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第四十三話 グラディウスの鞘

「よし、準備はいいか? グラディウス」

『この身は剣だ 準備も何も無い 早く包みを開けるがよい』

「結構高かったんだからな。感謝しろよ」

『うむ 私もこの時を楽しみにしていた』


 家の自室で剣と話す。

 エッジの知り合いの職人に頼んで、鞘を作ってもらったのだ。

 私はもうグラディウスを手放すつもりはない。が、いつまでも抜き身のまま持って歩くわけにはいかない。前々から欲しかったのだが、お金にも少し余裕が出来てきたので購入を決定した。グラディウスも自分の鞘を楽しみにしていたようだ。

 注文通りなら寸法は正しいはずだが、いざ完成後に丈が合わなかったなんて間抜けはしたくない。ほんと高かったし。


 包み布を解いて木製の鞘を取り出す。

 浮き彫りと金具で飾られているが全体としてはシンプルな拵えだ。注文の通り宝石を埋め込むための穴も開けられている。

 この国の木材は質がいいことで有名である。少し魔力を流してみるといい手ごたえ。魔力容量もなかなかだな。


 そしていよいよグラディウスを収めてみる。

 鯉口から差し込むと、チンと音がしてセラミックのような刀身が全て鞘に収まった。

 何度か抜いて挿してみる。うん、問題は無さそうだ。


『なかなかに良い 気に入った』

「そうか? まぁお前の鞘だし、気に入ったなら言うことはないか」


 鞘越しに持っても普通に会話が出来るのに少々驚く。こいつの声が届く基準は何なんだろう。これでは鞘に収めていれば静かになるということもなさそうだな。

 まぁとりあえず、グラディウスも気に入ったようだし良しとしよう。

 鞘から抜いたグラディウスを膝に置く。


『む 私の鞘なのだろう なぜ私を抜く』

「完成したらそうなるけど、まだ先だよ。まずはコレ」


 いくら質のいい木材とはいえ、このままでは物足りないのだ。

 そこで用意していたものを取り出す。


『何だそれは』

「クラーケンのイカスミだよ」

『それは知っている それをどうするのだ?』

「こうする」


 この鞘のために手に入れた一升ほどのイカスミである。クラーケンに頼んで少し分けてもらったのだ。もちろんグラディウスもその時に一緒だったので知ってて当然だ。

 鞘がすっぽり収まるほどの長細い箱にイカスミを注ぐ、水魔術で薄めて準備完了。

 ……水を足してかなり薄くしたつもりだが、少し臭うな。気にならない程度だが、この包み布でも被せて蓋しておくか。


『まさかとは思うが 私の鞘をその中に放り込むつもりではないだろうな?』

「放り込むっつーか、漬け込むつもりだけど?」

『やめろ せっかくの鞘を そんな暴挙はやめろ 何故そんなことをする』

「なんだよ、漬かったらちゃんと洗うよ。それともお前も一緒に漬かりたいのか?」

『そんなわけがないだろう 理由を教えろ』

「お前は私の物で、私がお前を持ち歩くために私が買った鞘だ。どうしようと私の勝手だろ。私の物は私の物、お前の物も私の物だ」

『……………』


 …………、

 …ヘソを曲げてしまったようだ。いや絶句してるのかな?

 構わず鞘をイカスミに投入する。

 うわ跳ねた!? 服に付いたら大変だ。気をつけないと。


『あああああ……』

「何だよ、まだ何かあるのか?」

『私の…鞘が……』


 グラディウスは鞘のイカスミ漬けは気に入らないようだ。

 たしかにこいつにとっては鞘は服のようなものかもしれないが、しかしこれは服ではなく鞘だ。しかも私がお金を出している。剣に文句を言われる筋合いは無い。

 まぁ私が自分の服をイカスミ漬けにされたら確実に相手を殴るが。


 ともあれ鞘にはイカスミをよく馴染ませないといけない。二時間ほど漬けたら、取り出して天日干しにしてみよう。



 というわけで数日後。

 回数を重ねるにつれ濃くしたイカスミに漬ける作業も今日で終わり、天日干しにしていた鞘を水洗いする。

 鞘の木目は見事なほどに光沢のあるセピアに染まっている。いい出来だ。

 魔力を流して手ごたえをみる。

 おぉ!?凄ぇ!! これだけでもとんでもない魔力容量だ。貴秘石級…いや、ひょっとしたらもっとかもしれない。もう宝石いらないんじゃないのかコレ?


 またお金が貯まったら取り付ける宝石も購入しようと思っていたが、この状態でも十分そうだ。そこそこの物を考えていたが、貯金は鞘で使ってしまったし、宝石はもういいかな?

 …いやいや、できれば妥協は無しにしたい。適当にお金が貯まったら、やはりそれなりの物を手に入れよう。


『やめろ そんな鞘に私を差し入れるのをやめろ 臭いが移る』

「ちゃんとよく洗ったってば。臭いも……しないよな? …無問題!」

『ああああああ』


 水魔術を反転させて余計な水気を消し、真っ白な刀身を何度か鞘に挿して抜く。うん、中まで乾いているな。

 よし、とりあえず第一工程は終わりだ。これでグラディウスを抜き身で持ち歩くことも無くなった。


『ここまでの仕打ちは初めてだ お前は私に何の恨みがあるというのだ?』

「恨みって………召喚されて幼女にされた恨みはあるけどな」

『……………』


 どうやら私が何かの意趣返しでこんな行動にでていると勘違いしているようだが、今回は違う。

 こうまでして鞘の魔力容量を高めるのには理由がある。



 私がこの前まで使っていた氷の杖は、海に落として失くしてしまった。

 なので新しい杖が欲しいのだ。


 しかしそうすると私は、杖とグラディウスを同時に持ち歩かなくてはいけない。

 いつも両手が塞がった状態というのは落ち着かない。持ち歩く長物は一本にまとめたい。

 グラディウスを手放す選択肢は無いが、グラディウスに鞘が必要なことを思い出し、思いついた。

 どうせなら杖は購入するよりも製作することを考えていたところだ。


 私はグラディウスの鞘を、自分の杖にすることにした。


 杖は魔道具の製作の応用で出来るので、別に木の棒でなければいけないということはない。

 問題は複雑な暗号化を行わなければならない魔法式と、それを許容できる魔力容量だ。


 杖に用いる魔法式は数十から数百の魔術の集合だ。普通の魔道具で考えればどんなに魔力容量があっても書き込めるものではない。

 なので特殊な方式で暗号化する。やり方は師匠に教えられているが、ただ魔道具を作るよりさらに時間と根気が必要な作業だ。


 それでも限度はある。なので杖にはそれなりの魔力容量を持つ素材が必要だ。

 物作りは素材選びから。普通は加工しやすい木材を用い、魔力容量の高い素材を杖頭などに取り付けて飾り、容量を高めるものだ。それには貴金属や宝石、魔物の体の一部が使われることが多い。

 別に木材に拘る必要も無いが、この国は木材が豊富なので本体は木で作ることは決めていた。だがいくつか宝石を足したくらいの容量では少し心許無い。


 杖は魔道師の集大成。

 私が持つ杖は、私が作れる最高の物を作りたい。


 宝石を増やせば済む話かもしれないが、もちろんそんなお金は無い。

 ゴテゴテしく魔物の素材を飾り付ける杖もあるが、出費がかさむのは同じだし、なんかかっこ悪そうだ。

 ならば自分でランクの高い魔物を狩るという手もあるが、この国には魔物がいない。


 ……いや、いる。

 そこでクラーケンがいたことを思い出した。


 もちろん足を何本か千切って頂こうなどとは考えない。クラーケンはイカなのだ。

 烏賊墨というのはアミノ酸を多く含み栄養価が高いことで知られる。ムコ多糖がガンに効くとかって流行ったっけ。

 ただの煙幕でしかないタコの墨と違って、イカは身代わりの餌として外敵に高タンパクなイカスミを残す。

 イカスミは身を削った分身なのだ。

 クラーケンという魔物の素材としては十二分に性能が期待できる。魔法を使う魔物の素材。とんでもない稀少素材だ。師匠の杖みたいだ。


 イカ墨はセピア色のインクの原材料でもある。鞘本体に染み込ませてやればこのとおり、期待以上に魔力容量が跳ね上がった。

 あとは本体の窪みにはめ込む宝石と、杖の魔法式を私が作ることだ。


 宝石はともかく、式は時間が掛かるだろうな。

 これから忙しくなるぞ。



「うわっ、なんだこの紙っ!? メイス姉っ!いるのかっ!?」

「……んぁ、その声はショテル? いるよ~ここにいるよ~」


 ぉうぅ…、いかん、少しうとうとしてた。

 自室で紙の山に埋もれて欠伸をしながら目を擦る。今何時だ?


「なんなんだよこれっ? 大丈夫なのかよっ」

「あ、気をつけてくれショテル。一枚も踏んじゃだめだぞ。踏むだけならまだいいけど、間違っても魔力なんか流すなよ」


 どうやらショテルが訪ねて来た様だが、私の部屋は今、数万枚にも及ぶ紙に占拠されている。私はうとうとしている間に崩れた紙山の下敷きになっていたようで、床にも紙が足の踏み場も無いほど散乱している。

 もぞもぞと紙の海から脱出する。


「メイス姉っ、これ魔法式だよなっ?」

「うん、今魔法式の簡略と圧縮を分解して全部書き出してんだ」

「…………わからねぇよっ」

「なんでわからないんだよ。魔法式の簡略は習ってるだろ。その逆をやってるんだ」

「ここにあるの全部魔法式なのかっ?」

「火魔術を80個解いただけだよ。一回整理しないと……」

「こんだけあってたった80個かよっ!?」


 杖の魔法式の構築に睡眠時間を削る日が続く。

 杖に組み込む魔術をリストアップして式の意味を解いて書き出しているのだ。すでにある魔法式を繋げていくより、一度バラバラにして組みなおしたほうがより多くの魔法式を繋げられる。

 とりあえず全部で500ほどの魔術をリストアップした。圧縮の過程で矛盾が出ないように後で削るが、この段階の作業はまだ楽な方だ。


「杖作るんだよ。ウルミさんに聞いてないか?」

「あっそれそれっ。師匠には邪魔すんなって言われたけど、ちょっと見に来たんだっ」

「なんだ見学に来たのか。って言っても完成はだいぶ先だぞ?」

「それも聞いてるぜっ。メイス姉がいいならオレにも見せてくれよっ」

「あ~、まぁいいか。ショテルじゃまだ理解出来ないだろうけど、見ておいて損はないよ」


 杖は妄りに他人に見せる物ではないが、まぁショテルならいいよ。君にはまだ早いかもしれないが、勉強して行きなさい。


 火属性の魔術は今週中にも終わるだろう。

 ああ、次は風属性だ。

 全部の魔術が分解出来たら、それを簡略化しながら矛盾無く組み合わせて圧縮していく。

 この作業にはとんでもない時間が掛かるだろう。



 そんなこんなで二ヶ月ほど経ち。


「くああああああああああああ!!!!!!!!!」


 部屋中の床をごろごろ転がりながらけたたましい奇声を上げる。

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。


「きいぃやああああああああああ!!!!!!!!!」


 魔法式が矛盾した。

 私が特に得意とする火属性、風属性、と順調に圧縮し積み重ねていたのだが、雷属性の魔法式の圧縮の段階で致命的な矛盾があることが発覚した。

 かなり……致命的だった。

 雷はもちろん風属性も全部組み直し、火属性もほとんどやり直したほうがよさそうだ。


「うがああああ!!!!!!うっがあああああああああああああ!!!!!!」


 それだけならまだいい。失敗なんて最初から織り込み済みだ。

 ただ私も徹夜が続いていたし、一息入れたい気分だった。

 徹夜続きの曖昧な頭で、お茶を淹れようとしたのだ。

 台所に行くのもめんどくさく思った私は、何をトチ狂ったのか木魔術でお茶を精製出来ないかと思い立ち、迷わず魔術を詠唱。

 出来た葉っぱが本当にお茶として使えたのかどうかは……いや、絶対使えないものだったはずだ。魔術で飲食物を出す話なんて聞いたこともない。

 ともあれ次はお湯を用意しようとした。水魔術で水を出し、火魔術でそれを沸かそうとしたのだ。

 あとは皆さんの想像の通りだと思う。

 魔法式を写した紙の山に火の粉が飛び、あっという間に炎上した。


「にぃやああぁぎあああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「うるっさいんだよさっきから!!!! なんだって…ってコゲ臭っ!!??」


 火はすぐに消火したが、すべてが灰になってしまった。

 今度こそ本当に一からやり直しだ。

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。


 裸で暴れてベッドの上で尻にリモコン挿したい気分だったが、二階の部屋から降りてきたサイに乱入され羽交い絞めにされた。


「放っといてくれサイ!!!!私は今から修羅になる!!!!!」

「こんな夜中に騒ぐなってんだよ!!おちおち寝れないじゃないか!!一体何があったってんだぃ!!」

「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」

「……あ~、何ヶ月か前からやってる魔法の何かかぃ。あんたこれいつまでやるつもりなんだぃ?」

「たったいまだいなしになったからたぶんあとなんかげつもさき………」


 モチベーションが消滅した。もう何もしたくない。貝とかになりたい。

 ……うぅ、ちょっと立ち直れるかどうかわからない。気分転換が必要だな。

 完成はまだまだ先になりそうだ……。

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