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第二十五話 メイスの魔術

 メイスは激怒した。

 必ずこの破廉恥千万な乙女心を除かねばならぬと決意した。


 私には今、男心がわからない。

 普段は意識することも出来ないが、これはひょっとしたらかなりヤバイ状況なのではないのか。


 私は剣に幼女にされて以来、気付かないうちにかなり女子力を高めていたようだ。

 どれくらいの女子力かというと「あれ?今思い出すと走れメロスって…ジュルリ」などと考えてしまうほどの重症なのだ。


 いけない。攻めだの受けだの考えてはいけない。

 それがおかしいことなのだと、認識できない。

 このままではダメだ。いつか私は(ヤら)れてしまう。


「それで相談なんだよ。こんなこと話せるのもうお前しかいなくてさ」

『お前はいつになったら私に願いを言うのだ?』

「私ってかわいいよな?」

『…いや 性格の悪さがにじみ出ている』

「そうだよなー。私ってば超絶かわいいもんなー」

『お前はいったい誰と話しているのだ?』


 私はかわいい。

 疑いようもなく、曲げようもない事実だ。

 当たり前の話のはずだ。


 だが今思い返してみると、私は人にかわいいなんて言われることはあまり無かった気がする。

 誰だっけ?私をかわいいって言ってくれた人は……あれ?マジで誰だっけ?誰もいなかった?


 フレイルだってそんなこと言ってこなかったのに、

 そのフレイルが、かわいいと言ってくれた。


 鳥肌が立つほど嬉しかった。


「私の…、私の中のわずかな男が…」

『だからそんなもの 欠片も残っていないといっている』


 …このままではダメだ。

 いつか私は、(ヤら)れてしまう。



「男らしさって何だっけ?」

「ど、どうしたんだ急に?」

「いや、最近なんか、わかんなくなっちゃってさ…。ドクは男らしさって何だと思う?」

「う~ん男らしさか…。女性を守るだとか有言実行だとか色々あると思うけど、あえて一つあげさせてもらえば…」

「あげさせてもらえば?」

(いさぎよ)いこと、じゃないかな?」

「…………」


 ……女々しくて、辛いよ。



 気を取り直して、今日も学園で元気に勉強だ。

 中庭の作業が終わってからというもの、朝はかなり余裕がある。

 講義室にはほとんどの生徒が揃っているが、先生はまだ来ていない。


「ところでメイス。何だいその手紙の山は?」

「ああコレ? ラブレターってやつさ」


 ドクは私が抱えている紙の束が気になったようだ。

 さっき登校するとき門番の騎士に押し付けられたのだ。どうやら私あての手紙を預かっていたらしい。

 先週の襲撃事件の新聞に載って以来、私はちょっとした有名人なのだ。

 モテる女は辛いねほんと。


「すごいな…。何通くらいあるんだ?」

「50通以上はあるなぁ。講義までまだ時間あるし、ちょっと中庭行って全部焼却してくるよ」

「えっ!? せっかくの手紙を何故燃やすんだ?」

「見てみるかぃ? 気をつけろよ」


 封を切って3枚ほどドクに見せてやる。

 一枚目の手紙には大きく「死ね」と書いてあった。

 二枚目の手紙には読む者の手を切るように紙の端に刃物が仕込まれていた。内容は一枚目と変わらない。

 三枚目の手紙には場所と時間が書かれているだけだ。果たし状にしたって愛想が無さすぎると思う。


「メイス…コレ大丈夫なのか?」

「平気平気~。こんなもんわざわざ寄越すような輩が、私に何も出来るわけないよ」


 こんな紙に書いた文字で私をどうにか出来るわけがない。憎しみで私は殺せないよ。

 果たし状に関してはまだ根性があるが、もちろん私は行くつもりは無い。面倒面倒。



 ドクにヒラヒラ手を振り、中庭に下りて手早く焼却作業。芋でも持ってくればよかった。

 しかし怨まれたもんだな。まだ原型を留める手紙の燃えカスを手に、断片的な内容を読んでみる。



 フレイル様に近づ…

 必ずお前の血…

 地獄に落ちてそ…



 ………怖っ。

 

 …奥さまの言葉を思い出す。

 どうやら私は、不特定多数の女子を敵に回しているようだ。

 これでも何日か前には、もの好きな男子生徒が私にモーション掛けてくるなんてまるでトキメキもしないイベントもあったのだが、どうやら女生徒たちの憎悪のうねりに臆したようで、今では私に近づこうとする男子はドクくらいしかいない。


 ドクには心配かけないようにああ言ったが、さすがに私もちょっと怖い。

 ここまで明確に、それも大人数から敵意を向けられたことなんて無かったからなぁ。女の怨み怖い。女怖い。


 ぶるぶる、魔術で塩を生成して身体に軽く撒いておく。

 ようするにフレイルに近づく私に嫉妬しているのだろう。先週の襲撃事件の新聞で、私がフレイルと一緒に載っていたものだから怒りが有頂天なのだ。

 完全な誤解である。私とフレイルにスキャンダルなんてあるわけが無い。フレイルが悪いわけでもないが、私はいい迷惑だよ。フレイル殺す。

 近いうちになんとか誤解を解いておかないとな。こんな状態で学園生活を送れるほど私の神経も太くはない。


 手紙の燃えカスに水魔術をぶっかけ塵取りに集めてゴミ箱にアディオス。

 問題解決の方法をぐるぐると考えながら、講義室に戻った。



 時間は変わってお昼時(ランチタイム)

 先日近くにオープンしたサンドウィッチ屋台が人気らしい。ドクとマスケットを誘って食べに行こう。


「あ、じゃあ中庭で食べましょう。私が場所をとっておきます」

「いいねぇ。じゃあ私とドクで買って来るよ。待ってて」

「そうと決まれば急ごう。メイスが整備してから中庭は人気だし、その屋台も並ぶんだろう?」


 マスケットに中庭を任せて屋台へ急ぐ。ドクの言うとおりこの時間はどこも人がいっぱいだ。

 幸い私たちは屋台の行列がまだ短い内に並ぶことができた。私とドクが6人ほどの列の後ろに並ぶと、あっという間に私たちの後ろを数十人の人が並び出した。

 ほくほく顔で紙袋を抱えて中庭に戻る。揚げた魚や焼いた肉、瑞々しい野菜やハーブと一緒に、どこかで見たことのある黄色いソースを掛けて挟んだサンドウィッチの香りが私たちの食欲をくすぐる。…このソースってマヨネーズだよな?パクられた?


「さてと、マスケットはどこだろうか?」

「あ、いた。おーいマスケット~」

 中庭に戻るともう人がいっぱいだった。マスケットに場所取りしてもらって正解だな。

 マスケットが取ってくれてた場所は中庭の端のベンチ。テーブルはないが、いい感じに校舎の影になっていて風通しがよく涼しそうだ。


「メイス。ドク。こっちです」

 三人でベンチに腰掛け、さっそく袋を開ける。おいしそうだ。

 肉のサンドを頬張ると肉汁が溢れてとてもジュースィ~。下味がしっかりつけられていておいしい。ハーブも効いてるしなにより…コレやっぱりマヨネーズだよなぁ…?どこから情報が漏れたのだろう?

 マスケットもドクも満足そうだ。あの屋台は当たりだな。さすが人気店。



「ちょっとよろしいかしら? あなたがメイスさん?」


 三人仲良くランチを楽しんでいると、見ず知らずの人に水をさされた。

 知らない人だ。三人の女の子。歳は私たちより少し上か。左右の二人はどうやら取り巻きだな。私に声を掛けてきた真ん中の子は美人さんである。

 私が知らないということは1年生ではないのかな? 上級生か。そこはかとなく偉そうだ。規律に厳しい生徒会長って感じの態度で、両手を腰にあててそれなりに膨らんだ胸を張っている。ちょっとイラっとした。

 薄い紫の髪をロールにしていてかなりボリュームのある頭が特徴的。キャラ立ってんな。ドリルみたいだ。こんな人間ほんとにいるんだな。着ている服もドレス調。動きにくくないのかな? 学園生徒はほとんど貴族の者ではあるが、こんなバリバリの格好して来る奴なんてまず居ないぞ?

 なんだかわからないが、関わりたくない。今はお昼を楽しむ時間だしね。


「誰ですかメイスって? 人違いだと思います」

「ウソおっしゃい! その不潔な帽子は間違いなく新聞で見たものと同じものですわ!」


 ……ぁあ゛っ!?

 このとんがり帽子がなんだって?


「…だったらなんだって言うんスか?何か用スか?」

「やっぱり。あなたがあの新聞に載っていたメイスさんなのね?」

 ロール髪の先輩が私の前に立つ。

「ふんっ。安心しましたわ。フレイル様に近づく女狐がいったいどんなものかと思えば、こんなおチビさんだったなんて」


 …………、

 何なんだこの女?

 ケンカ売ってるんだな?そうなんだな?


「メイス、相手にするな。もう行こう」

「ケンカはダメです。他に行きましょうよ…」


 ドクもマスケットも、私の手を引いて制止してくる。

 くっ、二人もいるし、ここは引くか?


 この学園の上級生は下級生をいびるときに必ず人数を合わせてくる。対等の戦力だから全然卑怯じゃないですよ~とでも言いたいのだろう。ふざけた免罪符だ。ケンカになれば3対3。二人を巻き込んでしまう。

 フレイルがどうとか言ったな。そういえば私は女子から疎まれているのだった。この誤解を解くまではこういうことが続くのかもしれない。ついさっきまでご機嫌ランチタイムだったのに。面倒くさいな。


「何も言い返さずに尻尾を巻いてお逃げになるのね。こんな小娘がフレイル様のお隣に立つなんて、やっぱり何かの間違いだったんですわ」


 …………、

 いちいち癇に障るヤローだ。

 取り巻きの二人も身振り手振りを駆使してこちらを煽っている。

 ここまで露骨に売られてんのも初めてだ。やはり買ってやろうか?


 どうやら私は女子にかなり疎まれているようだ。これからもこんな風に絡まれることが間々あるかもしれない。

 いっそ力の差を見せ付けてやるのが一番簡単な解決策のように思えてきた。

 中庭には人が大勢いる。衆目の前で一人ほど血祭りに上げてやれば中途半端な嫌がらせも消えて失せるだろう。


「わかった。決闘しよう」

「メイス!!」

「メイスやめてください!」


 二人の制止も聞かずに、ロール先輩の前に出る。

 大丈夫。二人には手を出させないし、私はこんな奴に負けやしないよ。


「決闘だ先輩。その頭のロールパンにチョコ詰めてこんがりおいしく焼いてやんよ」

「ぬぁんですってぇっ!!!」


 かくして、私の学園生活二度目の決闘とあいなった。

 泣いて後悔させてやる。



 師匠のとんがり帽子を不潔だと? 私がフレイルに釣り合わないチビだと?

 舐めた口ききやがって。ちょっと美人だからって調子に乗ってるんだ。

 下級生を相手におちょくって、性根の腐った先輩だよ。

 フレイルだってこんなアバズレ、願い下げに決まっている。

 私はフレイルのことなどどうでもいいが、その下らない誤解とともに引導を渡してやるとしよう。


「それでは(わたくし)トリアイナは、この決闘にフレイル様への愛を賭けますわ!」

「私はこの決闘に、私のすべての誇りを賭ける」


 中庭の真ん中で野次馬たちに囲まれて、私と先輩の決闘が始まる。

 野次馬たちに混じってドクとマスケットも見ている。

 ドクは最初、私の代わりに決闘すると言い出したが、意味がわからないので却下した。

 まぁドクはそういう奴だし気持ちは汲むが、これは私とこの女の、一対一の勝負だ。


「それがあなたの杖なのかしら? ずいぶん小さいし安っぽい上に、変わった形ですのねぇ」

「…なにぶん貧乏性なものですから」


 ポケットから杖を取り出す。

 最近作った簡単な杖だ。


 どうやら私は何かとトラブルに巻き込まれる体質のようで、魔法紙だけでは心許無いと考えを改めたのだ。

 やはり杖が必要だ。ということで、この一週間ほどで適当に作ってみた。


 二枚の木の板を繋げ開閉する様に折りたたみ、内側に玉板を貼り付けてある。

 携帯電話をイメージして作ったこの杖はもちろん通信機能なんて無い。ポケットに納まりがいいし小さい私の手によく馴染むが、性能の方もお粗末である。

 虎の子の宝石である赤玉板を使ってしまったが、8属性の下級魔術をひとつずつ省略してくれるだけの代物だ。まぁ今回はこれで十分だろう。

 設計に2日、作成に7日しかかけなかったわりにはいい出来だといえるかもしれないが、赤玉板、勿体無かったかなぁ…。


 対するロール先輩の杖は中々豪華だ。材質は何を使ってるのかわからないが、漆のような光沢が綺麗でデザインにセンスがある。握りにあわせて研磨されてるのでオーダーメイドなのだろう。いくつか高そうな宝石も付いてる。

 構造まではこの距離では見えない。いつぞやの使えない先輩が持ってたのとはえらい違いだな。きっと性能もいいことだろう。


「うふふぅ、身の程を弁えない後輩に口の聞き方を教えて差し上げますわ」

「………」


 ロール髪を揺らして先輩が口の端を吊り上げる。

 よほどケンカに自信があるのだろう。それとも私が一年生だから侮っているのかな?

 どちらにしろ私は容赦するつもりはない。

 今日は本気でやってやる。

 てめぇは俺を怒らせた。


 杖の性能では圧倒的に私が不利だ。

 魔道師の能力において「杖」というものはかなり重要なファクターである。

 が、それでも私が負ける道理は無い。

 杖の性能の差が、戦力の決定的差でないことを教えてやる!



 携帯(つえ)を構える。決闘はもう始まっているが、先輩は動かない。先手を譲ってくれるのだろう。

 遠慮なく火炎弾(ファイアボール)を放つ。こんがりおいしく焼きあがれ!


水膜壁(アクアヴェール)


 が、先輩の造り出した水の膜がそれを拒んだ。

 私の放った火の玉が、水の膜の一部を水蒸気に替えて燃え尽きる。

 パン屋の開業とはいかなかったようだ。

 抗魔術。それくらい出来て当然だよな。



 抗魔術というのは、その名の通り魔術に抗う術である。

 今は決闘とはいえさすがに手加減しているので大丈夫だが、人間に加減無しの魔術を向ければ下級魔術でも簡単に命を奪えてしまう。

 となれば当然それを防ぐ術も存在する。


 今の例なら別に特別なことはしていない。私はいま火属性の魔術を放ち、先輩はそれに水属性の魔術を当てて相殺したのだ。小さな火の玉ではそれなりの厚みを持つ水の膜を突破できない。水に火は効かない。わかりやすいね。


 岩石壁(ロックウォール)のような防御魔術はたいていの攻撃を防いでくれるのでとりあえず出しておけば安心だ。

 異なる属性をぶつけてやれば下級魔術はそれほど怖くは無い。

 その他にも、難しいがやりようによっては中上級魔術も受け流すことは可能だ。

 もちろん限度はある。火炎弾(ファイアボール)でも数発連射すれば水膜壁(アクアヴェール)を突破できるだろう。

 が、まぁ慌てることはない。


「次は(わたくし)の番ですわね。氷塊弾(アイスボール)!」


 今度は先輩が氷の塊を飛ばしてきた。氷刃(アイスエッジ)じゃないのは手加減だろうが、これにしたって当たればタダでは済まない。

 私も抗魔術は得意だ。師匠に鍛えられたからな。

 氷の属性は火で溶かしてやれば勢いを失う。水の膜では無理だろうが、べつに土壁を作ってもいいし氷の壁でも防げるだろう。


 だが、私は今回抗魔術は使わない。

 携帯(つえ)が省略してくれないから間に合わないもの。

 それに今回私は「本気」なのだ。


「……なっ!?」

 先輩が放った氷の塊は、私に届く前に煙のように消え失せた。


「火魔術の熱だけで蒸発させたんですの?器用なことを!」

 全然違うが、先輩がそう考えるのも無理は無い。

 魔術を消す魔術なんて、普通は存在しないはずなのだから。

 驚愕する先輩がすぐに次の魔術を放つ。おい今度は私の番じゃないのか?


氷結矢(アイスボルト)!!」

 今度は氷の矢を飛ばしてきた。さっきの氷塊より小さいが、矢の魔法は鋭く速く飛ぶ。


 だが結果は同じ。

 私に届く前に、やはり煙のように消え失せる。


 ずっと先輩のターンというのもつまらない。

 というか長々と付き合う気はそもそも無い。

 飽きたし。


ファイアボール(火炎弾)


 携帯(つえ)を構えて短く()()()()()、その()()を完成させる。


「さっきと同じ魔法では無駄ですわよ!」

 先輩はまた水膜壁(アクアヴェール)を造り出す。

 私は「火炎弾(ファイアボール)」を使ったのだから当然だろう。

 それは大きな間違いなのだが。


 大きなドーム状の水の膜は先輩の回りを覆い……、


 そのまま、凍りついた。


「な!? なんですのコレは!!??」


 予期せぬ氷のドームに閉じ込められて慌てる先輩。

 心配しなくても、水の膜を()()()で凍らせただけだ。簡単に割れるよ。

 お、出てきた。


「何をしたのかわかりませんが、こんなもので(ワタクシ)は倒せませんわよ!!」


 火魔術で氷のドームを溶かして出てくる先輩。

 私が何をしたのか分らなくて苛立っているようだ。愉快極まりない。

 いくら考えたって解かりはしない。

 この術は誰も知らないのだから。


 そもそも始めから勝負になるわけが無いのだ。

 先輩も、私なんかにケンカを売るとは運が無い。

 ()()()()()を受け継いだ私に、魔道師が敵うわけがないというのに。



 私の携帯(つえ)は、形以外は何も特別なところはない。この形も私が馴染み易かったからちょっと巫山戯てみただけだ。

 省略してくれる魔術は8つ。

 火炎弾(ファイアボール)突風撃(インパクトゲイル)水圧弾(ウォーターボール)岩石壁(ロックウォール)雷球(ライトニングスフィア)氷刃(アイスエッジ)操草結(グラストラップ)鉄塊弾(メタルボール)


 なるべく魔法式が単純で、とっさの場合でも応用が効くものを選んだ。

 基本的にはどれも火だの水だの造り出す魔法だ。すこし詠唱を足してやればいろいろな魔法に派生できる。木属性は難しかったので断念したが。

 さっき私が使っていたのは、火炎弾(ファイアボール)氷刃(アイスエッジ)だけ。


 私はこれらを、「反転」させて使っている。



インパクト(突風)……ゲイル()!!」

「ひっ…!??」


 効果位置を調節した風魔術。

 突然現れた「真空」に周囲の空気ごと引っ張られ、先輩の身体が引き寄せられる。



 私の師匠。蒼雷のメイス。

 蒼雷の魔術とは最強の雷魔術であり、ドラゴンすら打ち堕とす究極の力だ。

 そんなすごい魔術を、私はとうとう習得できなかった。


 私の出来が悪かったのもあるが、五年という時間が短かったのもある。

 だがそれ以上に師匠はその短い時間を、特別な魔術を習得させることに使ったのだ。

 蒼雷ではなく、魔術探求者メイスとしての魔術を。



 反転魔術。

 師匠が編み出した、魔法を操る術の「曲技」だ。


 魔法を反転させるこの術を使えば、魔術で造った氷塊を消すことも火の魔術で水を凍らせることも可能だ。

 氷と冷気を生み出す氷刃(アイスエッジ)を反転させて、飛んでくる氷を消した。

 火と熱を生み出す火炎弾(ファイアボール)を反転させて、水の膜から熱を消した。

 そして空気を生み出すはずの突風撃(インパクトゲイル)を反転させれば、空気を消してに真空を生み出すことも出来る。



 真空に引っ張られて、私に向かって飛んでくる先輩。

 私は右手を強く握る。


「ぁああぁあ~~~~……ぶげっ!!!?」


 その先輩の顔面を、思い切り殴りつけてやった。


 決まった。

 飛んで来たいきおいそのままに、カウンターで右が入った。

 スカッとした!


 どさり、と地に落ちるロールパン。

 私がパン屋になったら朝一で店に陳列してやるよ。


「ひぐぅ…!!ひうぅぅ……!!」

 鼻を押さえて悶絶する先輩に手を貸して、とりあえず立ち上がってもらう。

 一応治癒魔術も掛けてあげた。


 というわけで勝負は決まりだ。

 私の勝ちなので、言いたいことを言わせてもらうとしよう。


「…謝れ」

「ひうぅぅぅ…、ご、ごべんだざいぃ……」

「違う!!師匠の帽子に謝れ!!」

「ふえぇ…??」

「この帽子は汚くなんかない!!ちゃんと洗ってる!!」


 この女はこともあろうに、師匠の帽子を不潔だとのたまいやがったのだ。

 それだけは絶対に許さない! 絶対にだ!!


「う…うぅ…、不潔なんて言って、ごめんなさい…」

「それともう一つ!!」


 びくりと身体を震わせる先輩。完全に戦意を喪失して涙目で私を見てくるので、ちょっとゾクゾクしてしまう。

 とりあえず謝ってくれたので許してあげるとしよう。

 殴ったらスッとしたし。

 それはいいとして、ついでにここで誤解を解いておかなければ。


「フレイルと私は何でもないんです!ただの同郷の友達!変な勘違いしないように皆にも言っといてください!」

「うぅえぇ…?」


 それだけ言って、踵を返してその場を去る。

 まだランチの途中だったんだよ。


 私の戦いを観戦して、昼食を待っててくれた友人たちのもとへ帰る。

 おまたせマイフレンズ! 今回も楽勝だったよ!


「メイス、話がある」

「私もメイスに言いたいことがあります」


 ですよねー。

 言うこと聞かないで勝手に暴れてごめんなさい。

 …まさか私って戦うたびに怒られる運命なの?



 二人の説教も途中だった昼食も終わり、図書館で自習に励む。

 マスケットは相変わらず小石と睨めっこをしている。驚いたことにその執念はじきに報われそうな気配だ。魔力が安定してきている。

 対してドクの方は、木属性に関する本を読んでいる。


「最近はいつもそれ読んでるよね?」

「ああ。さっきのメイスの魔術も気になるが、僕の目標は治癒魔術を習得することだからね」

「へえ、そうなの?」


 治癒魔術。

 難しい木属性の魔術の中で、人体に作用する魔術の一つだ。

 治癒(キュア)なんかがそれに当たるが、木属性は土と水の上位属性。まだまだドクには難易度が高いと思う。


「僕は将来、治癒魔道師になりたいんだ」

「へ、へぇ…」


 治癒魔道師。つまりは医者。

 どこの世界でも金持ちで勉強できるやつは目指すところが似るというのか。

 ドクがドクターに…いや何でもない。

 グレイブ先生に師事するのかな? それはなんか嫌だな。


「なんでまた治癒魔道師に?」

「おかしいかい?」

「いや、立派な職だと思うよ。でも他にも立派な職はたくさんあるとも思う」


 というかドクはたしか今年12歳のはずだ。中学生くらいでもう将来のビジョンがあるのか。

 普通に凄いと思う。


「僕は小さいころに、病気で母を亡くしていてね。…そういう人を救ってあげられる人になるのが夢なんだ」

「…………」


 …聞きにくいことを聞いてしまった。

 そうか、それで治癒魔道師に。


 この世界の治癒魔術は、魔法とは言っても全ての病を治せるわけではない。

 というか、ただの風邪でも人が死ぬ世界なのだ。

 原因は医師の不足と、医療技術の発展途上にあると思う。

 ただの風邪を治せないのは、おそらくそれが風邪ではないからだ。

 ウィルスや免疫なんて概念の無い世界なのだ。風邪とインフルエンザの区別もついていないだろう。インフルエンザウィルスがこの世界にあるのかは不明だが。


 医者さえ増えれば、技術発展に割ける人員も増える。

 一人でも治癒魔道師が増えれば、それは決して小さくない礎になるだろう。

 そうすれば、私の身体を元に戻す魔術も生まれるかもしれない。

 ……何十年後かに。


 やはり剣に戻してもらうしかないな。

 そういえば旦那さまは、奥さまの健康を願ったのだったな。

 ドクがあの剣を手にしていれば、やはりそれを願ったのだろうか?

 …いや、その気になればいまから母親を蘇らせることも可能なのではないか?

 ………下らない妄想だ。


「そっか…、ドクには立派な夢があるんだな」

「うん。メイスには何か無いのかい?」

「私? 私は…何にも無いなぁ」

「何も? 君はあの蒼雷のメイスの弟子で、あんな凄い魔術を使えるんだから、てっきり蒼の称号でも目指すのかと思っていたよ」

「う~ん、全然興味無い」

「はは…、何だいそれは」


 メイスらしいかもね、とドクは笑い、本に集中しはじめた。

 それをぼんやり眺めて、私は考える。


 蒼の称号には欠片も興味が無い。

 師匠も、竜退治の武勇伝は自慢しても、称号を自慢するようなことは無かった。他人の評価に興味が無い人だったのだ。


 それどころか私は、そもそも将来に対して興味が無い。

 何せ私は大人になる前には、別の世界へ帰るつもりなのだ。


 2年後にこの学園を卒業したら、白の国で召喚魔術を探す。

 冒険者ギルドに出していた依頼で、白の国での召喚魔術の存在の報告を受けた。

 首尾よく見つかれば、この世界ともお別れだ。


「…ドク」

「ん? なんだい?」

「その夢。叶うといいな。頑張れ」

「うん、ありがとう。頑張るよ」



 この世界の人間であるドクやマスケットには、この世界での未来がある。

 もちろんフレイルにも…。


 私は独り、蚊帳の外だ。

 …少し、寂しい。




 いつかこの世界に別れを告げる前に、せめてやっておきたいことを考えた。

 …その時の私は、たくさん考えた。

 ………たくさん、考えたのだ。










 結局、すべて無駄になってしまった。


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