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第四十一話 魔王の城


 約束通り、女王とともに魔王の城に赴く。

 山道に揺れながらゆっくり進む馬車の中に、私と女王と、女王の護衛が二人。

 エッジとウルミさんではないが、戦士と魔法士のコンビのようだ。この国は魔物も出ないし平和そのものだが、だからといって女王が護衛無しで出掛けるわけにもいかないのだろう。


「女王はその、オレラについてはどういう風に伝えられているんですか?」

「詳しいことは何も…。ただ異世界から来た百人の内、最後に残った五人のオレラがこの国を建て、あなたのような召喚者を守るという使命が伝えられています」


 …千年も前のことだもんな。正しく情報が伝わっている方が奇跡かもしれない。伝えられた手紙はつまらないジョークだったが、魔王の城に遺された書物を読めばいろいろなことがわかるのだろう。


「もうすぐ着きます」


 御者が車内の私たちに告げる。

 窓から外を見てみると、ちょうど森を抜けるところだった。

 何も無い広い土地が見える。

 …いや、何も無いというのは御幣があるか。


 その土地には、無数の穴が開いていた。


 よく見てみると大きさも深さもまばらだが、ちょうど人が一人寝転んで収まるくらいの無数のクレーター。恐らく、きっかり百個あるのだろう。

 思い出す。

 私が、この世界に来たとき。グラディウスに召喚されたときも、ちょうどこんなクレーターで寝転んでいた。


「この土地は、かつて魔王が百人の魔族を召喚したと言われる土地です」

「…………」


 手に持つ剣を見る。


「ここで、地球人が召喚されたのか」

『そうだ 魔王の願いにより 異世界から人間を百人召喚した』


 その土地を迂回するように、さらに馬車が進むと、見えてきた。

 歪な和風文化のこの国に不似合いな、小さな洋城。

 魔王の城。


 馬車が止まり、御者が扉を開けてくれる。

 降りて門の前に立ち、ゆっくりと見上げると、

 まず目に飛び込んできたのは、懐かしい日本語の文字。


 冷やし中華はじめました


 …………、

 ……マジで書いてたよ。



 中に入り、女王に連れられて通路を歩く。

 中はわりと普通でよかった。護衛の魔法士が魔道具の照明を起動しながら先へ進む。

 この城は誰でも自由に見学できるらしいが、一番奥の部屋だけは立ち入りが固く禁じられているらしい。厳重に錠が掛けられ、魔道具の警報装置も仕掛けられている。

 千年前、魔王と魔族たちはこの世界の人間との戦争に敗れた。この城もその折に随分と荒らされたらしい。今でもこの城が朽ちずに残っているのは、この国の王が代々補修を繰り返してきたからだ。観光地という名目で。


「こちらです」


 部屋はそれほど広くもない。壁はまるごと本棚になっているが、全て雑多なファイルが溢れている。

 大きなテーブルの上には5冊の薄い本。


「これが、解読中の書物です」

「五冊しかないんですか?」

「ええ。ほとんどの書物は燃やされたと伝えられています。現存しているのはここにあるものだけ……」


 女王が、重ねられた書物の一番上の一冊を取り、私に手渡してくれた。

 装丁はボロボロで、もはや本の体裁を成していない。紐でページを補強している状態だ。かなりの年月が経っていることを窺わせる。


「これは最近になって解読が進んだ一冊です。オレラの持つ魔力について書かれたものと、解釈しております」

「魔族が、魔力を?」


 そういえば、黒髪でありながら魔力を持っていることが召喚者の証明だとも言っていたな。

 私は黒髪だが魔力を持っている。魔法を使うことが出来る。

 それは剣に身体を作り変えられたからだと思っていたが、違うのか? 

 魔王に召喚された地球人たちも、魔力を持っていたということか。


 ゆっくりと、本を開ける。

 中の文字は、日本語だ。



 漆黒の闇に降り立つ夜の使者「深淵の黒翼ミッドナイトレーヴェン


 異界に通ずる闇より蠢く悪しき亡者(ノスフェラツ)たちを駆逐するため、その力を振るう。


 その紅に染まる右眼に封印された魔力(マナ)は無限に等しく、数多の世界を煉獄の焔で焼き尽くし、その強大な………



 私は、そっと書物を閉じた。

 見てはいけないものだった。


「その書物の一部がようやく解読され、召喚者が魔力を持つことを知ったのです。オレラが魔力を持ち、様々な世界を渡り自在に炎を操るという記述が……」

「 や め た げ て よ お ! ! 」


 それ以上、いけない!!

 なにしてんだお前ら!!!死者を冒涜する行為だぞそれは!!!

 千年も前に死んでいる人間の見られたくない秘密のノートをいまさら暴いて何が楽しいんだ!!机の引き出しの奥にでも仕舞っておきなさい!!


「な、何か不都合なことが書いてあるのですか?」

「あ…いや…そういうわけじゃないんですけど……あ…あはハハハハハ」


 これは存在していてはいけない書物だ。闇の炎に抱かれて消えるべきだ。一刻も早く燃やさないと。千年前の名も知らぬ地球人よ。君の名誉は私が守る。

 必殺美少女メイスマイルで偽装しつつ頭で火魔術を組んでいると、一瞬の隙を突いて護衛の一人にノートを奪われた。

 睨む私と目が合う護衛戦士。ノートを取り返そうと手を伸ばすが、高々と持ち上げられてしまった。幼児の手の届かないところに保管するべき物ではあるがあんまりだ。私が小さいばかりにノートの主の名誉を守れそうにない。


「一体この書物には何が書いてあるのですか?」

「個人レベルのプライベートな空想です。すぐに解読を打ち切った方がいいです。全て無駄です」


 他の4冊の書物も読んでみたが、料理のレシピだったりオリジナル小説だったり、望むような書物は無かった。


「ここにあるのは、どれもあまり意味の無いものばかりですね」

「……そう、ですか」


 望むような書物。

 例えば日記。

 女王の目的は魔族の差別を失くすことだ。私も全力で手伝いたい。

 もうこの世界には、児童書のレベルで「魔族=悪」という認識が根付いている。それが差別の要因のひとつでもあるが、グラディウスの証言でもそれが間違った歴史認識であることがわかった。

 しかし汚名を濯ぐためには生半な努力では叶わない。間違った歴史認識を正すためにも正しい記録の資料があればよかったが、まぁ無いものはしょうがない。


 だが、もしも望まないような書物であった場合。

 例えば設計図。

 オレラは魔王のために、地球の科学を再現してたくさんの兵器を作り出した。

 飛行機、焼夷弾、戦車、地雷、鉄砲。

 剣に願ったのか一から造り出したのか。もしも造ったというのなら設計図や製法のメモが残っているかもしれない。それはこの世界にあるべきではないだろう。

 その場合は女王に確認して、燃やして消えてもらうつもりだった。


 だが蓋を開けてみればこの中二病ノート。一応これでも貴重な資料になるだろうが、思わず確認無しに焼却するところだった。料理レシピや他の書物も資料以上の価値はなさそうだ。


「それでは、この件はこれまでですね」


 ぱん、と手を叩き、落胆と安堵が入り混じったような声で女王が言う。

 用事が済んだらさっさと帰ろう。女王も忙しいだろうし、私も魔術の訓練のために早く帰りたい。

 用事が済んだら、の話だが。


「女王、いい機会なので言うことがあります」

「………何でしょう」


 オレラの記録は、オレラが残したもの以外にはありえない。

 だがオレラの武器は、異世界の兵器の知識は、オレラの他に知っている者がここにいる。

 私は違う世界から来たから、この世界に無いものをたくさん知っている。


「かつてオレラが作り出した武器。私の世界の兵器の話です」


 この世界の人の理解がどこまでのものかはわからないが、オレラの武器はこの世界の魔術で再現できるものばかりだ。大したものではない。


 では何が恐ろしいのか。

 誰にでも造ることが出来る、ということだ。


 設計図や製法書が残っていれば、焼夷弾辺りはすぐにも作ることができる。要するに火炎瓶だ。燃焼剤の製法さえわかれば、後は酒瓶に布つっこめば完成するのだ。

 その威力は、奴隷が騎士や魔道師を相手取るのに十分だろう。

 奴隷は無くなるべきだが、武力によるクーデターなんて望んでいない。

 そんな書物は存在するべきではない。


 だが、それが無くても私がいる。

 それらを燃やしても私がいる。 

 私の知識がその武器を再現すれば、きっとよくないことになる。


 ならば私はその知識と共に燃えるべきか。

 女王にそのつもりは無いようだが、おそらく一番危惧していることだろう。

 ここらではっきりさせておくべきだ。


「私はそれらの武器を、造れません」


 女王には安心して欲しい。

 私は焼夷剤の製法なんて知らない。火炎瓶なら簡単そうだが、たしか酒のアルコールでは十分に燃焼しないはずだ。最低限可燃性のガソリンのようなものが必要である。私は石油からどうやってガソリンが出来るのかを知らない。

 火薬の製法もわからない。黒色火薬には硝石が必要だったはずだが硝石とはどんな石なのかが私にはわからないし、あったとしてもそれをどうすればいいのか全く知らない。

 私の中途半端な知識では爆弾も鉄砲も造れない。この世界にはグーグルもウィキペディアも無いのだ。


「そうなのですか?」

「どんなものかはわかります。目の前にあれば使うことも出来ます。ですが魔道師でない者が魔道具を作れないのと同じように、私は製法まではわからないんです」


 そもそもこの世界の製鉄技術では鉄砲の銃身は作れてもピストンエンジンを作ることは難しいだろう。

 オレラがどうやってそれを製造していたのかはわからないが、鉄鋼は私の分野ではない。他でエンジンを用意してくれないと私は飛行機も戦車も造れない。


「ですから、もう魔族の武器が造られることはありません。安心してください」


 女王には安心して欲しい。





 だから私は、そんな嘘をつく。





 私はオレラが造った兵器は造れない。

 だが、この世界に無い武器はそれだけではない。


 医学の発達がないこの世界は、とにかく魔法が前提になっている。

 怪我をすれば魔法を使い、病気になれば魔法を使ってきた。

 魔族が召喚されるまで全ての人間が魔法を使えたのだ。無理もない。

 火薬が無い世界なのだ。戦争や狩猟おいても、魔法ばかりを使ってきたのだろう。


 もちろん私は作る気はないが、

 この世界には無い「()」という武器は、わりと簡単に出来てしまうのだ。


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