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第三十五話 ウルミとエッジとの再会

 緑の髪に踊り子服。こうして見ていても全然変わらない表情。

 ○イジングハートは無いが、間違いなくあのときのお姉さん。


 うん、想定の範囲内だ。

 準備はしていた。剣も隠したし、とりあえず私がお姉さんと初対面だという態度をとっていれば何も問題はない。

 私はあの時とは髪色が違うし、服装も違う。随分と印象が違うはずだ。

 お姉さんとは半年も前に少し話した程度だし、そこまで正確に覚えられてはいないだろう。


「初めまして。知らずに許可無く浜辺で宝石貝(ジュエルシェル)を捕獲していたところをお弟子さんに注意され、こうして謝罪をしに来た者です」

「……あら、あなたどこかで」


 あ、あわわわわわ…、まさかお姉さん覚えてるんじゃ。

 大丈夫だよね? 本当に大丈夫なはずだよね?


「イイエ、ワタシト、アナタハ、初対面デス」

「ひょっとして、前に会ったことがあるかしら?」


 ジーザス。この世に神はいないのか。

 …しょうがない。次の手を考えるか。


 そもそもの問題は何か。

 お姉さんから隠すべきもの、グラディウスはすでに土の下だ。

 私が地球の知識を持つ者だと悟られてはいけない、というのもある。

 だがまず第一の問題は、私の髪色があの時とは違うということだ。

 髪染めの魔術。師匠が作ってくれた嘘。それを無闇に人に知られてはいけない。

 この深緑の髪が染めたものだと知れれば、元の髪色は何色かという話になる。

 髪を染めているとは知れても、魔法が使える黒髪だとは知られない方がいいだろう。

 この国ならバレても問題は無いかもしれないが、そこは念のため。

 正直、まだ黒髪を見られるのは怖いのだ。


「えぇと実はですね……」

「あぁ会ったことがあるねぇ覚えてるよ。あんたらが探してる剣をあたしが見たって話をしたはずさ」

「えぇそうだったわ、思い出した。よく黒髪のあなたが船に乗ってこの白の国へ来れたのね」

「…………」


 …私のことではなかったようだ。


 サイはこのお姉さんと会ったことがあるのか。想定の範囲外だ。

 いつ会ったのだろう。剣のことで話したってことは、お姉さんがグラディウスを探してたときか。

 とにかく私のことはバレていないようだ。このまま初対面ということにしておこう。


「ちょいと魔道師の知り合いが出来たもんでねぇ、こいつに送ってもらったってわけさね」

「へぇ、じゃあ小さい方のあなたは魔道師なのね?」

「え、えぇそうなんです。それでですね……」

「そんなことより師匠っ! オレの話を聞いてくれよっ!」

「そうなのです。ワタシたちはこの人に乱暴されたのです」


 ショテルとハルペが話に割り込む。

 私は喋らせてもらえないのね。まぁいいけど。


「またケンカ? どうせあなたたちが悪いのでしょう。あとでおしおきね」

「ちがっ!? こいつらが白小石の貝を荒らしてたんだっ!」

宝石貝(ジュエルシェル)を? たしかにあそこは一般にはあまり知られていない場所だけど、無闇に取り過ぎなければ問題はないわよ?」

「何百匹も乱獲してたのです! 極悪非道なのです!」


 双子による糾弾が続く。全て事実なので私は何も言えない。申し訳ないばかりだ。

 二百匹ほどの貝を取ったが、結局白小石は2個しか取れなかったし。依頼も失敗だな。後でギルドにキャンセルを出しに行かないと。

 うぅん、私の億万長者計画が…。


「数百匹も? まさか、全て殺して…」

「いえ、二百ほど捕まえましたが、もちろん石を獲ったあと浜に返しておきました」

 宝石貝(ジュエルシェル)はまったくの無害(どころか有益)だが、あれで一応魔物なので貝柱を切ったくらいでは死なない。浜に返せば再生して、また白小石を生み出すのだ。

「さすがにそんな数を獲るのは問題ね。どうしてそんなに沢山…」

「実はギルドの依頼で白小石を10個ほど貰いたかったのですが、結局2個しか取れなくて…。これがその白小石です。お返しします」


 二つの小さな白い宝石を手渡す。

 お姉さんはそれを受け取ると、…何故か首を傾げて、ショテルに目を向けた。


「…たったの2個?? ……それはおかしな話ねショテル?」

「・・・オレハナニモシラナイデス」


 瞬間。お姉さんの手がショテルの頭蓋にアイアンクローをかけた。

 片手で軽々持ち上げられてバタバタ暴れるショテル。

 ちょ、お姉さん?


「どうして二百匹も捕まえて、白小石が2個しか出ないのかしら? 何か心当たりがありそうねぇショテル?」

「いだっいだだだだだっ!! 師匠離してっ!!」

「ショテルが全部悪いのです!!」


 ハルペは逃げた。

 その寸前にサイが反応して、そっと玄関の扉を閉めた。


「どうやら悪いのはあたしらじゃぁないようだねぇ?」

「このクソババーは悪いクソババーだったのです!!」

「ハルペっ!!てめぇ一人で逃げんなよっ!!」

「…えっと、どういうことなんです?」

「いつものことなのよ。この二人がまたイタズラをしたようね」


 ギャースカ騒ぐ双子を、とても冷たい目で見るお姉さん。怖い。

 …わけがわからないよ。



 宝石貝(ジュエルシェル)

 かなり珍しいタイプの、体内で宝石を生み出す魔物だ。

 危険度ランクは無い。一応魔物だが、全くの無害なのである。

 私は図鑑の知識しかなかったが、お姉さんが言うには白の国の近海に多く棲息していて、白小石が豊富に獲れるらしい。

 私たちが潮干狩りしていた浜もその一つで、女王の魔法士、この国の国家魔道師であるお姉さんが管理している土地なのだという。

 お姉さんは国家魔道師だったのか。…ふむ。


 基本的に宝石貝(ジュエルシェル)の棲息する場所は国が管理しているが、ある程度なら自由に獲っていっても構わないそうだ。

 貝柱を切っても殺したりせずに浜へ戻してやれば、勝手に再生してまた数年で宝石を生み出す宝石貝(ジュエルシェル)

 基本的には全ての貝が宝石を生み出し、豊富な資源として白の国の経済を潤している。


 …そう、この貝は基本的に、一匹に一つ宝石を持っているはずなのである。


 図鑑にはそこまで詳しく書いてなかったので私は勘違いしていたのだが、二百匹の貝を開けば二百個の白小石が手に入るはずなのである。

 10個必要なら、10匹捕まえれば済む話なのだ。


 つまりは、


「いいお小遣いだったんだけど、調子に乗って二人で毎日売ってたら白小石全然獲れなくなっちまったんだ。師匠に怒られると思って。そしたらハルペが身代わりを立てるのですーって言い出して…。だから全部ハルペが悪い」

「ショテルだっていい考えだ天才だーって超乗り気だったのです。大体あそこで白小石獲ってたのも、ショテルが始めたことなのです。だから全部ショテルが悪いのです」


 この双子が、宝石貝(ジュエルシェル)を乱獲していた真犯人ということである。


 ギルドに依頼を出していたのはこの二人だったのだ。この国で豊富に獲れる白小石を、相場以上の値段で買い取る依頼主はいない。

 間抜けにもその依頼に飛びついた私たちが、いくら貝を捕まえても宝石が獲れずに途方に暮れる頃を見計らって二人で現場を押さえる。

 そこには大量の貝柱を切られた貝たち。私たちを犯人に仕立て上げて二人掛かりで倒す。という計画だったようだ。

 結局返り討ちにあって師匠に泣きつき、挙げ句に嘘がバレて吊るし上げられている二人は、そんじょそこらの馬鹿とは格が違う。


「今日のおしおきはかなりハードにした方がいいかしら?」

「師匠ごめんなさいっ!!二度としませんっ!!」

「反省しているのです! ショテルはいいからワタシだけでも許して欲しいのです!」

「白小石はまた獲れるけれど、他人様には迷惑をかけるなといつもいつも言っているでしょう」

「「ごめんなさいーー!!」」


 街の広場の木に仲良く縛られて吊るされる双子。広場の人たちもみんな「またあの双子か」という雰囲気である。

 この二人は私たちをハメようとしたのだ。当然の報いだろう。


 それ以上に文句を言いたいところだが、まぁ許してやるとする。

 二人を吊るす最中もお姉さんの表情は全然変わらない。それがまた一層怖さを引き立たせていた。

 どこの弟子も、師匠のおしおきというのは怖いものだよな。ざまぁみろと思うが、少しは同情するよ。


「あたしらも一発入れておいてもいいんじゃないかぃ?」

「やめとけよ。ていうかお前はほとんど何もされてないだろ」

 吊るされる双子を見てニヤニヤ笑うサイ。

 サイは潮干狩りも途中で投げ出してたし、二人と戦ったのは私一人だ。それにお前は無実の罪でいいから一度牢屋に入るべきだよ。叩けばいくらでも埃が出てくるんだしな。


 まぁ何はともあれ、冤罪は晴れた。

 私たちにはお咎め無し。内心ホッとする。


「ショテルは私がおしおきするけれど、ハルペも自分の師から罰を受けるといいわ。いま人に呼んで来てもらっているから覚悟をすることね」

「うわーん!! それだけは勘弁して欲しいのです!!」

「私が勝手に勘弁するわけにはいかないわ。あら、どうやら来たようね」

「うわわーー!!!師匠ごめんなさいなのです!!!」


 ホッとして、

 油断していた。


 心配事の一つであったお姉さんとの再会も済み、白小石乱獲の冤罪も晴れた。

 それで安心して双子の公開処刑をポン菓子でも食べながら見物しようという段になり、広場に訪れたハルペの師匠を見て、驚いた。

 完全に不意打ちだった。


「ウルミ、またチビたちが悪さしたって聞いたんだが…」

「えぇ、今度は浜で白小石を荒らして、その罪をそちらの魔道師さんたちになすりつけようとしたの」


 あまり手入れされずにぼさぼさに伸びた黒い髪は、あの時と変わらない。

 6年経って身体はかなり成長しているが、私はあの顔を忘れたことはない。


「エッジ!!?」

「…うん? だれだ?」


 エッジは私のことなど忘れているだろう。

 名前を呼ばれて私の顔をまじまじと見るエッジ。

 私がまだ奴隷だったころ、私を連れて脱走した少年。

 エッジはやっぱり無事だった。

 ずっとあのときのお礼が言いたかったのだ。

 だから私は、再会の喜びに我を忘れて、周りが見えなくなっていた。


「……いや、まさかあの時の? その髪は…」

「覚えてるのか!? 私だよ!あの時一緒に脱走した! この髪は今は魔術で染めてる……んだけ……ど…」


 サッ、と自分の顔が青くなるのがわかった。

 迂闊すぎて死にたくなる。


「ちが……、これは…あの………」


 エッジは私を知っている。

 私が黒髪で、奴隷だったことを知っている。

 そして今、魔術が使えることも知れてしまった。


   ああ、

       あああああ




 しかしエッジは、

 顔を青くする私を、力任せに抱き上げた。


「無事だったんだなお前!! ひっさしぶりだなぁ!よかった!!」

「ちょ、エッジ痛い」


 私の小さな身体を持ち上げて、高い高いするように回る。


 私の心配は、杞憂だった。

 そうだ。フレイルもそうだったじゃないか。

 ましてやこの国に魔族の差別は無い。

 黒髪も何も無いのだ。みんな同じ普通の人。それが魔法が使えても普通の魔法使いと変わらない。


 エッジは私のことを覚えていた。

 私の身体を抱き上げて再会を喜ぶエッジ。私も嬉しかった。

 やっぱりこの国なら、私も黒髪で大丈夫なのだ。


 そしてあのときのお礼をたくさん言った。

 助けてくれてありがとう。結局私はまた捕まったけれど、今はこうして元気にやっていると。


 あのときなんとか逃げおおせて西の街に向かったエッジは、道中で白の国のお姉さん、ウルミさんに出会ったらしい。

 西の街で私と落ち合う約束のあるエッジだが、黒髪がまともに生きていける街ではない。しかもエッジは脱走した奴隷だ。ウルミさんは放っておくことも出来ずに、エッジはウルミさんの奴隷ということにして、共に行動することにした。

 しかし待てど暮らせど、私が西の街に現れることは無かった。

 やがてウルミさんは白の国に帰ることになった。エッジは諦めようとしなかったが、ウルミさんはエッジの力を白の国の女王のために役立てて欲しいと、白の国に誘った。

 ウルミさんは定期的に青の国に行く用があるからそのときは一緒に私を捜す、という約束の上で、二人で白の国に渡ったそうだ。


「驚いたよエッジ。めちゃくちゃでっかくなったな!」

「お前は全然変わらないな。名前もわからなくて捜すの大変だったんだぞ」

「魔道師に弟子入りして名前継いだんだ。今はメイスって名前だよ」

「へぇメイスか。黒髪なのに魔法が使える奴が、本当にいるんだな。しかもそれがお前だったなんて…」


 積もる話はありすぎる。

 不意打ちだったが、この国で再会出来たことは幸運だったのかもしれない。ここならエッジの生活も心配なさそうだ。

 ハルペの師匠という話だが、たった6年で弟子を取るほどビッグになったんだな。

 ハルペもショテルも木に吊られながら、呆気の表情で私たちを見ている。

 ショテルの師匠のウルミさんは無表情だが……、あれ?

 …無表情なのだが、なんだか様子が変だぞ?


「エッジ。その子が前にも言っていた?」

「ああそうだ。奴隷商から一緒に逃げた奴だ。俺の言ったとおり無事だったろ?」

「ええそう。ということはその子は黒髪なのでしょう? その子は魔族よ。それにその名前…」

「わかってる。すぐに女王のところへ連れて行かないと」

「その前に…」


 抱き上げたままだった私をエッジが下ろすと、ウルミさんが私に手招きをする。

 警戒しつつも広場の中央。ウルミさんと向かい合う。

 ウルミさんは魔法士だが、あの○イジングハートも無ければ杖も何も持っていない。

 はずだった。


初霜(ハツシモ)


 急に、強い力で腕を引かれた。

 肩が抜けそうになるが、おかげでソレを逃れることが出来た。


 私が居た場所。

 地面がいきなり、凍りついた。

 地凍結(アイスフィールド)? いや、凍結縛(フリーズバインド)か?? っていうか、今詠唱してなかったよな???


「…ちょいと、どういうつもりなんだぃ?」

「おい何の真似だ、ウルミ」


 私の腕を引いたのはサイだったようだ。いつの間に居たんだよ。

 今も広場の周りに集まりつつある野次馬たちのように外野で傍観しているのかと思ったが、一瞬の内に私の側に現れたように見えた。素早すぎる。

 私を後ろに置いてウルミさんから庇うように立つ。


「驚いたわ。魔法の発動前に反応したのね。エッジ以外にもソレ(・・)が出来る人がいるなんて考えてなかったわ」

「そいつはどうも…」

「質問に答えろウルミ。何の真似だ?」

「その子を女王の下へ連れて行くのよ。わかっているでしょう?」

「いやわからねぇぞ? 今からでも女王の下へメイスを連れて行くから、そこをどけ」

「あんたらの話に付き合う気はないんだけどねぇ。こいつは今はあたしの財産なんだ。勝手に持っていかれちゃ困るんだよ」

「いつから私がお前の固有財産になったんだよ。…じゃなくて」


 女王ってこの白の国の女王だよな? 私を連れて行く? 会えばいいならすぐにでも会うが、ウルミさんの方は私を危険視しているようだ。私を拘束しようとしている。

 当然か。私は魔法が使える魔族なのだから。

 いやでも、この国には奴隷がいない。黒髪も普通の人なら、私も普通の魔道師ということにはならないのか?

 それに危険な人間をわざわざ女王に会わせるだろうか。


 ていうかウルミさん。無表情なのはともかく無詠唱は反則だろ。そういえばショテルも変な魔術の使い方を…。この国の魔法士ってのは無詠唱魔術を使うのか? そんな馬鹿な話があってたまるか!

 杖を構える。氷魔術を反転させる準備。

 確かめてみよう。


「やめろメイス。ウルミも。これ以上は許さねぇぞ」

「やっちまいな。この女イケ好かないよ」

「攻撃はしない。防御だけだ」

「………餅霰(モチアラレ)

アイスボール(氷塊弾)!」


 反転魔術で飛来する氷弾を消す。

 魔術を防御しながらも注意深くウルミさんを、見る。


 やはりウルミさんは、無詠唱で魔術を行使しているのではない。

 ウルミさんが魔力を練ってから、魔術が完成するまでのタイムラグ。

 右手、指が目まぐるしく動いて次々にあらぬ形を作っている。

 手で印を組んで詠唱をしているのだ。しかも速い。

 片手で出来るとは知らなかった。


「……これで間違いないわね。その名前。そして反転魔術。その子はあの裏切り者の弟子よ」

「だからなんだってんだ。これから女王に会わせる。何も問題無いだろうが」

「危険よ。何をしでかすかわからない。拘束してから連行するわ」

「こっちの話も聞いて欲しい……、ねぇ!!」


 サイが走り出すが、ウルミさんの指も動く。

 凄いなアレ。発声詠唱より全然速そうだ。

 というか今度は両手の指がそれぞれ違う形に動いているけど…。


初霜氷雨(ハツシモヒョウウ)


 ………、

 見た。

 たしかに見た。


 ウルミさんの右手の魔術が、地面に凍結縛(フリーズバインド)を放ち、

 もう片方の左手の魔術が、空中に無数の氷弾をバラ撒いた。


「――ヒュっ!!!」

「…!?」


 サイはサイで凍結する地面から逃れ、跳んだ空中で器用に身を捻り氷弾を避けて見せた。同時に投石を放っていたのか、ウルミさんの肩に当たる。

 私は私で、あわてて広場の周りに飛んでいく氷弾を反転させる。危ねぇ。

 重心がどこにあるのかわからないような回転の仕方で全ての魔術を回避して着地するサイ。ちょっとくらい当たればよかったのに。相変わらずふざけた戦闘能力だな。

 傍から見ているとよくわかる。サイは相手が次に使う魔術を事前にわかっているような動きをしているのだ。ウルミさんの魔術が形になったときにはもう回避が済んでいて、同時に反撃まで行っている。

 予知能力でもあるのかあいつは。どうりで魔法が当たらないわけだよ。

 素直に凄いと思うが、それより今はウルミさんの魔術だ。


 同時に二つの魔術を使った。


 ウルミさんは、片手で印を組むことにより詠唱を行っている。

 それを両手でやって見せた。

 それぞれの手で違う魔術の印を組めば、同時に二つの魔術を使うことも出来るのか。

 私は印を組む詠唱は無理なので、あれは真似できない。

 真似できないが……、


「…そこまでだウルミ」

「おっと、…先を越されたようだねぇ」


 サイが更に詰めるより速く、エッジはウルミさんを間合いに捕らえていた。

 エッジの手には、何かの宝石が握られている。

 あれは、もしかして金稀石か? …凄い。初めて見た。

 貴族の邸が買えるほどの価値を持つビー玉ほどの大きさの金色の宝玉。魔道具のようだ。


「それ以上やるってんなら、俺が相手になる」

「その子が女王に危害を加えたら…」

「んなわけないだろ。そんときゃ俺が止めるさ」

「………」


 ウルミさんは無表情に、それでもしばらく逡巡していたが、

 結局ふぅと息を吐いて両手を下ろした。


「…あなたがそこまで言うのなら、もういいわ」

「最初からそうしてくれ」

「……はん! なんだぃもう終わりかぃ」


 サイもつまらなさそうに鼻を鳴らすものの、とりあえず退いた。

 広場に微妙な空気を残しつつも、私も野次馬の皆さんも安堵の息を吐く。


 ふぅ~、やばかった。

 完全に着いていけてなかった。


 サイが本気になれば、ひょっとしたら上級魔術でも避けることが出来るのかもしれない。

 ウルミさんは同時に魔術を二つ放つし。これで杖を持ったらどうなるんだ。

 エッジも、あの金稀石は何かの魔道具、切り札だろう。

 私は動きを目で追うのがやっとだった。

 どうやらこの国には魔物はいないが、化け物だらけのようだ。


「メイス。これからお前を、女王に会わせる」

「さっきから言ってるけど、何なんだ?」


 全て女王から説明される。

 エッジはそれだけしか言わない。

 ウルミさんを見るが、目を逸らしてだんまりだ。

 サイはいつもどおりニヤニヤしているが、じっとエッジを見ている。気になるのだろうか。


「師匠~っ、そろそろ降ろしてくれ~~っ」

「うぅ~、もう許して欲しいのですよぅ~」


 木に吊るされたままの双子が、泣きそうな声で訴えてきた。

 ………師匠二人を含めた全員。完全に忘れていたようだ。



 白の国の女王。


 今からその人に会いに行く。


 ずっと探していたらしい。

 もしも剣が抜かれることがあれば、「魔族」が召喚されてもおかしくはない。

 もしも現れたなら、女王の下へ連れて来ること。

 それが剣を探すウルミさんの、もう一つの任務だった。


 かつて魔王に召喚された、百人の魔族たちと同じ世界の人間。

 魔族たちが遺した物を理解する者。

 純血の魔族。地球人。

 魔力を持つ黒髪。


 ずっと、私を探していたらしい。

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