方がない。

 交渉は決裂。私はこの魔物を止めなければならない。

 魔物は元は人間。グリフォンはその心も少し残している。出来れば戦いたくないが、グリフォンが暴れるのを黙ってみるわけにいかない。クラーケンを倒すつもりだというなら私はイカに味方する。


 何よりグリフォンは人を襲う。人の命を奪うのだ。

 私の力がどれほど通用するかわからないが、倒すべき魔物と考えよう。


「これは確認だけど、クラーケンを倒すって言うのも、それそのものが目的ってわけじゃないんだろ?」

『強者を下すのは我の力を示す手段だ。その者が強大であればあるほど、我の強大さは更なるものと証明できる。痛快ではないか』

「そんなこと証明しなくても、私はお前のこと凄い魔物だと思ってるよ」

『ふふん。やはりお前はわかっているようだな。存分に我を称えるがよい。

 だが、わからん輩も居るようだ。我の力を知らしめる必要がある』


 ……駄目か。

 この高慢ちき。戦闘狂(バトルジャンキー)な上に変な向上心がある。俺より強い奴に会いに行くってやつか。気になる奴を目にすればとりあえず攻撃を仕掛け、倒すことで自分の強さを見せ付けるのが目的らしい。

 元は人間だったのがこんな強力な魔物になって俺TUEEE状態で五千年も好き勝手生きて来たのだ。きっと脳が焼けているのだろう。


 はぁ……、もういいよ。

 グリフォンは話が出来るだけで、話の通じる奴では無かった。そんなに戦いたいというのならもう止めない。私一人で止められるとも思えないしね。

 ひょっとしたら痛い目を見れば、もう少し話を聞く気になるかもしれない。

 悪いけど、クラーケンと二人掛かりで倒させてもらう。



 ……、

 元の姿には戻らないと言った。

 人間を脆弱な存在だと、言った。

 この世界に召喚されて、わけもわからないまま魔物になったはずだが、

 五千年も生きてきて、今はもう魔物である自分を肯定して、人間であった過去と決別している。

 人間、止めたんだな。


 私は幼女にされたけど、

 もう7年も経ってしまったけど、

 私は違うよ。

 私はグラディウスで、元の姿に戻る。



 クラーケンの魔法。

 無数の黒い球体が解放され、綾取りのような網目を作る。

 空間を穿つその直線は金剛石すら切断する防御不能の刃だ。

 グリフォンはそれを、防御した。


 数十本の水のレーザーはグリフォンの体に届くことなく、あらぬ方向に曲がってしまった。3本が浜辺を切り分け、5本が海を割り、残りの全てが空に浮かぶ雲を微塵切りにする。

 体の回りにバリアのようなものがある。斥力場か? いや、グリフォンは風の魔法を使う魔物だ。おそらく圧縮された空気の壁のようなものがある。


 風属性の抗魔術には雷属性だ。空気の電気抵抗というのはそれなりの物だが、そもそも雷魔術はその空気の中で使うことを前提にしている。水や風の属性は私の獲物だ。

 グラディウスの収まる(つえ)を構える。


雷弾雨(ガトリングボルト)!!」


 何十発撃ち込んでも下級魔術なら当たってもダメージは………!?

 空中をまっすぐ飛ぶはずの計30本の雷閃光(ライトニングボルト)は、水のレーザーと同じようにあらぬ方向へ曲がっていった。

 ウォーターカッターを曲げる高圧の空気の壁。周りの空気との電気抵抗に差がありすぎて抵抗の低い方に雷が逃げるのか。迂闊。これでは当たらない。


 くぅるるるうぁぅ…、とこちらを嘲笑するように鳴くグリフォン。それで終わりか、とでも言いたそうだ。

 いや、次は自分の番だ、と言ったのか。


 ばさり、とグリフォンがその大きな翼を一度だけ羽ばたかせる。

 辺り一帯の魔素が、まとめて揺らぐのを感じる。


「か……ひゅ………!!?」


 浜辺に竜巻が発生した。

 とっさに風の反転魔術で防御したがまるで追っ付かない。急激な気圧低下で肺に空気が入らず喉から変な音が漏れた。

 強い竜巻だと毎秒100m近い風が吹くが、これは防災研の人が飛ぶくらいの強さらしい。

 30mを超す大きさのクラーケンを飛ばすこの風はどれくらいの強さなのだろう。


 私の小さな身体など一溜りも無い。だがクラーケンが守ってくれた。

 私の周囲に水の膜が現れる。黒球のように圧力が掛けられているのか透明度が低く、向こう側を見通しにくい。

 なんとか呼吸を整え水膜の向こうに目を凝らすと、巻き上げられる砂浜や海水、自由落下で海に落ちるクラーケンを見た。


「クラーケン!!」


 盛大に水しぶきが上がり、竜巻に抉り取られた浜辺へ大量の海水が大きな波となって殺到する。

 大丈夫だ。クラーケンは召雷(サンダーボルト)も効かない頑丈な魔物なんだ。この程度でやられるわけない。

 それに私を守る水膜は健在。クラーケンが無事である証拠だ。


 笑うグリフォンが、ちらりと私を見やり、

 すぐに翼を広げ、クラーケンが落ちた海の上に飛び立った。


 今のはわかる。

 そこで見ていろ、と言ったのだ。

 わかってはいたが、私のことなど最初から相手にしていないということか。


 やらせるものか。

 目に物見せてやる。(つえ)を握りしめて有効な手段を考え……ってあれ?

 私を守るクラーケンの水膜に触れる。……常温で完全に凝固している。コンクリートの壁みたいだ。強く押し叩いてみるがびくともしない。

 ちょっと待って。出られない。


 くそ、薄い膜のように見えて大量の水で出来ているだろうから同量の水を出す魔術を反転させないと消せない。がんばれば穴くらいは開けられるか?

 何度か大放水(アクアチャージ)を反転させ苦労して外に出る頃には、辺りの風景は激変していた。


 海から空へ立ち昇る、幾数本もの風の塔。

 海水を巻き込んで蛇のようにうねりながら、たくさんの竜巻が海を蹂躙している。

 さっきまであんなに晴れていたのに、低気圧が引き寄せた厚い雲が太陽を隠して暗い。横殴りに叩きつける塩辛い雨は、巻き上げられた海水だ。

 竜巻のひとつが勢いを失い、次第に細くなって消えるとまた新しい竜巻が生え(・・)()。数を減らすことなく暴れる風柱は、どこかにいるグリフォンが操っているのだ。



 ………、

 これほどとは…。

 笑えるほどに圧倒的だ。



 こんな重災害レベルの自然現象を操るなんて。グリフォンの力は一個体が内包できる限度を超えている。

 もしも攻撃の意思が私に向けば一溜りも無いなんてものじゃない。一瞬でバラバラにされてしまうだろう。

 クラーケンは無事なのか?


 海は荒れ狂い、高い波がぶつかり合って無茶苦茶な状態だ。だが私がいるこの海岸までは高波が来ない。クラーケンが抑えてくれているのだ。

 眼前の天変地異に圧倒されている場合ではない。しっかりしろ。


 ここにいるといけない。クラーケンの負担になってしまう。

 石柱突(ロックピラー)を出して波より高い位置に足場を作る。余波程度の波や風なら耐えられるだろう。

 私がそれに昇ると、浜を波が覆った。やっぱりクラーケンは無事だ。この嵐の中、私を気遣いながら戦っている。

 クラーケンを援護して助けないと。反撃しないとやられっぱなしだ。

 グリフォンは何処だ? どこかを飛んでいるはず。雲の所為で薄暗くて見えな……いや、いた。


 逃げも隠れもしないというように、嵐の中心の空中を大きな翼でホバリングしていた。あんなでかい生き物がどうやって飛んでんのか今更ながらに疑問に思う。航空力学が裸足で逃げ出すな。魔法でどうにかしているのか。もしくは飛べないことを知らないのだろう。


七条熱線(セブンスレイ)!!」


 空を飛ぶグリフォンまでかなり距離がある。頼りになるのは光線魔術。

 同時に七つの爆熱光(フレアレイ)を放つ。

 当たったところで、例の空圧の壁で防がれるだろうが、こちらに注意を向けられればクラーケンが反撃できるはず。



 どしっ……!!



 瞬きの間に、グリフォンが私の目の前に着地した。速っ。

 私の持つ剣を、鷲の前足でもって乱暴に掴む。


『つまらないぞ。人間』

「……!?」

『お前は少しは我を敬う気があるようだ。だがさっきからちまちまとした攻撃ばかりで、つまらん。

 我を恐れるならば加減をするな。その上で我に敵わぬと膝を付け』


 わざわざグラディウスを介して、そんなことを言ってくる。正面から相手の全てを潰すことに喜びを見出すタイプのドSなんだな。

 確かに中級魔術でも、いや並みの上級魔術でだって大したダメージは与えられそうにない。本気でやらないとあの守りを突破出来ないだろう。

 そこまで言うなら、やってやる。

 前足を払いのけ、グリフォンに向けて(つえ)を構えた。


破壊雷(ギガヴォルカ)…!!!!」


 私が持つ最大威力の雷魔術。消費魔力に糸目を付けずに威力だけを純粋に高めた紫電の槍が対象の内部で弾けて徹底的な破壊を齎す。射程距離も効果範囲も小さいが、これを食らってただで済む『物質』は存在しない。

 ……はずなのに。


 グリフォンには、通用しなかった。


 確かに当たったのに。網膜を焼くスパークが空圧の壁を突破してグリフォンの胸を貫いたのに。本当に殺す気で放ったのに。

 グリフォンは、帯電してパチパチ音を立てる羽毛を鬱陶しそうに翼で払うと、平気な顔で、くるぅぁ…とだけ鳴いた。


 ……冗談だろ?

 どうやったらこんなの倒せるんだ?

 ああ……、

 私の周りの、魔素が揺らぐ。

 ……………死ぬ。


 気圧の変化で耳が利かなくなる。

 肺の中身が搾り出されて、只でさえ控え目な私の胸が更に萎む。

 死を覚悟して目を閉じかけたその時。

 私の視界が、クラーケンを捕らえた。


 クラーケンは海の中のはずだ。

 なのに、少し離れた場所からこちらを睨んで食腕を向けるクラーケンがいる。

 海の外ではロクに動けないだろうに、のっぺりと体を寝かせて大きな目でグリフォンを見ている。

 …というか、海が、無い。


 わけがわからない。

 ついさっきまで目の前に水平線の向こうまで広がっていた海が、忽然と無くなっていた。露わになった海底で、小さな魚が跳ねているのが見える。

 知らない間に山の上にでも移動して、そこから麓を見下ろしているような錯覚。

 普段見ることの無い海底の姿が、地平線までずっと続いている。


 驚愕に顔を歪ませているのは、グリフォンだ。

 グリフォンは上を見上げていた。

 私は唖然としていただろう。


 無くなった海はどこへ行ったか。

 全て、私とグリフォンの頭の上にあった。

 上空(・・)に広がる大海(・・)()が、重力を無視して波を立てていた。



 クラーケンの、本当の魔法。

 海を、まるごと持ち上げて、

 それをそのまま、グリフォンにぶつけた。




 天変地異もかくやというほどの怪獣大決戦は、あっけなく終結した。

 エッジが海岸にやってきたが、説明するのにとんでもない労力を必要とした。

 エッジのタイミングが遅くて本当に助かった。どうやら例年通りに台風が来たと思い街中の避難誘導をしていたらしい。肝心の台風が来ない上に、空に海が出現したなどという騒ぎになったので様子を見に来たというわけだ。


 おかげで、アレを見せずに済んだ。


 私は勘違いをしていたのだ。

 クラーケンは、全然本気なんかじゃなかった。

 クラーケンが本当に本気になれば、海水を全て掌握下に置くこともできたのだ。

 海をそのまま持ち上げることも。それをまとめて投げつけることも。


 理屈としては単純な魔法。

 ただそこにある水を操っただけ。

 しかし規模が違う。一体どれだけの魔力があればあんなことが出来るのか、とても考える気にもなれない。


 クラーケンは、出来るのだ。

 大陸の形を変えるほどの質量を操り、

 それをグリフォンにぶつけ、

 そのすぐ隣にいる私や、白の国、この島を全く傷付けない。

 きっと白の国のような小さな島国一つ、簡単に水底に沈められるのだ。


 グリフォンもとんでもない怪物だった。

 常軌を逸した量の海水をぶつけられて、尚も死ぬことがなかった。

 本当にどうやったら死ぬんだ?という疑問もあったが、あれほど高慢に振る舞い自信に満ちていたグリフォンが地に倒れ伏し水を吐いて苦しむ姿は少し憐れに思えた。


 クラーケンは、そのグリフォンを捕まえて、

 一口に、食べてしまった。


 制止する暇も無かった。

 足を広げて大きく開かれたクラーケンの(くちばし)

 一対の黒い爪のような歯が、グリフォンの体を一飲みにした。



 無力化できれば、もう一度説得しようと思っていた。

 人間の心が少しでも残っているなら、魔物であっても人間と一緒に生きられると、そう思っていた。

 わかっている。

 人間と決別したグリフォンは、そんなことを聞く魔物じゃない。

 いざ戦いになってからも最初から全力でなかったのは、ただの私のわがままだ。



 クラーケンはいいイカだ。

 戦いの間中、常に私を優先して守ってくれていた。街へ被害が及ばないように水を掌握して操っていた。

 白の国を襲う台風の元凶、嵐を操るグリフォンですら、その気になれば最初から簡単に倒せたのに、私がグリフォンを説得したいのを優先してくれていた。

 挙句に私がグリフォンに殺されそうなのを、本気になって助けてくれたのだ。


 そして最後はあっさりと食べてしまった。

 私のどんな魔術もまるで歯が立たない。海をまるごとぶつけられても死なない。そんな怪物を、食い殺した。

 拾ったグリフォンの爪を見る。

 クラーケンの食べカスだ。



 私は、勘違いをしていた。

 クラーケンはいいイカだけど、

 とんでもない、怪物だった。


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