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第二十八話 嘘つきメイス

「あんた生きてたんだねぇ~、元気にしてたのかい?」


 私がこの世界に来て、最初に出会った人物。

 剣の願いで私を幼女に変えて、奴隷として売った盗賊。


 サイはあの時と変わらない調子で、私を見ていた。


「そんな大声で泣いて、何か酷い目にあったのかぃ?」


 夕日の光の中でニヤニヤと可笑しそうに笑うサイ。

 私の目の前は、夕日よりも赤くなった。


「う……ぅぅ……ぁ…」

「んん? どうしたんだぃ?」

「あ゛ぁあああ゛ぁぁああああ!!!!!!」


 自分でも具体的にどうしようとしたのかわからない。

 とにかく目の前の人間をバラバラにしてやりたかった。

 怒りだけがカラ回りして、わけのわからないことを叫びながらサイに飛び掛った。


「いきなり何するかねぇ。ちょっと落ち着きなよ」

「ぐ…!! ぁ……!?」


 次の瞬間には上に乗られていた。

 うつ伏せに地に倒され腕を後ろに回されて、まるで子供扱いだ。

 力いっぱい藻掻くが、肩が痛むだけでどうやっても動けない。


「……お前が」

「ん? なんだって?」

「…お前が!!お前が全部悪いんだ!!!」


 叫ぶ。

 こいつの所為だ。

 全部こいつの所為なんだ。

 こいつさえいなければ私はこんな目に会うことは無かった。


「はん。あたしが何したって言うんだい。皆目見当つかないねぇ」

「…!? こ…の!!」


 まるで悪びれてもいないサイ。

 本当にわからないといった態度に、私の頭が憤怒で焼ける。

 こいつは…、

 こいつだけは、殺してやる。


「ぉ? 今度は何をぶつぶつと……」

「……衝撃雷(ショックボルト)!!!!」

「!?」


 至近距離からの魔術行使。

 サイは私を黒髪だと思って油断していた。

 魔法なんて使うとは思ってなかったはずだ。

 なのに、咄嗟に私の腕を放して電流の牙から逃れてみせた。


 痛む肩を押さえて立ち上がる。

 サイは驚いた顔をして、10mほど距離を取って身構えていた。

 左腕が下がって動いていない。衝撃雷(ショックボルト)が掠めて麻痺しているようだ。


「これは驚いたねぇ。まさか魔法を使うとは…。せっかくいつかみたいに可愛がってやろうかと思ったのに、火傷しそうじゃないか」

「………殺してやる!!」


 一番でかいやつを叩き込んでやる。

 怒りで気がおかしくなりそうなのに頭はひどく冷たい。さっきは考えもなしに掴みかかったのに今はとても冷静だ。

 魔力を練る。いままでにないくらいの集中力でもって、私の手に魔力が集まっていく。サイには感じられないだろうが、人一人くらい影も残さず殺し尽くすことが出来る。

 頭の中で魔法式を並べて記号圧縮化。私に出来るかぎり詠唱省略した上級魔術を詠唱する。

 破壊雷(ギガヴォルカ)。私が使える最高威力の魔術だ。

 欠片の跡形も残してやるものか。

 消えて無くなってしまえ。


「ま、口さえ塞いでおけば問題はないさね」

「っ……!! っっ!!!」


 詠唱が中断された。

 いくら省略したところで、一瞬で魔術を出せるわけじゃない。

 杖も持たない魔道師など、この距離では何の戦力も無いのと同じだ。

 笑えるよ。どこが冷静なんだ。

 怒りに任せて無駄な力で相手を引き裂いてやりたいだけだ。それしか頭に無いのだ。

 ただの、馬鹿じゃないか。


 口を塞ぐように顔を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。

 後頭部の痛みに呻く間もなく髪を掴まれて持ち上げられる。


「い゛ぃいいぎっぃいい!!!!」

「さて、どうしようか…、ねぇ!!」

「ぉぼっっ!!??」


 私の鳩尾にサイの拳が刺さる。

 掴まれた髪が放され、落ちるように膝をついて激しく咳き込み腹を押さえる。

 それでもありったけの憎しみを込めてサイを睨むと、こめかみの少し上あたりを、ポカリと軽く小突かれた。

 視界がぐるりと回り、真横から地面がぶつかって来た。

 わけもわからないまま胃の中身を吐き出す。

 横向きに倒れて吐瀉物にまみれながら、途方も無い疲労感で身体が持ち上がらない。

 お次は蹴りだ。ヘソの下のあたりをサッカーボールキックされて宙に浮いた。

 とてつもない痛みに身体をくの字に曲げて悶える。全身から汗が吹き出てイタみとキモチワルさで気が狂う。

 土と胃液にまみれてゴロゴロ転がる私の耳を掴んで持ち上げるサイ。

 されるがままだった。


「おっと、すまないねぇ。痛かったかい?」

「……う………ぅ………」

「で、誰を殺してやるんだって?」


 サイがそのままパッと手を放すと私の身体がまた地面に落ちる。

 片手の動かない盗賊に、たった数度殴る蹴るされただけで根こそぎ戦う気を刈り取られた。


 私は、どうしようもなく無力だった。



「べつにあんたが憎いわけじゃないんだ。口の利き方に気をつけてれば何もしやしないよ」

「…………」


 しばらくして私が落ち着くと、サイは野営の準備を始めた。

 もう日も暮れて三つの月が出ている。私は汚れた肌着のまま。

 サイが熾した火にあたると、寒さが少しだけまぎれた。

 私は縛られていない。逃げようと思えばいつでも逃げられるのだが…、

「逃げたきゃ逃げればいいさね。魔法なんて使えるあんたじゃ可愛がるにゃ危なっかしいし、また奴隷商に売るのも無理そうだしねぇ」

 サイは私のことなど、もうどうでもよさそうだった。

 そしてどうでもいいのは私も同じだった。


 膝を抱いてちょこんと座ると、お腹が鳴いた。

「ははん、まぁこれも何かの(よしみ)だ。メシくらい食ってけばいいさ」


 ………、

 打って変わって、サイは優しいことを言う。

 こんな奴にボコボコにされて、今度は情けを掛けられる。

 自分はどれだけ弱いのだろう。

 師匠の名前を受け継いで、最強になったつもりでいたのに。

 私は師匠無しで生きられなければならないのに。

 人にも魔物にも、何かと負けてしまう。

 情けなくて、恥ずかしい。


 …才能無いのかな。

 魔道師、やめようかな。


 皆が私を凄いと褒め称えてくれたのに、今となってはその言葉も砂のように散ってしまった。

 こんな私は魔術も使わず、檻の中で鞭に怯えて膝を抱えているのがお似合いだ。

 サイはそのつもりはもう無いようだが、奴隷として売るならそうすればいい。

 …あのときのように。


「……お前の…所為だ」


 止め処なく溢れる涙と一緒に、それだけ吐き出した。


「ん~? さっきも言ってたねぇ? あんたとはさっき、5年ぶりくらいかぃ? 久しぶりに会ったってのに、あたしが何したって言うんだぃ?」

「…………」


 その通りだ。

 私がこんなことになってしまったのは、自分のドジで黒髪がバレたからだ。

 そこにサイは関係ない。

 けれど私は言わずにはいられなかった。


「私を、奴隷にした…」

「はぁ? あんたが奴隷なのは生まれたときからだろう」


 この世界では黒髪は生まれたそのときに奴隷の運命が決まる。

 貴族に生まれるカトラスのような例もあるが、それは極稀だ。

 だが、違う。

 私はこの世界の人間ではない。別世界で生まれた異邦人だ。

 言えるわけが無かった。

 魔族の先祖の同胞だとは…。


「私を……売った…」

「はん、じゃぁどうすりゃよかったんだい? あんたの面倒見る余裕なんてあたしにゃないよ」

「剣も…売った」

「その金であんたの世話しろって?何にも出来ないあんたを?ごめんだね!!あたしゃそんなお人良しじゃないよ。そんな余裕無いって言ってんだ」

「もともと私の剣だ」

「何処からか逃げてきた奴隷が。どうせあんたも盗んだ剣だろう」

「あれは…拾ったんだ」

「こいつはお笑いだね。あんなとんでもない剣が、拾ったら即あんたのもんかぃ」

「私なんか、放っておけばいいだろ」

「一応せっかく助けてやったのにその後のたれ死なれちゃ寝覚めが悪いんだ。あんたみたいなドン臭いの、2日も生きてられやしないよ。魔物に食われてお終いさ。それとも街でサヨナラするかい? 物乞いしたって投げて寄越すのは石くらいのもんだよ。結局奴隷商に拾われるしかないんだ。あんたを売った金であたしもパンが買えるんだよ」


 言葉のひとつひとつが胸に刺さる。

 こいつの言っていることは間違っている。

 絶対におかしいのに、ロクに言い返せない。


 私を奴隷として売ったくせに、助けたつもりだったのか。

 魔物に襲われていた私を助けて、すぐに縛り付けたくせに。

 金品巻き上げようとしたくせに。

 剣も取り上げて、売ったくせに。

 …………、


「…お前、なんでまだこんな生活してるんだ?」

「あん? どういう意味だい?」

「剣売って、一生遊んで暮らしてるもんだと思ってた」

「金なら使っちまったよ。もう残ってやしないさ」


 そんな馬鹿な話があるか。

 一生遊ぶ以上の金が手に入ったはずだ。

 好きなところに家でも建てて勝手に暮らしていればいいじゃないか。


「遊んで暮らす? 出来るわけがないよ。誰もロクに物売っちゃくれないってのに」

「…どういうことだ?」

「そりゃたしかに贅沢は出来たけどねぇ。色付きの店が黒髪なんか相手にすると思うかい?」

「………」

 西の街では、宿の主人に追い出された。

 露店で飴ひとつ買えなかった。

「それでも何か買おうと思うんなら、それだけ金を掴ませるしかないさね。メシ食うのだっておんなじさ。物買うのだって。あたしとしたことが、何度か騙されることもあったもんさ。ヘタに金なんか持つもんじゃないねぇ。豚みたいな奴ばっかり寄って来る。…まぁそれでも1年ちょっとは贅沢出来たかねぇ」


 …ああ、

 そうか、

 やっぱり、サイも魔族で、

 この世界には魔族の自由なんて存在しないんだ。

 私の居場所も、もう何処にも無いんだ。


「あたしの話はいいんだよ。あんたの話も聞きたいねぇ。魔法が使える奴隷様はどこでどうやって生きていたんだい?」


 こんな奴に、話すことなんて何も無いのに、

 どこかで共感したのか、そうすることで少しは気が晴れると思ったのか、私はサイに話すことにした。



「あっはっはっはっは…!! 貴族や商人と友達だって? あんな頭まで金貨詰まった連中と、よりによって奴隷のあんたが? あっはっは!!こいつはいいや! あんた面白いじゃないか」


 何がそんなにおかしい。

 笑うな。そんな風に言うな。

 髪さえバレなければ、私は皆とずっと友達だったんだ。


「髪を染めてりゃ仲良く出来た? そんなもん、嘘じゃないか。だってそうだろう? あんたは魔族で黒髪だ。色付きがどれだけあたしらのこと嫌ってるか知らないわけじゃないだろう? でもあんたは魔法が使えるから、髪さえ染めれば色付きどもも簡単に騙せるだろうねぇ。だからあんたは髪染めて、あいつら騙して友達ごっこしてたってわけだ。騙してないと仲良くなれないなんて最高の友達だねぇ。最高に面白いよ」


 うるさい。だまれ。

 だまれ。

 師匠が染めてくれた髪をそんな風に言うな。

 騙したなんて言うな。


「嘘なんていつまでも続くもんじゃないさ。人間騙されるのは嫌なもんだからねぇ。チラッと疑えば隅々まで調べずにいられないんだよ。そのうち絶対に誤魔化しきれないときが来るもんさ。そんとき運よく誤魔化せたとしても、次はどうだい? いつもコインが表を出すわけがないよ。嘘ってのは騙してサッサとトンズラするのが巧いやり方なのさ」


 だまれ。

 騙したなんて言うな。

 私は、そんなつもりじゃ、

 私は…、そんな…、

 違う……、


「何も違わないよ。あんたは嘘つきで、黒髪の魔族だ」


 ………、

 嘘つき…、

 マスケットも、私が騙したと言っていた。

 私は皆を騙していたのだろうか。

 自分勝手な嘘で皆を騙して、傷つけてしまったのだろうか。

 だからあの黒髪たちにも嫌われたのか。


 私は皆に嘘をついて、騙してただけなのかな…?

 嫌なことに目を逸らして、自分にも嘘をついてたのかな?

 私は、どうしたらいい?


「知らないよ。好きにすればいいさ。それとも…」


 ………、


「あの剣にでもお願いしてみるかい? どうにかしてくれってさ。あっはっは!」



 夜が明ける。

 一晩寝ないで考えた。


 私は、この世界では生きていけない。

 元の世界に帰るべきだ。

 嘘をついていたことを、みんなに謝りたいけど、

 やっぱり黙って帰ることにしよう。


 だが、サイの言葉で思い出した。


 どんな願いでも叶えてくれる。

 私の身体を元に戻すことも、

 私を元の世界に帰すことも、

 魔族をみんな、魔族でなくすことも、

 マスケットのことも、

 全部、無かったことにだって出来る、剣。


 あの剣は、公爵ギロチン邸にある。


「サイ、話がある」

「んんぁ? まだ夜明けじゃないか。何なんだぃもぅ…」

「あの剣の在り処を知っている」

「…ほーん。で?」

「私とお前で、盗みに行く」

「ちなみに何処にあるんだい?」

「首都の貴族の邸だ」

「一人で行きな。あたしは捕まりたくはないよ」

「勝算はあるさ。私はその邸でメイドやってたんだ」

「…へぇ、そいつは面白い話だねぇ」

「私は、まだ願いを叶えてないんだ」

「まさかホントに叶えてなかったのかぃ? それは確かにもったいないねぇ」

「私が願いを叶えたら、剣はお前が、売るなり何なり好きにすればいい」

「はん。たしかにおいしい話かもしれないよ」

「忍び込むのは簡単なはずだ。剣さえ手に入れば、最悪私の願いで逃げればいい。お前にリスクは無いはずだ」

「………あんたは願いを。あたしは剣を売って、またしばらく贅沢が出来るわけだ」

「どうだ?」

「いいさ。乗ったよ」



 あの剣は、公爵ギロチン邸にある。

 おかげで、大事なことを思い出した。


 私にはまだやらなければいけないことがあった。

 ほんの小さなことかもしれないけど、とても大切なことだ。

 元の世界に帰るのは、それを済ませてからにしよう。

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