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第四十二話 サイの秘密

 白の国での生活も随分と落ち着いた。

 女王が家まで用意してくれたので私とサイは首都の中央広場の近くに住んでいる。

 何故サイと一緒に住まなくてはいけないのかとも思うが贅沢は言わない。文句があるなら自分で稼いで家を買うのが筋だろう。

 女王は生活費も出してくれるつもりだったようだが、謹んで断った。衣食住を全て賄って貰うわけにはいかない。ギルドの仕事は請けなくなったが、私は引き続き魔道具を製作してお金を稼いでいる。


 木造二階建ての家の一階、ダイニングにて女三人テーブルを囲む。

 街の広場にほど近いこの家にはショテルとハルペがよく来る。暇なときでいいから二人の修行を手伝って欲しいと頼まれているのだ。

 師とは違う私の魔術はショテルの刺激になるだろうし、魔術を見ること自体がハルペの修行になるそうだ。といっても二人とも遊んでばかりだが。


 今日もハルペが朝から来ていて、朝食を食べ終え長々と食後のお茶を飲んでいる。魔術ならいくらでも見せてやるというのに「後でいーのですー」とか言っていつもサボる駄目ハルペ。まるで修行時代の自分を見るようでイラつく。


 食事の最中もニヤニヤとハルペを見ていたサイが、緑茶を啜りながら思い出したように私に言う。


「ところであんた。その髪はいつ染めるんだぃ?」

「ん? もう染めるつもりないけど?」

「そりゃまたなんで…」

「いやだって、もう染める必要もないだろ」

「悪いこた言わないからすぐに染めときな」

「なんでだよ」

「また余計な面倒見るのはごめんなんだよ」

「…………」


 サイは私が黒髪でいることに反対のようだ。

 私は出来れば染めたくないんだが、う~ん。


 私は黒髪だが魔力を持っている。

 だがそんなこと、普通の人にはわからない。わかるのは魔道師だけだ。

 逆に言えば、魔道師には私の異常がわかる。

 他国の魔道師が白の国の首都に来ることもないではないが、しかしたまたま見られたところでそんな大きな問題にもならないと思うのだが。

 まぁ些細な問題には、なるかもしれない。


 しかしサイに言われてまたコロコロ髪色を変えるのもな~などと考えていると、ハルペが鼻歌を歌いながら何かの本を読んでいるのが目に入った。


「ふんふんふふーん♪」

「あれ? ハルペそれ何読んでんの?」

「ウルミ姉さんのお家から失敬してきたファッション誌なのです。ちょっぴり古いのですが、外国の流行をチェックしているのです」

「へぇ~ん」


 ハルペが読んでいるのは、女性向けの服や装飾品などのカタログ本のようだ。

 ウルミさんがこんな本を読んでいるとは…、ハルペもこんな幼くしてファッションが気になるようだし、女の子ってのは大変だなぁ。


「メイス姉はこういうの疎そうなのです。少しはおしゃれに気を使うべきなのです」

「ハルペには言われたくないけど、たとえばどういうのが流行ってんの?」

「これなんか今でもすごい人気で、半年前から三国中で売り切れ続出らしいのです」


 ハルペが今まさに開いている化粧品のページを私に見せてくれる。ハルペが言うのはどうやら口紅のようだ。

 ドッグイヤーが折られたカタログのページには絵画職人のデッサンが色付きで載せられていて、商品についての説明が細かく書き連ねられている。

 そのページのデッサンは少し恥じらいの見える一人の金色の髪の少女が綺麗な白いドレスを着て立っている絵だ。唇に塗っているのは件の商品なのだろう。

 絵の少女は髪を後ろに束ねられているがゆえに頬を染める顔が露わになっていて、両手で持った帽子のおかげでせっかくのドレスがよく見えない。…というか…なんか見覚えがあるな。


「モデルの女の子は不明なのですが、あの騎士フレイル様が絶賛したという奇跡の口紅なのです。女子のマストアイテムなのです」

「これ私じゃないか!!!」


 いつぞやマスケットの策略で晒し者にされたときのデッサンだ。

 そういえば青の国の首都の街中を引き摺り回される最中、こんなスケッチを描かれたような気がする。

 ハルペまでフレイルを知っているとは驚きだが、この口紅ってそんな流行ってるのか? フレイルの一言がつくだけで三国中に売れているとは…。一体マスケットはいくら儲けたのだろう。


「あははは、メイス姉冗談ヘタなのです。メイス姉とこのモデルの女の子じゃ似ても似つかないのです」

「いやマジだって。これ。私」


 間違いなく私なのだが、ハルペは信じてくれない。

 あ、そうか。髪の色が違うのが問題なのか。


「ちょっと小一時間ほど待ってろ」


 すぐに髪染めを詠唱する。

 黒髪三人の女子の一人、私の頭が金色に染まる。


「これでどうだ!」

「…いや、どうと言われても困るのですが」

「あれぇ!?」


 鏡を引っ張り出してカタログのデッサンと見比べる。

 確かに違う。デッサンの少女(わたし)は、こんなぼさぼさ頭の寝ぼけた顔の女子ではない。くっ…メイクが無いとこうも違うのか。


「へぇん、金色の髪ってのも結構似合うじゃないか。あんたもうそのままにしてなよ」

「……まぁ向こうではずっとこの色だったしな」


 久しぶりの金髪の自分を鏡で見る。

 メイクが無いのはともかく、やはりしっくりくるな。

 しかし黒髪をまた隠すのは、なんだかなぁ…、

 余計な問題を起こさなくて済むのなら、それも必要悪か。

 サイに従うのは癪だが、このまま金髪にするのもいいかもしれない、かな。


「でもいくらなんでもメイス姉じゃ、あのフレイル様に可愛いなんて言われるわけないのです。あ、の、フレイル様なのですよ」

「ち、違う! 確かにフレイルに可愛いって言われたんだ。この絵を描かれる数時間前に」

「メイス姉は嘘もヘタなのです~」(爆笑)

「本当なんだって!」


 ケタケタ笑うハルペに食い下がるが、信用してもらえる自信はない。

 ……悔しい。

 私なのに。この超絶美少女は間違い無く私なのに。フレイルの言葉は私だけのものなのに。


「メイス姉たちは青の国から来たのですよね? ならフレイル様とも会ったことがあるのですね。それは普通に羨ましいのです」

「そ、そうとも。フレイルと私はずっと友達で、お互いが唯一無二の、幼馴染ってやつなんだ」

「いや…メイス姉、そういうのはもういいのです……」

「ぐ、ぐぎぎ……」


 フレイルはアイドルらしいからしょうがないが、やはり信じてもらえそうにない。

 私とフレイルの友情を思い知らせてやりたいところだが、何も持たずに国を出た私には証明出来る物が何もない。手紙のやり取りだって自重しているのだ。


 くそっ、憮然として冷めかけたお茶を飲み干す。


「仕方ない。ここんとこのハルペのサボり癖は、エッジに嘘偽り無く伝えておくことにしよう」

「それは偽って欲しいのです!?」

「ごめんね。私嘘つくのヘタみたいだから」

「やめて欲しいのです!!いつもどおりの嘘でいいのです!!勘弁して欲しいのです!!」

「訓練ノルマが鬼増えるよ。やったねハルペ!」

「おやエッジのとこに行くのかぃ?」


 しばしニヤついた顔で二人の少女を眺めていたサイが食いついてきた。


「エッジに会いに行くんなら(めか)して行きなよ」

「いや、すぐに行くってわけじゃないんだけど」

「まぁまぁそう言わずに、メシでも誘ってさ。あんた色々服も買ってたじゃないか」

「別におしゃれで買い揃えたわけじゃないよ。ってかお前はなんでそんなエッジを推すんだよ」

「あんたとエッジがくっつくとあたしが愉快なのさ」

「なんだそりゃ?」

「メイス姉の服ワタシも見たいのです。外国のセンスを勉強したいのです」


 …いや、ハルペはもっと別の勉強をしなきゃいけないはずだが。そろそろ本当にエッジにバレておしおきされるぞ?


 ふむ。しかし服か。

 私は白の国に来て以来、薄着の涼しい格好で通している。

 だが私の本来のスタイルはとんがり帽子にローブ姿。

 髪も金色に染めなおしたことだし、サイの言うとおり実は服も買ってあるのだ。


 ダイニングの隣の私の部屋に行き箪笥を開けて、浅黄色の服を取り出してくる。

 ローブでは暑いのでノースリーブのワンピースだ。生地が薄くて涼しげ。それを持って二人の下へ。


「青の国ではずっとローブだったんけど、最近買ったのはこういう服だよ」

「あー…、メイス姉に期待したワタシがバカだったのです…」

「ぐ……、ちょっと着てみるからそのまま待ってろ」

「いえ、ワタシが悪かったのです。そんな服わざわざ着なくてもいいのです」

「ちくしょう!いいからちょっと待ってろ!!」


 別に評価されるつもりではなかったが、予想以上に腹が立つ。

 玄関のすぐ横に掛けてある師匠の形見のとんがり帽子を取り、勢いよく服を脱ぎ捨てる。





 がちゃりと玄関が開いた。





「メイス。こっちにハルペの奴が邪魔してねぇか?」

「―――――」

「って、お前また髪色変えたのか?」


 不意打ちでエッジが訪ねてきた。



 私は裸で、肌着も着てなくて、

 パンツ一枚の姿を、バッチリ見られて、


「ああいるじゃねぇかハルペ。さっきウルミが本返せって俺んとこに怒鳴り込んで来たぞ。服の本だ。すぐに返しに行って来い」


 しかしエッジはそれを華麗にスルー。

 まるで案山子でも見たようなリアクションだ。

 でもそんなことは関係なくて、


「………あ…ぁ」

「ん? どうしたメイス。馬鹿みてぇな顔して」

「アアアアアーーーラハンマアアァァァーーヤアアアアアアアーーーー!!!!!!!」


 狭い部屋に轟雷打(エレクドラム)を放つ。

 部屋の空間を十数本の雷が走るが、エッジは私が詠唱している間に効果範囲を離脱して逃げた。くそが。

 何の罪も無いハルペが黒こげになったじゃないか。どうしてくれるんだかわいそうに、敵はとってやる。


「メイス姉ェ…おぼえてるのですゥ………」

「こいつはあたしに任せておくといいさね~~」


 当然のように無事なサイ。痺れて身動きの取れなくなったハルペが餌食になるかもしれないが仕方がない。今はエッジだ。

 頭からワンピースと帽子を被る。

 エッジを追って外へ走った。



「………ただいま」

「おや、早かったねぇ?」


 家に戻るとサイがハルペの服を脱がしている最中だった。

 ハルペが動けないのをいいことに、何かまた変な当身でも食らわせたのだろう。白目を向いて気絶している。こりゃしばらく目を覚まさないな。

 一応助けておく。この淫魔をこの街に連れて来た責任は私にあるしね。

 とりあえず私の部屋のベッドに寝かせといてあげよう。


「で、エッジはどうしたんだぃ?」

「用事が済んだから帰ったよ」

「……それだけかぃ?」


 ……それだけである。



 私が追いかけて家を出ると、エッジは逃げも隠れもせずにそこにいた。

 ご近所様に迷惑を掛けてはいけないので広場にエッジを追い込む。私が追い込んだのかエッジが誘い込んだのか正確にはわからないが、エッジには魔術が通用しなかった。

 話には聞いていたが、魔素を見るエッジはサイと同じように魔術をヒョイヒョイと避けることが出来るようだ。詠唱している段階でもうこちらの攻撃は見切られている。

 最終的に私は捕まった。肩に担がれて靴を脱がされ足の裏を擽られると詠唱も出来なくなってしまった。


「ひぁ!?ぁひゃひゃひゃひゃ!!!こそ、こそばい!!エッジやめて!!!」

「降参するか?」

「降参する!!許しえひゃひひひひ!!し死ぬぅぅ!!!」


 あっけなく降参するとすぐに解放してもらえた。足の裏は反則だと思う。



「…それでおめおめ逃げ帰ってきたのかぃ」

「自分で言うのも何だけど、まるで子供扱いだった」

「まぁたしかにあんた、子供だもんねぇ」

「っっせぇんだよ!!お前がこんなにしたんだろうが!!!」


 エッジに裸を見られてしまった。

 ノックも無しにいきなり玄関開けるエッジは非常識だ。親の顔が……ってそれは言っちゃいけないことだったな。

 しかしまるで何も特別なものは見てないようなリアクションだった。私の起伏に乏しい体を見てどうにかなる奴などサイくらいしかいないということか。それはそれで腹が立つ。

 腹が立つのだが…、問題は私が何故腹を立てているのかだ。


「私が男に裸見られて恥ずかしいのも胸小さいの気にしてるのもドロワーズ派なのも命助けられてときめくのも意気地がなくて臆病なのも何かとすぐに泣くのも奴隷にされていまだに鞭怖いのもみんなお前が悪いんだろうが!!!!」

「あぁそういえばあんた元は男だったんだねぇ忘れてたよ」

「うっがああああ!!!!」


 すぐに頭に血がのぼるのもこんな身体になった所為だ。

 このやり取りも何十度目になるのか。我ながらよく飽きないものだとも思う。

 ひとしきり暴れるが、私はサイには敵わない。

 敵わないのだが押さえが利かない。今すぐこいつをボコボコにしてやりたい。いつでもこいつをボコボコにしてやりたい。


 しかし、我慢だ。

 これ以上暴れると家が持たないし。

 私の欠点は怒りっぽいところだ。反省しなくては!

 手に持つ包みを握り締めてそう思う。


 1m足らずの棒状の包み。白い布が簡単に巻かれている。

 さっきエッジから受け取った。エッジはこれを届けにも来ていたのだ。

 これが…、

 これさえ完成すれば、私はもう、誰にも負けはしない。

 ………はずだ。

 そのときこそサイに諸々の借りを返上することにしよう。

 髪も金色に戻したし、今は穏やかな心を持ちながら来たるべき日に激しい怒りによって伝説の戦士に目覚めよう。


「しかしエッジもつれないねぇ。用が済んだらすぐおさらばかぃ」

「……あぁ、エッジ忙しいみたいだしな」

「あんたエッジとどんな関係なんだぃ。一緒に奴隷やってたんじゃないのかぃ?」

「そうだけど、よく考えたら奴隷のときはほとんど話したこと無かったし、何の関係も無いとも言えるかもしれない」


 エッジとの出会いはエッジが脱走するついでに私に声を掛けたというものだった。それ以上のことは何も無い。

 しかも脱走にあたって私は足を引っ張るばかりで、最終的にエッジは囮にまでなってくれたというのに私はあと一歩を迷って情けなくも捕まってしまった。

 ………今考えると囮というのはトカゲの尻尾(わたし)の方だったのかもしれない。

 …いや何を変な勘繰り入れてるんだ。エッジはそれからも長いこと西の街で私を探してくれていたらしいのだ。ウルミさんと白の国に渡った後も、出来る限りの時間私を探してくれた。保護者のいない脱走奴隷の幼女なんてまず間違いなくのたれ死んでるはずなのにだ。

 何にせよエッジは脱走するのに私を誘ってくれた。それは間違いない。

 エッジは私の恩人だ。


「ま、あんた元は男だったんだし、男の喜ばせ方はわかってんだろぅ? エッジの家に一晩忍び込めば簡単な話さね」

「喜ばせ方?」

「あっちの話さ」

 …あっち、

 小さなおばけのコックの話だろうか?あっちこっちそっち。

 ……そんなわけはないよな。

「何言ってんだいきなり!!??バカかお前バッカじゃねぇのか!!!またはアホか!!!」

「…………あ~、たしかにあんたにゃ早かったかねぇ。悪かったよおじょーちゃん」


 ぐ……、子ども扱いはむかつくが、私は11だよ。そんな話振る奴があるか!!……いや元は大人だけどさ……どっちにしろそういうの縁なかったしさ。

 しかしこいつは前々から、なんだって私とエッジをくっつけようとしているんだ? いいかげん鬱陶しい。


「……サイはなんでそこまで私とエッジのこと気にするんだよ」

「言っただろぅ? あたしがおもしろいからさ」

「それは聞いたけど、お前のキャラじゃないだろ同性愛者」

「はん、あたしだって生まれたときから女好きだったわけじゃないさね」


 え、そうなの?

 私はノンケなのでわからないがそういうのって……いややめておこう。偏見で人を語るのはよくない。

 サイがそう言うからには昔好きだった男もいたということなのだろうか。だとしたら何がこいつを変えたのか。


「昔に何かあったのか?」

「別にその話はおもしろいもんじゃないよ」

「気になるだろ。昔は好きな男がいた、みたいな言い方だったよな」

「はん、奴隷だったときにねぇ、一緒に逃げた男がいたのさ。ちょうどあんたらみたいな話だろぅ? ちょうどと言えば、あたしがあんたくらいの頃の話さ」


 …へぇ、予想してたとはいえ、意外な話だ。

 奴隷の男と女が一緒に脱走。たしかに私とエッジの話と同じだな。私たちの話を、自分たちのことに重ねているってことか。

 私と同じくらいの歳。サイにも女の子だった時があって、好きな男の子がいたという話。


「……それがいまとなっちゃロリババア。いったいどうしてこうなった」

「はん、うるさいよ。あたしの勝手だろぅ?」

「それで、その人はいまどうしてんだ? 結局別れたのなら、その様子じゃ連絡は取ってないか。黒髪なら国中旅して生きてるのかな?」

「死んだよ」


 サイも青の国を根無し草だったもんな、きっとその人も……、

 ……………、

 …………………え?


「奴隷商から逃げる途中でねぇ。血反吐はいてくたばったよ」

「……わ、悪かった。そんな話だなんて思わなくて」

「別に隠すようなことでもないさね。あたしが殺したんだし」

「もっと聞き辛いわ!!!!!」


 隠せよ!! どんな話だよ!!

 ありえない。好きだったんだろ?

 一緒に逃げたんだろ? なんでお前が殺してるんだよ!!


「商人の豚どもの余興だったのさ。あたしを売ったそいつの剣を、その場で奪って殺してやったんだ」

「………なんで」

「ま、それもそいつの一計だったんだけどねぇ。豚どもが呆けてる間に逃げろってさ。おかげであたしはまんまと逃げられたってわけさね」

「……………なんでだよ」


 事も無げに、表情も変えずにとんでもない話を語るサイ。


 本当、なのか?

 なんで、

 そんな平気な顔で、そんなことを話せるんだよ。

 サイはこんな奴だが、人まで殺してはいないと、何処かで思っていたのに、

 それがよりによって、こんな重い話があるとは思わなかった。


 別に隠すようなことでもない。

 別にどうということもない。


 そんなわけ、ないだろ。

 自分の手で想い人を殺して、そんな地獄を味わって、涙も枯れて心も凍ったとでも言うのか。


 ならなんで、私とエッジを自分達に重ねるんだよ。


「言った通り、あんたにゃおもしろくもない話だったろぅ?」

「お前…そんな簡単に……」

「もう随分昔の話さ。あんたに会うまで思い出しもしなかったってのに、いまさらどうとも思ってないねぇ」

「……………」


 サイは、いつもどおりだ。

 ニヤニヤと薄く笑う表情は、ずっと変わらない。

 昔の話を、そんな凄惨な記憶を語っても、眉一つ動かない。

 それがサイの強さなのか、ただの諦観なのか、あるいは何なのか、

 サイの心情はわからないが、


 そんなサイを見て、

 この人間には勝てないのかもしれない、と思った。


 サイはきっと、誰にも負けない。

 それどころかきっと勝つこともない。

 たとえ死んだとしても、

 誰に殺されても、誰を殺しても、この女が心から勝敗を感じることは無い。

 あるがままを、受け入れてしまっている。

 何も、感じないのかもしれない。


「あたしの話はもういいだろぅ? そんなことより、こっちに来なよ」

「…………」


 サイに促され、椅子に座る。


「男を落とすんなら、髪くらい手入れするもんだろぅ。あたしがやってやるよ」

「な、何すんだよ」

「ほらじっとしてな」


 椅子に座る私の後ろに立ち、私の髪を梳っていく。櫛が引っかかって少し痛い。

 エッジのこととなると、サイはあれこれと私の世話を焼く。


 きっと、自分がしたかったことなのだろう。

 髪を綺麗にして服を着て、

 死んだその人に、見せたかったのか。

 …………、

 やっぱり、なんとも思ってないわけがない。


 だが、


「……毎度言うけど、私は元々男なんだから男とどうにかなるつもりはないんだ」

「つもりはなくても、気持ちはどうなんだぃ?」

「ない。これっぽっちもそんな気はない」

「あの優男のこともかぃ。まぁあれはやめた方がいいと思うけどねぇ」

「それはお前の願望だろうが。フレイルとも何にも無いって毎回毎回言ってるだろ」

「…………はん」


 フレイルの話題になると、私はいつも否定だけして話を切る。もうサイもそれ以上何も言ってこない。

 サイが何を考えているのかは、少し分かったが、

 私はとても臆病で、嘘つきだ。



 私は剣に幼女にされて、もう男である自信がない。

 今の私は、たぶん女なのだろう。

 だが、私は元の身体に戻るつもりだ。剣もここにある。


 元の姿で元の世界に帰る。

 そしたら私は向こうで、この異世界のことを思い出す。

 素敵な友達との出会いと別れ。魔法使いの弟子になったこと。酷い目にあったことも多かったけど、思い出は素晴らしいものであるべきだ。


 …でも、


 例えばフレイルと、そういう関係になったとして、

 向こうに帰った()は、どう思うだろう。

 男に戻った僕は、どう思うだろう。



 ひょっとしたら、その思い出を、

 フレイルとの思い出を、否定して、

 あのときはどうかしていたのだと、

 あのときの僕は僕じゃなかったと、

 まとめて全部仕舞いこんで、蓋をして、

 永遠に忘れてしまうかもしれない。



 私と僕は、もう別人のように感じるときがある。

 元の姿の、僕の気持ちが、わからない。

 それに気付いたのは、何時だっただろうか。


 グラディウスを手にして、元の世界に帰る算段が具体的に決まって、

 私の中でその不安がどんどん大きくなるのを感じた。


 だから、

 私がフレイルのことをどう思おうと、そんなことは関係ない。

 私の主体は僕なのだ。

 この思い出は、夢のようなものなのだ。


 マスケットに拒絶されたときに、私はすぐに帰るつもりだった。

 帰って、全て忘れるつもりだったのだ。

 そしてこのままマスケットに会わずに帰れば、やはり忘れることになると思う。



 マスケットと再会出来なかったら、

 フレイルを愛したら、



 ()の中でこの異世界(おもいで)は、たちまち黒く染まってしまうことだろう。



 そう。


 僕では無い「()」は、きっとそのとき消えて無くなってしまう。

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