第十七話 入学式
首都に来てから一ヶ月。
時間だけは勝手気ままに流れ過ぎていく。
今日は学園の入学式だ。
今日から、私は学園生徒になる。
…友達百人出来る哉。
魔法学園には講堂、というか聖堂のような広間があった。
入学式はここで行われるらしい。
広間は広い。大理石みたいな床を踏むと靴の皮底がきゅっきゅと鳴り、音が遠く高い天井に響く。
長机と長椅子がたくさん並んでいる。収容数は600人くらいだろうか。巨大な一枚ガラスの窓から差し込んだ光が部屋全体をやさしく照らしてぽかぽか温かかった。
人っ子一人いない。2つ目の鐘が鳴る頃(朝8時)だと聞いていたが、まだ7時前くらいだろう。来るのが早すぎた。
とりあえず適当な席に座る。
日の光が私の眠気を誘う。私は元来朝は強くない。今日は気合入れて早起きしてしまったが、まだかなり眠い。
2つ目の鐘が鳴るまではまだ時間がある。ちょっと一眠りしておこう。
入学式が始まれば、きっと誰か起こしてくれるだろ。
思えば最近、心労が耐えない。
考えることが山積みだ。
まず剣のこと。
私がこんな姿になってるのは剣の奇跡によるものだ。だから同じ奇跡でもってしか元の姿に戻ることは出来ない。しかし今すぐに願いを叶えることは出来ない。私は剣に願えない。
次に私のこと。
あの剣は私を「小さな女の子」にした。したがって私の身体は大きくはならないらしい。ゆっくりと成長はするようだが、「小さい」という括りから外れることはもうないということだろう。胸も。胸も。
そしてフレイルのこと。
結局二度と顔を合わせることなく、フレイルは昨日東の街に帰ってしまった。
……見送りはしなかった。
他にもある。フレイルを見る奥さまの目がエロかったこと。城で旦那さまのフレイルに対する当たりがかなり強かったらしいこと。
考えることは山積みだが、あまり考えたくない。
ぽかぽかと温かい陽の光に我慢出来ず、私は浅い眠りについた。
○
「…………あの」
・・・誰かが私を呼んでる。
まだ眠い。昨日は奥様の言いつけで新しい衣装室を作るため遅くまで空き部屋を整理するという、まるで自分が入る墓を掘るような作業をしてたんだ。
そうでなくても、この一ヶ月慣れない仕事でメイドやってた私はとても疲れてるんだよ。
お願いだから寝かせてくれ。
「……あのぅ…すみません」
うぅ~ん。
しつこいなぁ。気持ちよく寝てるんだから邪魔しないでくれよ。
今日はとてもいい天気で、ここはとても温かいんだ。
ただ寝ることの何がいけないというんだ。
「あの…そろそろ起きた方が…」
「うるせえええええええええええええええええ!!!!!!!!」
ぉんぉんと遠い天井に声が響いた。
私の眠りを妨げる奴なんて嫌いだ! 死ね!!
「ひぃっ!?」
私の怒声に怯える少女。
・・・少女?
「ご、ごめんなさいぃ……」
でっかい眼鏡の女の子が涙目でこっちを見ている。
もちろん知らない少女だ。年のころは私と同じくらいだろうか。黒縁の大人用眼鏡。髪は深い青。おかっぱの青髪に丸い金属プレートのバッジのようなバレッタを着けている。貴族じゃないな。服装は比較的質素に見える。いや私が最近高級服を見慣れてしまったからそう見えるが、質はいい物のようだ。
女の子は気が弱いのか、私の声に驚いて怯えているようだ。
危ない危ない。寝起きの悪さに任せて見知らぬ少女を泣かせてしまうところだった。
そうだ。女を泣かせる奴は最低だ。男の風上にも置けない奴だ。私は美少女だが。仮に美少女だとしても美少女という名の紳士だ。これからは気を付けなければいけない。
「っと、怒鳴ってごめん。何か用?」
「は、はいぃ……あの、起きた方がいいですよ?」
…………、
…周りを見る。
百人近い人たちの視線が、私に突き刺さっていた。
「オホン…、え~そこの君たち、静かにしたまえ」
講堂の正面に設置された壇上に立つ学園長に、微妙な顔で控えめな注意をされてしまった。
……やっちまったぜ。
○
入学式は私にとって、それはそれは拷問めいた内容になってしまった。
学園長が壇上でいろいろと訓示などを述べ連ねている最中も聴こえてくる、周りからのヒソヒソとした声。
私は終始俯いて、長机の木目を数えているだけだった。
しだいに音量を上げていくヒソヒソ声に学園長が咳を吐くが、それすら私に苛む暴力だった。
おかしい。これはどういうことだ?
私の予定では、伝説の魔道師の弟子として学園長に紹介され、壇上に上げられて新入生代表みたいな挨拶をするものだとおもっていたのに。
そのための文章も原稿用紙に簡潔にまとめてきたのに。新入生諸君に尊敬の目で見られ惜しみない拍手を雨と浴びるはずだったのに。華々しいデビューの日になるはずだったのに。
現実はといえば、私は尊敬どころか奇異の目で見られ、入学式終了とともに逃げるように講堂を脱出。学園中庭のベンチで独り黄昏ている。
それにしても、誰も起こしてくれやしなかった。みんな冷たいな。都会は恐ろしいところだ。あんな冷血人間ども、こっちから願い下げだよ。誰が友達になるものか。誰だよ友達百人出来るとかなんとか言ってたやつは。謝罪と賠償を請求する。
「……あのぅ」
ベンチでぶつくさ文句を呟く私に、聞き覚えのある声がかけられる。
さっきの青い髪の少女だ。そういえばこの子だけは私を起こしてくれたんだった。優しいのはこの子だけか。
「ああ、さっきはありがとう」
「いえその…、ちょっと遅かったみたいですが…」
うん、そうだね。出来れば式が始まる前に起こして欲しかったな。
…いや早い遅いの問題じゃないか。私の寝起きが悪いのが悪い。
「それで、私に何か用かな?」
「よ、用というかその…、あ、あなたは貴族ではないですよね?」
…うん、まぁそうだが。
はっきりしないなぁ。それが何だと言うんだ?
私のこのローブととんがり帽子が貧乏臭くてとても貴族に見えないという意味か?
「…そうだけど、君も違うよね?」
「そうなんです。でも周りは皆貴族の人ばっかりで…」
ん、あぁなるほど。何かと思えば仲間が欲しいのか。
たしかにあの冷血人間どもの中に入ってもいい思いはしなさそうだ。
青髪少女が仲間になりたそうにこちらを見ている。
>はい
いいえ
「ちょうど私もそれ思ってたんだ。よかったら一緒に学園の中を見て回らない?」
「い、いいんですか!?」
「もちろん」
少女の手を引いて歩き出す。
かくして私に、フレイル以外で初めて友達が出来た。
これが、私とマスケットとの出会いだ。
○
入学式後の醍醐味といえば、新たな友達との学園探索がそのひとつだと思う。
中庭から校舎に戻り、新入生たちで賑わう長い廊下を歩く。
魔法学園は広い。隣に建つ王城より小さいとはいえ、そのもの城のような大きさだ。私は首都に来た日に学園長に連れられたこともあるが、全体を見て回ったことはない。
少女の名前はマスケットというらしい。同い年だった。
マスケットは人見知りする方らしく。キョロキョロと辺りを見渡してはオドオドと私に着いて来る。眼鏡が野暮ったいが、改めて見るとかなりかわいい方ではないか。美少女と友達になってしまった。
名のある商家の一人娘であるらしいが、父親の名に更なる箔を付けるために立派な魔道師になるべく魔法学園に入学させられたとのこと。
彼女が髪に着けているバレッタのプレートには商会のシンボルマークが刻まれている。身分証にもなるらしく、これを見せれば少々の商権を行使出来る他、商会の影響あるお店で割引などが受けられるらしい。羨ましい。
そういう身分証なら私も持っている。師匠が生前くれた青魔銀の小さなコイン。蒼雷の弟子であることを証明してくれるらしい。特別な権限は何もないが、学園長が言うにはこれを見せれば何処でも成人と同じに扱ってくれるというもの。合法的にお酒が呑めるということだろうか。胸が熱くなるな。あと王様に謁見出来る権利というのは私にとってどうでもいい。
「…それで、メイスさん?」
「メイスでいいよ」
「さ、さすがにいきなりは…」
「呼び捨てがダメなら『聡明なる美少女メイスちゃん』でも『三国に並ぶ者無き天才魔道師メイスたん』でも『光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる美少女メイス様』でもいいよ」
「それでメイス、何処に向かっているんですか?」
「…………。…とりあえず適当に歩いてみようか」
ひたすらに長く広い廊下を二人で歩く。でかい建物は移動するだけで時間が掛かるのがたまに傷だが、その分マスケットと話せるのでこの時ばかりはありがたいと思った。
「メイスはどんな魔法が使えるんですか?」
「うん?だいたい使えるよ?」
「だいたい?すごいです! 私は水の魔法しか使えないのに」
「ふふん。師匠がいたからね~」
「何かやってみてくださいよ」
「いいよ。ではご清聴。………音響」
「…わあ、音楽が聴こえる!すごいすごい!」
「マスケットもすぐに使えるようになるよ」
……たのしい。
女の子との会話がこんなに楽しいものだとは。心が洗われるようだ。
フレイルじゃこうはいかなかったな。あいつはいつも私を子供扱いする。いやいまはフレイルはどうでもいい。あんな奴もういらない。同年代の同性の友達最高!
長い廊下にはまだ新入生たちが賑わっている。それぞれのコミュニティが作られつつあるようで、おっかなびっくり声を掛け合い思い思いに場を後にしていく。私たち二人もそのコミュニティのひとつではあるが、いまいち目的がない。
さてどこかに地図でも設置されてはいないか。そう考えながら歩いていると周りから遠慮ない視線が送られているのに気付いた。
…なんだ? 入学式で大声上げてた変人を噂してるのか? あのくらいのことすぐに流せないようではこれから毎日私に釘付けになっちまうぜ?
気にせずマスケットとのトークを楽しんでいると、一人の少年が近づいてきた。
「こ、こんにちはお嬢さんたち。よければ僕とお茶でも一緒にどうかな?」
・・・・、
…ナンパかよ。
どうやらさっきからの視線の正体はコレだったようだ。うん無理も無い。私とマスケットの美少女コンビがキャッキャウフフしてたら、そりゃ世の男どもは放っておけないだろうよ。お茶くらい一緒したいという気持ちも痛いほどわかる。
ナンパ少年はいかにもなセレブスタイルだった。赤というよりピンクに近い髪を綺麗に撫で付けている。少し面長だが整った顔立ちで育ちが良さそうだ。服装もおとなしめに見えるが、目の肥えた私には分かる、旦那さまも持ってるブランドの高級品だ。これ以上ないくらいの貴族のボンボンだな。
周りから遠巻きに見ている奴らより先んじて私たちに声を掛けてきたようだが、緊張しているのか笑顔が若干引きつっている。まぁ10歳そこそこでナンパなんて、きっと勇気を振り絞って声を掛けたに違いない。
だが断る。
「中央街の外れにお手ごろでおいしいスイーツのお店があるんだよ。あとで行こうマスケット」
「え?え? メイス大丈夫なんですかこの人?」
「だいじょぶだいじょぶ。ほら窓の外を見てごらん。おもしろい形の雲だよ。命を刈り取る形をしてる」
「まま待ちたまえよ君たち!!」
ナンパをほっといてズンズン進んでいるとうっかり校舎から中庭へ出てしまった。校舎をぐるりと回ってきただけだったな。
さっきはあまり人は居なかったが、わずかな時間で人が増えていた。いくつかのグループが芝生やベンチに座って談笑している。
「そ、そうだそちらの木陰のベンチに座ってこれからの学園生活についての談義でもどうかな? それとも昼食を同席させて貰えるならいい店を紹介するよ?」
うーんしつこいなぁ。人が見てるじゃないか恥ずかしい。
こっちはお前なんぞに関わっている暇は無いんだよ。美少女二人しっぽりとビフォアヌーンを過ごすのに忙しいんだ。ほらお前がしつこいからマスケットが怯えてしまってるじゃないか。この子は人見知りするんだ。お呼びじゃないんだよ貴族のボンボンが。私の知る貴族のボンボンというのはメロンのような母乳をむさぼる赤子のことだよ。乳臭いから近寄らないで欲しい。
「っふわ?!」
「うわ!?」
余計なものを見ないようにマスケットの方ばかり見ていると、誰かにぶつかってしまった。
「おいお前、どこ見て歩いてんだ」
うわ、しかもチンピラ風のにいちゃんだった。なんてベタな。
いやチンピラは無いか。態度から見て上級生のようだが、これがまた茶に近い金髪なもんで私にはヤンキーにしか見えない。嫌いだなこういう奴。
「ごめんなさい私の不注意でした以後気をつけますそれではお後がよろしいようで」
早口に謝罪を述べて早足で立ち去る。面倒面倒。
「待てよ。お前ら新入生だろう? ちょっと先輩に対する礼儀がなってないんじゃないか?」
………、
ナンパの次はヤンキーに絡まれる。
今日はよくよく運の無い日だな。せっかく新しい友達が出来たというのにこのままでは台無しだ。
「まったくお前らは、魔法学園に入学したばかりで調子に乗ってるんだろ。ここはそんな甘いところじゃないんだ。そこんところを、優しいこの僕が教えてやるよ」
…なぁんでヤンキーってのは、どこの世界も似たようなことを言いやがるのか。
くそ。私はただマスケットと仲良くしたいだけなのに。邪魔しやがって。お呼びじゃないんだよファンタジーヤンキーが。ぶちコロすぞヒューマン。
えぇ、コホン。
「ぁあ゛っ!? こっちぁ謝ったやろが!! そもそもおどれがヨソ見しとったんも悪いんとちゃうんけ!? なめとったらぼてくりこかすぞゴラ!!」
「ひぃっ!!?」
……マスケットをビビらせてしまった。
ちょ、そんな目で見ないでほしい。ゾクゾクしちゃうじゃないか。
しかし悲しいかな、私の美少女エンジェルボイスではさほどドスの効いた声が出ず、上級生を引かせるにはいたらなかった。
それどころか仲間を呼ばれた。
「おい、どうした?」
「ちょっとペレクス。何かあったの?」
「ああ。聞いてくれよ。こいつが僕にぶつかって謝りもしないんだ」
いや謝ったよ。しれっと事実を改竄するな。
しかし困った。仲間が増えて向こうは3人。これでは逃げられない。
「……ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ!」
言い合う私とヤンキーの間に、さっきの少年が割って入ってきた。まだ居たのか。
「ここここの二人に手を出すというなら、まずは僕が相手だ!」
しかし無理するな少年。歯の根が合ってないぞ。
「こいつは勇敢な騎士さまのお出ましだな。それじゃあ相手してもらおうか!」
「うぅぅ…」
うーん、話がややこしくなってきたな。中庭には人が多い。騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり出してるし。
ヤンキーたちもそれに気付いたのだろう。3人で何か相談を始めてしまった。
マスケットが終始怯えているので早いとこ話を終わらせて欲しい。
○
「よし。そこまで言うなら、ちょうど3対3だ。決闘にしよう!」
ヤンキーたちが提案してきたのは、3対3の勝ち抜き戦だった。
学園内で私闘というのは問題だが、両者の合意の上での決闘ならば誰にもお咎めは無いらしい。野次馬たちの観衆の下、決闘は公平に執り行われるとのことだ。公平ねぇ…。
「おい、無理するなよ? 正直余計なお世話だ」
「だだだだだ大丈夫さ、きき君たちのことは僕がままま守る!」
相手にしなければいいと思うのだが、ナンパ少年は決闘に応じてしまった。
勝ち抜き戦なので、少年が勝てば私たちに危害は無く。少年の目的は果たせる。
対して向こうは、先鋒である茶髪ヤンキーが勝てば一人で私たちを痛めつけられるという腹だろう。どうやらヤンキーはどうあっても私たちをイジメたいらしい。イジメ(笑)
「月並みだけど、僕はこの決闘に誇りを賭ける」
「ぼぼ、ぼくも同じく、誇りを賭ける!」
決闘にはそれぞれ何かを賭けるのが決まりらしい。決闘前の約束事である。大抵は今の二人のように自分の誇りを賭けるようだ。減るもんじゃないだろうから賭け易いね。
無論魔術を使っての決闘だ。言うまでも無く上級生はこの学園で魔術を学んでいる。
そして新入生である少年とマスケットは魔術を全く学んでいないだろう。
勝負になるわけがない。どう考えても分が悪いのに、少年は膝で笑いながらもヤンキーと相対する。
「……火炎弾!!!!」
「ぎゃああああああ!!!!」
結果少年は無様に負けてしまった。
一応手加減してくれてたみたいで、火に包まれた少年にヤンキー仲間のお姉さんが水魔術をぶっ掛けてくれたら、ドリフの爆破オチみたいな髪型になっただけで火傷も無いようだった。イジメられかっこ悪い。
野次馬たちから「ああやっぱり…」みたいな空気が伝わってくる。私も同じことを思ってる。出て来なければやられなかったのに。服もあちこち焦げて見るも無残だ。何しに出てきたんだホント。
……まぁしかし、少年の勇気は受け取った。
最初から私に任せておけばいいのに、などとは言わない。正直なんで前に出たのかどんな根拠ある自信だったのか疑問だが、一応私たちを守ろうとしてくれたのだ。女の前に立つ男は敬意に値する。格好つけたいがためでも。
「…うぅ、メイスぅ。…大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよマスケット。こんな奴らに私は負けない」
マスケットは不安そうだが、さっきのでヤンキーの実力はわかった。はっきり言って私の敵じゃない。
プスプス言いながら白目を向いて気絶している少年をマスケットが介抱する。保健室とかあるだろう。あとで連れてってやる。
「それで? 君たちの番だけど、まだ続けるかな?」
「ああ、私がやる」
ヤンキーの前に立つと、まさかやるとは思ってなかったのか、ヤンキーは驚いた顔をした。
「あ、ああ。それじゃあ僕は誇りを……」
「あんたの誇りなんていらない。代わりにあの少年の誇りを返してもらう」
減るもの、ではないだろう。だから賭け易い。
だがそれは、弱い者をいたぶる趣味の悪いヤンキーの話だ。
あの少年は違う。だから取り返す。
ものはついでだしね。
「…は?」
「どうなんだ? それでいいのか。駄目なのか」
「ああ。別に僕はかまわないさ。でも君が負けたら君の誇りも無くなってしまうんだぜ」
「あんたらみたいな安い誇りじゃないんだよ。こんなつまんない勝負に私の誇りは賭けられない」
私の誇りは師匠の名前だ。
おいそれと賭けていいものじゃないし、もちろんこんな最低な奴にくれてやるわけにはいかない。
そして私は絶対負けない。この誇りには傷もつけない。
「あんたが勝ったら、私の腕でも足でも好きなところを持っていくといい」
「はあっ!!?」
「それじゃ、始めよう」
大体こいつは卑怯だ。
ただでさえ新入生相手に、勝負になるわけがないのに、その上こいつは杖を持っている。挑戦者側が飛車角金落ち以上のハンデだ。馬鹿みたいだ。
しかし単純な造りの杖だな。この距離でも中身がスカスカなのが見て取れる。おそらく派生魔法も2つか3つ。せいぜいがさっきの下級魔法だろう。
まぁ油断はしないけどね。
「……飛針炎」
「う、うわあぁああ!!??」
針状の炎を飛ばす魔法を一本だけ射出して杖を狙う。見事命中。
ヤンキーの杖は燃え上がり、炭になった。
「僕のっ!!僕の杖がぁっ!!」
芝生に散らばる炭をかき集めるヤンキー。無様すなぁ。
杖も持ってない私の魔術よりファイアボールが遅いってどういうことだよ。
「よくも・・よくも僕の杖を!!高かったんだからなぁ!!!」
自分で作ったんじゃないのかよ。こんな粗大ゴミ高い金出して買うなよ。ダメだこいつ。使えねぇ。
炭を集めるのを諦めて詠唱を始めるヤンキー。
ちょ、なんの簡略化も無い素の詠唱じゃないか。日が暮れるぞ?
しかも詠唱内容がバレバレ。お手本みたいな魔法式だな。まさか本に載ってるのを丸暗記してるんじゃ、っていうかちょっと待て。
魔力が全然練れて無い。そんな量の魔力でそんなでかい魔術使ったらミイラになるぞ。危なすぎる。
しゃーない。手本を見せてやる。この調子だと詠唱が終わるまで数時間掛かりそうだし。
魔力を練る。というのは魔法を使う上で重要なことだ。
何せ魔力が無ければ魔法は使えない。
そして人間一人が持つ魔力はとても少ないのだ。
魔力の量は年齢や才能などで個人差があるが、それはあまり問題ではない。
私が持つ魔力をそのまま使えば、さっきの飛針炎なら百本そこそこ。ヤンキーの使うくらいの威力の火炎弾なら20発くらいか。爆熱光なら1発で気を失うかもしれない。
もちろん1発撃って気を失うわけにはいかない。なので魔力はよく練る必要がある。
魔力は練ると増える。
たとえば手の平や指先に種火のように少しの魔力を集中する。すると意識の集中に応じるように周りの空気中から魔力を集めてどんどん大きくなる。魔力を意識下に置くのは訓練が必要で、それも魔力の量に比例して難しくなる。自分のキャパシティを超える量の魔力は集合が綻んでしまうので、集まるそばから霧散してしまうけれど。訓練しだいで集められる魔力量も増えるし魔力が集まる速度もグングン速くなる。
ちなみに私なら指先ほどの魔力から、
「う、うわあぁ、うわああぁあぁ」
上級生達3人が腰を抜かすほどの魔力を練るのに2秒掛からない。
というか野次馬たちも距離を取り出した。まだ魔力を感じられないマスケットや新入生達はわけがわかってないようだが、このくらいの魔力なら雷を降らせることも出来る。相手は死ぬ。
雷魔術ではないが、詠唱も完了した。ヤンキーは詠唱が中断しちゃったし、これで勝負はついただろう。
「…………大開花!」
まぁ、私の初めての決闘とその勝利を飾る意味で、
学園の中庭を、足の踏み場もないほどのお花畑にしておいた。
○
治癒魔術専門の先生が待機している学園の医務室。
少年はマスケットの膝枕でとっくに気が付いていたらしく、私の魔術もその目で見ていたようだ。起きてんなら私と代われよ。マスケットの膝枕を代われよ!
「名乗るのが遅れてしまったけど、僕の名はドク。ぜひ君のことをもっと知りたい!」
気持ち悪いんだよぉ。近づくんじゃねえよ。お前に知らせることなんて何も無いんだよ。ケガが無いならさっさと帰れよ。
「スゴイです!スゴすぎですメイス!!あんなの初めて見ました!!どんな魔法なんですか?」
うふふぅ、知りたいかい? マスケットには何でも教えてあげるよ。手取り足取り夜通し朝まで。
治癒魔術の先生が言うには、さっきのようなことは毎年結構あるらしい。返り討ちにしたのは私が初めてのようだが。
学園に入学したものの落ちこぼれてしまった生徒が、新入生を狙いウサを晴らす。
さっきのヤンキーたちも2年生組の落ちこぼれのようだ。あの程度の実力が上級生の平均でなくてよかった。
「お腹が空いたなぁ。もうお昼か。そういえばドク。おいしい店を紹介してくれるんだっけ?」
「え?…あ、ああ! 是非僕に君たちをエスコートさせてよ!」
「私も!ドクって呼んでいいですか?」
「もちろんいいさ! 君たちのことも、メイスにマスケットでいいかな?」
「いいよ~。ただし私の舌を満足させる店を紹介出来たらだ」
「むむ…、ま、まかせたまえよ!」
「貴族様とお友達になれるなんて…、今日は驚くことばっかりです」
ちょうどその時にお昼の鐘が鳴りだした。
三人で連れ立ってランチへと繰り出す。
学園生活初日。友達が二人出来た。私はもうぼっちではない。
商人の娘で、少し人見知りする臆病な女の子、マスケット。
貴族の末子で、頼りないが責任感のある男の子、ドク。
この三人で、新しい生活が始まる。




