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第三十一話 魔術戦闘4

また長い上に途中違う視点になります。

 秋の潮風は少し冷たいが、初めての渡航に火照った頬に心地良い。

 大きな帆船が私を乗せて、波を掻き分けて白の国へ進む。


「ふぁ~、なんか久しぶりに凄い気分がいい~」

『わざわざこんな船に乗らなくとも 私に願えば世界中の何処へでも行けるというのに』

「んなことで願い使ってどうすんだよ」

『しかしな…』

「何か問題あるのか? あっても願わないけど」

『……いや』


 刃はついていないとは言え、抜き身の剣を持って堂々と船に乗れるとは、ドクの許可証様々だ。

 甲板で風に当たりながら、旅の道連れである剣と話す。

 いつものやり取りなのだが、グラディウスは珍しく歯切れが悪い。何か気になることでもあるのだろうか?


『気のせい というやつだろう』

「何だそれ?」

『ところで あの女はいいのか?』

「うん? あの女?」

 誰のことだ? 記憶に無い。

『サイのことだ』

「あぁ、あいつのことか。完全に忘れてたよ」

『西の街に置き去りにしたようだが』

「サイは置いてきた。はっきり言ってこの戦いにはついてこれそうもない」

『明らかにお前よりも戦力が上だったように思うが?』

「こまけぇこたぁいいんだよ」


 今朝のことだ。この船に乗る前に、西の街で買い物を済ませておくことにした。

 奥さまが持たせてくれた袋にはとんがり帽子の他に数枚の金貨が入っていた。路銀に持たせてくれたのだ。ありがとう奥さま。

 個人的に必要なものもあるだろう。五枚の金貨のうち一枚をサイに持たせ、私とサイは別行動をとることにした。


 そして私は、そのまま船に乗り込み、

 待ち合わせの場所にサイを置き去りにして、

 役目を終えた渡航許可証を握り締めて、船の上で一人ほくそ笑んでいた。


 渡航許可証は一枚だけ。サイの分は無い。

 二人で一緒に乗れば一枚で事足りたというのに、サイの奴がもたもた買い物してるから悪いのだ。悲しいけれど仕方ない。

 サイのことは、今日を境に忘れよう。

 あいつの分まで強く生きていくことにしよう。

 私、必ず幸せになります!


『ふむ まぁいいが お前は一体誰と戦うのだ?』

「…………」


 そっちはこまけぇことではない。

 どうも白の国の人間は、私とグラディウスを探しているようだ。

 一部の組織なのか、あのお姉さん個人の話なのかはわからないが、とりあえず捕まりたくはない。

 最悪の想定だと国一つを敵に回すかもしれないが。


 …まぁ虎穴にいらずんばなんとやら。

 あのお姉さんも、私が目的の人物だとはわからなかったようだ。髪色も今は深緑だし帽子も袋に仕舞ってある。服装も流行り染めのワンピース。普通の町娘スタイルだ。いきなり捕まるようなことはないだろう。

 いざとなったらグラディウスの願いもある。


「ふぁ~あ、とにかくやっとムカつく奴の顔見ないで済むし、安心したら眠くなってきたよ」

『ここのところお前は寝てばかりだな』

「仕方ないだろ。慣れない野宿とセクハラでちゃんと寝れてなかったんだから」

『私に願えばよい話だ』

「うるさいよ。白の国に着くのは夜だし、ちょっとひと眠りするから適当に起こしてくれよ」

『私にどうしろと言うのだ』

「あ、そうか。私が触ってないと喋れないんだよな」


 まぁいいか。

 ここからは自由気ままな一人旅。

 のんびり行くとしよう。


 一人旅。

 一人、か……、


 いかんいかん。

 思考が変な方向へ流れてしまう。きっと眠い所為だ。

 別に一人というわけでもない。一応グラディウスもいる。剣だが。


 船室に入る。

 この船は客船というわけではないが、旅人が借りられる客室がいくつか用意されていた。

 ドクの奢りは客室込みだ。

 といっても基本的には商船であるこの船の客室。西の街で泊まった安宿の部屋よりも狭い。小さなクローゼットとベッドが一つだけの部屋。これでも一応個室の一等客室である。

 手狭ではあるが、ベッドだけは高級品だ。シーツもふかふかで寝心地は良さそう。サイももう居ないし思いっきり眠れるぞ。

 ひゃっほう。昼寝だ昼寝。着ている服を脱いでルパンダイブでベッドに飛び込む。

 高級寝具の弾力に包まれて、ハンモックのような船の揺れにまどろみ、私は久方ぶりに、本当に安心した眠りについた。



 くー…、くー…、


「ふふん、よく眠っているじゃないか。完全に油断しているようだねぇ。可愛い寝顔してこんな無防備な格好さらしてさ。誘ってるんじゃないのかぃ?」


 ……うーん。


「まったく小さな女の子の胸ってのは神秘だよ。どうしてこんなにあたしの好奇心をくすぐるのかねぇ。たとえるなら水平線の果てに浮かぶ未開の孤島だよ。おや~? よく見ると島は二つ浮かんでいるようだねぇ?」


 ………うぅぅ~~ん。


「ははん、あれはもしかしたら新大陸かもしれないよ。どれ、すぐに上陸の準備だ。どちらの島に着けるか、これは迷うよ~?」


 ………う゛うぅぅん、…ん?


 …ハッッ!!?


「うん、決めたよ。今日は右のちく……」

「……む、むがっ!??」

「おや起きたのかぃ?」


 目が覚めると手足を縛られていた。

 荒縄でがっちり縛られて両手両足の自由が利かない。口にも布が噛まされていて、シャツが盛大に捲くられ私の控え目な胸が露わになっていた。

 そして目の前には変態ロリババァ。

 ベッドの上で私と添い寝していた。

 なんでこいつがここにいるんだ???

 ていうか何この状況!? 動けない!やばいって!!


「あたしがここにいるのが不思議かぃ? 指名手配されてんのはあんただけで、あたしは普通に船に乗れたのさ。あんたが染めてくれたこの緑髪のおかげで金さえ払えば簡単に乗せてくれたよ。こうしてあんたにおしおきしてやるために、今まで隠れていたのさ」

「もがーっ!? もががー!!」

「何言ってんだかわかんないよ。そんなことより、よくもまぁこのあたしを置き去りにしてくれたもんだねぇ。えぇ?もう容赦しないよ」


 いままでは容赦していたとでも言うのか。

 私が寝入るまでどこかで見ていたのか。まさか隠れて船に乗っているとは。普通に船に乗ろうと思ったら部屋無しでも金貨一枚ほどは必要なはずだ。そんな金何処に…って私が持たせたんだった。

 私の耳を引っ張るサイの指が、スッと耳を放して顎のラインを撫でる。イヤらしく私の肌を這いずり回る。ぞわわぁ…。

 そっちに気を取られていると、今度は足を絡ませてきてロクに身じろぎも出来なくなってしまった。

 文字通り手も足も出ない。口も塞がれてしまっては魔術も使えない。


 今まで見たことも無いくらい信じられないほど嗜虐的な笑みを浮かべるサイに生理的な恐怖で全身総毛立つ。

 舌なめずりをするサイの鋭利に割れた口の端が怖い。

 あわわわ、こいつ本気(ガチ)か?

 ガチレズでロリペドの変態ババァの腕の中でまな板の上の鯉状態。

 絶体絶命過ぎる。

 やっ!ややややめてやめてやめて!!

 肩を撫でるな背中を摩るな腋を擽るな腰を撫反るな尻を揉むな!!

 舌で肋骨を舐めるなベロでヘソを突くな味覚で私を味わうな!!!


「んむぅ…!! むぅっんうぅ……!!!」

「どうしてくれようかねぇ~。ここであたしが大人にしてやろうか?」

「むうううううぅぅぅぅ!!!!」


 私のヘソの周りを撫で擦るサイの手がゆっくりパンツの中に!!??

 ちょ、ゴルァっ!!マジでやめろ!!!!

 R-18になるだろうが!!!!

 信じられない!こんなところでクソババァの慰みものか!?ふざけろ!!


 無理無理無理無理!!

 放せ放せ放せ放せ!!!

 そんなところに手を入れるな!!

 そこだけはやめろ!!!

 やっていいこととやっちゃいけないことがあるだろうが!!!

 フレイルにだってまだそんなところ…、お願いやめて!!!!!







 ズズン………!!!!!!!!





 船全体を揺らすほどの大きな衝撃に助けられた。

 突然の横揺れにサイと二人してベッドから勢いよく投げ出され、縛られたままの私は受身も取れずクローゼットの角に側頭部を強打した。痛すぎる。

 サイはサイで部屋の扉のドアノブが脇腹に刺さったらしく、痛そうに呻いていた。

 ぐわんぐわん揺れる船体に、三半規管が悲鳴をあげる。

 吐きそうな気分だが、助かった。この物語が18禁にならずに済んだ。

 私は縛られているので立つこともできない。床に転がって身じろぐばかりだ。

 サイは何とか立ち上がるが、私もサイも混乱している。一体何が起こった?


 船体はいまだ大きく揺れている。

 座礁でもしたのか。砲撃でも食らったのか。そんな感じの揺れだった。

 窓の外から警鐘が聞こえる。やはり何かあったようだ。


「もががーっ!!もがーっ!!!」

「こいつは穏やかじゃなさそうだねぇ。…ちっ、いいとこだってのに。こんな海の真ん中でトラブルなんて、逃げられないじゃないか」


 言いつつすぐに私を担ぎ走り出すサイ。

 グラディウスを忘れていないのはしっかりしているが、ちゃっかり私の服を忘れている。ふざけんな!早く縄ほどけ!


 部屋を出るととんでもない騒ぎだ、乗客乗員はもう上を下への大パニック。

 誰もが何処へ逃げていいやらてんでデタラメに走り回っている。揺れる船体にバランスを崩して倒れる人もいて危なっかしい。

 半裸の幼女を担ぎ上げ抜き身の剣を持つサイを見ても、誰も気にする余裕は無さそうだ。


「もがむぐがっ!!んむががっ!!」

「大人しくしてなよ。あんたは大事な金ヅルなんだ。何かあっちゃあたしが困るんだよ」


 サイはそのまま混乱の渦を走り抜けて甲板に出た。

 外は外で乗員達が必死で走り回り、あちこちから怒鳴り声が聞こえる。


 真上には快晴の空。太陽は一番高い位置にある。

 その空を、水の塊が飛んでいた。


 推定1000リットルの巨大な水の塊が次々に飛んできて、デッキに命中した水が船員を巻き込む。幸い死んではいないようだが、あんなのまともに当たれば人間なんてぺしゃんこじゃないのか?

 船に命中しなかった水の塊も、海面に波を起こして船を揺らしている。ひとつが船体に命中したのか衝撃があった。1tほどの水をぶつけられて船体に傷がつくとは思えないが。頑丈な船であることを祈る。


 何が起こっているんだ?

 水の塊が飛んでくる方角を見るが、水平線しか見えない。

 わけもわからない内に、水の塊の雨も止んだようだ。


「一体全体どうなってるんだぃ? おい!ちょいとそこの!!」

「うわあっ!!また来るぞ!!」


 サイが手近な船員に声を掛けると、その船員が叫ぶ。

 直後、船全体をさっき部屋にいたときのような大きな衝撃が襲った。


 大きくバウンドして床に叩きつけられそうになる私をサイが受け止める。

 わけがわからない。さっきから不規則で大きな揺ればかり。いいかげん気持ち悪くなってきた。

「来るぞ!!こっちだ!!」

 船員たちがまた叫ぶ。

 あれは、魔道兵器の類だろうか? 船員の何人かは槍のような魔道具を構えてデッキの縁から海面を狙っている。


 べしゃり……。


 いきなり大きな水音を鳴らして、目の前に、

 巨大なイカの足のようなものが降ってきた。

 魔物? こんな海のど真ん中で??


 船員の一人の槍から、イカの足に火の矢が放たれる。

 じゅわっ、と熱したフライパンに水をかけたような音がして、ゲソに命中した火の矢が水蒸気に変わる。

 ゲソにはコゲ目ひとつ付いていなかった。


 他の船員たちの槍からも次々に火の矢が放たれる。

 全てが水蒸気に変わるが、ゲソに傷一つ付けることも出来ない。

 あれは、水の防御膜?


 量産品の魔道兵器の槍はどうやら単発式のようだ。撃ち終えた船員からカートリッジのようなものを交換している。

 船員たちの攻撃が止むとゲソは自らの主の下へ戻っていった。

 巨大なイカの魔物。船体に取り付いているのか。

 リロードを終えた船員たちが船の横腹に張り付いているのであろう魔物に向けて火の矢を放っている。だがおそらく全て無駄だろう。


 この世界にはもちろん、海に生息している魔物もいる。

 海洋棲の魔物と海の只中で遭うのはとても危険だ。船員たちも高価な魔道兵器で武装している。

 だが海の魔物というのは、数がとても少ない。

 底引き網に小さな魔物が掛かることもあるらしいが、海洋棲の大きな魔物に遭遇するなんてこと、まず無いはずなのだ。

 それがよりによって、「こんな魔物」に出会うとは。

 私か?

 私が呪われているのか?


「ついてないねぇ魔物のお出ましかぃ? ほら相棒。あんたの出番だ何とかしておくれよ」


 やっと私の縄をほどくサイ。

 手足が自由になり、口を塞ぐ布も外される。

 床に降ろされて自分の足で立つが、ふらふらしているのは船が揺れている所為でも船酔いがキツイわけでもない。



 ヤバイ。



 ヤバイヤバイヤバイ。



 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。



 ふざけんな。

 ふざけんなよ!!


 私は、まだこんなところで死ねないんだぞ!!!


 なんでよりによってあんな魔物。


 ドクとの約束があるのに!


 マスケットと会わなくちゃいけないのに!!



「う……ぅぅ………」

「おいどうしたんだぃ?青い顔して。船酔いかぃ?」


 水弾を飛ばしてきた。

 水の膜で火を防御した。


 間違いない。

 あれは、ドラゴンだ。

 師匠が言ってた、ドラゴンと同じ魔物だ。



 ()()()使()()()()だ。



 絶対に戦うなと言われた。

 キチンと準備して作戦を練れば危険度ランクSの魔物を相手に出来る私でも、

 戦えば命は無いと言われた。


 師匠が言うには、この世界にはランクSすら到底及ばない、特別な魔物がいるらしい。


 角のある馬。

 鳥の姿の火。

 そして、翼を持つ蜥蜴(とかげ)、ドラゴン。


 それらは自在に魔法を操り、天変地異を起こすほど強大な力を持っているという。

 師匠の極星皇雷(バベルカラミティ)も、元はドラゴンの使う魔法だったのだ。


 その三匹は過去の英雄が倒すことに成功した。

 それぞれ一匹限りの魔物だった。

 もう魔法を使う魔物なんて存在しない。

 だが、もし「それ」に遭遇したら、

 全力で逃げろ。


 アレが、その類の魔物だとしたら…、

 あの、この世の終わりみたいな魔法と同じような力を持っているとしたら…、



「離れた!!また水が来るぞぉ!!!」


 船員達が叫ぶ声で我に返る。

 ぼけっとしてる場合じゃない!すぐに逃げないと!

 でもどうやって? ここは海の真ん中だ。

 何とかして逃げないと。どうにかして逃げないと。

 土か金か氷の魔術でイカダでも作って、海流や風を操りここを脱出するか。

 私一人で? 



 周りを見る。

 私の顔を覗き込むサイ。

 慌てふためき、走り回る船員たち。

 そしてこの船の中には、まだまだ大勢の人が乗っている。

 みんな、アレがどういうものなのかわかっていない。

 このままじゃ、船ごと海の藻屑になる。

 何もわからないまま、みんな死んでしまう。


「う…、ううぅぅうううぅぅぅぅ!!!」


 ひとしきり唸って、思い切り自分の頬を張った。

 ぱしんっと音が鳴ったが、膝の笑いが止まらない。

 構わない。覚悟を決めろ。

 出来ることをしろ。やれることを考えろ。

 みんなを守れ。蒼雷の弟子。


「サイ、グラディウスを預かっておいてくれ!」

「あ、おいちょいと!!」


 怒鳴り散らす船員たちに挟まれながらデッキの端に乗り出し海を見る。

 …いる。数キロ離れた海面から三本、さっきのイカ足が顔を出している。

 ゲソからまたいくつも水弾が生み出され、まとめてこちらに飛ばしてきた。


 あんなでかい水の塊、反転させても簡単には消しきれない。放物線を描いて飛んで来た水弾の一発が船腹に当たったようでまた揺れる。船体が持つかどうかは祈るしかない。

 時間は掛かるがやるなら上位魔術だ。

 4つ5つと次々に飛んでくる水弾に大きく揺れる船上で、なんとか魔術を完成させる。

 詠唱完了!


召雷(サンダーボルト)!!」


 ゲソに向かって雷を降らせた。

 この距離で私が使える魔術では一番威力がある。

 これでダメなら、私では、もう…。


 だから言うな。

 誰も言うなよ。

 絶対にあの言葉を言うな!


「……やったか!?」


 …………、

 わざわざ私の横まで来て、大勢の船員たちが沈黙を守る中、それ(・・)を言ってしまう船員の一人を力の限り睨みつける。

 こ…の……!!!!



 直後、船全体が、それまでよりさらに大きな衝撃に揺れた。

 船員たちも宙を飛び、私は怪物のいる海に投げ出されてしまった。




 大きな衝撃と海水の味。

 三半規管はすでに役に立たない。

 私は自分の身長の何倍もある波に巻かれて、死を覚悟した。


 上も下もわからないし身体はデタラメに回転してわけがわからない。

 上半身と下半身が全然違う方向に引っ張られて、身体が捻じ切られそうだ。

 明るい方が水面だとはわかっているが、私の身体は暗い方へと吸い込まれていく。


 視界の端で、なんとか船を見る。

 海面下からはどうなっているのかわからない。みんな無事なのだろうか。

 何とかしないと。どうにかしないと。

 でも、水の中じゃ詠唱も出来ない。

 魔術が使えなければ、私はただの小娘だ。

 何も、出来ない。


 そして、そいつを、見る。


 暗い海の下にいる、巨大なイカの魔物。

 姿形はそのものイカだった。

 8本の足、2本の食腕、長い頭に三角頭巾。

 大きい。20、いや30メートルはあるかもしれない。足を伸ばせばどれくらいになるか。

 まるで誕生日プレゼントに貰ったかのように、海の底から2本の食腕で大きな船を掲げている。


 不思議なことに、姿を見ただけでそうと理解できた。

 こいつだ。

 海に魔物が少ないのは、こいつ一匹の所為だ。

 魔物は他の魔物を襲う。

 こいつが、全部食ったのだろう。


 みんな船ごとこいつに食われてしまう。

 私は無力で、何も出来ない。

 ギリ…と歯噛みする程度だ。


 まさか、その歯噛みの音が聞こえたわけではないだろうが、

 巨大イカの目が、こちらを向いた。


 思い切り目が合った。

 食腕が船から放され、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 船よりも私を先に食べるつもりか。グルメだな。このロリコン。

 逃げようと藻掻くが、こんな流れの滅茶苦茶な水の中でまともに泳げるわけがない。

 結局捕まる。食腕の先の大きな吸盤が足に吸い付いて気持ち悪い。

 それに呼吸が…、息が限界だ。



 魔術も使えない。

 何も出来ない。

 ロクな抵抗も、呼吸すらもう、出来ない。


 ごめんドク、

 約束守れそうにない。


 マスケット、

 もう一度でいいから話がしたかった。


 フレイル、

 ……たすけて。


 くるしい、

 だれか、



 いつものように タダヨっていると

 ナツかしいモノをカンじました


 ワタシとよくニているモノと

 とてもナツかしいモノでした


 オいかけてチカづいてみると ワタシはとてもコマりました

 ナツかしいモノはイれモノのナカ


 これはたしか ノりモノですね

 ワタシはシっています

 ノったこともあったかもしれません


 ワタシはコマりました

 ナツかしいモノはコレのナカ

 ワタシとニているモノもコレのナカ


 デてきてホしい

 ハナシをしたい


 ワタシは とてもオナカがスいています


 このノりモノのナカから デてきてホしい

 スコしツつけば デてきてくれるかも


 ああ でもどうしよう

 ワタシがサワると コワしてしまうかもしれません

 でも アいたい

 ハナシがしたい


 スコしだけ

 ほんのスコしだけ

 ヤサしくツつけば デてきてくれるかも


 ああ ヤめてください

 イタい

 イタい

 ナゼ そんなことをするのですか


 ゴメンなさい

 アヤマります


 どうか オコらないで


 あ


 ああ


 そんなトコロに いたのですか

 ナツかしいモノ

 デてきてくれたのですね


 ワタシはココです

 ワタシのそばにキてクダさい


 ワタシはとてもオナカがスいています


 あ


 あれ


 ナツかしいモノ

 オきてクダさい


 ワタシと ハナシをしてクダさい


 ああ


 ああああ


 どうしよう

 コマりました


 ナツかしいモノを コワしてしまいました


 ゴメンなさい


 ゴメンなさい


 うう


 イタい


 コレは


 ワタシとよくニているモノ

 ワタシに ツメをタてたな


 ワタシのくせに

 ナゼ ワタシのジャマをする


 ヤめろ

 ナツかしいモノを ワタシからトるな


 カエせ


 ヨコせ


 ナツかしいモノ


 イかないで



「……げほォっ!?えほっ!!げぇほっ!!」

「おい起きな! まだ死ぬんじゃないよ!!」


 水を吐いて目を覚ました。

 何度も思い切り背中を叩かれて激しく咳き込む。

 空気。息が出来る。助かった?


「げぇっ…!げほっ……!」

「安心するのはまだ早いよ。ほら前を見な!」


 私とサイは、まだ波うねる海に浮かんでいた。

 周りにはウネウネと動くゲソの群れ。

 そのゲソの中心で、巨大なイカの魔物が苦しそうに身を捩じらせている。

 見るとイカの眉間のあたりに短剣が刺さっていた。


「あいつがあんたを掲げて海面に上がって来たとこに一発お見舞いしてやったのさ」

「……!? 私を助けに海に飛び込んで来たのか? なんで??」

 サイは身一つでここまで来たのか? 私のために?


『お前の願いはもう叶えられないかとヒヤヒヤしたぞ』

「グラディウスも!?」

 グラディウスはサイの背中に縄で括り付けられていた。

 サイに捕まる私の手が触れる。抜き身の剣で危なっかしい。刃が付いてなくてよかった。

 

「言っただろ。あんたは大事な金ヅルで、死なれちゃあたしはまる損なんだ。あたしに損なんかさせないでおくれよ」

「でも…」

「どっちにしろあいつを何とかしないとあたしも船もオシマイなんだ。あんたしか何とか出来ないんだよ。ほら来るよ!」


 食腕が伸びて、自身の眉間に刺さる短剣を抜いて捨てた。

 心なしかこちらを睨んでいるように見える。


「ちっ、釣ったイカ絞めるようにゃいかないかぃ。おいコレを使いな」

 波の間を器用に泳ぐサイに抱きかかえられながら、一本の長物を手渡された。

 それは、一本の杖だった。


「急いで船の倉庫からクスねて来たんだ。魔道師ってのはそいつがあればもちっとマシに戦えるんだろ?」


 杖…、杖だ。

 商人の積荷だと思うが、結構いい杖だぞ。かなり高価なはずだ。

 良質の硬木材質に私にはよくわからない染料で紫色に染められている。杖頭には青稀石。

 「中身」を見る。

 ざっと見た感じ、氷属性が得意な杖のようだ。水属性の省略式もある。


「一番高そうなもの持ってきたけど、どうだぃ? ヤれそうかぃ?」

「…やるしかないだろ!!」


 まだやれる。戦える。

 杖さえあれば、私はさっきまでとは違うのだ。


 すぐに杖の中身を解読する。

 暗号化された魔法式を正しく理解しないと杖は使えない。

 商品の杖の魔法式は比較的単純とは言え、説明書が欲しい。


 こちらを睨むイカが動き出す。

 うねるゲソの先に、5つの水弾が作られた。


「来るよ来るよ来るよ来るよ!!!」

「…えーとえとえと!!コレだ!地凍結(アイスフィールド)!!」


 海面に魔術で凍結させた氷の足場が出来上がる。

 サイが私を担いでその足場に乗り、助走無しの走り幅跳び。

 殺到する水弾から寸での所で逃れることができた。


 地凍結(アイスフィールド)を連発する。

 出来た足場に次々と飛び移り、イカが放つ水弾を回避する。


「ちょいと! こいつは! 滑るね!!」

「とにかく避け続けろ! 当たったら確実に死ねる!」

「はん、言われなくたって!!」


 次々に水弾を避けて飛び跳ねるサイ。

 私はサイの跳んだ先、着地地点の海面に氷の足場を張る。

 十数枚目の氷の足場に飛び移ると、イカの水弾が止んだ。

 これぞ好機と、すかさず地凍結(アイスフィールド)をばら撒いた。


「次はどうするんだぃ?」

「考えがある!」

 氷の足場が小さな運動場くらいに広がる。

 海水に濡れてよく滑る。

 私は半裸で裸足のままなので、あまり足を着きたくない。

 手早く金の魔術を詠唱してサイの靴をスパイクにした。


「へぇ、こいつはいいや」

「サイはとにかく攻撃を避け続けてくれ。この氷の足場を壊させるな」

「そんなこと言ったって、あの水玉が飛んでくりゃこんな薄氷ひとたまりもないよ」

「壊れたら私がなんとかするよ。攻撃を避けることを優先してくれ」


 言うが早いか、サイが私を担ぎ横に跳ぶ。

 今居た場所に水塊が着弾し、氷の一部を粉々に砕いた。後で補修しないと。


「次が来るよ!」

「わかってる。地凍結(アイスフィールド)!!」


 サイはまるで水弾が来る瞬間や方向があらかじめわかっているかのように、絶妙なタイミングで飛び跳ね確実に攻撃を避けている。

 回避は任せて私は集中だ。

 頭の中で魔法式を組み立てながら、さっき水弾が破壊した部分を補修する。

 同時に氷刃(アイスエッジ)を飛ばして小さな傷をつけていく。

 あ、また水弾が。補修補修。


「あとどれくらい掛かるんだぃ!?」

「式自体は単純なんだ!もう少し!」


 ぴょんぴょん跳ねるサイに担がれて、慎重に狙いを定めて氷刃(アイスエッジ)を撃ち込んでいく。

 よし、もう少しで完成だ。


 そこで水弾が止み、

 氷の広場にゲソが取り付く。

 …来たか。


 イカが来る。

 氷に足を巻きつけて、氷上によじ登ろうとしているのか、海底に引きずり込もうとしているのか。


 だがもう遅い。

 これで魔術は完成だ。

 最後の仕上げの氷刃(アイスエッジ)を飛ばす。

 小さな運動場くらいの広さの氷に、魔法式を掘り込んだ。

 水と風の上位属性の氷。その中で最も単純な魔術だ。


凍結(フリーズ)!!!!」


 巨大イカよりも大きく書いた魔法式。

 効果も威力も十分のはずだ。

 イカという生き物は体の8割以上が水で出来ている。

 火は効かなくても、体を凍らされればタダで済むまい。


 一際大きく跳んだサイに担がれて海に飛び込む。

 波は変わらず荒れている。サイに捕まりながらなんとか水面に顔を出した。

 うぅ…、自分の魔術とは言え、冷えるなぁ。


「終わりかぃ…?」

「まだ死んでないよ。けどしばらく動けないはずだ。早いとこ逃げよう」

「ははん、賛成だよ…」


 今日の成果を見る。

 大海原に浮かぶ。大きな大きな、イカの氷像。

 だが信じられないことに、まだ氷の中から目だけでこっちを見ている。

 完全に凍り付いているというのに。これは相手にしたくない。


 師匠があれだけ言ってた魔物。

 正直、この程度か?とも思う。

 話の通りなら、意のままに津波を起こすことも出来そうだが、

 何か、壊してはいけない割れものを扱うような、戦いだった。


 手加減してくれたのなら、それはそれでいい。

 所詮この程度だったのなら好都合だ。

 彼の気が変わらない内に、氷が溶け出す前に、このままおさらばするとしよう。

 アリーヴェデルチ!(さよならだ)



 船に戻ると、私たちを盛大な拍手が迎えてくれた。

 船員も乗客も、すべての船の乗員が私たちを称えてくれた。

 とんでもない魔道師の女の子だ。

 お姉さんの方も、スゴイ軽業だったわ。

 彼女たちのおかげで私たちは助かった。

 二人は命の恩人だ。


 あれだけの魔物に襲われたというのに、

 なんと死者は0だった。


 よかった。

 本当に。

 がんばった甲斐があった。



「フフン、ともあれ、やったじゃないか相棒」


 クタクタに疲れた私たちに気を使ってか、ひととおりの賞賛を浴びると船室に案内された。

 手狭な二等客室だが、ベッドは二つある。

 片方のベッドに腰を降ろしたサイが、拳にした手を私の前に出してきた。


 今回はサイに助けられた。

 こいつが来てくれなければ、私はイカの腹の中だった。

 危険な海に飛び込んでまで杖も持ってきてくれたし、借りが出来てしまったな。


 フッと息を吐き、私もサイに拳を出す。


「…誰が相棒だ!!」


 その拳を、思い切りサイの顔面に入れた。


 半裸のままで衆目に晒されてしまった恨みは、きちんと晴らしておく。

 貞操の危機だったことも忘れてはいけない。

 借りは出来たかもしれないが、それはそれ。

 私はこいつの相棒になった覚えは微塵もない。


「…………」


 私の拳を受けて、サイは目をパチクリしている。

 あれ? そういえば、私の攻撃がサイを捉えたのって、これが初めてじゃ。


「こいつはおどろいたねぇ、自分でもビックリだ」

「なんだよ、そんなに私の右を貰ったのが悔しいのか?」

「そうじゃないよ。…でも、まぁいいさね」

「なんなんだ?」


 心底意外そうな顔で、自分の頬を撫でるサイ。痛かったのだろうか?

 意外といえば、今日のことだ。


「まさかサイが私のことを助けに来るとは思わなかったよ」

「あんたが死ぬとあたしが損だからだよ」

「それだけで化け物がいる海に飛び込むか? グラディウスもお前に預けてあったのに…」

「…………、

 …はん! よく言うよ。このかまってちゃんが」

「はぁっ!?」

「そうだろう? あんたがどうしようもない寂しがり屋だから、あたしがお守りしてやろうって言ってんだ」

「ふざけんな! 私のどこが寂しがりだって…」

「西の街にあたしを置き去りにしようとしたのもそうさ。あたしが船に乗れるように先に金貨持たせてんの、あれワザとだろぅ?」

「……!?」

「あたしのこと心底恨んでんのに、それでも側に居て欲しいんだろぅ? 本気であたしから逃げようとしたかぃ? あたしを本気で殺そうとしたのだって、久しぶりに会ったあの時だけだろぅ」

「……こ…の!!」

「…待ちな。こんな狭い部屋で魔術なんて使うんじゃないよ」

「………」

「はぁ…、言い過ぎたよ。謝る。あたしとあんたは報酬保留の付き合いで、ただそれだけの関係なのにねぇ……」


 言いたいことだけ言って、サイはベッドに横になって向こうを向いてしまった。


 …………、

 何なんだよ。

 お礼を言いたかっただけなのに、逆切れされるとは思わなかった。

 何が気に障ったんだ。



 ナツかしいモノが トオざかっていく


 これでよかった

 コワしてしまわなくて よかった


 ワタシはとてもオナカがスいています


 ワタシによくニているモノ

 ワタシはアナタで

 アナタはワタシ


 アナタはずっと ナツかしいモノとイッショだったのですね


 ならば


 ワタシもずっと ナツかしいモノとイッショだったのです


 これからもずっと イッショにイてください

 とてもとてもナツかしいモノ


 トオい ナツかしいトコロからキたモノ

 ワタシは もうモドれないけれど

 ナツかしいキモチを ありがとう


 ワタシは とてもオナカがスいています


 とても とても サビしいです

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