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第二十四話 改造計画

 お風呂から出て食堂に行くと、なんと朝ごはんが用意されていた。

 奥さまは実は結構料理好きだ。蜂蜜とバターのパンケーキに球根野菜のピュレに果物類。私には香草ときのこのスープを作ってくれていた。

 料理は基本的に私の仕事だが、私が居ても居なくても奥さまは率先して家事を行う人なのである。しかも料理おいしい。

 病み上がりなのだから今日くらいゆっくりしなさいと言われ、せっかくなので甘えさせてもらう。一緒にテーブルについて朝食をいただいた。


「そうそうメイス。今日の新聞は見たかしら?」

「新聞ですか? 見てませんが」


 りんごに似た果物をウサギさんにしてカトラスと遊んでいると、奥さまが新聞を見せてくれた。

 この世界には紙が安定して普及している。このくらいの文明レベルなら当然か。しかし一般層が毎日新聞を購読出来るほどには安くは無い。基本的には裕福な人が買い。買わない人は街の広場の掲示板に張り出される見出しを見る。

 奥さまも旦那さまも貴族であらせられるので、この邸には定期購読している新聞が配達されている。私もいつも斜め読みさせて貰っているが、フレイルの記事は奥さまがスクラップしているのでその裏の記事が読めないこともよくある。

 今朝の新聞のフレイルの記事はまだ切り取っていないようだ。


 新聞の見出しはもちろん昨日の襲撃の件。

 亀の方ではなく狼の方。フレイルの特集だ。大多数の騎士団の人や魔道師たちは納得できているのだろうか。男子家を出ずれば七人の敵ありと言うが、フレイルの敵は多そうだ。

 しかしそれはしょうがない。首都に侵入した大虎狼(タイガーウルフ)を一太刀ごとに撃破するフレイルの記事を前面に押すのは、奥さまのような読者への配慮だろう。

 だが、


「……こ…れは?」

「大活躍だったみたいね!」


 新聞の記事には絵画職人によるデッサンが印刷されている。

 この世界には写真がない。記者が集めた目撃者の証言などを元に、印刷所に雇われている職人が絵にしたものが、特殊な魔導器で印刷されているのだ。


 デッサンの中央には1.2倍は美形に描画されたフレイル。虎柄の魔物に囲まれて、余裕の表情で剣を構えている。

 そしてそのフレイルがまるで背中を預けるように、その傍らには不釣合いに大きな杖を持ったとんがり帽子の少女が描かれていた。


 新聞の見出しはこうだ。


『超大型の鉱山亀(メタルトータス)襲来!!混乱の首都に侵入する新たな魔物の影。特別上位騎士フレイルが殲滅!!その傍らには謎の少女が!?』


 ………、

 私です。

 その謎の少女は私です。


「フレイル様と一緒に魔物を殲滅したのね。さすが蒼雷の弟子だわ!」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 間違ってはいない。

 間違ってはいないが、間違っている。


 こんな構図は存在しなかったはずだ。長年背中を預けあったコンビのような二人のデッサンは、もはや私とフレイルと同一人物だとは思えない。フレイルは元から有名だからいいが、私はこんな杖持っていない。どこかで見ていた人の証言を絵画職人が履き違えたのか?

 それにこれじゃ、フレイルが戦っているのを私の方が手伝っているように解釈されてしまう。私はオマケか。一番に魔物の迎撃に出向いたのは私だというのに。

 まぁその私は途中でやられていたのだが。その意味では私に対しての脚色も強いか。


 ちなみに騎士団の人たちや魔道師たちの活躍はフレイルの記事に押され新聞の隅の方に追いやられている。ルーペで見ないとわからない。

 フレイル…、そりゃ友達も出来んわ。


「なんというか…、報道の闇を見た気分です」

「はぁ~、それにしてもフレイル様は素敵だわ~」


 ……この貴婦人は手遅れだ。

 ハサミを取り出しジョキジョキ新聞を切り取る奥さまを尻目に、私はさっさと食べ終えた食器を片付けて自分の部屋へ戻ることにした。



 しばらくすると、二つ目の鐘が聞こえてきた。

 さすがに今日は学園は休校だろうし、奥さまにもゆっくり休めと言われている。

 ヒマだなぁ。身体はもう本調子に戻りつつあるし、魔道具でも作るか。

 部屋に散乱する資材の山を掻き分けて何が作れるか考える。えぇとたしか玉板がどこかにあったはずだ。どこにしまったっけ? というか先に部屋の掃除をするべきだろうか?

 将棋崩しのように資材を一つずつ丁寧に取り出していると、邸の玄関に設置している音を出す魔道具(呼び鈴)が鳴った。

 誰だろう? 崩れた資材に埋もれてしまった部屋からなんとか脱出して玄関に向かう。


「初めまして!マスケットと申します!メイスとは学園で…ってメイス!」

「なんだマスケットじゃないか。どうしたの?」

「どうしたのじゃないです! メイスに会いに学園に行ったらグレイブ先生しかいないですし、メイスは帰ったって言いますし。体はもう大丈夫なんですか?」

「わざわざ来てくれたの? ありがとう。このとおり寝て起きたら元気になったよ」


 来客はマスケットだった。

 いつもと服装が違う。これはたしか、商店街などで一部の商人が着ている制服だろうか? 婦人バージョンの商人服だが、マスケットにはあまり似合っていない。ひょっとしたらマスケットの実家の商会の制服なのかも。

 眼鏡はいつもどおりだが、おかっぱの青髪に着けているバレッタは今日は胸に付けられていた。綺麗に磨かれた丸い金属プレートに彫られた商会の印が怪しく光っていたのが気になったが、そこへ奥さまがやってきた。


「あらあら誰かと思ったら、メイスにお客さん? どうぞ上がっていって頂戴」

「えぇ!!そんな公爵様のお邸に!!いいんですか!!?」(棒)


 ………、

 なんだか今日はマスケットがおかしいな。何か嫌な予感がするんだけど、気のせいだろうか?



 とりあえず談話室へ。

 三人分のお茶を用意するとマスケットが「お構いなく」とニコニコ笑顔でカップを受け取る。

 奥さまもお茶に口を付けるのを確認して深いソファにちょこんと座ると、マスケットが一枚の紙を取り出した。


「これは今日の新聞です」

 取り出されたのは、さっきまで奥さまが丁寧に切り裂いていた新聞と同じものだった。

 記事には変わらずフレイルと私の顔がある。


「緊急事態です。メイスが超有名人になってしまいました」


 焦燥を思わせる口調でマスケットが言うが、その表情は変わらずニヤついている。何なんだろう?

 私が有名人? 新聞に載ったくらいで大げさな。そんな心配しなくても私はいずれこの国で誰よりも有名になるつもりだよ。天才美少女魔道師として。


「緊急事態って、私が有名になって誰か困るの?」

「そういえばそうね。フレイル様と一緒に新聞に載るなんて、世界中の女の人に怨まれても仕方ないわ」

「なにそれこわい」

「そうなんです。そこで相談なんですけど、メイスにうちの商品のモニターをして欲しいんです」


 …ん?

 なんでマスケットの実家の商品の話になるんだ?

 フレイルの所為で私の寿命がマッハだって話だったんじゃ??


「とにかくまずは商品を見てください」

 マスケットはそういうと、ポーチから、

「コレです」

 小さな箱を取り出し、テーブルに置いた。


 促されて箱を開けてみると、中には私の親指ほどの、小さな棒が入っていた。

 手にとって見ると真ん中から割れて、あぁ上半分はフタになっているのか。フタを取り外した下半分。円筒状のそれには、中にピンク色の物質が厚紙に撒かれて収まっている。ピンク色は柔らかい。触ると指についた。厚紙から糸が出ていて、それを引いて厚紙を少しずつ破り中身を露出させていくような作りになっている。

 ……ってコレ。


「うちの新商品の化粧品です。ぜひメイスに使って欲しくて」

「口紅じゃないか!!!!」


 無理無理無理無理!!

 なんで私が化粧なんかしなきゃいけないんだ!!

 誰がこんなもん使うか!!マスケットが自分でやればいいじゃないか!!


「お願いですメイス! フレイルさんの知名度に乗るメイスがこれを付ければ、これ以上ないくらいの宣伝効果が期待できるんです!!」

「絶対!!嫌!!」


 マスケットが目を血走らせてにじり寄って来る。こっち来んな!!

 邸まで私を訪ねてきた理由がこれか! 珍しく商会の制服なんか着て、要は営業じゃないか! 笑うセールスウーマン!!


「かわいいですから!!絶対かわいいですから!!」

「ぬがあああ…近づけるなあああ…」

 口紅を手に迫るマスケットの腕を掴んでギリギリ押し合う。マスケットは商売のことになると途端にキャラ変わるけど、ちょ、力つよっ!?


「クリス様! メイスを押さえていてください!」

「引き受けたわ!」

「ちくしょう!!ちくしょう!!」


 奥さまの(予想通りの)裏切りにより、私は羽交い絞めにされて成す術を失くしてしまった。

 フレイルの心配なんかしてる場合じゃなかった、私の敵も多かったようだ。

 成す術ない私が観念すると、これ幸いと二人に引き摺られ、衣装室に拉致されてしまった。


「お化粧するのにその野暮ったいローブはないでしょう? 幸い服なら唸るほどあるわ!」

「さすがですクリス様。ご協力感謝致します。後ほどいくつかサンプルもお渡しします」

「頂くわ」


 奥さまとマスケットの相性は最悪だった。私にとって。

 助けを求めようにも、赤ん坊(カトラス)しかいない。

 カトラス、お姉ちゃんを助けて!!



 こう言っては何だが、私はかわいい。

 それは疑いようも無くまた曲げようも無い事実だ。

 だからそれでいいじゃないか。これ以上私をかわいくしてどうするつもりなんだ。

 かわいいは正義だ。私は自分がかわいいことには何の文句も無い。しかしヒラヒラのドレスを着せられて顔にコスメを塗りたくられるのはなんか嫌だ。

 剣に心まで美少女にされたとは言え、何か取り返しのつかないような行為に思える。私の中にわずかに残る男の部分が悲鳴を上げる。


「このドレスはどうでしょう。ステキじゃないですか」

「目利きがあるわねマスケット。それはメイスのドレスの中でも、私もお気に入りの一品よ」

「メイスの髪は綺麗な金色ですから、このドレスはきっと似合いますよ」

「でも少し手入れがねぇ…。一度櫛で梳いて、アップにしたらどうかしら」

「メイスは髪長いですから、どんな風にも出来そうです。色々試してみましょう」

「ありったけの髪留めを用意するわ」

「前々から思ってたんですよ。メイスはもっとおしゃれをするべきです」

「そうよ。これだけの素材(マテリアル)なのだからもっと早くこうしておくべきだったのよ。ああダメだわ。これならもっと、2ランクは上のドレスを着せないと」


 電光石火の早業で、私に服を着せていく二人。

 私の女子力は53万です。二人に強制的に変身させられています。

 マスケット印の口紅や、奥さま印のファンデーションやチークを塗られ、鏡を見ることも許されない。着替えさせられたドレスを剥ぎ取られ、また別のドレスに着替えさせられてもう口から魂がはみ出ている。


 奥さまは私の乱れた化粧を手直ししている。ファンデーションを整え、私の目蓋に丁寧にラインを引いていく。

 マスケットはというと、奥さまの用意した装飾品を見ている。手の動きが速い。見えねぇ。私の正面に立ち、次々にブローチやイヤリングを合わせていく。


 そして永遠にも思える長い長い時間が過ぎ、ようやく二人の手が止まった。お、終わったのか?

 …私は今どういう状態にされているのだろう。鏡を見せてくれないのでわからないが、見たいような見たくないような。とにかく人には絶対見られたくない。

 だが私の願いも虚しく、二人は更なる追い討ちを掛けてきた。


「ひとまず今日はこれで完成ですね。さっそく街へ出かけましょう!」

「待てマスケット。この状態で外に出るのか? あとさりげに今日はって言わなかった?」

「何言ってるんですか!!こんなにかわいいのに!! それに外で人に見てもらわないとそのリップの宣伝にならないじゃないですか」

「メイス。あなたはもっと人の目に曝されるべきだわ。女は人に見られて美しくなるのよ?」

「二人とも目が怖い」


 すぐにその場から逃げようとしたが無駄だった。

 2秒で突風撃(インパクトゲイル)を詠唱して(新記録)窓から脱出しようとしたが、奥さまに捕まった。超人的な身体能力を持つ奥さまからはどうあがいても逃げられない。大魔王からは逃げられない。


 二人に引き摺られ街へと繰り出す。

 いつの間にか奥さまが日雇いのお手伝いさんを呼んでいた。私が休日をもらうときなどにいつも来てくれる人だ。カトラスと一緒に玄関で私たちを見送ってくれるのだが、私の姿を見てニヤニヤしていた。助けてください。

 そして邸の正門を抜けるとき、さっそく人とすれ違った。


「な、クリス夫人にマスケット? …それとまさか、メイスなのか!?」

 すれ違った人はドクだった。


 おそらく、マスケットとは違って純粋に私を見舞いに来てくれたのだろう。果物の入った籠を抱えたドクは二人に引き摺られる私と目が合い、驚愕に瞳を見開いていた。

「まずは城前広場に行きましょう。この時間ならまだ人がたくさんいるはずです」

「城なら今フレイル様がいるはずよ。会えるかもしれないわ」

 奥さまもマスケットも、彼のことはまるで見えていないようだ。私を引き摺る足を止める様子は無い。

 私は助けを求めることも出来ず、大口開けたドクが小さくなっていくのをただ見ていることしか出来なかった。


 …見られた。クラスメートの男子に見られてしまった。

 明日どんな顔をして学園で会えばいいのだろう。

 いやこれから街中を練り歩くにあたって、街の人たち全員にあんな顔をされてしまうのだろうか? 私はこの街で暮らしていけるのだろうか?

 そもそも私に明日は来るのか?

 そのうち私は、考えるのをやめた。





 異動命令の書類を手に、王城を後にする。

 昨日の襲撃事件から、城内は上を下へのおおわらわだ。とにかく騎士団の再編成を最優先で行い、首都の防御力を高める決定が下された。

 その中で僕は、直属部隊副隊長の強い推薦により、来月から首都の配属に変えられてしまった。特別上位騎士という肩書きから特別の字が取れるとのことだ。ランクも上がった。

 それなりに強制力のある命令なので、騎士をやめる気でもなければ逆らうことは出来ない。あの副隊長の推薦だし。僕の故郷である東の街には、配備人数こそ増えるが別の騎士が配備されることになるらしい。


 といっても僕の気持ちはそれほど暗いものではない。

 東の街には並々ならぬ思い入れはあるものの、二度と帰れないわけではない。首都での生活というのも憧れが無いわけではないし、それにこの街には僕の無二の友人メイスちゃんがいる。


 東の街の魔道師。蒼雷のメイスがかつて僕に残した言葉。

「あの子を気に掛けてやってほしい。あの子は孤独から逃れられない子だ。なのにとても寂しがりやで、なによりまだ幼い。あの子には身寄りも無いが、どうやら君にはよく懐いておるようだ。鼻持ちなら無いこともあるかもしれないが、あの子のことをどうか頼む」


 あの人が亡くなったとき、少女は泣かなかった。葬儀の最中も終始無言で、けして人に涙を見せることはなかった。

 しかし僕が老メイスの言葉からどうしても心配になりその晩家を訪ねると、彼女は師匠の形見の帽子を抱いて頬を濡らして眠っていた。


 強がり、意地っ張り、生意気、天邪鬼、自信過剰で無茶ばかり、お酒と無駄遣いが大好きで、いつも何故か不機嫌な少女。

 そんな彼女に目が届くところに、これから暮らすことになる。

 想像するだに、心労が絶えない。

 なにせ老メイスの遺言なんて無くても、僕は彼女を放っておけない。

 これはもう、性分なのだろうな。

 妹がいればきっとこういう感じなのだと、いつものように苦笑する。



 門番の騎士に挨拶をして城前の広場に出る。今日は特に人の数が多い。皆忙しそうだ。今回の問題処理に右往左往しているのだろう。

 さて、お昼は何にしようかなどと考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、いた。フレイル様~~~!!」


 公爵夫人クリス様の声だ。

 すわ待ち伏せかと一瞬警戒したが、どうやら様子が違う。マスケットちゃんも一緒のようだ。


「フレイルさん。ちょうどよかったです。これは見ておかないと人生損しますよ!」


 公爵夫人クリス様とマスケットちゃん。珍しい組み合わせだな。いつのまに知り合いになったのか。

 二人が一緒なのにメイスちゃんの姿が無いが、よく見ると二人は何かを引きずっていた。


「ほら、ちゃんと立ちなさい」

「うぅ…なんでよりによって…」


 引きずられていたのは綺麗なドレスの少女だった。

 クリス様に前に立たされ、おずおずと一歩前に出る。


「フレイルさん、見てあげて下さい。どう思います?」

「フ、フレイル…」


 少女は僕を知っているようだった。


 照れているのか、顔を赤くして目を逸らしている。

 その仕草は愛らしいが……というか、めちゃくちゃ可愛い!?


 しっとり潤んだ唇にほんのり染まる頬。綺麗な金髪は一本の三つ編みに纏められて背中に流している。伏し目がちに逸らされた目はこちらを見ないが、すごい美少女だ。


 誰なんだろうか? 少なくとも僕の記憶にこんな美少女はいない。マスケットちゃんの友達か?

 この子も僕のサインかなんかが欲しいのだろうか? 何故みんな僕なんかのサインを欲しがるのか理解に苦しむが、こんな美少女に求められるなら決して悪い気はしない。


 メイスちゃんくらいか、僕に辛く当たる子は。そういえばこの美少女はどことなくメイスちゃんに似ている。目の前の照れ屋な美少女とあの不機嫌な少女の姿が重なり、とても新鮮な気分になる。なんか変な気分になってくるな。


 着ている服もまた良い。薄いピンクと白のドレスはメイスちゃんとは正反対の清楚な印象を僕に与え、少女の髪色がよく映えるコーディネートになっている。メイスちゃんもこれくらいオシャレにすればいいのに。


 少女は僕の視線を受け、恥ずかしがるようにもじもじと胸に抱いた浅葱色の布を……って、あれ?


 よく見るとそれは、帽子だった。


 メイスちゃんがいつも着ているローブと同じ浅葱色の布地。年季が入って少し薄汚れてしまっている。このとんがり帽子は間違いなく蒼雷のメイスが生前よく被っていた物だ。師匠から貰ったこの帽子を、彼女はとても大事にしている。片時でも手放すことは無いはずなのだが………まさか!


「メイス…ちゃん…?」

「あぅうぅ…」


 ………、

 …………バカな!!

 目の前の美少女は、メイスちゃんだった。


 あの服といえば野暮ったいローブのことを指す生意気で不機嫌な少女が、こんなにめかしこんで僕の前に立っている。

 その事実に驚愕した。


 メイスちゃんは一層顔を赤くして、胸の帽子を両手でいじくっている。


「どう思います?フレイルさん」

「フレイル様。感想感想!」


 外野からの声にはっと我に返る。完全に見惚れてしまっていた。


「誰だか分からなかった…。見違えたよ。すごく可愛い…」

「~~~~~!!!」


 ぼんっ、と音がしたかと思った。

 メイスちゃんの顔は顔料を被ったように赤くなり、身体はブルブル震え出した。かと思えば突如として濃霧が発生した。

 突然のことに面食らう。これはたしか、水濃霧(アクアミスト)という魔法だ。水属性の下級2等魔術。メイスちゃんが使ったのか?


 一応テロを警戒して腰の剣を構える。広場の人間は軽いパニックだ。

 声を張り上げて安全を訴え、三人の無事を確認しようとするが、そんな間もなく、数秒で濃霧は晴れていった。


「お騒がせしました。フレイルさん。私たちはこれから街中を回らないといけないので」

「な!?風の魔道具!?こんなものいつの間に…」

「メイスに作り方を教えてもらってから頑張ってみたんですが全然ダメで、お手本にと思って売ってあるのを購入しておいたんです」

「それではフレイル様。お話は後日ゆっくりと。ごめんあそばせ~」


 濃霧が晴れると、メイスちゃんはクリス様に首根っこ掴まれてギャーギャー喚いていた。

 濃霧が晴れたことにより周囲のパニックも霧散したが、三人は変わらずハイテンションだ。

 暴れるメイスちゃんも観念したのか、またずるずると二人に引き摺られていく。最後に一瞬目があったが、ぷいと逸らされてしまった。


 いったい何だったのだろう?

 置いてけぼりにされた気分だが、それにしてもメイスちゃんの姿はあらためて思い出しても顔が緩んでしまう。

 老メイスが見たら何と言うだろう。とにかく可愛かったなぁ。


 そんな彼女と、また同じ街で暮らす。

 退屈しなくて済みそうだ。

 そういえばじきに彼女の誕生日ではないか。給料も上がることだし、アクセサリーの一つも買ってあげるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えつつ、お昼を食べるレストランを探しに歩き出した。


 後日この事が新聞に載り、謎のドレスの少女は街で有名になり、マスケットちゃんは何か多大な利益を得たのだとか。

こちらは閑話です。


「二十四話と二十五話の間くらいの話」

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