第十九話 魔術戦闘2
今日は学園はお休みです。
邸の仕事も休みである。城でパーティーがあるらしく、朝から準備に人を呼んでいる。
私は使用人だが手伝えることは何もないので、いっそ休みにして貰ったのだ。
なので今日は午前から冒険者ギルドに来ている。
何の用事かというと、白の国のことを調べるために依頼を出しているのだ。
私が元の世界に帰るため、召喚魔術の情報が必要だ。噂話程度でもいい。とにかく何でも情報が欲しい。
…だが、結果は思わしくなかった。
あのお姉さんが言ってたことは本当だな。どうやらかなり閉鎖的な国のようだ。
まあ諦めるつもりはない。時間はあるのだ。
学園を卒業してから直接行くつもりだが、依頼はこれから定期的に出していくつもりである。
お金は掛かるが。
露店で飴でも買って食べよう。そう思いながらギルドを出ようとすると、
「あれ? メイス、こんなところで何してるんです?」
マスケットとばったり会ってしまった。
む、まずい。白の国のことを調べてるなんて言って変に勘ぐられたらボロが出るかもしれない。私の秘密を知られるわけにはいかない。
「奇遇だねマスケット。私はちょっと儲け話でもないものかと…」
「儲け話? それならちょうどいいです!」
誤魔化すだけのつもりだったのだが、何か都合がよかったようだ。
というかそもそもマスケットはこんなところに何の用があるんだ?
○
マスケットに手を引かれギルドを出る。適当に近くのカフェに入ってテーブルに座った。
「実は昨日、私の家と大口の取り引きがある牧場が、魔物に襲われたんです」
話を聞くと、儲け話というのはどうやら魔物退治の依頼のようだった。
ギルドに依頼を出すつもりで、報酬もそれなりの額を用意しているとのこと。
マスケットの実家は大きな商会。マスケットは家のおつかいで冒険者ギルドに来ていたのだ。
普通危険度C以上の魔物の被害があった場合、最寄の騎士詰め所などに通報する。
東西南北の街ならフレイルのような常駐騎士がいるが、地方の農村にはいない。件の牧場の最寄はこの首都の騎士団だそうだ。
だが騎士団はいま手が足りない。
ここ数年、魔物の出現が多くなっているという話は、私も知っていた。
魔物は青の国の北東。中央大陸を縦に割る山脈に棲んでいる。
たまに人里に下りてくるのだが、東の街で相手にしてたのも、せいぜい年に4、5体だ。
それが数年前からどんどん増え続けている。
騎士団はそれに一つずつ対応しているのだが、どうも最近許容量を超えてきたようで、いま再編成に追われている状態らしい。
で、捌き切れない魔物の相手は冒険者ギルドに依頼が出される。公僕が出来ない仕事を民間に任せる。世の常だね。
「たしかに私ならどんな魔物も楽勝だけども」
「そうでしょう! メイスになら安心して任せられます!」
私が行けば、Aランクの魔物でも一人でなんとかしてしまう。私ってば優秀だから。
しかしマスケット。それには問題がいくつかあるよ。
「その牧場にはどれくらいで行けるの?」
「家で一番速い馬車を出します。1日で往復出来ますよ」
「明日学校あるよ?」
「あ……」
「そして私は仕事があるよ?」
「あぅ……」
「それに一応命がけだから、私もそれなりにお金取るよ?」
「純金貨3枚出します」
「行こうマスケット!! 罪もない牧夫や家畜たちが私の助けを待っている!!!」
問題なんて何も無かった!!
純金貨最高や!報酬の心配なんていらんかったんや!
○
問題が発生した。
どうやら私は、また嵌められたようだ。
あれから意気揚々とマスケットと報酬の話ばかり続けていた。
何せ私の給料の二倍の額だ。もちろん全額返済に充てることはない。
純金貨3枚というのは大金だ。それはもう大金である。
それを元手に新たにビジネスを広げることも出来るだろう。
私なら出来る。ていうかやる。
もちろん端数は使ってしまっても問題ないだろう。
どうしよう。また無駄遣いが捗ってしまう。
そのお小遣いで何を買うか、どんなものを食べようかなんてことをキャッキャウフフとマスケットと話している間に、馬車に乗り込んだのは微かに覚えている。
その馬車というのは、今私たちが乗っているこの馬車だ。
私がはたと気付いたときには、もう首都の三つ目の城壁を抜けるところだった。
馬車は速度を上げ、今も窓の外の景色が後ろに向かって吹っ飛んでいってる。
馬車ってこんなスピード出るんだ…。
「…マスケット、この馬車はどこに向かってるのかな?」
「え?件の牧場ですが?」
馬車は牧場に向かっていた。
ひょっとしたらそうじゃないかと思っていたが、気のせいではなかったようだ。
それはいい。
約束通り。すごく速い馬車だ。
サスペンションが高性能なのか、この速度でも揺れも少ない。
それでも首都に帰るのは明日の昼になる。学校も仕事もサボってしまった。
それもいい。
私が行くと言ったのだし、マスケットの商会の人が学園と邸に連絡してくれるらしい。旦那さまには誠心誠意謝って許してもらおう。
問題というのは、私が手ブラだということである。
上半身裸で胸を両手で隠している状態を指すのではない。
荷物を何も持ってきていないのだ。
私たちは今から魔物を退治しに行くというのに。
杖も魔道具も、何一つ持って来ていない。
「どうしたんですメイス? 顔が青いですよ?」
「……うん、ちょっと乗り物弱くて」
…………、
どうしてこうなった。どうしてこうなった。
「マスケット。件の魔物っていうのは?」
「資料によると…、猪狒狒という魔物です」
C+の魔物だ。
猪の頭とヒヒの身体を持つ魔物で少しばかり知恵があるのが厄介らしい。
図鑑で見ると指輪物語のオークに似ているが、武器や道具を使うほどの知能は無い。
…ギリギリか。私が杖魔道具無しで戦って勝てるギリギリのラインか。
条件次第では普通に負ける。
猪狒狒の腕力は人間の身体を簡単に引き千切ることが出来る。怖っ。
「どんな魔物か私は知りませんが、メイスなら楽勝ですよね!」
「う、うん。らくしょーらくしょー。大船に乗った気でいてよ…」
キラキラした瞳で力いっぱい期待してくれるマスケット。
…言えない。今から街に戻ってなんて言えない。
マスケットは街中で使えない魔術が見れると言って、はしゃいで着いて来た。
きっと彼女は、私がなんかスゴイ大魔法で一撃のもとに魔物をやっつける未来を見ている。
その未来は確かにあったが、何者かの干渉によって世界線が変わってしまったのだと思う。
…いや、ギリギリ勝てるレベルの相手なのだ。そう悲観したものではない。
いざとなったら彼女の想像通り。遠距離からの上級魔術で牧場ごと消えてもらうことにしよう。
○
目的地の牧場に到着した。
日はまだ高い。暗くなる前にさっさと仕留めよう。
ともあれ久しぶりの魔物退治だ。
やることはいつもそれほど変わらない。まずは魔物を誘き寄せる歌を歌う。
「~~~、~~」
「メイス、それなんの歌ですか?」
「私の故郷の歌だよ~」
魔物は歌に寄って来る。
牧場は広い。探し回るより向こうから来てもらった方が楽だ。
こちらは道具がないので近づかれるのはダメ。中距離でも少し怖い。
幸い今回の相手は群生型ではない。見晴らしがいい場所に陣取ったので魔物が現れたと同時に消し炭にする予定だ。
程なくして魔物さんがログインしました。
資料通りの猪狒狒。距離200m以上。
牧場の厩舎の影からイノシシ頭が出たり引っ込んだり、こちらの様子を伺っている。
しかし一向に出てこない。図鑑の通り知恵があるようだ。もしくはシャイなのだろう。魔術で狙撃しようにもこの距離だと厩舎を消し炭にしかねないな。
「あの厩舎ごと吹っ飛ばすことも出来るんだけど…」
「さすがにそれは…。一応家と取り引きのある牧場なので」
ですよねー。
う~ん。いきなり予定が狂ってしまった。
やはり思い通りにはいかないな。
どうしよう。
「マスケットはここで待ってて。絶対に近づいちゃダメだよ」
仕方がないのでこちらから近づくが、十中八九待ち伏せだろうな。
マスケットには馬車の近くで見学してもらう。万が一にも私がやられたら御者さんの判断で逃げてくれるだろう。
まあ万に一つもやられるつもりはないが。
効果範囲の広い雷魔術を詠唱。放射雷なら狙いが甘くても当たる。
懐かしいな、師匠のおしおき。八艘飛びで魔術を躱す私に師匠が使ったのがこの魔法だ。動けなくなったところにゆっくりとトドメを刺された。
私もそれに習おう。師匠の教えは私の中でしっかり生きてるよ。ぶるぶる。
警戒しながら、厩舎の角に近づく。
さて、逆の立場で考えるが、効果的な待ち伏せというのはどういうものか。
私が角を折れるのをただ待ち構えるのは馬鹿でしかない。私は相手を既に認識しているのだから。
ならば罠を張っているか。
虎挟みでも仕掛けるか、草を結んで足を掛ける罠も効果的だろう。
だが猪狒狒にそこまでの知恵はない。
といっても難しい話ではないのだ。
何せ私に限らず、人間は前しか見れない。
前以外から襲えばいい。
戦闘の基本中の基本だが、実際やるとかなり効果的。
そしてもちろん、罠も奇襲もバレれば意味がない。
「………古い」
角を曲がらず、上に向かって放射雷を発動。
屋根の上から覗く鼻息の荒いイノシシ頭に、気絶レベルの電撃の網が飛ぶ。
厩舎の裏から屋根に昇って、頭上から私を襲う気だったのだろう。ホント古い。
だが、
寸でのところで、電撃の網は猪狒狒を捕らえなかった。
は、外した?
ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイ。
範囲魔法だからと、よく相手を見もせずに放ったのが悪かった。
もっと引き付けるべきだったのだ。
イノシシ頭が屋根に引っ込む。
マズイ。すぐに厩舎から離れる。
屋根から降りて厩舎の裏から左側を回ってくる。
もしくは右側を回ってくる。
厩舎の中から壁をぶち抜いて来る。
それともそのまま屋根上から。
さっきのように四択を読みきったとしても、当方に迎撃の用意なし。
今の私は無防備そのものだ。次の魔法の詠唱のために距離を取らなければ。
走りながら魔術を詠唱。
距離を取るならマスケットの方向だ。
猪狒狒はマスケットも認識している。ヘイト管理は全然出来ていない。
私が盾にならないと。
遠くマスケットを見る。彼女には私の戦略的後退はいい様に見えてないだろう、不安げにこちらを見ている。
厩舎から離れるにつれて、屋根の上にいるイノシシ頭が見えてきた。警戒しているのか、まだ屋根から降りて来てない。
よし。50mは距離を取った。これで勝つる!
地導雷。詠唱は終わった。地面の広い範囲にいつでも雷を伝わらせられる。あとは発動させるだけだ。
が、猪狒狒は屋根から降りると、ヒョコヒョコ厩舎の中に隠れてしまった。
「…………」
どうやらよほどのシャイボーイのようだ。
…どうしよう。
狭い厩舎の中で魔物とは戦えない。何せ掴まれたら終わりなのだ。猪狒狒の腕力は私の身体を易々と引き千切るだろう。
広い場所じゃないといけないのだ。ここならよし!なのだ。
………、
私は考えた。
マスケットもいるので危険は冒せない。
最善は尽くしたと思う。
私の能力不足だと言われたら、それは謝ろう。
「メイス? 大丈夫なんですか?」
「うん、ちょっと不味いことになって。そこでものは相談なんだけど…」
私は、マスケットのところまで戻ってなんとか彼女を説得した。
彼女は少し渋っていたが、派手な魔法を見せて上げられると言ったら承諾してくれた。
私はたっぷり時間を掛けて魔術を詠唱し、
「召雷!!」
厩舎に雷を落とした。
○
今回も楽勝だった。自分の才能が恐い。
何せステゴロでC+の魔物をヤったのだ。武勇伝が増えた。
それから近くの村で一夜明かし、翌日の昼には首都に帰ってきた。
マスケットは終始私を褒め称え、私の鼻は天を突く勢いだったが、その鼻は首都に帰ると同時に旦那さまと学園長にへし折られた。
旦那さまは数時間におよぶ説教でガミガミ私を叱りつけて来たが、幸いクビにはされなかった。鼻歌物~。
マスケットもお父さんにこっぴどく叱られたらしく、かなりヘコんでいた。
そして学園長には、マスケットと仲良くお尻を叩きまくられた。
机に縛り付けられて平手による百叩き。
信じられない。これって体罰やん?
「おケツがぁ…おケツがあぁ…」
「うぅ~、まだ痛いですよぅ…」
「かわいそうに、マスケット、私が撫でてあげる」
「それは結構です」
やっぱりサボりはダメですよね。
反省してます。
純金貨3枚。ごっつぁんです。
直しました