第三十四話 ショテルとハルペ
「見つかったか?」
「いや、全っ然いないよ。もうあらかた掘り尽くしたんじゃないのかぃ?」
白の国の首都に着いて一週間。
冒険者ギルドの仕事を請ける日が続く。
今日の依頼は素材集めである。というかこの一週間それしかしていない。
この浜辺に棲息するホタテのような二枚貝がターゲットだ。サイと二人きりの潮干狩り。それだけでもテンション下がるというのに、ただ貝を捕まえればいいという依頼ではない。
熊手と籠をギルドで借りてきて、砂浜から貝を掘り出すこと数時間。二百くらいは取っただろうか。とりあえず捕まえに捕まえたが、本番はここからである。
私の握り拳ほどの大きさの貝を籠から一匹取り出し、祈るような気持ちで殻の隙間にナイフを入れる。ナイフを捻り貝柱を切って殻を抉じ開けると、中に誰も居ませんよ。ということも無く美味しそうな身が詰まっていた。
が、肝心のブツは収まっていない。
次の貝も、その次の貝もハズレだ。一つ一つ神に祈りながら開けていく。
二人で50匹ほどの貝を抉じ開けたところで、
「あった!!あったぞ!!アタリだ!!」
「やっと一つかぃ…。50に一つ。こりゃぁ10個も集めるのは大変そうだよ…」
私の開けた貝の中に、真珠のような小さな宝石が納まっていた。
この貝が稀に持っている白小石。それを全部で10個納品するのが今回のミッションだ。
50匹に一つ。単純計算で500匹捕まえなければいけないのか。今のデータは運が悪かっただけだと思いたい。
この国には魔物はいないが、他の国でもギルドの仕事というのはおよそ半分がこういう素材集めの依頼らしい。地味な仕事だよ冒険者。
一昨日は山の中をキノコ狩りだったし昨日は綺麗な鱗を持つ魚を釣っていた。
その魚釣りのときにこの浜辺に宝石貝が棲息していることを偶然見つけた私たちは、まだ誰にも請けられてないこの依頼に飛びついたのだ。
「ちょいとあんた、なんか便利な魔術でこの貝全部調べられないのかぃ?」
「んなこと出来るわけないだろ。さあ早く捕まえた貝を抉じ開ける作業に戻るんだ」
「…それじゃ土魔術でここらの浜辺を一気に掘り起こせないのかぃ?」
「ダメだ。いくら貝でも無理すると中の石ごと潰してしまうかもしれない。全滅させでもしたらもうここで白小石取れなくなっちゃうんだぞ」
「あああ!!イライラしてきたよ!!」
大変な仕事だが、見返りは大きい。10個の白小石を金貨3枚で買い取ってくれる。相場の3倍だ。
納品するより多めに取った素材は私が魔道具にして売る算段になっている。そこらの石コロじゃまともな商品にならないしね。こないだの魚の鱗なんてなかなかいい素材だった。この白小石も私に掛かれば高価な魔道具に出来る。
「そこらの石っころじゃぁダメってのが納得いかないよ…」
「素材の魔力容量とか色々あるんだよ。黙って仕事しろ」
「魔術ってのも便利なばっかりじゃないんだねぇ。いっそあたしがまとめて素材を取ってくるから、あんたが片っ端から魔道具にすればいいんじゃないかぃ?」
「数だけあっても手が足りないんだよ。一個作るだけで数日以上掛かるもんなんだぞ。私が過労死するわ」
10個の白小石を魔道具にしようと思ったらジェバンニでも一晩じゃ無理だ。それにこうしてギルドの依頼を請け負えば、私たちの信用があがる。
昼間はこうして二人でギルドの依頼を受け、夜は私は魔道具製作、サイは酒場で働いている。この国に来て日の浅い私たちは金融を利用することも出来ないので地道に稼ぐしかない。
まずは生活の基盤を築かないと。真面目に働いて信用が上がればお金を借りることも出来る。そうなればもっといい魔道具の素材を買うつもりだ。お金さえあれば魔道具製作も軌道に乗るのだ。そしたら億万長者はもうすぐ。私の計画は完璧だ。
「お、もう一つ出てきたよ。アタリさね」
「やっと二つか。あと八つだな」
「………二百匹も捕まえて、結局二つかぃ」
サイが大きく溜め息をつく。と、おもむろに持っていた貝を思いきり放り投げた。
海にトプンと落ちる貝。そこに小さなサメのような魚が跳ねてバリボリと貝を食べる音が響いた。貝ぃーーー!
「やめだやめだ。今日の依頼はやめにするよ」
「おいサボんなよ。砂浜から貝を掘り出す作業に戻るんだ」
「ここいらにゃもういないよ。この一週間の蓄えがあるんだ。別に食うに困ってるわけでなし、一日くらいサボったってバチは当たらないさね」
砂浜にゴロンと寝転がり寝息を立て始めるサイ。労働に従事できるタイプの人間ではないようだ。この野郎。満潮になっても起こしてやるものか。
役に立たないオバハンに見切りを付け、一人で貝を掘り出す作業に戻る。
しばらく頑張るが、全然いない。指の爪くらいの小さな個体はたくさんいるが、大きく育ったものでないと白小石を持っていないらしい。
やはりあらかた掘り尽くしたか。いい加減しんどくなってきた。こりゃぁダメかもわからんね。
「おいおまえらっ! ここで何してるんだっ!」
「ここで宝石貝を取ってはいけないのです!」
小一時間ほど砂浜を掘っていると、そんな風に声を掛けられた。
いつの間にか人が来てたのか。気付かなかった。
「うわっ、オレたちの白小石がっ!? なんてことしてくれてんだっ!!」
「……酷いです。こんなに乱獲するなんて!」
ぎゃーぎゃー文句を言う二人は、子供だった。
私よりもいくつか年下だろう。兄妹と思しき二人のお子様が私たちを指差して何事か喚いている。
シャツと短パンの男の子と白のワンピースの女の子。二人とも同じ顔をしている。双子だろうか? 肩まである髪を、男の子の方はひとつ、女の子の方はふたつ、短い三つ編みにしている。
男の子の方は薄紫の髪。
女の子の方は、黒髪だった。
うん、微笑ましい。一週間この国にいるが、こうして黒髪でも家族仲良く暮らしている様子をたまに目にする。その度この国に来てよかったと思う。
しかしこの二人。どうやらこの場所で貝を取ることに腹を立てているようだな。
私たちは人知れず浜辺で潮干狩りしているだけのつもりだったが、知らずに子供たちの秘密の場所を荒らしてしまっていたようだ。
「ショテル! こんなやつら、やっつけてしまうのです!」
「やるぞハルペっ! 師匠に教えてもらった魔術を使うときがとうとう来たぜっ!!」
ちょ、なんか悪即斬な雰囲気。
私は悪ではない。俺は悪くねぇ。
悪いことをしたならおねーさん謝るから話を聞いて。
「えっと、ごめんなさい。君たちの場所だって知らなくて。謝るからちょっと落ち着いて…」
「「問答無用!!」」
二人が構える。どうやら話は聞いてくれそうにない。
魔術がどうのとか言ったな。黒髪の女の子の方はともかく、紫髪の男の子は魔道師か?
女の子は木製のメリケンサックのようなものを手に嵌めている。男の子が持っている木の棒は杖だろう。なるほど、武闘家と魔法使いってとこか。
男の子の杖を見る。
あれ? 中身が無いぞ? あれただの木の棒じゃないのか?
などと私が思っていると、男の子は長々と詠唱を始めた。やっぱり杖じゃないのか。省略してないから時間掛かりそうとか以前に、詠唱が間違っている。式が矛盾してるからあれじゃ魔法が成立しないぞ。
男の子の方は放っておこう。
女の子の方はメリケンを両手に走り出した。獣を思わせる俊敏な動きでこちらに向かってくる。鍛えているようだが、サイの動きに比べると獣というより子猫だな。
女の子の方が相手を牽制し男の子の魔法で決めるという戦術だろう。男の子の魔法は期待出来そうにないが。
うーんどうしよう。子供相手にケンカもないと思うし、どうやら私の方に非がありそうだ。けど殴られるのも嫌だし…。
一瞬だけ考え、やはり殴られるのは嫌なので杖を構える。今の私には高性能な杖がある。水と氷魔術はお手の物。落ち着いてくれるまで加減して相手することにしよう。
威力を弱める詠唱を足した水魔術を放つ。
「水圧弾」
「甘いのです!」
女の子は私が放った水弾を横っ飛びに避けて見せた。
威力を弱めているとはいえこの距離で魔法を避けるとは。
着地と同時に一回転して、今度はジグザグに横移動を加えて向かってくる。
…動き難い砂浜でのフットワーク主体の立ち回りは不利だというのに。
「白小石のカタキなのです!!」
「………地凍結」
「ぎゃンっ!??」
砂浜に氷を張ってやると、無理な横移動を繰り返す女の子は思い切り滑って、氷に頭を打ちつけた。
「きゅう……」
女の子は戦闘不能になった。
……私がやっといて何だが、あんな勢いよく頭からすっ転ぶとは思わなかった。動きを止めるだけのつもりが、ケガをさせてしまったかもしれない。
「ハルペのカタキっ!! 乱気流っ!!」
男の子が失敗の魔術を放つ。
魔法式が歯抜けだから不発するよ。
と、私は思ったのだが、男の子の魔術は完成していた。
バカな!? 私があんな簡単な詠唱を読み間違えるなんて!?
ゴウッッ!! と、油断していた私に風の奔流が吹き付ける。
四方八方から吹く強風に煽られて立っていられない。
盛大に砂が巻き上げられて目に入る。視界を奪われてしまった。
…ブラフか。
私に間違いの詠唱を聞かせ、油断を誘ったのか。魔法紙を持っていたか、何らかの方法で魔術を行使するのを私に悟らせなかったのだ。
認識を改めなければ。この二人はただのお子様ではない。
この風魔術も、私を倒す決定打ではないな。
私の足を止めたのか。ならば決め手は別にある!
「爆散水!!」
「へきゃあっっ!!??」
小さな水弾を雨とぶちかます魔術だ。
クレイモア地雷のような水魔術に悲鳴を上げる女の子。
転んで頭を打って気絶したと見せかけて、この風と砂埃の中で動けない私にトドメを刺すつもりだろうがそうはいかない。
こちらも範囲魔術で相手の動きを封じる。砂埃が止んだら反撃してやる。
「いぃぃだだだだだいたいたいたいたいやめてやめてやめてやめて!!!!」
「ひぃぃいいいいいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
砂埃で何も見えないが、男の子と女の子の声のする二方向へ交互に爆散水を連射する。
制圧射撃の水弾を受け、男の子と女の子の悲鳴が続く。だが油断できない。それすら私を欺く罠かもしれないのだ。今も無表情に悲鳴の声音を作り、砂埃の向こうから私の首を狙っているのだろう。
チャンスを与えるな。
とにかく相手の動きを止めておかないとこっちがやられる。
私の目論見通り、爆散水の散水によってみるみる砂埃が晴れていく。風も二人の悲鳴も、もうとっくに止んでいた。
さぁ、反撃開始だ。制圧射撃を続けながら、有効な魔術を選択するため二人の位置を確認する。
…………、
男の子も女の子も私の水魔術をまともに受けて倒れていた。
なすがままに水圧に押され、大量の水を含んだ砂浜に半分埋もれている。
水魔術を連射する手を止めた。
二人ともピクピクと痙攣して、白目を向いていた。
……どうやら、さっきの悲鳴は本物だったようだ。
…………なんか、ゴメン。
○
「うぅ~、急に足が滑って頭に星が飛んだのです…。次に気が付いたと思ったら滝みたいな水に打たれて、わけわかんなくて怖かったですよぅ…」
「やっと魔術が使えたと思ったら砂で何にも見えなくなっちまって…、かと思ったら正面から津波みたいな水が襲ってきて、わけわかんなくて怖かったぜ…」
ちょっとしたイレギュラーにカッとなってしまい、地元の子供たちをボコってしまった。そもそも私は始めから謝るつもりだったのに。
でも先に手を出してきたのはあんた達なんだからね!と正当防衛を主張する方向で考えてみたが、あの浜辺は二人の師匠である人物が所有する土地だという旨を説明されてあわやブタ箱か口封じかという考えに変わった。
その辺りでいつの間にか私たちの魔術の効果範囲の外まで退避していたサイが戻ってきた。寝てたんじゃないのかよこいつ。
サイも二人の口を封じる方向で考えていたようで私はハッとする。私はいつの間にサイと同じことを考える外道になっていたのか最低だ俺ってと考え直し、やはり二人の師匠だという人物に誠心誠意謝罪することにした。
「言っとくけどおまえらなんかじゃオレの師匠には全然敵わないんだからなっ!」
「ちょっと腕が立つようでも、ワタシの師匠に掛かれば秒殺なのです!」
二人はその師匠さんの下で修行する戦士と魔法士だと名乗ってきた。
その師匠さんは魔術だけでなく格闘技も教えているのか、と思ったら、
「オレの師匠に掛かれば瞬殺だっ!」
「ショテルの師匠よりワタシの師匠の拳の方が速いのです」
「何言ってんだっ。ハルペの師匠よかオレの師匠のが強いに決まってらぁっ!」
「師匠は誰にも負けないです。もし戦ってもショテルなんかの師匠に負けるわけないですよ」
「おまっ、オレはともかく師匠を悪く言うなよなっ!!」
「くやしかったら一度でもワタシに勝ってみるといいです」
「くっそぅっ! 師匠に杖さえ借りれりゃおまえなんか瞬殺なんだからなっ!」
ケンカを始めた二人の会話を聞くと、どうやらそれぞれ違う人に師事しているらしい。男の子のショテルくんには魔法士の師匠、女の子のハルペちゃんには戦士の師匠がいるようだ。この国では魔道師のことを魔法士と言うようだ。戦士は剣士と違って剣だけを使っているのではなさそうだな。
で、私はどちらの師匠さんに謝ればいいのだろう。
少しでも優しい方の人がいいな。知らなかったとはいえ他人様の土地で養殖中の貝を勝手に取ってしまったことは謝るが、出来れば殺されたくはない。賠償しろと言われればさせてもらうが、命までは差し出せない。
もしも私の師匠のような人なら………、
…ぶるぶる、想像したくない。
「鬱陶しいねぇ。こんな二人、あんたの魔術でちょちょいと埋めちまえばいいんじゃないのかぃ?」
「恐ろしいこと言うなよ。よくそんな簡単に人を埋めようなんて考えられるな」
「……あんたホントいい性格してるよ」
肩をすくめて黙るサイ。付き合いきれないといった感じだ。
もう今日は大人しくしててくれ。
首都の街の入り組んだ道を双子に案内されて歩く。
道中も二人は口喧嘩が絶えない。普通の会話をしているはずなのにちょっとしたことですぐに突っかかり易々と沸点を超える。
かと思えば次の瞬間には消沈して次の話題に、私には兄弟はいなかったが、こんなものなのだろうか? もしくは単にこの二人がアホの子なだけか?
「それにしてもハルペっ。さっき頭からコケて気絶してたのっ、傑作だったぜっ!」
「むか! ショテルの魔法だって何の役にも立たなかったのです!」
「何言ってんだっ、オレの魔法はちゃんと相手を足止めしてたんだぜっ! 何も出来なかったハルペと違ってなっ!」
「そもそもあんな魔法、最初からワタシまで巻き添えにするつもりだったとしか思えないのです。ショテルの無駄な魔法のせいで服の中まで砂だらけなのです。罰としてショテルが洗うです」
「オレが魔法出すタイミングで余裕で避けてみせるのです~とか言ってたのはハルペだろっ。それがドジって寝てっからいけないんだっ」
「まぁまぁ落ち着いて。悪かったのは私なんだから。謝るからさ」
「「いまさら遅い!!」」
遅いも何も私は最初から謝っていたはずだ。相変わらず私の話は聞くつもりはないようだな。妙なところは息が合う双子である。
などと言ってる間に、目的地に到着したようだ。
首都の中心に近い場所だろうか。いまだに道がよくわからないのではっきりしないが、この街で珍しい二階建ての家だった。
それ以外には変わったところはない。木造二階建て。それほど大きいということもなく、その周りの家とも大きく違うところはない。
「ふふん。覚悟しろよっ。師匠に頼んでお前なんかコテンパンにしてもらうからなっ!」
ショテルが言う。ということは、ここはショテルの師匠である魔法士の家ということか。
ショテルに続いて私たちも中に入る。
部屋は書物や紙束で溢れていた。大きめのテーブルの上にも本の山が出来ていて、申し訳程度に空けられたスペースにまだ湯気の残るカップが一つ置かれている。
「師匠っ!師匠っ! ちょっと降りて来てっ!」
ショテルが二階にいるのであろうその師匠さんを呼ぶと、奥の階段からトントンと人が降りてくる音が聞こえてきた。
「騒がしいわねショテル。白小石は取って来れたの?」
気だるそうな女の人の声。
ショテルの師匠は女性ようだ。声からしてかなり若い。
というか、どこかで聞いたような……?
「あらお客さまかしら? はじめまして。弟子のショテルが何かご迷惑をお掛けしませんでした?」
予想より大分若い女の人。
突然の訪問者である私たちに、挨拶の言葉を述べる。
踊り子みたいな露出度高めの服に、緑の髪。
あのときとも全然変わらない表情。
やっぱりフラグは正しかった。
青の国で首都行きの馬車で乗り合わせた、あのお姉さんだった。