第三十九話 ウルミの秘密
ミスってました
「よくぞ戻っていただきました」
白の国のお城。女王のお寺に戻ってくる。
丸一日行方不明だった私だが、私が白の国を去るならそれもよしと、女王はあえて捜すことをしなかったらしい。あんな話の後だし、私の自由を尊重してくれたようだ。
…さすがに魔物に襲われて海に放り出されていたとは夢にも思わなかったようだが、まぁそれはいい。
クラーケンの頭に乗って、白の国の適当な浜辺まで送ってもらった。
到着する頃には雨も止み、時刻は5つ目の鐘が鳴る頃(2時)。
別れ際、クラーケンは名残惜しそうに、いつまでも食腕を揺らしていた。
私だけじゃなくて、他の人間とも仲良く出来ればいいと思う。女王に相談してみた。
これには女王も相当驚いていたが、オレラもそう望むだろうと結果的には快諾してくれた。
クラーケンはいいイカなのだ。人間も襲わない。いきなりは無理だろうけど、じっくりとこの地に馴染んでいければいいと思う。
そして、グラディウスを女王に見せる。
「魔王の剣です。私はグラディウスと呼んでいます」
「これが………」
女王の手がグラディウスを受け取る。グラディウスは初めて自分を手にする人間には必ず願いを要求する。今も女王に語りかけているのだろう。
女王は私の二つの願いの片方を叶えてくれると言ってくれていた。
私の願いは、元の姿に戻って、元の世界に帰ること。
女王が何も言わずに私を見る。
私は首を横に振った。
「私はまだこの世界でやることがあります。それまでは、元の世界に帰るのを先延ばしにしたい。それでいいでしょうか?」
「もちろんです。ことは全て、あなたの満足のいく形が望ましい」
「この世界で、友達が出来たんです。今は離れていますが二年後に再会する約束をしました。私の二つの願いは、どちらもその後にしたいんです」
「そうですか。では、それまではこの国で暮らすとよいでしょう」
グラディウスを預けてくれれば女王が厳重に保管すると持ちかけられたが、拒否した。こいつが居ないとクラーケンと話せない。それに肝心なときにこいつが居ないという状況は懲り懲りだ。
グラディウスを返してもらう。
これから二年間、常に一緒にいよう。
二年後、マスケットと再会して全部片付いたら、
そしたら、そのときは願うよ。
○
「あんた丸一日もどこいってたんだぃ? 心配したよ」
「なんだよ。お前が人の心配なんてするのか?」
「その剣の心配さ。持ち逃げされたかと思ったよ。まさかあたしにくれる約束を忘れちゃいないだろうねぇ?」
「…そんなところだと思ったよ。覚えてるから安心しろ。それよりお前、仕事はどうしたんだよ仕事は」
「はん。酒場の大将が仕入れで港町まで泊まりで出てんのさ。今日は休みだよ。それに一日サボったあんたに言われたくないねぇ」
「私は私で死に掛けてたんだよ。まぁそれはいいんだけど、私お腹空いてるんだ。ご飯食べに行こう」
寺のような城を後にして宿屋に戻った。
白の国の首都について一週間。私とサイが部屋を借りている安宿だ。安さを優先したので、あまりいい部屋とは言えない。
太陽ももうすぐ沈む。時刻はさっき6つ目の鐘が鳴ったところ。日没早いな。気候が常に夏なので忘れていたが、今の季節は秋なのだった。
とにかくお腹が空いている。
実は女王に食事に誘われているのだ。ここには着替えるために戻ってきた。サイはついでである。
私は丸一日何も食べていない。誘いを断る理由は何も無かった。
「へぇん。うまいメシ食わしてくれるんなら、あたしも行くよ」
「ああ、エッジとウルミさんが迎えに来てくれることになってるよ」
「…はぁ?」
「なんだよ。何か問題あるのか?」
「あーいや、あのエッジって男はいいんだけど、あの女はねぇ…」
「あ~……、やっぱ私、嫌われてるよなぁ?」
昨日は問答無用で魔術を放ってきた。エッジが居なかったら私は氷漬けにされていたかもしれない。
何やら事情がありそうな雰囲気だったが、少なくとも私は好かれてはなさそうだ。
「それもあるけど、あの女はイケ好かないんだよ」
「たしかに街中でいきなり魔術使ってきたり、ちょっと危ない人だったよな」
「そうじゃなくて、な~んか常に嫌な感じを纏ってる。あんたにゃわかんないかぃ?」
「なんだよ嫌な感じって?」
「魔力ってのかぃ? 魔法を使うときみたいな嫌な感じさ」
「魔力…?」
ちょいと魔法を使ってみな、というので簡単な風を起こす魔術を使う。
頭で魔法式を組んで、
指先で魔力を練って、詠唱する。
「それさ」
サイが私の指を指差す。
まだ魔術は完成していない。だというのに、
「あんた今、指先で小さな風を起こそうとしただろぅ?」
私が使おうとした魔術まで、言い当てて見せた。
私の詠唱内容を読んだのか? そんなわけがない。私の魔法式は魔道師でもない人間が解けるようなものではないはずだ。
というかサイは魔道師以前に魔族だ。魔力を感じられるのは訓練した魔道師だけ。サイが魔力を感知できるはずがない。
「魔法ってのは、なんか嫌な感じがするもんなんだよ。コツを掴めばどんな魔法が出るのかもわかるのさ」
「え、そうなのか?」
「どこに、どれくらいの範囲の魔法が来るのかもわかるよ」
やはりサイは魔力を感知しているのか?
訓練次第で、魔族でも魔力を感知できるようになるのだろうか。
しかし魔力を感知できたところでどんな魔術が使われるのかまではわからない。杖で省略しない詠唱なら内容を読み解けば可能ではあるが、サイには無理だろう。
だが、たしかにサイは魔術をひょいひょい避けることが出来る。
サイは私や普通の魔道師とは違うものを感じている。相手がどんな魔術を使おうとしているのか、なんとなくでわかるようだ。詠唱の解読も無しで。
試しに違う魔術を使ってみる。
「これはどうだ?」
小さな水圧弾。
サイの顔に当てるつもりで詠唱をする。
詠唱が終わると同時に、サイが半歩だけ横に移動する。
ピンポン玉ほどの水弾が、サイの顔のすぐ真横を通り抜け、部屋の壁に当たって弾けた。
今度は爆熱光を、サイに向けて詠唱してみる。
敢えて魔力を練らずに。
指先に集めた魔力では爆熱光には全然足りない。わざと不発させてみるのだ。
すると今度は、サイは反応を示さなかった。
私は詠唱しているのに、魔法が出ないことがわかっている。
ということは、やはり魔力を感知しているのだろうか。
う~ん、やっぱりわからないなぁ。どうも魔力を感知しているっぽいんだが、やはり詠唱を解読しているわけでもなさそうだ。サイはどうやって、相手が使う魔術を察知しているのだろう。
「とにかくあの女は四六時中そんな風に、なんかの魔法を使う感じなんだ」
「ふーん…、ん?」
あれ? なんかの魔法?
「ウルミさんはどんな魔術を使うかわからないのか?」
「ああいや、いざ使うときになればわかるんだけどさ、あたしにもよくわかんないねぇ」
魔法を使う前段階ってことか?
あ、ひょっとして、
「こういうことか?」
「そうそう、それさ」
詠唱せずに、魔力だけ練ってみる。
私の手の平に集めた魔力を練って大きくしてやるとサイが肯定した。どうやら練った魔力のことを言っていたようだ。
これだけでなぜ使う魔術までわかるのか疑問だが、とにかくウルミさんは常に魔力を練っている状態だと言いたいようだ。私がウルミさんを見たときは気付かなかった。
「これは魔力を練ってるんだ」
「へぇん。あたしにゃよくわかんないねぇ。しかしあんたはその…魔力を練る?ってのは手や指でやってんのに、あの女は全身でやってんだねぇ」
「……全身?」
「ああそうさ。あんたのその手の嫌な感じ。あの女は頭から爪先までその嫌な感じに包まれてるのさ」
………え?
ちょっと意味がわからない。
魔力を、全身で練る?
「何にせよあたしはあの女は気に入らないね。そんなことよりあんた、あの優男のことはもう諦めてあのエッジって男に乗り換えたらどうだぃ」
ウルミさんは全身を使って魔力を練っているのか。考えたことも無かったが、可能なのか? 訓練次第で私も出来るようになるだろうか。
手だけでなく全身で魔力を練れるなら魔術の幅が大いに広がる。一度に練れる魔力の量が飛躍的に増加するはずだ。だがおそらく、かなりの集中力がいるだろう。それに常に集中を切らさずに魔力を練り続けるのならフレイルのことは諦めてエッジと添い遂げ・・・・・っておい。
「…………なんでそこでフレイルが出てくるんだよ」
「はん、すぐ傍にあんないい男がいるんだ。あんたも女なら…」
「待て待て待て、どこからツッコンでいいのかわからないぞ。まず話が唐突すぎる。そして私がフレイルに気があるみたいな前提で話すな。私は男とどうこうなるつもりは無いっつってんだろ。仮にそうだったとして乗り換えなきゃいけない意味がわからない。あとロリレズのお前に男女関係について言われたくない」
私はいま新しい魔術の可能性に思いを馳せていたというのに、なんで急にフレイルの話なんか。
そういえばサイはずっとエッジのこと見てたな。何を考えているのかと思ったらそんなくだらないことだったのか。
「あんたあの男と一緒に脱走したらしいじゃないか。それがこうして再会できたってんなら、別におかしい話じゃないだろぅ? あんたにゃそういう、いざって時に手ぇ掴んでぐいぐい引っ張るような男がお似合いさね。悪いこた言わないからしっかり捕まえときな」
こいつ、いつもとキャラが違わないか? 今日はやけに絡んでくるな。こんなババァとガールズトークなんてゴメンなんだが。
「私はお前に捕まった所為でエッジと脱走しなくちゃいけなかったんだけどな。
エッジにはたしかに恩があるけど、私はそういう気はない」
「はん。まさかあんた、まだあの優男のこと思ってんのかぃ? もしそうならやめときな。ありゃ脈ないよ」
「…はぁぁ??!!いい加減なこと言うなよお前ぶっ飛ばすぞ!!!!」
「……いきなりそんな怒るとは、あんたマジなんだねぇ」
「…………、……オーケーだ。二度と舐めた口きけないようにしてやる!!」
私の逆鱗に触れるこいつを今こそ亡き者にすべく手加減無しの魔術を詠唱する。
と、詠唱が終わる前に部屋のドアがノックされた。
もう迎えが来たのだろうか。…ちっ、しかたない。こいつを殺るのはまた今度にしよう。
○
「しかし居なくなったって聞いたときは心配したぞ。女王には捜すなって言われたが、明日になったら俺一人でも捜しに行くところだったんだぜ」
「そ、そうなのか? 心配かけてごめんエッジ」
「どこかで野垂れ死ねばよかったのよ」
「ウルミ、ちょっと黙ってろ。これからはこの街に住むことになるんだろ? 改めてよろしくな。メイスに、サイも」
「はん、あんたとはよろしくしたいけど、そっちの女とはゴメンだねぇ」
「黙ってろサイ。こちらこそよろしくエッジ。…えっと、ウルミさんもよろしく」
「…………」
…………、
…やはり私はウルミさんに嫌われているようだった。
再びお城に戻って来ると、畳敷きの広間に通された。宴会でも開けそうな大広間。並べられた座布団に四人座るが、めちゃくちゃギスギスしている。
ウルミさんはほとんど口を開かない。開いたと思ったら今のような私への罵倒。胡乱で優しいお姉さんキャラだと思っていたのだが、優しいのは私以外に対してだけのようだ。
あ、でもそういえば最初に会ったときはフレイルが眠らされてたし、弟子に対する指導も容赦がなさそうだった。案外性格キツい人なのかもしれない。
ウルミさんと私の間にエッジとサイが入って座る。
会話が続かない。女王はまだだろうか。
間が持たないよ。どうしてこうなった。
『人間関係を改善したいと願うなら いつでも私が叶えてやるぞ?』
「お前も黙ってろな?」
しばらく沈黙が続くと、ようやく女王が御成りになった。私たちと向き合うように座布団に座る。
しかし昨日初めて会った時も思ったけど、距離近いな。
畳の上で座布団に座っている着物の老婦人ということも相俟って、とても一国の王との会合とは思えない。
女王は私たち四人の顔を一通り見ると、
「あまりいい雰囲気ではありませんね…」
ふぅ、と溜め息を吐いた。
「ウルミ。あなたが原因ですね?」
「…………」
「あなたはまだお爺様のことを…」
「…………………」
女王の言葉に、ウルミさんが僅かに顔を歪める。
何でウルミさんのお爺さん? 私のことを嫌っている話ではなかったのだろうか?
…………、
…いや、ウルミさんが私を見る目が変わったのは、私の名前を知ったときからだった。
「メイスさん。ウルミはあなたのお師匠様、蒼雷のメイスの孫なのです」
「……そ、そうなんですか?」
ウルミさんを見る。
「……ウルミさんが、師匠のお孫さん」
「一度しか会ったことはないわ。実の祖父でも、赤の他人と同じよ」
師匠に孫がいたなんて、…いや奥さんや子供がいたなんてことも全然知らなかった。師匠の弟である学園長はこのことを知っていたのだろうか?
たぶん私は突然の驚愕に間抜けな顔をしていると思う。
「忌々しいわ。こうしてまたその名前を耳にすることになるなんて」
「懐かしいですね。ウルミがまだ小さい頃は、毎日のようにお爺様の弟子になると駄々をこねていたのですよ」
「……じ、女王!!?」
「…………」
……ウルミさんの表情がどんどん砕けていく。
私の視線に気付いて咳払いとともに元の無表情に戻るが、顔が赤いままだ。
そっか、私はウルミさんのお爺さんの弟子なのか。
ウルミさんが何も思わないわけがない。しかも小さい頃とはいえ、憧れていた祖父の弟子という立場に私がいたのだ。少なくともおもしろくはないだろう。
私は師匠の名前を継いだ。
メイスという名を私が名乗ったとき、ウルミさんが急に態度を変えたのはそういうことだったのだ。
「蒼雷のメイス様は、昔この白の国に居たことがあったのですよ。その頃生まれたのが、ウルミのお父様なのです」
うわー、なんか意外だ。
師匠は魔術のことしか興味がない人間だと思っていたが、やることはやっていたということか。
「ふふふ、懐かしいですね」
「やめてください女王。あんな人の話は」
「ふふ、では続きはまた後ほど話しましょうか。
さあ、ささやかな席ではありますが、食事にしましょう」
ぱんっ、と手を叩いて女王が合図すると、侍女の人たちがテーブルを運んできてくれた。
魔道具のコンロと大きな土鍋。次々に運ばれてくる食材。
コックが目の前で魚、この世界のフグを丁寧に解体してくれる。
料理は、てっちりだった。
○
食事の後は温泉に入る。
なんと城には大きな露天浴場があったのだ。
…………、
………なんであるんだよ。
温泉には女王は何故か不在。
私と、
サイと、
ウルミさんの、三人で湯に浸かる。
「……………」
「……………」
「……………」
会話は無い。
皆無だ。
ことここに至っては女の人とお風呂に入るとか背中の傷を見られるのが恥ずかしいとか言ってられなかった。
私はなんでさっさと帰らずに温泉に入っているのだろう。
…………、
…く、空気が重い。
このまま茹だるのを待ってても仕方がない。
サイがウルミさんに話しかけることは無いだろう。
ウルミさんも口を開く気配は無い。
ならば、消去法的にも私が会話を切り出すべきだと思う。
サイが広い浴場を泳ぎ出した頃合いに、意を決して話しかけた。
「……あの、ウルミさん」
「……………」
…………、
…がんばれ、負けんな。
「私は、ずっと前にあなたと会っています。
ウルミさんが剣を探しに青の国の東の街に行った時、帰りの馬車に一緒に乗ってました」
「……………」
私が、東の街を出て首都に行く際に乗った馬車。
あのとき私は髪を金色に染めていた。
ウルミさんとは、そのときが初対面だ。
ウルミさんの返事はない。
…かに思えたが、しばらくして口を開いてくれた。
「そう……。そういえば、髪を染められるのよね。言われてみれば、あのときの女の子があなただったかしら」
「はい、そうです」
「そう。それで?」
「あの日の数日前に、師匠は亡くなりました」
「……………」
私が東の街を出るとき、
私の師匠が亡くなった。
そのときウルミさんは、大森林で剣を探していた。
タイミングとしては、ウルミさんは師匠の死に目にも会えたかもしれないのだ。
師匠の葬式には、あまり人が来なかった。
東の街の人たちだけで、静かに行われた。
師匠はあまり人間関係を築くタイプの人ではなかったが、学園長ですら、葬式には来なかった。
学園長は忙しい身なので仕方なかった部分もある。後日に師匠のお墓には行っていたし。
だがウルミさんはそのとき、すぐ近くにいたのだ。
そのことを咎めるつもりはないが、
別れの言葉くらいはないのか、とも思う。
「………そのことは、それからしばらくして知ったわ」
「……そう、ですか」
そうですか。
などと言う私は納得していない。
蒼雷のメイスの居場所を知らないわけがない。東の街に来たならば、家に寄って挨拶のひとつもしようと思わなかったのか。
「…あの剣の封印が解かれて、調査を命令されたときに、私はあの人にやっと会えると思ったわ」
「…………」
「会って文句を言うつもりだったのよ。いつでも会いに行けたくせに、口実が出来るのを待っていたのね。小さい頃に一度だけ会ってそれっきり。蒼雷の名前だけはいくらでも聞くのに、あの人が私に会いに来てくれることは二度となかった」
「……それは、師匠が悪いかもしれませんが」
「違うのよ。あの人が来なかったのは私の父が嫌っていたから。研究ばかりで家を蔑ろにする人だったと父はよく言っていたわ。でも私は、女王の言うとおりに、あの人に憧れていたの。だからこそ、会いに来てくれないのを見捨てられたように思ってしまった」
師匠。
魔術の研究ばかりの人間だったと、自分でも言っていた。
不器用な人だった。嫌われていたなら実の息子でも、不必要に干渉しなかったのだろう。
「青の国に着いて、噂を聞いたの。あの蒼雷のメイスが弟子を取ったという噂」
私だ。
弟子を取らないことで有名な蒼雷が、弟子に迎えた私の噂。
「裏切られたと思った。あの人が弟子を取らないのは、いつか私を弟子にしてくれるためだと心の何処かで思っていたのね。自分でも不思議なくらい憤りを感じたわ。誰が会ってやるものかと思った。
私はあなたに嫉妬したの。私を差し置いてあの人の弟子になった奴がいる。それと同時に怖くなったのよ。あの人の家に行けば、あの人が、その弟子に魔術を教えている。それを見るのが怖かったの。
馬車に乗って東の街に着いて、あの人の家を無視して剣を探して、脇目も降らずに帰りの馬車に乗った」
それが師匠に会わなかった理由。
ああ、この人は、間違いなく師匠の孫なんだな。
不器用な人なのかもしれない。
そして帰りの馬車で、私と乗り合わせた。
そのときには、もう師匠は、
「あの人が亡くなったことを私が知ったのは、白の国に帰ってから。私は最後にあの人に会うチャンスを、自ら手放していた。そのことが、今でも悔しい。後悔しているのよ。
私はやっぱりお爺様のことが好きだった」
ぱしゃり、とウルミさんの手が、温泉の湯を掬って顔を濡らした。
それでもウルミさんは、私に顔を向けないで、
ごめんなさいね、とだけ言った。