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第二十三話 とんがり帽子と奴隷少女



 こわいユメをみた。



 私の秘密がすべてバレて。

 皆が私を鞭で打つ夢だった。




 とび起きると同時に両手で頭を覆う。


 鏡…、いや帽子。帽子はどこだ。

 あった。部屋の角に掛けてある。師匠のとんがり帽子!

 飛びついて力任せに被る。


「フゥー…! フゥー…!」


 師匠。師匠。師匠。

 たすけて。たすけて。



 部屋の角で膝を抱えながらまわりを見ると、ここが学園の医務室だということを思い出した。


「フうぅぅ……、うぅうぅ………」


 最悪だ。

 最悪だ。最悪だ。最悪だ。


 まだ夢で聞いた「あの音」が耳に残っている気がして、両手で帽子を深く被る。

 何も痛くないはずなのに、背中の傷が痛い。

 忘れろ忘れろ忘れろ。

 それだけを心の中で何十何百も呟いて、嫌なものを全部私から押し出す。



 …………、

 しばらくすると落ち着いて、身体の震えも止まってくれた。


 部屋には誰もいない。窓の外で鳥が鳴いている。今何時だ?

 いや、今は全てどうでもいい。とにかく鏡だ。



 医務室の扉からそろりと顔を出す。

 廊下には誰もいない。まだ朝の早い時間なのかもしれない。

 音を立てないように。小走りで急いでトイレに向かった。



 トイレに着くと扉を閉めて金の魔術で棒を造り、衝立にして開かないように固定した。

 念入りに使用中の個室も無いことを確認する。絶対に誰にも見られるわけにはいかない。


 手洗い場に設置された一畳半ほどの大きな鏡。

 そこには浅黄色のローブと、ぶかぶかのとんがり帽子を深く被った金髪の少女が立っている。

 汗でぐっしょり濡れた髪が顔中に張り付いて酷い顔だ。そう思いながら恐る恐る帽子を取った。


 金髪の頭の真ん中が、少し黒く染まっていた。


 いや、正確には染まっているのは金色の部分の方だ。

 注意して見ないとわからないと思うが、このまま放っておくとどんどん黒く広がっていき、やがて私の本来の黒い髪色に戻る。

 私の正体。魔族の証。

 奴隷の烙印。黒い髪。


 そうなる前に魔術で染め直さないといけない。

 少しサボりすぎたか。そういえば前に染めたのは一月以上前だったな。

 おかげでひどい夢を見た。



 嫌なことは全部忘れて、ここで髪染めを済ましておこう。

 詠唱を始める。木属性の魔法式は複雑だ。少し時間が掛かるが、誰も来ないだろう。


 詠唱が終わると、私の頭にドロリとしたジェルが現れる。

 両手でよく馴染ませて、そのまま小一時間も置いておけば完全な金色の髪になる。


「お~い、メイスく~ん、ここかな~」



 びくぅっ!!!??



 衝立で塞いだ扉の向こうから声を掛けられた。

 グレイブ先生の声だ。医務室に私がいないから探しに来たのか。

 まさか女子トイレに入ってきたりしないだろうな。


「はい!ここにいます!いますから入ってこないで下さい!!」

「…? まっさか~さすがのボクも女子トイレにまでは入らないさ~」


 私の返事をどうとったのか、「女子更衣室や女子風呂なら興味あるけど衛生的にね~」などと不穏な言葉が返ってくるが今はどうでもいい。


 まだ髪が染まりきってない。見られたとしてもそうそうわからないとは思うが、とにかく帽子を被った。

 魔術で作った金属の衝立を消してトイレを出る。


「…おまたせしました」

「どうやら調子はよさそうだね~。もう少しここで寝ていってもいいけど、必要ないかな?」


 グレイブ先生はあれから私につきっきりで治癒魔術を施して、私の熱が下がってからは街の病棟に赴いていたらしい。相変わらず飄々とした口調だが、目の下のクマが痛々しかった。


「先生、昨日はありがとうございました」

「気にしないでいいよ~。世の女性たちの身体を合法的に弄るために好きでやっていることだからね~」


 ………、

 うん、この人のことが少しわかった。

 先生は一刻も早く死ぬべきです。


「…ってまさか先生!寝ている間に私の身体も!?」

「あはは~、君はちょっとボクの守備範囲より下かな~。もうちょっと大きくなったらまたおいで~」


 可笑しそうに笑う先生。さっきからこの先生の発言は倒錯しっぱなしだが、徹夜明けでテンション高い所為だと思いたい。

 ともあれよかった。ほっとした。

 身体を調べられるのも駄目だ。

 私の背中には傷がある。


「ま、君は初診だし、とりあえずはスリーサイズだけだね~。今から成長が楽しみだ」

「しっかり弄っとるやんけ!!!!」

「それにしても君の背中の傷。ひっどいね~ちょ~っと引いちゃったかな~」

「あ、あわわわわわ…!!」


 おちけつけおつおちつけ!!!

 傷痕だけだ見られたのは。傷くらい誰にでもあるじゃないか。

 5年も前の傷だ。鞭傷だなんでわかりはしない。


「ええとえと、小さいころ木に登って落ちてそれで…」

「そっか~。かわいそうに、怖かったろうね~」


 う、うまく誤魔化せたか?

 見ると先生の目はどこも見ていなかった。ゆらゆらしてるし、立って返事しながら寝てるんじゃないのかこの人?


 うぅ~心臓に悪い。生きた心地がしない。

 さっきの嫌な夢がちらつく。とにかくここから逃げたい。邸の私の部屋に帰りたい。一人になりたい。


「それじゃ!私はこれで失礼します!ありがとうございました!」

「うん。もう大丈夫だと思うけど、何かあったらすぐにおいで~。お大事に~」


 被った帽子を手で押さえながら学園を後にする。

 とにかく急いで邸に帰ろう。誰にも会いませんように。



 邸には当然旦那さまも奥さまもカトラスもいる。

 だがカトラスは私と同じ黒髪だ。そちらも私が染めているが。

 その親である旦那さまたちだけは、私の秘密を知っても受け入れてくれるとは思う。希望的観測だろうか?

 どっちにしろ、隠せる内は隠しておきたい。


「おかえりなさいメイス。昨日は驚いたわよ。魔物に襲われて運ばれたって」

「ただいまもどりました。奥さま。心配をかけてすみませんでした」

 邸に戻ると奥さまが迎えてくれた。

 奥さまは昨日学園医務室に来てくれていたそうなのだが、その時私はまだ寝ていたらしい。

 旦那さまは昨日の事件の件で城に出かけているそうだ。被害も出たし、城はてんやわんやだろう。今週はもう帰ってきそうにないとのこと。


 それはそれとして、私は一先ずお風呂に入りたい。昨日も入ってないし寝汗をたくさんかいたので実は今も気持ち悪いのだ。鏡も見たい。

 挨拶もそこそこに、一先ずお風呂に入らせて貰うことにした。



 脱衣所に入って扉を閉めると、やっと一人になることが出来た。すぐに帽子を取って鏡の前に立つ。

 …うん、大丈夫のようだ。ちゃんと魔術が馴染んでいる。

 ようやく息をつくことが出来て、ほっと胸を撫で下ろした。

 ずっと帽子を被っているわけにはいかないからな。これでまた一月は大丈夫だろう。


 ……今度は服を脱いで鏡を見る。

 脱衣所の壁一面に貼られた大鏡に、裸の金髪少女が立つ。前も隠さずに。

 隠すべきは後ろだ。身を捩って背中を見ると、消えない傷を見ることが出来た。


 こっちは髪と違って直接隠す魔術はない。

 私は露出趣味は無いので服はいつも着ているが、万が一の場合はさっきのグレイブ先生のように誤魔化すしかない。



 ふぅ…、ともあれもう大丈夫だ。

 安心するとお腹が空いたな。お風呂から上がったら朝食を作ろう。奥さまもまだだろうし。


 …………、

 最後にあらためて鏡を見る。

 胸の成長慎ましやかな幼女。

 今年で11歳になる。


 あれから…、

 あれから6年になるのか。



 最初は身体に慣れず、歩くことさえ難しく感じたが、今となっては長い間過ごした身体だ。

 もとの身体に戻ったとき、また動くのに苦労するのだろう。

 戻ろうと思えばいつでも戻れる。

 剣はこの邸にあるのだ。


 元の世界に帰る手段も探さなければ。

 白の国に召喚術があればいいのだが、ギルドの依頼は空振り続き。もしも白の国に召喚術が無かった場合、そちらに剣を使わなければならない。

 その場合、探すべきは剣以外で身体を元に戻す方法だ。

 だから私は、まだ剣に願わない。



 …それに、学園もある。

 マスケットやドクと学んだり話したりするのは楽しい。

 魔術の授業はいまだ退屈だが、勉強以外にも学べることがあると思う。

 ついでにフレイルもいる。


 フレイルもマスケットもドクも、私が元の姿に戻ればお別れだ。

 しょうがないが、少し寂しい。

 明日元の世界に帰れるとしても、せめてそれまではこの姿のままでいたい。


 だからそれまで、もう少し。

 もう少しだけ、剣には願わないでおこう。

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