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第三十三話 魔族語

 港町を発ち白の国の首都を目指して街道を西に。

 町を出ると田園風景が広がり、さらにしばらく行くと森に入る。白の国では大体山か森を歩くことになる。

 静かだ。遠くの空から鳥の鳴く声が聞こえる以外は私たちの足音しか無い。

 木々の間から赤い太陽が見える。まだ顔を出したばかりの朝日が私の眠気眼を焼く。

 宿を出たのは深夜だ。サイに起こされて眠い目を擦りながら、宿の主人にチェックアウトの書置きを残して、まるで夜逃げするように町を出た。

 船上ではかなり目立っていた私たちのこと、人目を避けて出発しないとここからの行動に支障が出る。

 首都に向かう前にいくつか、人に見られたくないものを処理しておく必要があるのだ。

 その一つというのがグラディウスである。


『まさかまたも封印されることになるとはな…』

「ちょいちょい様子は見に来るよ」


 前に会った白の国のお姉さんはグラディウスを探していた。

 私はあのお姉さんとフラグが立っている。必ずまた会うことになるだろう。

 地球の知識を持つ人間も探していたが、目的まではわからない。情報が足りない。

 お姉さんの思惑がわからない以上、やはりグラディウスは隠しておくのが得策だと考えた。


 街道を少し外れ、森の中の岩場の影にグラディウスを埋めておくことにした。

 サイと交代で土を掘る。スコップが無かったが、ちょうどいいところに剣があった。

 まるでグラディウスでグラディウスの墓穴を掘っている気分だ。なんか凄く酷いことをしている気がする。

 掘った穴にグラディウスを置き、土を被せていく。

 少し斜めに傾けて埋めたグラディウスの柄頭が地面から少し顔を出す形だ。最後に軽く土を掛けて、…うん、こんなもんで大丈夫だろう。

 土からはみ出た柄頭に触れる。


「ごめんな。うちはペット飼っちゃいけないって、お母さんが捨ててきなさいって…」

『やめろ 冗談でもそういうことを言うのをやめろ 惨めな気分になる』


 よし、グラディウスはこれでいい。

 お次はサイだ。


「サイにはもっと深い穴を掘らないとな」

「待ちなよ。なんであたしまで埋める話になってんだぃ」

「いやだって、他に方法なんて無いし、丁度いい機会だし」

「んな簡単に人埋めようとしてんじゃないよ。髪さえ戻せばただの魔族なんだ。この国なら、それでいいだろぅ?」

「土の中はきっと涼しくて気持ちいいぞ?」

「遠慮しとくよ。だいたい土掘る剣はもう埋めちまったじゃないか」

「大丈夫。土魔術使えるから」

「何のために穴掘ってたんだぃ!?」


 いつもの剣に対する嫌がらせだよ。特に意味は無い。

 あわよくばサイもここで亡き者に出来ないかと思ったが、そう簡単にはいかないか。


 しぶしぶ髪染めの魔術を反転させる。

 サイの髪が黒髪に戻った。これでどこに出しても恥ずかしくない黒髪魔族だ。


「はん。これで他の魔道師に見られても安心ってとこだねぇ」

「そうだな。首都についたら仕事と住処を探さないと…」


 普通の魔道師と普通の魔族。

 でこぼこコンビが白の国をゆく。


 

 早朝、というより深夜の出発だったが、首都に着いたのは昼過ぎになった。休憩を入れつつ歩いてきたが、足が棒である。

 人が起きている時間ではなかったので馬を借りられなかったのは仕方ないが、後悔せざるを得ない。

 まぁそれ以前に、奥さまが持たせてくれたお金も残り少ないというのもある。服も買ったし、そろそろ切り詰めていかないと。

 ちなみに私は袖なしのシャツにパレオ。暑くて仕方がないのだ。気候のせいだが、本当に今は秋なのか。

 サイはパレオというよりインドのサリーのような、布を何枚か巻いたような服装。全身を覆うような服でないと傷跡が目立つからしかたないが、まだちょっと暑そうだ。汗臭いから近づかないで欲しい。


 首都の街並を宿を探しながら歩く。

 首都とはいっても、港町と様子はそれほど変わらないようだ。全体を見渡せないので規模はわからないが、広大という印象はない。人は多くて賑やかだが、背の高い建物は一つも無いみたいだ。国土が狭いというのに2階建ての家屋もあまり無い。何か理由があるのだろうか。

 青の国の首都と違って区画分けされていないのか、メインストリートのようなものが無い。こっちは疲れているというのに、曲がり角ばかりで道に迷ってしまいそうだ。地図が欲しい。

 少し歩くと広場に出た。

 …宿はどこにあるのだろう。


「もーダメだ。歩けない…」

「結構歩いたからねぇ。あたしも暑くて敵わないよ。先に昼メシにするかぃ? ちょうどそこに店があるよ」

「どこでもいいから座って休みたい…」


 広場に面したカフェテラスのようなお店がある。流行っているようだ。

 とにかく足を休ませたい。店が表に出しているテーブルがひとつ空いていたので、突っ伏すように座る。

 注文を取りにきた給仕が運ぶ水を飲み、店のオススメを注文した。


 うぅ~足が痛い。首都まではそれほど距離は無かったが、変わりに勾配のあるデコボコ道だった。山と森ばかりというのは本当のようだ。ちょっと舐めてたよ。

 頬でテーブルの冷たさを楽しんでいると、店先の小さな暖簾(のれん)が目に入った。



 [ 冷やし中華はじめました ]



 …………、

 …冷やし中華か。

 食べたいな、冷やし中華。

 冷やし中華は食べたいが、

 私は両の眼を見開いて、その暖簾に穴が開くほど凝視した。


「サイ…、あれ、読めるか?」

「んん? いや、知らない文字だねぇ…」


 ……そうか、

 そうだよなぁ。

 私も、久しぶりに見る文字だもん。

 えっと、じつに6年ぶりになるのか。


 冷やし中華はじめました。

 日本語の、漢字と、ひらがなで書かれていた。


 すぐに店の人に聞くと、あの文字は誰にも読めないのだという。

 魔王の城に残されていたという文献に、似た文字で書かれたものが多数あるらしい。

 というかこの[冷やし中華はじめました]という文字列は、魔王の城の門に描かれているものだそうだ。どんな城だよ。

 世界を混沌に落とした大罪人だという魔王の城に書かれた文字を、物好きな人間が意味もわからないまま真似て看板にしたらしい。この店に冷やし中華なんてメニューは無い。

 大罪人の城ではあるが、今となっては歴史遺跡である。だからと観光地として売り出そうとして失敗したときの名残なのだそうだ。現地の人間には多少受けたそうだが、他国の人の目は冷ややからしい。

 魔族の差別がないこの国の人。他国の人とは意識にだいぶ差があるようだ。


 私がこの文字を読めると言ったら驚くだろうなぁ。

 これはたぶん、魔王に召喚された魔族たち、地球人が書いた文字だ。何考えてたんだその地球人たちは。

 湧き上がる衝動をぐっとガマンする。地球の知識はNGだ。


「この文字になんかあんのかぃ?」

「…いや、前にどっかで見たことある字だなぁって」

「ふぅん…」


 そうじゃないか、とは心のどこかで思っていたが、どうやらこの地は大昔の地球人たちによって随分と文化に影響を受けたようだ。その文化を受け継いだままこの国が出来たのか。私の同胞が千年も前にとんだ迷惑をおかけしているようである。

 …まぁ誰も意味わかってないなら罪は無いのか。いやだなぁ、こんな冗談みたいな城。行くのやめとこうかなぁ。

 などということを考えながら、海鮮ちらし寿司を食べるのであった。


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