第四十話 レベルアップ
いつのまにか冬になっていたようだが、相変わらず暑い。
今日は浜辺で魔術の修行。
ウルミさんとショテルも一緒だ。
あれからウルミさんとの仲は少し改善され、ぜひ反転魔術を教えて欲しいと頼まれた。
私の師匠。ウルミさんのお爺さんが編み出した、魔術の曲技。
私はもちろん快諾した。
そして代わりに私は、魔力の練り方を教えてもらえることになったのだ。
私がウルミさんを見ても普通の人より少し魔力が多いくらいにしか見えないが、サイの言っていたとおり、ウルミさんは全身で魔力を常に練っているらしい。
手や指などに魔力を集中せず全身で魔力を練れば、格段に多くの魔力を扱えるのだそうだ。
おまけに体内の魔力を集中させる必要がないため、魔道師に魔術の発動を悟られ難い。事実私にはわからなかった。その上ウルミさんは片手で印を組んで詠唱を行う。目の前に対峙しても不意打ちで魔法が飛んでくるように見えるだろう。サイとエッジは例外らしいが。
ちなみに手で印を組むやり方も教えてもらおうとしたが、自らの指を攣らせる苦行を小一時間ほど続けた結果、これは私には無理だと諦めた。
で、全身で魔力を練る訓練である。
コツのようなものを掴めばあとは早いらしいが、それまではとにかく練習だという。
私は魔力を練るとき、手や指に魔力を集中する。
まずはそれを、足でやる。
それが出来たらもう片方の足や頭頂部と魔力を練れるようにし、その次は鼻や舌など、身体の末端部分で魔力を練る練習をする。ここらへんはそれほど難しいことはなかった。
その次は身体の中央、すなわちお腹。これが結構難しい。末端以外の部分は集中し難かった。
「にゅううぅぅぅおおぉぉぅ………」
「アッハハハハハハッ!! メイス姉へんな顔っ!!」
「ショテル。集中してるんだから茶化さない」
身体の各部分で魔力が練れるようになったら、次はそれを二箇所同時で行う。
ここが一番難しかった。
右手で魔力を練りながら、左手で魔力を練る。
集中力がどうとかじゃない。右を見ながら左を見るようだ。螺旋丸とかこんな感じなのだろうか。一応やっと出来たときには右脳と左脳が逆転して頭が破裂しそうだった。
しかしそれでコツを掴むことが出来たように思う。ここからの訓練はスムーズだろう。
後は同時に練る魔力の数をどんどんと増やしていく。
今日は思い切って指の数まで増やしてみようと思う。
「めぇ……」
まずは人差し指。
いつもやってきたことだ。難しいことは何もない。
「らぁぁ……」
次は中指。
ここまではいい。どんどん行こう。
「ぞおおぉぉぉ………」
薬指。
少し苦しいが、訓練の成果か安定している。問題なさそうだ。
…もう少し、いけるか?
「おおぅおお……ぉおおぉおぉぉ………」
小指。
ここら辺が限界かもしれない。
このままいくと破裂した脳が鼓膜を破って出てくるんじゃないかと思うようなひどい頭痛と耳鳴り。身体が危険信号を出している。
でも今日の目標は五つ。
あとひとつだし、このままいってみようと思う。
いけるとこまで……!
「むぅあぁぁあ…あびゅっ……!!??」
………失敗した。
親指の魔力の集中に取り掛かったところで、私の魔力はほどけて消えた。
耳から脳漿は出なかったが、鼻から血が出た。勢いよく。
ショテルに指を差されて笑われた。
ウルミさんは慌てて手当てしてくれたが、微妙に目を逸らしながら肩が震えていた。
○
「やってるな、三人とも」
「あらエッジにハルペ。あなたたちも来たの?」
ウルミさんに治癒魔術をかけてもらっていると、エッジとハルペが来た。
走ってきたようで、エッジは息も切らしていないがハルペは大の字に倒れこんでぜーはー言ってる。
「ぜへー…、ぜへー…、や、やっとついたのです……」
「だらしねーなハルペっ。シャキっとしろよっ」
「あ、朝から島を一周してきたのです。休憩も無しだったのです…」
「ご、ご苦労様、ハルペ」
「こっちに来るのは珍しいわね。何か新しい修行?」
「ああ、こいつにそろそろ新しいことやらせようと思ってな。あとメイスに伝言だ」
「私に?」
「城を通ったときに女王に頼まれてな……ってなんだこれ。ここの部分の砂、変に赤黒くねぇか?」
「それメイス姉のはなぢだぜっ!」
「ちょ、言うなよショテル。訓練中の事故だよ。大したことないんだ」
「そ、そうか…まぁいいが。女王が明日、城に来て欲しいとよ」
「女王が?なんだろ?」
「言えばわかるって聞いてるが、魔王の城に行くとか言ってたな」
「ああ、それなら聞いてるよ」
魔王の城に遺されたオレラの書物は、この国で長らく解読が進められているらしい。だが言語が統一されたこの世界で異世界の文字を読み解くのは難しいらしく、私に手伝って欲しいらしいのだ。
私にとっては故郷の文字だ。解読どころか、普通に読める。私がこの街で不自由なく暮らす見返りとしては、そのくらい安い仕事だ。
私はいつでもいいのだが、女王もオレラの意思を伝える者として同席したいようだ。女王の予定が空いたときに一緒に魔王の城に行く約束をしていた。
どうやら明日の予定が空いたらしい。エッジはそれを伝えに来てくれたようだ。
「それじゃ、明日の訓練はお休みだなー」
「しかし変な感じだ。黒髪のお前が魔法使うなんてな」
エッジが私の頭をがしがし撫でる。
私はもう髪を染めていない。この国では必要ないし、本来の髪で過ごせるのならその方がいいと思ったからだ。
エッジもハルペも黒髪だし、私だけが染めてるのも変な気がするしね。
誤魔化して隠す必要がない、というのは思いのほか気分がいい。
真っ黒な頭の私が魔術を使う。
「よぅし、エッジ見ててくれ。………十字火線!!」
「おお~~」
私の両手からそれぞれ、独立した火線が海に向かって放たれる。爆熱光を二つ同時に放つ新魔術だ。
私はウルミさんのように、片手で印を組み、両手で二つの魔法を同時に詠唱することは出来ない。口で詠唱するわけだが、私の口は二つも無いもの。
だがウルミさんの魔法を見てピンと来た。
同じようなことを、師匠もやっていたのだ。
師匠の使う魔術の中には、私がどうしても真似出来ないものがある。魔法式は矛盾してないはずなのだが、何故だか不発してしまう。
今思うとあれは、二つ以上の魔術を同時に行使する式だったのだ。
この方法で魔法式を組み直せば、二つの魔術を一つの詠唱で行うことが出来る。魔力を適数練ってやれば、複数の魔術を同時に放つことが出来るのだ。
ウルミさんに師匠の魔術を教える代わりに、ウルミさんのおかげで師匠の魔術を使えるようになる。
私はレベルが上がった。
夢が広がるな。五指爆炎弾をマスターする日も近い。
「よし、ちょうどよかった。いっちょハルペを鍛えるのを手伝ってくれ」
「ぅえっ!? 師匠、今着いたところなのに休憩も無しなのですか!?」
「甘えんな。体が限界のときこそ最高の動きが出来るようになれ」
「師匠は鬼畜ドSなのです!!」
猫のように首根っこ掴まれてエッジに立たされるハルペ。
さっき言ってた新しい修行の一環だろうか。
「メイスはいろんな魔法が使えるんだろ? 適当な水の魔法あたりで相手してやってくれねぇか」
「それはいいけど、何の修行なんだ?」
「魔素の揺らぎを見て魔法を避ける修行だ」
「……魔素??」
初めて聞く言葉だ。魔力とは違うのだろうか?
魔法を避けるために、その魔素とやらの揺らぎを見る修行をするということか。そういえばエッジもサイと同じように魔法を避けることが出来るらしい。サイが感じているものもその魔素とやらなのだろうか。
「魔素ってのはこの世界を満たしてる魔力の素だ」
「?? よくわからん」
「メイスも魔法を使うときに魔力を練って魔素から魔力を集めてるだろ?」
たしかに、普通魔道師は魔力を練って空気中から魔力を集めて大きくする。その集める前の魔力を見ることが出来るということか。
そんな話初めて聞いたが、魔力には違いないだろう。どうして使う魔法までわかるのか。
「黒髪だからあるいは、と思ったけれど、やっぱりメイスも魔素を見れないのね」
「ウルミさんも見れないんですか?」
「ええ。だからエッジが言うこと、私にもよくわからないのよ」
「まぁ見るっつうか感じるっつうか、どうやら黒髪にしか出来んらしい。訓練次第だが、メイスも出来るようになるかもな」
…うーん魔法使いのウルミさんがわからないなら、同じ魔法使いである私が考えてもわからなさそうだ。見えないものを理解するには私のオツムはいささかロースペックである。
ハルペも魔素を見ることが出来るのか。ああいや、そのための修行をいまからするということか。
「うん、修行に付き合えば何かわかるかも」
「怪我させねぇ程度に本気でやってくれ。ハルペに魔法を当てられたらメシでも奢るぜ」
「うぅ~メイス姉、手加減して欲しいのです…」
「あ、それなら私が勝ったらその魔素ってやつ、私にも教えてくれ」
「ああ、いいぜ。ハルペは俺が100数えるまで避け続けられたら、今日は終わりにしてやる」
「ちくしょうやってやるのです!!」
…私のレベルがどんどんとアップしていく。
私はひょっとしたら戦いには向いていないタイプの人間ではないかと思っていたが、まだまだ強くなれる余地があったんじゃないか。
というか私は魔物と戦うたびに死にかけて、いつも誰かに助けられてきた。
私は自分で思うよりも、とても弱い魔道師だったようだ。
そうじゃないかとは薄々感じていたが、何度も魔物に殺されかけ、グリフォンにも成す術なく吹き飛ばされ、確信した。
私は、弱い。
師匠の弟子である私は最強であると思いたかったけど、違う。
皆が私を凄いと褒めてくれていたが、あれはきっと私を褒めていたのではない。
あれは私の未来を褒めていたのだ。
こんな幼い女の子が、まぁ並に魔術を使うことが出来る。
このまま成長すれば、大人になるころにはきっと凄い魔道師になるだろう。
その将来性を褒めてくれていたのだ。
そしてその未来は、私が増長している限り、やって来ない。
私は強くなりたいというわけではないし、魔物とはもう戦いたくないが、グリフォンに会ったときにはろくに逃げることも出来なかった。突然襲われたとしても、最低限死にたくはない。
それにもしもあんな魔物、クラーケンやグリフォンのような魔物が突然街中にでも飛来したら?
私は目の前で人が死ぬのを指を銜えて見ているのは嫌だ。絶対全員助けたいと思う。全ては助けられないとかいう話は聞きたくない。
そのためには力が必要だ。
結局私は、強くなりたいのだ。
この世界に留まるのもあと2年ほどしかないが、それまで私はやることもない。
ならば魔道師として自己を研鑽することを、2年間のライフワークにしようと思う。
何、無駄にはならない。
2年後の三月式典で、そのときの私の力を披露することにしよう。
きっと皆、驚くぞ。
蒼雷の弟子の名は、その師匠の名とともに、敬意をもって語られる。
そのときこそ、皆が私を認めてくれるだろう。
そんなことを考えながら、いつぞやと同じ爆散水を三つ同時に放つ。
ハルペの悲鳴がこだました。