表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/113

第三十八話 水と暴食のクラーケン









 ナツかしいオトが キこえる

 とてもアタタかいキモチ


 ワタシは シっています

 これはたしか ウタですね

 シっています ワタシのシっているウタです


 ああ

 ナツかしいモノ

 またアえました

 おゲンキでしたか


 ワタシは とてもオナカがスいています


 アナタはどうして そんなトコロに

 たしかアナタは ソラをトんだりデキなかったはず

 アナタはとてもコワれヤスいから

 そんなところからオちると アブないですよ


 あ


 ナツかしいモノが オちてくる


 アブない

 コワれてしまう


 ナツかしいモノ

 ワタシが ウけトめてあげましょう



「………うぅ?」


 …い、生きてる?

 どうなったんだ?

 たしかグリフォンが現れて、風で飛ばされて、走馬灯見て、それが終わってもまだ飛んでて、気を失って…。


 ……まだ意識が朦朧とする。

 なんだかふわふわと浮いている気分だ。なんか地面もぐにゃぐにゃしている気がする。

 全身が痛いが動けないほどではない。かなり高くまで飛ばされた気がするが、軽傷で済んだようだ。

 雨の音が凄い。…雨? 雨なんか降っていないのに?

 ここはどこだ? 頭を振って周りを見る。




 ゲソの群れに囲まれていた。




「ぎゃああああ!!!!????」


 悲鳴を上げて逃げようと立ち上がり、その場で滑って転ぶ。

 なんかヌルヌルぐにょぐにょすると思ったら、私が寝ていたのは巨大イカの頭の上だった。ここは前周囲を水平線に囲まれた海のど真ん中だった。

 どういう状況これ!?ちょ、誰か助けて!!アンモニア臭い!!

 滑って海に落ちそうになる私の足がゲソの一本に捕まえられる。逆さのまま宙吊り状態にされ捲れ上がるパレオを手で押さえ、そのときになってようやく杖も剣も持っていないことに気がついた。

 グラディウス!?まさか海に落とした!?


 ど、どうしよう! どうしようどうしよう!!

 ゆるゆると別のゲソが私に近づいてくる。今はグラディウスの心配をしている余裕もなさそうだ。

 新たなゲソに腕も掴まれた。あわわわわ、私をどうするつもりだ? ヤバイヤバイヤバイ。わけもわからないまま触手モノの餌食になってしまう。ふざけんな。

 デタラメに突風撃(インパクトゲイル)を乱射してみるが、ゲソは私をしっかりと掴んで放してくれない。まぁ放してくれたところで海に落ちるだけだが。

 ならばと今度は火炎弾(ファイアボール)を放つ。が当然無駄。ジュワッと水の防御膜に防がれて消える。くそったれ。

 やってる間に両腕を掴まれいよいよ自由がなくなる。まさか私の最後はイカに陵辱されて食われて終わるとは。今までこの世界で生きてきていいこと何にもなかったけど、さすがにコレはヒドすぎる。誰か助けて!!

 

 目を瞑って歯を食いしばる私。

 しかし予想に反してゲソは、あっさりと私を解放してくれた。逆さまだった身体を起こして元通り頭の上に乗せる巨大イカ。

 ど、どういうつもりなのだろうか? 波に揺れるイカは私が海に落ちないようにバランスを取っているようだ。ゲソもそれ以上私をどうこうしようという雰囲気ではない。


 このイカ、やっぱりあのイカだよなぁ。

 私とサイが白の国に来るときに乗った船を襲った、魔法を使う魔物。さしずめクラーケンってところか。

 最後は氷漬けにしておさらばしたが、そのときの意趣返しだろうか。すぐにどうこうしようという風でもないが、かといって逃がすつもりもないのだろう。いや逃がすとか以前に逃げられないか。周りを見渡しても、海しか無い。


 空を見上げる。

 空は暗く、分厚い雨雲に覆われて今が何時なのかわからない。だが日は昇っているようだ。グリフォンに飛ばされたときは日が沈む頃だったので、少なくとも半日以上は眠っていたことになる。

 ゴオオオ…という雨の音が地鳴りのように響いているのだが、雨は降っていない。空を水の膜が覆っているのだ。

 水膜壁(アクアヴェール)だろうか? 雨を遮るドーム状の水の壁はとんでもなく大きい。ドームに沿って雨が海に落ちているようだが、かなり遠くて見通せない。この豪雨なら海は大時化になると思うが、ドームの範囲内に大きな波は無い。

 このイカの魔法なのだろうか?


 しばらくうねうねと動くゲソ達を見ていたら、海の下から新たなゲソが一本出てきた。

 見るとゲソは、一本の剣を掴んでいる。


「グラディウス!!」


 無事だったのか!?よかった!海の下だったら探すことも出来なかった。

 ゆるゆるとゲソが剣を私に近づける。少し躊躇いながら剣の柄を掴むと、ゲソは何もせず離れていった。

 さっきからどういうつもりだ? 敵意は無いのだろうか。


『目が覚めたか 大事ないようだな』

「グラディウスこそ、海の底に落ちたら今度は何千年眠ることになるかわからなかったぞ」

『いや 海の底には行って来た この者に回収されたのだ』

「この者って……このイカが?」

『うむ 飛ばされたお前を助けたのもこの者だ どうやらお前に興味があるようだが 前回のことを謝りたいらしい』

「え、お前このイカと喋れるの?」

『うむ 心がわかる 人間以外では初めてだ』


 人間以外は意思が無いから心がわからないと言っていたのに、このイカは特別なのか。私が今こうして喋っているように、グラディウスはこのイカと話をすることが出来るようだ。

 私を助けてくれたのか。

 私に興味がある? 謝りたいってどういうことだ?


「このイカ、一体何なんだ?」

『わからん 直接聞いてみるか?』

「この状態で、このイカと喋れるのか?」

『私が体に触れていれば 私は話せる 通訳してやろう』


 グラディウスをイカの頭に寝かせてみる。

 私もそれに触れていれば、グラディウスを挟んで会話を往復できるだろう。


『何か 聞きたいことはあるか?』

「そうだな、まず今考えていることを聞いてみてくれ」

『うむ……どうやら腹が減っているようだ』


 助けて。


「や、やっぱり私のことを食べるつもりなのか?」

『……いや そのつもりはないようだが』

「じゃ何なんだよ。私に用でもあるのか?」

『まぁまて…… なんとも擦り切れたような意思で 私にも理解し難い 腹が減っているというのは あまり意味のある意思ではないな』


 もどかしいな。

 私を食べようというわけではないのは本当かもしれない。危害を加えようという感じではないし、さっきも海に落ちそうになったのを助けてくれたのだと思えば、むしろ気遣いすら感じる。

 どうやらグラディウスも要領を得ないようだが、少しずつ質問をぶつけていくしかないか。


「この間のことってのは、船でのことだよな?」

『そのようだな 危うくお前を壊すところだっただの とにかく謝っている』

「壊す?まぁ死にかけたけどな。私も雷落としたり氷漬けにしたり、お互い様だから気にしないでって言ってくれ」

『うむ 喜んでいるな お前と話がしたかったらしい』

「私と話? 食べるために船を襲ったんじゃないのか?」

『いや 人間は食べないらしい お前と話したい一心で船を突っついていたようだ』

「突っつくってレベルじゃなかったけど……、何で私?」

『ふむ…懐かしい感覚だの 懐かしい世界だの言っているが』


 ……懐かしい、世界!?

 地球のことか!?

 魔物はもとは人間。私と同じ召喚者だ。

 人間だった頃のことを覚えているのか?


「地球とか、日本とか、聞いてみてくれ!」

『………うむ 知っていると言っている』

「どこの出身だ!? 名前は!?」

『…いや それ以上のことはわからないようだ かなり意識が擦り切れている 記憶もほとんど失っているようだな』

「そ、そうか……」


 この世界の魔物は、五千年前と千年前に召喚された地球人だ。

 それが魔物になってしまい、数を増やしてこの姿になっているが、こんな魔物もいるんだな。

 人間としての意識が少し残っているだなんて……。


『ずいぶんと長い間 海を漂っているらしい 今回はお前の歌っていた歌を聴いて引き寄せられたようだな そうしてお前が空から落ちてくるのを見つけたと言っている』

「ああ、そうだ。助けてくれてありがとうって言ってくれ」

『ふむ 大した事はないと言っている あとで陸まで送ってくれるそうだ』

「あ、そういえばこのでかい水膜壁(アクアヴェール)、このイカの魔法なんだよな」

『そのようだ 水を自在に操っている お前が雨に濡れるとよくないと言っているな』


 …………、

 …いい奴じゃないか。

 いいイカじゃなイカ!


 どうやら私はこのイカを誤解していたようだ。

 人間も食べないらしいし、グラディウスも回収してくれていた。あの船でのことも、ちょっと馬鹿力で加減がわからなかっただけなのかもしれない。


 歌か。そういえばあのグリフォンも私が歌ってたら現れたんだったな。

 この世界の歌じゃない。私たちの世界の歌。

 魔物たちは、わけもわからないまま召喚されて、魔物になって、このイカも何千年も帰れなくて、懐かしい世界の私や、私の歌に引き寄せられたのか。


「ずっと海を漂ってるのか? たった一人で?」

『そのようだ ゆるやかに意識が擦り切れるほど 長い時間を生きているな』

「…………」


 ……人の意識を残しているとわかったら、余計に可哀想に思えてきた。

 何とか、出来ないものか。

 人の意識を持ったまま何千年も一人ぼっちなんて、悲しすぎる。

 私がグラディウスに願えば、人間に戻してやることも出来るけど……。


「そうだグラディウス。このイカの願いはどうなんだ? 叶えられないのか?」

『ふむ それは最初に言ったのだが どうも願う意思が無い 何も願う気が無いようだ』

「願いが何も無いのか? 人間に戻りたいとか、元の世界に帰りたいとかは?」

『……… いや 元に戻りたいとは思っていない』

「なんでだよ」

『……わからん 意思が薄くて掴みきれないが 諦観の類ではないな』

「どういうことなんだよ…」


 イカは人間に戻りたくはないのか?

 私が願うという方法もあったが、本人が望んでいないのならやるべきではないだろうか。

 それに私の願いもある。女王に頼めば私自身が願えなくても問題ないかもだが、グラディウスは叶えられる願いに限りがあるらしい。


 …でも、何か出来ないだろうか。

 このイカは救われないのだろうか。


『悲しそうな顔をするなと言っているぞ』

「いや、だってさ…」

『お前と話が出来て とても嬉しいようだ』

「…………」

『また会ってやればいいのではないか?』

「………そんなこと」


 ………でも、何も思いつかない。

 イカのために出来ることなんて、このイカが何も望んでいないのなら、何も無いのではないか。

 こうして会って話をするくらい私はいくらでも出来るが、もっとこのイカが根本的に救われるような…………、

 …いや、ひょっとしたらそれは傲慢な考えなのかもしれない。

 このイカさえ願えば、グラディウスはそれを叶えることが出来るようだ。しかしこのイカは何も望んでいない。それ以上、他人が何を出来るというのだろう。私に出来ることなど、せいぜいこうして話をするくらいのものではないか。

 それはこのイカにとって、少しは慰めになることだろうか。


『ふむ この者がお前にしてもらいたいことがあるそうだ』

「え? な、何かあるのか?」

『懐かしい歌を もっと聴かせて欲しいらしい』


 歌か。

 このイカやグリフォンが惹かれる、懐かしい故郷の世界の歌。この世界ではもう私以外に知る人間はいない。

 記憶もほとんど失っているというこのイカも、故郷は懐かしいのだろう。少しでも故郷を思い出せるものが私の歌か。

 望郷の念は迷い人の心を、確かに慰めてくれるかもしれない。

 

「……うん、それくらいお安い御用だ」


 元は私と同じ世界の人間だった魔物。

 ほんの少しでも、救われるというのなら…。



 ナツかしいモノ

 ナツかしいトコロからキたモノ

 ずっとこうして ハナシがしたかった


 ワタシは とてもオナカがスいています


 ワタシによくニているモノのおカゲで

 ナツかしいモノと ハナシがデキた


 アタタかいキモチ

 ワタシは とてもウレしいです


 ワタシにネガいはありません

 ワタシはとてもオナカがスいています

 イマまで たくさんのモノをタべてきました

 たくさん たくさん モノをタべる

 それだけが ワタシのネガいでした

 だから ワタシのネガいは もうカナったのです


 モトにモドりたいとも オモいません

 ワタシのカラダはバラバラで

 ヤッつのカラダは あとイツつしかナい

 ワタシと ワタシによくニているモノが ナナつ

 スベてイッショでないと ワタシには タりません

 バラバラの ワタシのミッつのカラダは

 もう どこにも アりません

 だから ワタシは もうモドれないのです


 けど ダイジョウブ

 ワタシは もうモドれないけれど

 アナタがいるから サビしくありません


 これイジョウを モラえるのなら

 ワタシは ナツかしいウタがキきたい


 ウタってください ナツかしいモノ


 ワタシは とてもオナカがスいていますが

 きっとワタシは ミたされるのです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初遭遇時に主人公の言っていたことが全てだったか。 魔物を食べつくすためにその身を分けた何者かだったと。 [一言] 欠けた三つを願えば…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ