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第四十五話 最高傑作


「あんた、なんか膨らんでないかぃ?」

「えっ!? 胸が!?」

「……いや胸は膨らんでないけど、顔がだよ。太ったんじゃないのかぃ?」

「…………」


 うんざりするほど常夏だが、時期的にはそろそろ秋に入る頃。私の自宅でサイと昼食。

 今日のランチはなんとカレーライスである。この世界には米があるのだ。やはり故郷の味は素晴らしい。


「あんた体重は今どれくらいなんだぃ」

「タイジュウッテナンデスカ?」

「あんたが前に体重計だか言うのを作ってたんじゃないか。あのでかい秤でいちいち調べるんだろぅ?」

「あれは……捨てたよ。…とんだ失敗作だった。目盛りが狂ってて正確な体重が量れないんだ。だからあれは私の体重と違う」

「……あんたはそのすぐにヤなこと見ない振りするクセをどうにかした方がいいねぇ」


 今は港町に住んで私の魔道具を売るサイ。週に一度くらいのペースでこうして仕入れにやってきては昼食を共にする。

 今日はせっかく私が自慢の料理を披露してやったというのに、失礼なことを言うやつだ。二度とこいつにメシを恵んでやるものか……。


 …………いや、

 サイの言う通り、私はまた都合の悪いものを見ない振りしているだけだ。

 問題にフタをしても解決は無い。



 わたくしメイスは、太りました。



 ………………、

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。


 力石が痩せるんじゃなくてジョーが太ればよかったのだと常々思う私であるが、まさか自分が太る破目になるとは思ってもみなかった。

 未知の経験だ。私は今まで何をしようとも太ったことは無い。食べたあとすぐに寝ようと、どれだけ間食を重ねようと、階級が上がることは無かったというのに……。


 数日前に捨てた体重計の針の先には、絶望的な風景があった。


 ……落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。

 まずは問題の分析。原因の究明だ。

 しかし私は別に太るようなことは何もしていない。きちんと三食食べて、ぐっすり眠り、適度に運動もしている。間食もしたが、それはいつものことだ。

 …ただいつもと違うとすれば、ここのところその間食が多くなっているような気はする。


 この白の国には千年前にオレラが残した遺産とも言えるレシピがたくさんある。薄くスライスした芋を油で揚げ塩をまぶしたお菓子。すなわちポテトチップスがあるのだ。他にも固い皮を持つ穀物を乾燥させて火にかけるポン菓子など、この国に来て以来私はよく食べる。

 そしてこの国には他にも日本でよく食べた色々な料理が多いのだ。刺身や寿司に始まり各種丼ものや水炊き。屋台では串に刺した焼き鳥も売っている。私は最近間食としてそれらも食べて………、



 そ れ だ ! !



 [エンゲル係数]

 家計簿を圧迫する支出の内、特に食費の割合を指し、生活水準の優劣を数値として知る方法である。

 この値が高くなるほど生活水準は低いということなのだが、ざっといま計算したところ、私のエンゲル係数は50%を軽く超えてしまっている。あわわわわわ……。


 ……ど、どういうことだ? ちょっと気にしてなかったが、ここのところの私は客観的に見てかなり食べすぎだ。私のお腹の中の虫けらがキューキュー鳴くので求めるままにどんどん食べていたが、一体どれくらいのカロリーを摂取していたのだろうか。

 ひょっとして私の身体が成長期に入ったのか? その割りには胸のフラットラインは相変わらず見晴らしが良い。だが胸は相変わらずだというのに、その向こうにはぽっこりとした丘が一つ見える。これ以上彼奴が育つ前に手を打たなければ……!!


「そんなになるほど食っちゃ寝かぃ? そういやあんたこの国のメシ気に入ってたねぇ。あたしぁあの魚の切り身の何がウマいのかわからないけど…」

「…なんでだよ。おいしいだろお刺身」

「タレの味しかしないじゃないか」


 馬鹿め、このオバハンは何もわかっちゃいないようだな。

 醤油は全ての基本だぞ。魚の切り身など、醤油を味わうための言い訳に過ぎない。

 全ての調味料の頂点に君臨する王。

 料理の基本の「さしすせそ」

 砂糖醤油、醤油、酢醤油、せうゆ、ソイソース、


「……いやそれはいい。今は私が鉄雄で鉄雄が私な話だ」

「その剣でも使えばいいさね。そしたらあたしが売ってくるよ」

「冗談。でもどうにかしないとなー」

「デブが嫌なら痩せればいい話さね」

「ダイエットか…」


 ……まあそうなんだけども。

 壁に鞘ごと掛けてあるグラディウスを使うまでもない。増えた体重は減らせば良いのだ。

 となれば答えはひとつ。ダイエットをしなければ。

 エッジに相談するかな? ハルペと一緒にランニングでもすれば、邪悪な肉など削げ落ちるだろう。私の特技は肉を削ぎ落とすことです。


 そんなことを考えながら、空になった皿にライスを盛り、カレーをぶっかける。

 サイが呆れたような目で見てくるが、残念ながらサイの分のおかわりはもう無いよ。早いもの勝ちだもんね。



 全て食べ終えてテーブルを片付けると、サイが溜め息をひとつ。

 気持ちを切り替えて仕事の話を始めた。


「それで? 今週はどんなの作ったんだぃ?」

「ああ、今日のはスゴイぞ。自信作…いや、はっきり言って私の最高傑作だ」

「へぇ…、それは楽しみだねぇ」


 サイはただ昼食をたかりに来ただけではない。港で私の魔道具を売るのがサイの仕事だ。その仕入れの話である。

 今回作ったのは、おそらくだが私の最高傑作になるだろう。

 私がこの国に来て魔道具を作り出してもうすぐ1年。だがこれは私がこの世界に来て師匠に拾われた頃からずっと考えていた物なのだ。だから7年越しの完成ということになる。


 この世界には存在しない物を、私は山ほど知っている。


 そして今回、また一つそれを存在させてしまった。

 あまりそういった物を作るとこの世界にとって良くないと考えてはいるが、コレが無いことが私には我慢できない。我慢できないことはコレだけでは無いが、とにかく一つ完成できた。


「思えば色々作ってきた私だけど、これの完成によっておそらくこの世界は……」

「能書きはいいからさっさと見せなよ」

「……説明くらいさせてくれよ。まあいいけど」


 私は用意していた包みを戸棚から出し、テーブルにそっと置いた。

 包みは私の手の平に乗るほど。開けてみると、中には粉末状のソレが入っている。


 この粉末こそが、

 私の、最高傑作だ。


「…………」(ドヤァァ

「……いや、そんな顔されてもねぇ。コレ何だぃ?」

「ふっ、よくぞ聞いてくれたな」


 粉末は黄土色。

 顔を近づけると淡い香りが鼻腔を刺激するだろう。

 水に溶けるので保存には注意が必要だ。それにさえ気をつければかなり保存がきくはずである。


 この世界にある様々な香辛料を網羅し、取捨選択して少しずつ正解に近づける。記憶を頼りに地球のソレを再現するのに7年。時には商人に稀少な材料を縋り時にはギルドに材料の入手を依頼し、とうとう先日完成したミックススパイス。


「これはカレー粉という物で、カレーを作るための調味料だ」

「かれーって何だぃ?」

「さっき食べてた料理だよ」


 カレー粉は万能調味料である。マヨネーズや醤油と同じように、この状態で振りかけてもどんな料理にも合う。

 そして野菜やら肉やらを煮込んだ鍋にこいつを放り込めば、いわゆるカレーの完成だ。


 この世界には私の知る料理がたくさんある。

 しかしもちろん無いものもたくさんある。

 そのひとつがカレーライスなのだ。


 カレーが無い。いや無かった。

 過去の話だ。今はここにある。

 私はまた一つ、この世界に存在しない物を存在させてしまった。黄色いアイツは九州から帰ってきた。


「いや…たしかに結構ウマかったけどさ、あれがこれなのかぃ?」

「そうだ。これはきっと三国中の調味料シェアを独占する。おそらくこの世界は空前のカレーブームに見舞われるぞ」

「あんたが作るのは調味料じゃなくて魔道具だろぅ……」


 重症だねぇ…などと、またも大きく溜め息を吐くサイ。

 私だって魔道具ばっかり作るのも気が滅入るんだよ。いいじゃないか別に、お前は金を稼げれば満足なんだろ?

 安心してくれ。それは売れるよ。保障してもいい。


 適当に塗すだけで食べ物の臭みを消し、高い保存性を持つ調味料。そして何より、味覚の刺激。

 この世界の食文化に少しでも影響を与えられるはずだ。

 カレーがブームになったら会社でも作るか。サイと私でS&M社とか?

 夢が広がるな。


 ……今度こそ、その夢が現実になるといいな。



「エッジー、いるかー?」

「メイスか? こっちだ。裏に回ってくれ」


 サイに2kgほどのカレー粉を持たせ、贅肉の相談のためにエッジの家を訪ねる。

 エッジの家は街の中心から外れた場所にあり、少し大きめの一階建て家屋の庭には数本の巻き藁が立っていた。


 扉を叩いてエッジを呼ぶと、裏手の方から返事があった。

 今は手が離せないのかな。言われるままに家の裏側へ回る。

 また私は油断していた。


「おうメイス。何の用だ?」

「ぴ……!!?」


 家の裏側には釣瓶式の掘井戸があり、

 その横で水浴びをする、生まれたままの姿のエッジがいた。


「ぎゃああああああ!!!!」

「ど、どうした!?何があった!!」

「服を着ろ!!!!!!」


 全裸のまま走って近づいてくるエッジ。こっち来んな!

 家の壁に追いやられ逃げ道の無い私に、鍛え抜かれたガチムチボディのエッジが迫る。なんだこの状況。

 せめて前を隠せ!! フリーダム過ぎるだろ!! 助けて赤さん!!

 必死に目を逸らしながらとにかく制止する。


「そ、その状態で私に近づくんじゃない!!」

「何だよ。俺がどうかしたのか?」

「服着ろって言ってるだろ!!てか前隠せ!!」

「何だ照れてんのか? 昔は身体洗い合ったりしたじゃねぇか」

「いつの過去だそれは!!?」

「いや、奴隷だったときに全員で洗わされただろ」

「…………」


 ……あーそういえば、そんなこともあったな。

 思い出したくもない過去なので忘れていた。


 私が奴隷だった頃、エッジと一緒に居たのはほんの数日のことだ。

 奴隷は風呂には入れないが、一度井戸の水で洗い合いをさせられた。

 まだ秋口で気候は良かったし、私としては井戸水でも身体を洗えるのはありがたいくらいだったが、鞭傷に染みて涙が出たのを思い出す。


「日課の訓練の後だったからな。汗流してたんだが」

「そ、そうか……ごめん」

「久しぶりに、お前も洗ってやろうか?」

「いいいいよ!遠慮しておく!」


 そういえば前に私が裸を見られたときもエッジはノーリアクションだったな。私が相手だから恥ずかしくないもんということか。…そういう問題でもない気がするが。


 とりあえず身体を拭いて服を着るエッジ。内心ホッとする。

 しかしあの頃と比べてエッジは逞しくなった。今やガチムチだ。腹筋はくっきり6パック。足なんて丸太みたいだよ。

 ちなみに私の背はエッジの胸にも届かない。昔は頭一つくらいの差だったのに、やっぱり私は成長してないのだろうか。


「えーっと、あれから7年経つのか」

「そうか。お前は全然変わらねぇからピンと来ねぇな」

「う……ちょっとは成長したよ。エッジがでかくなり過ぎなんだ。 …でも何度も言ったけど、あの時はありがとう」

「…………お前は助からなかったんだろ?」

「そ、それは私が勝手に失敗しただけだ。エッジのおかげで本当はあの時逃げられてたんだ」


 下水道の出口から遥か下の川へ飛び込むのを躊躇って、結局捕まってしまったのは私の自業自得だ。

 助からなかったといっても私は今はこうして無事だし、エッジが私を助けてくれたのは事実なのだ。

 感謝しても仕切れない。


「声掛けたのは俺の方なのに、お前のこと助けられなくて、すまなかった」

「そんなこと、エッジは西の街でずっと待っててくれたんだろ? 私の方こそ全然行かないで…」

「俺の都合で考えなしに誘っちまった。それがずっと気になってたんだ」

「私は師匠に拾われて良かったし、今はこの通り元気だよ」

「……ああ、そうだな。お前が無事で本当に良かった」


 タイミングはズレたが、私たちはあの檻から抜け出せたのだ。

 私たちにとってはそれが全てなはずだ。


 私が笑うとエッジも笑い、その手で私の頭を撫でた。

 とんがり帽子がずれて、私の金髪がくしゃりと音を立てる。

 エッジの髪は、黒いまま。

 だが私もエッジも、もう奴隷ではない。


 私たちは、自由だ。




「………それで、メイス。今日は結局何の用だったんだ?」

「あ、そうだ。エッジは今日ヒマなのか?」

「いや、この後ギルドに行く。夕方は城だ」

「そっか…、まあ急ぎの用じゃないんだ。ハルペのついででいいんだけど、一緒に私も鍛えて貰いたくて」

「あ~、すまねぇが、まだしばらく忙しい」

「そうなのか? そういえばウルミさんも忙しそうだし、そんなに人足りてないの?」

「もうすぐ台風が来る季節なんだ」

「台風?」


 この世界にも台風がある。

 私が居た東の街には余波すらないが、白の国は毎度コース直撃。慣れたもので人的被害はあまり無いらしいが、それでも作物や家屋に被害が出るらしい。

 注意勧告や建物の補強など、事前にすることは多いだろう。


 台風。

 私の世界では、熱帯性の強い低気圧のことをそう呼ぶが………、


「メイスは知らねーか。去年は来なかったしな。とんでもねぇ風の塊みたいなのが来るんだ。街一つ吹き飛ばすくらいのな」

「…………」

「街中に警報が鳴るようになってる。それ聞いたらすぐに家に隠れろよ」

「あ、ああ……」

「訓練には付き合えねぇが、ハルペの奴はとりあえず毎日走らせてる。メイスもまずは走りこみじゃねぇか?」

「そうだな。ハルペにも相談してみるよ」

「何かあったら、すぐに俺のところに来いよ」

「私はあの時とは違うよ。エッジこそ、いつでも私に手伝わせてくれ」


 そう言って、エッジの家を後にする。

 考えるのはダイエットではなく、台風のこと。


 風の塊のようなモノが来る。

 街一つ吹き飛ばすくらいの。



 私の小さな身体も『空高く吹き飛ばして海に放り投げる』くらいの。



 去年は来なかった?

 いや、来たよ。

 そんな風の塊みたいな奴に、私は去年会っている。


『……私の出番か?』

「ああ、そうかも知れないな」


 手に持つ剣は、クラーケンのような特別な魔物と話すことが出来る。

 もしかしたら、あいつとも話が通じるかもしれない。

 クラーケンは話せる奴だった。

 …きっと、出来るはずだ。


『ふむ 体型についての願いだったな? 私に願えば思いのままだ』

「…違う。人が努力して痩せようとしてんのに悪魔みたいなこと囁くな」


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