第三十七話 グラディウスの願い
魔物。
数千年前に召喚され、世界のありとあらゆるものを食べて、その姿を真似た異世界の生命体。
最初に呼び出されたときは、粘土の塊のような姿で現れる。
それが周囲に存在するものを取り込み、次々に姿を変えていく。
それを捕らえる術は無い。網や檻、剣や炎すら食べてしまうのだ。
やがてそれは、増える。
様々なものを食べて姿を変えるそいつは、真似た姿の性質や習性まで真似るようになる。
生き物が繁殖する性質を真似たときに、それは爆発的に数を増やすのだ。
数を増やしては何かを食べて、食べたものに姿を変えて、また増える。
そして時間が経つと姿を変えることをやめ、さまざまな生き物や自然物を混ぜこぜにしたような魔物たちが残り、今もどこかで繁殖を繰り返している。
千年前に呼び出されたという魔物も、そうしているうちに前の魔物と区別がつかなくなっただろう。
元からいる生き物と、魔物との決定的違い。
魔物の肉は、食べられない。
木の魔物に成る実も食べられない。
人間だけではない。どんな生き物も、魔物を食べると腹を壊してしまう。
魔物は生物を食べるのに、生物は魔物を食べられないのだ。
そして魔物は、人間を襲う。
何でも食べる魔物だが、基本的には真似た姿の生き物が食べるものまで、真似て食べている。
それが人間を見れば一目散に襲い掛ってくるのだ。
まるで魔物にとって、人間が特別なものであるかのように。
人間を食べて、その姿を真似たいのか。
その姿や習性を真似て、「人間になりたい」のか。
「この世界に存在する魔物は、元は人間だったものです」
女王の言うとおり、私は聞くべきではなかったかもしれない。
召喚魔術で人を召喚したら、魔物になってしまう。
どういう理由でそうなるのかはわからない。
千年前は地球から人を召喚した。
それ以前、数千年前には何を召喚しようとしたのか。
…いや、そのときもおそらく、人を召喚したのだろう。
魔物が人間を襲うのは、きっとそういうことなのだ。
私はこれまでいくつもの魔物を倒して、殺してきた。
もはや人間とは呼べないものだが、それでも元は人間だったというなら話が違う。
魔物が人を殺して食べるのが、許せなかった。
人が死ぬのが、我慢できなかった。
でも、私がそうして殺してきたモノも、人間だったというなら、
私は知らない内に、人を殺してしまっていたのかもしれない。
いや、あれはもはや人間ではないもの、魔物だ。
だから、私は人殺しなんかじゃない。
…そう、思いたいけど、
もう私は、魔物とは戦いたくない。
○
太陽は赤く、潮が満ちてきた海は波の音が大きい。
今日は海風が強いが、いまはそれも心地良い。
今朝も来た、宝石貝が棲息する浜。
夕日に照らされて、一人きりで浜辺に座る。
ここを知っている人は少ないらしい。今は一人になりたかった。
まぁ一人とは言っても正確には、
『今回の封印は短かったな とうとう私に願う気になったのか?』
私一人と、剣が一本。
女王との話の後、一人でグラディウスを埋めた場所まで行き、土魔術で掘り起こしてきた。
こいつのことも話したし、女王に見せないといけないだろう。
だがその前に、グラディウスとは話をしておかなければいけなかった。
「お前には、元の姿に戻してもらうって願うつもりだったんだけどな」
『何か 都合が変わったのか?』
「うん。元の世界に帰る方法が無くなった」
私の目的は、元の姿に戻ることと、元の世界に帰ること。
グラディウスが叶えてくれるのはたった一つ。片方だけしか願えない。
だから元の世界に帰る手段に、召喚魔術をアテにしていたのだが、
どうやら、アテが外れてしまったようだ。
『ふむ では私に願え いつでもお前を故郷に帰してやろう』
「うん。まぁそうなるよな、お前は」
女王は私のために、自分の願いを使ってくれると言っていた。
だから問題はない。
私はいつでも元の姿に戻れるし、元の世界に帰ることが出来る。
けれど、確かめておかなくてはいけないことがある。
この国の召喚魔術は使えない。
だが他の術はあるだろうか。
答えは是。他の手段の存在を証明するものはある。
私だ。
私はたしかにこの世界に召喚された。
魔物になんかなっていない。人の姿であの森に降り立った。
そして他にも、人の姿で召喚された者たちがいる。
魔王に召喚された、魔族たち。
……だから、確かめておかなくてはいけないことがあるのだ。
「お前は、どんな願いでも叶えるんだよな?」
『うむ そうだ』
「誰の願いでも、叶えてくれるんだよな?」
『そうだ』
「たとえばここに貝が一匹いるんだけど、こいつが何か願っているなら、叶えてやるのか?」
『いや 無理だ 人間以外の生き物では 私に何かを願うような意思は無い』
「ふぅん。そういうの、どうやって分かるんだ?」
『私は私に触れる者の心を その者が何を願っているのかを 正しく理解することが出来る』
「…それだとお前に触った瞬間に願いが叶ってしまうんじゃないのか?」
『願いを叶えるには 私に願う確固たる意思が必要だ たとえば声を出せぬ者ならば心で私に強く語りかければいい』
「意思さえあれば、虫とかの願いでも叶えるのか?」
『そんなものには出会ったことはないがな』
「……そっか」
…………、
…いや、回りくどい。
質問はひとつで済むのだ、遠回りをする必要なんてない。
これは、ひとつの答えだ。
ともすれば、私がこの世界に来た理由まで決定付けるような類の問いだ。
この世界の召喚術は、人間をまともに召喚できるものではなかった。
だが、まともに召喚できる術が他にあるという可能性までは否定されていない。
そう考えると、そもそもそんな術を使わずに召喚された者が過去に百人ほどいた。
私一人が例外というのは、可能性としては高いだろうか?
「お前が、私を召喚したのか?」
『……そうだ』
意外、というべきだろうか。
グラディウスは、あっさりと答えてくれた。
「そう、なんだな」
『そうだ 私は 私をあの場から解き放つ者を願った』
答えが出た。
私は、グラディウスによって召喚された。
千年前の魔族たちと同じように、剣の奇跡によって魔物にならずにこの世界に来た。
グラディウス自身の願いによって。
千年封印されていたグラディウス。
誰も居ない森の奥で、ずっと一人で、身じろぎもせずに。
私なら、いやどんな人間も、きっと気が狂う。
こいつは剣だが、
救済を願う心があるのだ。
おねがいだから ここからだしてください
私が奴隷だった頃。檻の中でそんなことを毎日願っていたな。
「なんで私だったんだ? この世界の人間に抜いてもらえばよかったじゃないか」
『私の意思からでは うまく願いを形作ることが出来なかった』
「?? どういうこと?」
『私は 願う者の心を読み取り その願いの形を変換して奇跡を成す だが私は剣だ 本来何かを願うようには出来ていない そのために 過去に叶えた願いを流用した』
「ああ、願う意思が必要ってのはそういう意味もあるのか」
ようするに、人間の心の中にある願いを魔法式に変換する、と考えていいのだろう。どういうカラクリなのかはわからない。だがグラディウスも魔道具なのだ。
魔道具には魔法式が必要で、人の願いは千差万別。どんな奇跡なら願いが叶うのか、その人の心を参照すれば一番確実だ。
魔王が作った奇跡の魔導器。
……ってアレ? そういえばグラディウスの中身って。
「…お前の魔法式、無いじゃん」
魔道具には魔力で魔法式が刻まれている。魔道師が見ればすぐわかるはずなのに。
それは回路でバッテリー。無ければ魔道具は動かない。
それが、グラディウスには描かれていなかった。
「お前、どうやって動いてるんだ?」
『? 言葉の意味がわからんが?』
どういうことだ?
千年前の魔道具というのは、今とは作りが違うのか?
それにしても欠片も魔力を感じないのは変だ。
さっき言ってた人の心の願いに完全依存なのか?
そんな量の魔力が取り出せるとは思えないし、そもそも願いを変換するならそのための魔法式が必ずあるはずなのに。
……まぁ願えば何でも叶えてくれる奇跡の魔道具だ。魔力が無いくらい、いまさら驚くようなことでもないのか。
見れば見るほど不思議だが、オーパーツだのロストテクノロジーだのいうものは得てしてそういうものなのかもしれない。
大体魔道具が自分の意思を持っている時点で、私の理解を超越してしまっている。
「お前を作った魔王ってのは、天才だったんだな」
『そうだな 何せ私を作ってしまうのだからな』
「…………」
ともあれグラディウスは自由を願った。
だが、グラディウスの願いではうまく魔法式を作れなかったようだ。オーパーツといえど万能ではないということか。
だから、過去に使った魔法式を引っ張り出した。
異世界から人間を召喚する願い。
「……魔王の願いか」
『そうだ 「異世界から人間を百人呼ぶ」 それが願いだった その願いの一部を私の願いに利用した』
「人数だけ一人に変えたんだな。…けどそもそも魔王は何のためにそんなことしたんだ?」
魔王は、グラディウスを使ってこの世界を蹂躙した。
世界を蹂躙するのに、異世界の人を呼ぶ必要があるのか。
結局は地球の武器を作って戦争していた魔族たち。
何故その時には剣を使わなかったのか。
一体何がしたかったのか。わからない。
『最初の願いは 戦争を終わらせることだった』
「戦争? 戦争を起こしたのは魔王じゃ…っていうか終わらせたのか?」
『うむ 私は戦争の中で作られた 人間の言う魔王 フルーレの手によってな』
「フルーレ? それが魔王の名前か」
『そうだ フルーレの願いによって 戦争は終わった』
「待て待て待て。魔王の願いは異世界人の召喚だろ。どういうことなんだよ」
『そのときはまだ 一人が何度でも願いを叶えられたのだ』
いいのかよそれ。チートじゃねぇか。
すげぇな魔王。制限なしの奇跡の剣作ってやりたいほうだいじゃないか。
「それで、戦争が終わってどうしたんだ?」
『次の願いも 戦争を終わらせることだった』
「…は?」
『その次は戦争そのものを永遠に失くしたが その願いは次の願いで取り消された』
グラディウスがいままで叶えた願いを語る。
そうだ。
この剣は魔王と魔族たちの側で、願いを叶え続けてきた。
誰よりも真実に近いはずだ。
グラディウスが、真実を語る。
○
千年前に、優秀な魔法使いがいた。
魔王は国に仕える一人の魔法使いだった。
長く続く戦争に終止符を打つために、人々の期待を一身に受ける天才だった。
やがて魔王は、奇跡を生んだ。
この世の全てを変えうる魔導器を生み出した。
それがグラディウス。
全人類の希望になるはずだった。
魔王は戦争の終結を願った。
願いは叶い、すぐに終戦条約が結ばれ、戦争は終結した。
そしてすぐにまた戦争が始まった。
魔王は願い、すぐに終戦条約が結ばれ、戦争は終結した。
それでもすぐにまた戦争は起こった。
魔王は戦争行為そのものを否定した。
二度と戦争が起こらない世界でも、人間は血を流すことをやめなかった。
抵抗も出来ない人々を襲い、人間は略奪を繰り返した。
すぐに戦争を否定した願いを取り消し、魔王は考えた。
戦争が、なくならない。
争いごとをやめてくれない。
人間が血を流すことを、止める方法がわからない。
魔王は考え、思いついた。
わからないことは、人に聞けばいい。
だがこの世界の人間は駄目だ。争いごとをやめようともしない。
戦争を否定する人たち。
争うことを、やめた人たち。
この世界の人間が駄目なら、別の世界の人間に聞けばいい。
そうして異世界から百人ほど人間を召喚した。
異世界の人間とは言葉が通じなかったが、魔王には剣の奇跡があった。
次の願いで、世界から言語の壁が消え失せる。
最初は戸惑う異世界人たち。
だが、剣さえあればいつでも帰ることが出来る。
異世界人たちも、すぐに順応した。
召喚された場所は寒くて堪らなかったが、剣に願って常夏にした。
たぶん、白の国があるこの島の話だ。
剣の奇跡に気をよくした異世界人たち。
この奇跡で叶えることが出来ない魔王の願いを聞いたとき、異世界人たちは魔王の意思に賛同した。
異世界人たちの案で剣を使い、まずは世界中の貧しい者たちに富を与えた。
すると世界には富が溢れた。が、すぐに物の価値が高騰した。
あわてて次の願いで取り消した。
物の価値は、すぐには戻らなかった。
次の願いではバランスを取ろうと、食料を増やすことにした。
最初は首尾よく物の価値が下がり始め、成功したかと思った。
だが不思議なことに、貧しい者たちの下にはいつまでも食料が行き渡らなかった。
飢える者がいるはずなのに、世界中で食べきれない食料が腐敗し、疫病が流行った。
剣の願いで、全て消した。
それ以外にも、思いつく限りのことは試した。
何せ剣に願えばあっという間だ。
トライ・アンド・エラー。
上手くいかなければ、取り消すことも簡単に出来たのだ。
ゲーム感覚だったのかもしれない。
だが、
エラーは、確実に蓄積していた。
その頃からだ。
魔王、という言葉を聞くようになったのは。
魔王とその眷属たちが奇跡の剣を振るい、世界に混乱を撒いている。
人間たちは言う。
何度戦争が終結しても、またすぐに戦争が起こるのは魔王の仕業。
罪も無い町や村が略奪されたのも、魔王の仕業。
ある日言葉の違いが無くなった。
ある日異常気象が起こるようになった。
物価高騰も疫病も、全部すべて、魔王の仕業。
中にはいい結果を残すものもあったのに、
いいことは全て神様のおかげで、
悪いことだけは、魔王の仕業。
人間たちから魔王と呼ばれ、魔族と呼ばれ、過ちに気付いた。
奇跡に頼るべきではなかった。
この剣を使うべきではなかった。
こんな奇跡で願いを叶えても、何にもならない。
願いは叶えばそれで終わり。だが物語はそこで終わらないのだ。
そして叶った願いは歪みを残す。
そんなことを願ったつもりはなくとも、たしかに願ったことが原因だった。
聞くに堪えない噂にも、何も言い返すことが出来なかった。
剣の願いで名誉を回復しようという考えもあったが、結局やめた。
もはや剣に願う気にはならなかったし、責任を誤魔化すようなことを、魔王はしたくなかった。
そうして人間は、魔王に弓を引いた。
きっと知っていたのだ。魔王の持つ剣の力を。
何でも願いが叶うというのなら、願わずにはいられない。
奇跡の力を手に入れようと、人間たちは躍起になって魔王を追い詰めた。
魔王は、剣を封印することにした。
数人の魔族は反対した。願い方を間違えていただけだ。この剣でしか出来ないことがまだまだある。この剣はまだ役に立つはずだ。
こんなことになってしまっても、まだこの剣を使おうという者がいたことに驚いた。
そして恐ろしくなった。
この剣は呪われているのかもしれない。
人間の欲望を露わにして、身勝手に世界を塗り潰す道具。
万が一にも誰かに奪われれば、そのときはどんなふうに世界を変えられるかわからない。
現に仲間にすら、この剣を異常な目で見る者がいる。
剣を封じれば、彼らがどんな行動に出るのかわからない。
だから魔王は、剣に細工をすることにした。
すなわち、
この剣に願うことが出来るのは、一人にたった一つだけ。
この剣が叶えることが出来るのは、全部で108つの願いだけ。
○
あとは、私が知っていることと一致する。
魔王と魔族たちは地球の武器を作り、この世界の人間たちと戦い、敗れた。
勇者なんてどこにも居ない。ただ戦争に敗れた人間が処刑されたという事実があるだけだった。
そして魔族たちは、願い事であの森に剣を封印した。
聞くとあの封印場所は外からは入れないようになっていたらしい。
魔族たちが、何故元の世界に帰らなかったのか。それはわからない。
魔王に弱みを握られていたのか、それとも魔王を見捨てたくなかったのか。あるいは剣の奇跡に執着したのか。
魔王と魔族たちの間にどんな関係があったのか、私にはわからない。
私はどうだ?
この世界の人たちとは、どんな関係がある?
少なくとも私は、私の知る人を見捨てたりはしたくない。
だから剣を封印した魔族たちは、魔王を見捨てたくなかったのだと思うことにした。
でも私は魔族たちと違って、帰ることが出来る。
願いで元の姿に戻してもらったら、女王にグラディウスを渡して、元の世界に帰してもらう。
私がこの世界に留まる必要はない。
……この世界に留まる必要はないが、
元の世界に帰る理由はあるか?
私は、この世界に留まりたくはないか?
元の世界に帰りたいと、本当に思っているのか?
くだらない。
必要とか理由とかではない。
そうするべきだと、私は思っている。
私はこの世界に迷い込んだだけの異邦人。
ここにいるのは、何かの間違いなのだ。
もう一度マスケットと会えたら、私はグラディウスに願う。
元の姿で、
元の世界に、帰る。
「~~~~、~~~」
懐かしい地球の歌を歌う。
また風が出てきた、砂浜を照らす夕日もじきに沈むだろう。
日が暮れる。そろそろ戻らないと。
などと考えながら歌うが、長いこと聴いていないので、歌詞が少しうろ覚えだ。
この世界に来て、6年以上。
元の世界では、歌詞がわからなければインターネットですぐに調べられたのに。
グーグルもウィキペディアもないこの世界に、異世界の歌の歌詞を知る術は無い。
誰に聞いても知っているわけがない。
「~~~~~~、~~~、~~~~」
『………む 一旦歌うのをやめろ 何か来る』
「…ん?なんだよ。この国で魔物でも出るって……」
「………クルゥゥアゥ」
ゴ ウ ッ
と、強い風が吹いた。
●
風に乗って懐かしい歌が聴こえて来ると思ったら。
感じるぞ。懐かしい臭いを。
我にはわかる。
感じられる。
なぜなら、我は全てより優れているからだ。
この辺りは、たしか人間たちの国々があるはずだ。
だがこの感じ、人間たちとは違う。特別な臭い。
今も夢に見る。あの懐かしい世界の臭いだ。
はっはっはっはっは、
我に似たものも居るではないか。
いつかの火の鳥とも同じだ。似ている。あれは我と同じものだ。
あの火の鳥もなかなかに強かったが、我には一歩及ばなかった。
あそこにいるのはどうだ?
あの懐かしい世界から来た者は?
いや、言うまい。
どんな存在も、我には遠く及ばない。
我に似たものも、どうせ我ほど強くはない。
なぜなら、我は全てより優れているからだ。
はっはっは、
いるぞ。いるぞ。
たしかにいるぞ。
これは痛快だ。
あれはどういうことなのだ?
人間の姿のままではないか。
我はこんな姿になってしまったというのに。
あの者は人間の姿のままか。
痛快だが、もはや興味は失せたな。
あんな姿では我が軽く撫でただけで、五体が引き千切れてしまうだろう。
相手をすることもない。
だがまぁ、懐かしい世界の人間。同郷のよしみというものもある。
我にはもう言葉はわからんが、挨拶くらいはしてもいいだろう。
ふん、我を目に留めることが出来るなど、光栄に思えよ人間。
なぜなら、我は全てより優れているからだ。
●
「クルゥ…クルルゥゥオゥ」
強風に撒かれた砂が目に入り、手で擦る。
目を開けると、もうそこに居た。
風とともに舞い降りたのは、一匹の魔物。
上半身は、鷲のもので、
下半身は、ライオンのそれ。
大きな翼と金色の毛並み。
図鑑で見たことは無いが、私はこの姿を知っている。
グリフォン。
師匠が倒した翼を持つ蜥蜴は、ドラゴン。
鳥の姿をした火は、フェニックス。
角が生えた馬なら、ユニコーン。
そしてここに来て、グリフォンまで出てきた。
こういう類の魔物は、不思議と図鑑には載っていない。
ならばやはり、こういう類の魔物が特別なのだろう。
魔法を使う魔物。
魔物が出ないこの国だからと油断していた。
魔物は歌に引き寄せられる。
まさかいきなりこんな大物が現れるとは。
グリフォンは私を見て、何事か呟くように鳴いている。
…………、
…魔物。
元は人間だったもの。
どうしよう。
私は、もう魔物とは戦いたくない。
すぐに逃げないと。
でも……、
グラディウスを、握る。
私が、願えば、
この魔物を、人間に戻すことも、出来るのか。
●
ふむ。
遠目に見ていたが、まだ子供ではないか。
それに我に似ているもの。
驚いたな。ただの剣ではないか。
初めから期待はしていなかったとはいえ、これは拍子抜けだ。
話にならない。
つまらないぞ。
…まぁいい。
我は珍しく寛容な気分である。
懐かしい歌を聴かせてもらった礼ということにしておこう。
今日のところは、我の姿を目に焼き付けて置くが良い。
なぜなら、我は全てより優れているからだ。
ほれ、どうだ我の雄姿は。
凄いだろう。
格好いいだろう。
お前など、塵芥の様に吹き散らすことも出来るのだぞ?
はっはっはっは、
この黄金の羽毛を見よ。
すべてを引き裂く爪を見よ。
雄々しい翼を見よ。
凛々しい嘴を見よ。
羨むがいい。妬むがいい。
畏れるがいい。敬うがいい。
なぜなら、我は全てより優れているからだ。
…………………、
なんだ。
なんだ、その目は。
やめろ。
その目をやめろ。
なんなのだ、その目は。
憐れんでいるのか?
この我を?
舐めるな。
侮るな。
畏れろ。
敬え。
なぜなら、我は全てより優れているからだ。
●
風が吹いた。
私の身体が飛ばされる。
思わず目を瞑ってしまったが、
次に目を開けると、
私が居た海岸は、遥か上空の彼方にあった。
全天に海を見上げながら、夕闇の空へと落ちていく錯覚。
海岸が、街が、白の国が、遠ざかっていく。
私の身体は飛ばされて、
たぶん、このまま海に落ちて、死んでしまう。
直しました