第二十話 魔王と魔族
「メイスさん、メイスさん起きなさい」
「………ふぁっ!?」
名前を呼ばれて起きる。どうやら寝てしまっていたようだ。
頬を叩く。寝ている暇は無い。
すぐに目の前の緑小石に魔力を描き込む作業に戻る。
「講義を聞くという選択肢は無いのね…」
「はい、ありません」
場所は初級魔術科講義室。
時間はハチェット先生の講義の最中。
起こしてはくれたものの、ハチェット先生はもはや諦めムードだ。理解ある先生で助かる。
私はいまさら基礎魔術を勉強してもしかたがないし、先生も講義室でいびきを響かせさえしなければ文句は無いだろう。
ハチェット先生は授業に戻り、私は作業に戻る。
今日中にこれを仕上げなくちゃいけないんだよな。
集中集中。
「メイス、それは何をしているんだい?」
「私も気になります」
ドクとマスケットが興味ありげに聞いてくるが、今話しかけるんじゃないよ。
これめちゃくちゃ集中しなくちゃいけないんだから。君たちは授業を聞いていなさい。
「それは、魔力を練って宝石に注いでる…のか?」
「緑小石ですね。今日はずっとそれと睨めっこしてます」
あーうるさい。
「これは魔道具を作ってるんだよ」
「!? どうやるんですか!!私にも教えてください!!」
…しまった。根負けして応えたが、逆効果だ。
魔道具は、物によってはとても高価な商品である。
商人の娘が食い付いてしまった。
「僕も興味あるな」
「教えてくださいメイス!!」
「じ、じゃあどんなパンツ穿いてるのか…」
「今日はその石と同じ薄緑です。さあ教えてください!!」
「なん…だと…?」
馬鹿な…、これほど簡単に…?
「き、君はたまに結構大胆だよね」
「商家の娘ですから、利率を考えてるんです」
なるほど逞しいが、さすがのドクも若干引いてる。
「メイスの弱点も分ってきました。結構返しに弱いですよね」
「む、そうかも」
たしかに私は不測の事態に弱いところがあるかもしれない。
しかし弱点というなら、マスケットにはそそっかしいところがある。
「まあマスケットにとって魔道具作成のノウハウは、パンツの色をクラスメート全員に知られるだけの価値があるってことなのかな?」
マスケットの時間が止まった。
100人近くの生徒の微妙な視線に気付いてみるみる顔が赤くなっていく。
「…そこの三人。お願いだから静かにしてもらえるかしら」
ハチェット先生に注意され、この話はひとまずお預け。
はぁ…、また二人に教えなくちゃいけないことが増えたよ。
まぁいいけどね。
○
といっても教えろと言われてホイと教えられるものではない。
二人はまだやっと魔力を練ることを覚え、教科書に載ってる呪文で下級魔術が使える程度だ。
やっと立つことを覚えた赤子にフルマラソンを完走しろといっても無茶だろう。
といって何度も説明してみるが、二人は聞いてくれない。
「出し惜しみとは君らしくないな。教えてくれてもいいじゃないか」
「そうですよ。私は何のためにあんな思いしたんですか。約束が違います」
「甘いなマスケット。たしかにパンツの色は教えて貰ったけど、その情報が正しいという証明はまだしてもらってない」
「詐欺です! メイスが私に嘘をつきました!」
「ちょ、マスケットまた声が大きい」
図書館では静かに。
こんな食い下がるマスケットは珍しい。やはり彼女にとって魔道具は特別なのか。だったらパンツくらいいいじゃないか。いっそ私にくれ。
しょうがないので教えてあげよう。どうせ二人には無理だし、すぐに諦めるだろう。
立ったばかりの赤子はマラソンは無理でも歩くことから覚えればいいのだ。
では、魔道具を作るには何が必要か。もちろん魔力を練ることもそうだが、とにかく魔力を物に安定させる技術を習得することだ。
「二人は魔法紙を使ったことはある?」
「魔法紙?それはなんだい?」
「私知ってます。魔法式を書いた紙ですよね。魔道師にしか使えないですけど」
「そのとおり」
まずは練った魔力を物に移す感覚を掴む練習だ。
感覚の話なので教えるのは難しいが方法はある。魔法紙を使えばいい。
下級魔術ならとりあえず使える二人にはそれほど難しいことではないはずだ。
紙に簡単な魔法式を書いて二人に渡す。
「じゃぁ魔力を練ってこの魔法紙を使ってみて」
予想通りこれは二人とも苦労はなかった。何度か首を捻っていたが、すぐに魔法が発動して二人の身体の回りを風が舞い上がり、マスケットのスカートを持ち上げた。
「メイス……」
「♪~~」(鼻歌)
マスケットがジト目でこちらを見てくるが、私はマスケットが嘘吐きでないことに安心した。
「ドクも、見ました?」
「見てない。決して見てないぞ」
「もったいない!あんな見事な細工模様だったのに!」
「えっ!?無地だったぞメイス??」
「~~~~~~!!!」
一方、マスケット以外は嘘吐きばかりだった。
嘘吐き二人にはマスケットから頬っぺに紅葉をプレゼントされた。
「でも不思議です。どうして魔道具と違って魔法紙は一度しか使えないんでしょう?」
風の魔法紙は魔法を発動してボロボロになっている。
「魔力切れを起こすからです」
「魔力切れ?」
魔力は使うと無くなる。魔法という形になって自然に還元されるのだが、魔力が底を突くと損壊が起きるのだ。
魔力を持たない物質でもいまのように一旦魔力が流れてそれが失われると同じことが起きる。紙ならボロボロになったり石なら欠けたりヒビが入ったり。
魔道具や魔導器も同様だ。内蔵魔力に余裕があるから一度で魔力切れにはならないし、小さな魔法なら普通の人でも補充しながら使えるが、魔力消費が多い物は魔力の補充が必要だ。壊れると修理しなくてはいけない。
そして人間が魔力切れを起こすと脱水症状や免疫不全などを併発し、最悪の場合死ぬ。
「し、死んじゃうんですか?」
「無理に使おうとしなければ魔法が不発するだけですから、大きな魔術とかじゃなければまず大丈夫です。悪くてもせいぜい気を失うくらいです」
「どっちにしろ気をつけた方がよさそうですね…」
「もう怒ってないですから二人とも、普通の喋り方に戻ってください!」
気を取り直して次だ。中庭で拾っておいた石コロを取り出す。
今回は魔法式の組み方までは教えなくていいだろう。さっきと同じ魔法をもう一度紙に書き、それを魔力で石に書き込んでもらうことにする。
「では、いよいよ石を魔道具にします。二人とも石は持った?」
「持ちました」
「で、どうやるんだい?」
「がんばってください」
「「えっ!?」」
いままで二人ともよく私の授業についてきてくれた。
私が教えられることはもう何も無い。
「が、がんばってって、どうすればいいんだ?」
「魔力で石にその魔法式を書き込んでください」
「だから、それをどうやるんですか?」
「こう…、えいやって感じで」
「えいや…って…」
説明不足を感じているだろうが、私が教えられることは無い。私の師匠も、ものを教えるのはヘタだったのだ。
習うより慣れろ、実際にやって理解してもらわなければどうしようもない。
私もこれが出来るようになるのに随分と苦労した。案の定二人とも首を何度も捻って頭に?を浮かべている。
「全然わからない…、どうすればいいんだ?」
「メイス、魔力がすぐに消えちゃうんですけど」
「最初は私もそうだったよ。魔力を物質に安定させるのには根気がいるんだ」
「メイスはどれくらいで出来るようになったんだ?」
「石に魔力を安定させるのに三ヶ月、初めて式が描けたのはその半年後かな」
「「…………」」
二人は私の言葉を聞いてやっと諦めてくれたようだ。
やれやれ、これで緑小石の作業が出来る。
ちなみに私はこの緑小石と、もう三日も睨めっこを続けている。
○
5つ目の鐘が鳴るまではまだ時間があるが、ドクもマスケットもあれからずっと石を相手に悪戦苦闘している。
緑小石も仕上がったし、時間まで本でも読んでいようか。
適当に本棚を物色していく。
学園の図書館は広いが、雑然としている。この広さにしては本棚が少なく、溢れた本が適当に積まれている状態だ。この時間は人も多い。
今も司書の人が本棚を整理しようと一際大きな本の山を作っている。
その山の一角となっている本のタイトルが、私の目に留まった。
魔王戦争録。
「魔王」という言葉が、私の頭に引っかかった。
今の白の国がある島の西端には、魔王の居城の跡が遺跡として残っている。
白の国出身のお姉さんは、どうやら私を探しているようだった。
私を召喚した誰かは、白の国の人間かもしれない。
そして召喚された私の目の前に封印されていた剣。その剣を作った魔王。
白の国。葬られたはずの召喚魔術。私が元の世界に帰るヒント。いろいろな考えが私の頭の中を駆け巡った。
すぐに司書に許可をもらって本を貸し出して貰う。
だが、それは戦争記録というよりは、子供向けの童話のような本だった。
とりあえずページをめくる。歴史上の事実を基にしたものだ。この際童話でもなんでもいい。
内容はこうだった。
およそ千年前、突如魔王が現れ戦争を起こした。
魔王は100人の魔族を従え、世界を混乱に陥れた。
そんな中、今度は勇者が現れ、とうとう魔王を討ち倒した。
その後は今の青赤白三国の建国の話に移っていく。
どこにでもありそうな英雄譚だった。
期待はしていなかったが、これじゃなんの情報にもならないな。童話じゃしょうがないか。
「何を読んでいるんだい?」
本に集中していると、後ろからドクに声を掛けられた。
「あれ?もう魔道具出来たの?」
「僕は諦めたよ。マスケットはまだがんばってるけどね」
ドクの言うとおり、マスケットはさっきのテーブルでまだ石と睨めっこをしている。
「その本、魔王戦争録だね。僕も読んだことあるよ」
「へ~、他には魔王についての本とか無いの?」
「?? 魔王?」
「ん?」
おや? なんでハテナなんだ?
「メイスは勇者じゃなくて、魔王の方が気になるんだね」
「!?」
そ、そうか。そもそもこれは英雄譚だった。
主人公は魔王じゃなくて勇者だ。桃太郎よりも鬼の方が気になる子供なんていない。
「ああ、いやなんとなく、戦争起こした大罪人らしいからさ」
「ははは、まぁたしかに勇者より魔王の方が残っている記録が多いくらいだしね。というか勇者についてはほとんどの記録が無いくらいらしいよ」
私の想像ではツンツン黒髪に丸い宝石がついたサークレットでいつも抜き身の剣を構えて歩く勇者を想像してしまう。
「たしか、もっと詳しく書いた本が父上の書斎にあったはずだよ。明日借りて持って来よう」
「本当に? ありがとうドク」
「それくらいおやすい御用さ」
冒険者ギルドに出した依頼はいまだ成果を上げていないが、ひょっとしたら魔王のことを調べることで何かヒントがあるかもしれない。
願えば何でも叶えてくれる剣を作ったのだ。そんな奇跡の魔法式があれば元の身体に戻ることも地球に帰ることも容易い。
調べて損は無いだろう。
○
ドクに借りた本を読んで得た知識をまとめてみる。
突如現れ戦争を起こした魔王。
その出自については不明だが、強大な魔力を操り異端の知識を持っていたとある。
奇跡の剣についての記述を読むと、天を裂いただの大地を割っただの、神話の奇跡のような記述ばかりだった。まぁあの剣なら可能かもしれないが。
ただ気になったのは、魔王はその剣の奇跡によって、別世界から魔族たちを召喚した。とあった。
そして、魔族。
魔王が従えたという、100人の魔族。
たった100人で多くの人間の命を奪った、魔王と並ぶ悪の象徴。
当時の人は誰でも例外なく魔法を自由に使えていたというが、魔族が残した子孫の血が混ざってしまうことで、魔法が使えない者が産まれだしたらしい。特に黒髪の者は今でも差別の対象である。
魔族は魔法を使えない。それがたった100人集まったところで、魔法使いたちがなぜ苦戦するのか。
その記述があった。
魔族は人間が思いもよらない道具で、魔法使いたちを圧倒した。
人を乗せて飛ぶ、大きな木の鳥。
そこから落とされる、火炎を撒き散らす樽。
唸りを上げながら人間を踏み潰す、馬の無い馬車。
踏むと爆発する土。
小さな金属の塊を飛ばして、鎧すら貫く武器。
そんな不思議な道具を使い。魔族は人々を恐怖に陥れた。
いくらかは魔法でも同じことが出来るが、魔族の武器に人々は驚愕した。
魔族は別世界の知識で様々な武器を造り、魔王と共に人々を襲った。
この本にはそう書いてあるが、
これらの「兵器」を、私は知っている。
「飛行機」
「焼夷弾」
「戦車」
「地雷」
そして「鉄砲」
これは、この世界には無い、「地球の知識」だ。
○
魔族とは、この世界に召喚された地球人のことだった。
千年も昔に私と同じ地球人が召喚されていたとは驚きだ。
あの白の国のお姉さんは東の街で探し物をしていた。
東の街の、さらに東。青の国の東の大森林。
その大森林の何処かに、あの剣は封印されていた。
探していたのは、おそらくあの剣。
そしてその場所に、すでに剣は無い。
あの剣に召喚された魔族の知識が、戦争を引き起こす兵器を作ると知っているのだ。
やはり地球の知識を持つ者、すでに召喚されたかもしれない魔族、もしくは召喚した張本人を探していたのだ。
白の国が動いているなら、危険視して拘束するか、利用しようとするのが普通だろう。
だが、わからないこともある。
私を召喚したのもあの剣かとも思ったが、あの場には誰もいなかった。
願う者が居なければ剣は働かない。誰か居たとして、私から隠れる意味も私を放っておく意味も無いだろう。
ただ剣を抜くために私が召喚されたのか? 手で簡単に抜くことが出来たのに? 召喚されて出た場所がたまたまあの剣の前だったのか?
直接剣に問いただしてやりたいところだが、こないだの魔物退治から旦那さまの印象が悪いようだ。しばらく執務室に出入り出来ない。
魔族の召喚。私を召喚したそいつは、魔王の信奉者なのかもしれない。
目的は何だ? そいつは一体、何処の誰なのだろうか…。




