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第二十一話 フレイルとの再会

 魔族はこの世界に召喚された地球人。

 つまり正真正銘私も魔族ということになる。それも純血だ。

 なぜ魔力があるのかという疑問も増えたが、だからといって私にはどうしようもない。

 今日を生きるので精一杯なのだ。仕事もある。 


「ひゃっはーー!!植物は消毒だーー!!」


 ヴァオオオオン…と唸りを上げて回転する丸ノコに雑草どもが蹴散らされていく。今までよくも私の足腰を疲弊させてくれたな!これがその報いだ!死ねぇ!!


 完成した刈払機の威力は圧倒的だった。こいつが量産の暁には借金などあっという間に叩き返してくれるわ。

 時刻は4つ目の鐘の後。昼食を早々済ませて中庭の仕上げに取り掛かっている。

 いつも園芸作業をする私はけっこう名物らしく、大分整備が行き届いた中庭には午後を憩う生徒たちがベンチに座って噂の私の新兵器を見学している。見世物じゃないよ。

 しかしそれも今日までの話だ。今日の作業で全てを終わらせる。最後にマスケット印の害虫忌避剤を水魔術で散布して、この中庭とはサヨナラだ。


 そしたらまた新しい道具を作ろう。

 アイデアは唸るほどある。魔道師の少ないこの世界、魔道具製作の専門職に就く人も必然少ない。この世界にはまだまだ私の知る道具が存在していない。

 この刈払機など、ほんの準備金稼ぎくらいにしか考えていない。エンジンに使う宝石など安いものだし、魔法が簡単なので魔力の描き込みにも慣れれば半日で済む。とりあえず10機作ってみたのを本体を作る鍛冶屋に提供した。私の取り分はかなり少なかったが飽くまで準備金。それを元手にメイスのアトリエが本格的に始動する。

 この試作品も、実は居た中庭の管理人に純金貨1枚で売約が決まっている。鍛冶屋に提供した分が全部で純金貨5枚。ヤバイ。私の貯蓄が青天井だ。


「珍しくご機嫌だね。メイスちゃん」


 聞き覚えのある声に、振り返った。

 私と同じサラサラの金髪。

 綺麗に整った目鼻立ちの美男子。

 比較的高い背丈に、いつも着ている騎士用普及の皮製の軽鎧。


 ・・・そこにはフレイルがいた。


「久しぶり。元気にしてたかな?」

「な…?フレイル!?なんでここに!?」


 次の定期訓練は秋のはずだ。東の街の常駐騎士であるフレイルが何故今首都に? とうとうクビになったのか?


「最近魔物の数が増えてて、騎士団に余裕が無くなってるらしいんだ。国中の騎士が再編成のために召集されてるんだよ」

「…………」

 そんな話も、どこかで聞いたな。そういえば学園の門番の騎士も代わっていたし。


 フレイルが首都にいる理由はわかった。だがなんでこの魔法学園の憩いの中庭にいるんだ?

 ここは私の持ち場だよ。帰れ帰れ。


「で、ついでといっちゃ何だけど、久しぶりにメイスちゃんに会いに来たんだけど…」

「…………」

「なんでさっきから返事してくれないのかな?」


 うるさいな。私はもう金輪際フレイルとは喋らないと決めたんだ。

 私の身体は幼女にされて、どうやら心まで侵食されているらしい。どうせいつか戻るのだしジェンダーがどうとか私はどうでもいいが、男とフラグを立てるつもりはさすがにない。

 無視無視。伐採作業に戻る。


「おーい、メイスちゃーん」

「…………」

 あー、あー、何も聞こえない。

 唸れ刈払機。余計なものが聞こえなくなるほどに。

 これが終わったら邸の庭の手入れがある。私は忙しいんだよ。


「メイスちゃーん。たっけてー」

「………?」


 様子がおかしいので刈払機を停止させてフレイルを見ると、学園生徒の婦女子たちの群れに囲まれていた。

 中庭名物の私の伐採作業を見ていた生徒たちの約半数が、その目をハートにしてフレイルを取り囲む。またかよ。


 こいつは…、本当にもう!!



「何の用だよフレイル。もう帰れよ」

「ヒドイな。友達に会いに来るのがそんなに悪いことなの?」

「とにかく私はもうお前とは会わない。そう決めたんだ」

「何で僕に会うなりそんな不機嫌になるの?僕何かしたっけ? ていうかそれでこの前は見送りに来てくれなかったの?」

「わかってなかったのか…」

「僕が悪いなら謝るからさ。機嫌直しておくれよ」

「うるさい。別にフレイルが悪いわけじゃない。いいからもう帰れ」

「そんな~。僕メイスちゃんの他に友達居ないし、寂しいんだよ~」

「お前は本っ当にダメだな!!」

 顔はいい癖に心底情けない男に吐き捨てる。こいつ今年で二十一歳なんだぜ?


 フレイルの手を引っ張ってなんとかあの場を脱出し、学園の敷地から出て一番近いカフェに入ったのだが、周囲からのヒソヒソ声が辛い。こいつは目立ち過ぎるんだよ。

 このカフェもあまり長くは居られないな。というか私はこの後仕事があるんだった。

 そうだよ、私は忙しいんだ。こんな奴と遊んでいる暇は無い。


「フレイルが帰らないなら私が帰る。達者でな」

「ちょ、メイスちゃん」

 フレイルを置き去り勘定をテーブルに置いて店を出た。

 後ろから呼び止める声が聞こえるが、無視。


 しかし行く充てがあるわけではない。私も邸に帰ればいいものを、なんとなく大通りの方に出てしまった。

 遠く東門が見える大通り。貴族の馬車が横行するいつもの風景。

 ここのところ私はごきげんに生きていたというのに、フレイルの所為で台無しだ。


 それにしてもフレイルめ。鈍感系主人公かなんかのつもりか。入学前にフレイルが帰るとき見送りしなかったことについて、会うなり文句の一つも言われると思っていたのだが、まさか少しも気にしていなかったとは。

 今だってそうだ。あんなおざなりな物言いで出てきたというのに、引きとめもしなければ追いかけても来ない。あいつにとって私はその程度の人間だということなのか。

 だいたいあいつはいつも女子にモテモテだ。鼻の下が伸びれば友達の見送りもどうでもいいのか。私への当て付けか。何が腹立つってあんなヘタレがモテるその事実が口惜しい! 死ねばいいのに!


 足に任せてズンズン歩いて行くが、中央街から一般街に出ると人が多くなり、次第に歩き難くなってくる。イライラ。

 思えば私はフレイルに会うたびにイライラしている。やはり奴に会うのは金輪際やめた方がよさそうだ。

 私は意地になって歩みを止めず、肩を怒らせて足を進めるが、とうとう人にぶつかってしまった。


「このガキ…どこ見て歩いてんだ」

「ぁあ゛っ!?」

 ぶつかった髭オヤジに文句を言われる。心底鬱陶しい。

 ひるまず睨み返すのだが、いかんせん私は10歳の幼女である。毎度のことだが何の脅威にもならないようだ。ついでに胸囲も無いとか言うやつはぶっ飛ばす!!


「なんだぁ? 生意気なクソガキだな」

 いかつい髭のオヤジが、私の前に立ちふさがる。

 どいつもこいつも、私をイラつかせやがる。やはり魔術でぶっ飛ばしてやろうか。

 私はこの間の魔物討伐の件での教訓を生かし、数枚の魔法紙を常にポケットに入れるようにしている。杖は無いが、人一人倒すくらいわけはない。


「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな!」

「はぁん。こいつ魔道師か…。おいっ!」


 私と髭オヤジの諍いを、道にたむろしていた人たちは距離を置いて見ている。道の真ん中に小さな広場みたいな空間が出来て、私とオヤジの対戦リングのようだ。

 そして髭オヤジの声に3人の男たちがリングに上がってくる。ちょ、聞いてない。タイマンじゃなかったのか? あわわ、4人も同時に相手できないぞ?


「魔道師だからってこんなガキにまで舐められちゃぁ俺ら剣士も困るんだよ。てめぇが魔法を出すのが先か、俺らの剣が先か、やってみるか!!あ゛!!」

 4人のゴロツキは冒険者のようだ。

 口頭詠唱では剣に追い着けないし、高威力の魔法紙は無いから勝てるか微妙だ。いやそれ以前に魔法紙の数が足りていない。これだけ啖呵を切って万が一避けられてしまった場合、彼らも手加減してくれないだろう。私は吊るし上げられるかもしれない。

 …あわわわ、あ、謝ってしまうべきだろうか? 潔く。


「マホーガッコの生徒サマってとこか?ボンボンが。ガキだからって許してもらえると思ってんなら大間違いだぜ!!」

「杖も持ってない魔道師なんか怖くねぇんだよ!!やっちまうかぁ!?」

 一際下品な歯並びの悪いゴロツキが、とうとう腰の剣を抜いた。マジか?


 …が、次の瞬間カラン、と音を立ててその剣が地面に落ちた。


「……その辺にしたらどうですか?」

 剣を抜いたゴロツキが、自分の手を押さえて蹲っている。

 小手打ちを一閃。鞘に収められたままの剣で、叩き落としたのだ。


「なんだてめぇは!?」

「また変なのに絡まれてるね。メイスちゃん」

 リングに乱入したのは、フレイルだった。

 私を追っかけてきてたのか。


「…こいつ、騎士フレイルだぜ」

「な、上位騎士の? ……チッ!」

 フレイルの顔を見たゴロツキ共。落とした剣を拾い舌打ちを残してぞろぞろと去ってしまった。

 ゴロツキ達が去ったことで、リングにはフレイルと私の二人が残される。


「ふぅ…、最近治安が悪くなってるって話、本当だったんだね。魔物が増えていくつか農村がやられたらしいし、ギルドに仕事が増えたからああいうのが増えるのも無理無いけど…」

「………」


 フレイルに助けられてしまった。

 …くそっ。


 リングから一転、私とフレイルのステージみたいになった小さな人ごみの空間は、いまだ周囲の遠巻きな注目を浴びている。

 騎士フレイル様よ。おぉあれが特別上位騎士の。三月式典見に行ったよ。などとフレイルのことを話す声ばかりが聞こえる。

 フレイル様?どこどこ?ちょっと見えない。一緒に居る女の子は誰? 生意気そうな子だ。フレイル様の妹さん?



 びきり。



 今なめた口ききやがったのはどこのどいつだ! 誰が誰の妹だって!?


「あれ? 何の騒ぎかと思ったら、メイスじゃないか」

「あ、本当です。メイス何して……って、騎士フレイル様!!?」


 喧騒の中から、聞き覚えのある二人の声。

 その声に私は、振り上げかけた拳を解く。


 …あぁ本当タイミング悪い。



 結局さっきの学園近くのカフェに戻ってきた。


「二人はもしかしたら知ってると思うけど、こいつはフレイル。私の友達だよ」

「メイスちゃんと同郷のフレイルです。よろしく」

「フレイル、いつものあれやらないの?」

「あれ? …あぁ、王立騎士団直属部隊所属、特別上位騎士のフレイルであります」

 びしっと敬礼してみせるフレイル。

 マスケットもドクも、それを見て唖然としている。


「そしてこっちはマスケットにドク。私の友達だ」

「は、初めまして、僕はドク」

「マスケットです。よ、よろしくお願いします」


 二人ともフレイルを相手に気後れしているようだ。こいつはそんな凄い奴じゃないよ。こいつはただのぼっちだ。


「メイスちゃんいつも仏頂面で機嫌悪そうにしてるから、うまくやってるのか心配だったけど、君たちみたいな友達が出来てて安心したよ」

「メイスが騎士フレイルと交友があったなんて、さすがに驚いたよ」

「あ、あの、フレイル様。よろしければ、サインください…」

「ははは、いいけど、様はよしておくれよ。友達の友達ならもう僕らは友達だ」


 フレイルは慣れているようで、キュキュっとサインを書き終えると……次のサインを書いてそのまた次のサイン……ってマスケット、何枚サイン書かせる気!?


「前から思ってたけど、フレイルってそんなに有名なの?」

「当然だよ。特別上位騎士フレイルと言えば、青の国のアイドルだ」

「去年の三月式典はスゴかったんですから!」

「ふぅん…」

 三月式典。三年に一回開催される三国間の技術祭典。要するに万国博覧会のような式典のことだ。様々な魔道具魔導器、新しい魔術、剣や鎧などの武具、果ては食品やお酒などを三国間で競うように出し合い、技術の躍進を共有するものらしい。

 そのときの青の国の魔道技師が、家庭用の魔道具の開発で表彰されていたと聞く。私もそれを目指したい。魔道兵器の実演イベントでは赤の国が独壇場。天下一魔術会のようなイベントでは白の国から出場した魔道師が優勝したらしい。

 そんな風な、イベント盛りだくさんのとても大きなお祭りに、三国中から人々が集まり、一週間にわたってどんちゃん騒ぎ。私は師匠が許してくれなかったので行けなかったが。二年後の秋に赤の国で開催されるときは参加しようと思う。


 そして去年の開催国は青の国、どうやらフレイルはそこで開会式の挨拶を担当したらしい。フレイルはそれ以前から人気があったようで、式典には例年の倍以上の人が来たようだ。東の街に来ればいつでも暇そうに頬杖ついてるのに。


「私は東の街でいつも会ってたからありがたみがわからないな」

「メイスって東の街の出身だったんですね」

「まてよ? 東の街出身ってことは、メイスの師匠というのはひょっとして…」

「私の師匠? メイスっておじいちゃんだよ。学園長のお兄さんで蒼の称号の。私は師匠の名前を継いだんだ」

「「 蒼雷のメイス!!? 」」


 あれ?二人とも知らなかったっけ?

 そういえば私も言わなかったかもしれないが、私の名前がメイスなんだし知ってるものだと思ってた。


 魔道師を目指す二人にとって、いや、ほとんどの魔道師にとっても、蒼雷のメイスという名は特別な意味を持つのだろう。青の国の蒼雷、赤の国の紅炎、白の国の白雪は全ての魔道師の頂点に立つ人物だ。

 師匠はずいぶん前に引退した身なので現在の蒼の称号は不在だが、その名は今も国中に轟いているらしい。そしてその弟子が今ここにいたわけだ。

 しかし私は師匠の名前は継いだけど、蒼の称号を継いだわけじゃないしなぁ。というか蒼の称号は、国にもらう勲章みたいなもののようだし。

 飽くまで私はメイスという酒好きおじいちゃんの弟子であって、蒼雷の弟子というつもりはあんまりない。

 師匠がいつか私に自慢してた蒼の称号を指す勲章も、私から学園長に返しておいた。今頃学園長から国王に返上されているだろう。


「そんな!蒼雷のメイスは弟子を取らないはずじゃ!」

「いや、気付いたら半ば強制的に弟子にされてたんだけども…」

「同じ名前だなとは思ってましたけど、メイスの師匠があの蒼雷のメイス様だったなんて!」

「まぁまぁドクくんもマスケットちゃんも落ち着いて。メイスちゃんは5才から弟子入りしてたし、あの人の凄さをいまいちわかってなかったみたいだ」

「凄い凄いとは聞いてるけど、ただの酒好きのじーさんだったぞ」

「たしかにメイスさんお酒大好きだったよね。そういえばメイスちゃんもお酒好きで、いつだったか隠れて酔っ払った挙げ句街の広場で…」

「おまっ、それは言うな!!」


 わいわい騒ぐ私たちに、周りから咳払いをする人がちらほら。すいません。すぐ静かにします。

 と、そこでちょうど5つ目の鐘が聞こえてきた。

「やば、仕事に戻らないと」

「もうそんな時間なんですね」

「それじゃあ僕も帰るとしよう」

「あ、じゃあ二人は僕が送っていくよ」

「うん、よろしく頼むよ、フレイル」


 フレイルに二人を任せる。さっきみたいなゴロツキに絡まれたら大変だしね。

 フレイルは上位騎士だ。特例だが。こいつに任せておけば大丈夫だろう。


 そしてカフェを出てそれぞれの帰路に着こうとしたとき、


 首都の全土に、緊急用の警報装置が鳴り響いた。

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