第十六話 貴婦人クリス
明けて翌日。
今日からいよいよ仕事の始まりだ。
一ヶ月後には学校が始まるので、それまでに仕事を覚えておきたい。
「これなんかどうかしら? きっと似合うわ」
「えぇと、奥さま?」
朝から奥さまの衣装室で仕事着を合わせてもらう。
30畳ほどの衣装室には唸るほどの服が仕舞われていて、その奥の方に仕舞われた奥様の幼少時の服から仕事着として使えそうな物を選んでくれるらしい。
仕事着を選ぶはずなのだが、最初は何処の舞踏会に殴りこむのかというようなド派手で馬鹿でかい(特に胸部が)ドレスを出された。奥さまが10代の頃着ていた服らしいが、私はこんな服に袖を通したくはない。きっと理不尽に惨めな気分を味わう羽目になるだけだ。
次に奥さまが出したのは、私と同じ10歳だった頃の服。青い丈夫な生地で飾り気はほとんど無く、こちらは仕事着としても使えそうだ。
が、いざ着てみるとやはり全然丈が合わなかった。もちろん胸囲も。奥さまの「あら~、心配しないで、あなたもすぐに大きくなるわよ」という言葉が私の平らな胸に刺さり、理不尽に惨めな気分を味わった。
私の身体は(胸はともかく)この5年で少しは成長している。
…だが、少しだ。
10歳の女児の平均身長なんて知らないが、5才から10歳というのはもっと竹の子のようにぐんぐん伸びてもいいのではないか。
すぐにお花摘みを許してもらい、トイレには向かわずに旦那さまの執務室に入る。
ちなみに旦那さまは今日はお城に出掛けてて留守だ。
執務室の椅子に乗り、壁の剣に触れる。
「おい、どうなってるんだ!」
『今日はなんの話だ』
「すっとぼけんな! 私の身体の話だ!」
『私がお前の身体のことなど 知るわけがないだろう』
「じゃあなんで私の身体は5年経ってもロクに成長してないんだよ!胸なんかまな板ほども無いよ!奥さまに生温かい目で見られたよ!」
『私に言われても困るが お前の身体は願いによって「小さな女の子」にされている 何年経とうがその括りから外れる事はない』
「なん…だと…?」
『そう願われたからそうなったとしか 私は知らん 責任を私に求めるのは不当だ
だからやめろ 魔術で作った酸性水を注ぐのをやめろ 溶ける』
絶望する。私の身体にはロリコン年増の呪いが掛けられていた。
剣に当たって多少発散したが、大幅テンションダウンで奥さまの衣装室に戻る。
奥さまはそんな私に構う事なく、ハイテンションで次々と服を選んでいく。そこからはもう奥さまによる着せ替え人形メイスのファッションショーだった。
「よく似合っているわメイス。ドールハウスに飾っておきたいくらい!」
「はぁ、ありがとうございます…」
そう言って着せるのは奥さまが初めての舞踏会で着たというフリフリドレス。
…もう好きにしたらええと思う。
○
結局奥さまは、手持ちの服では満足出来ず。買い物に出かけることになった。どっちにしろサイズが合う服が無かったというのもあるが。
邸は首都の中心部、城にほど近い中央街にある。その外側に一般住宅街があり、一番外側には商業の街がある、というのが首都の大雑把な造りだ。
服飾のお店も外側の商業街にあるが、奥さまのような貴族が利用する高級店は中央街のいくつかの広場に揃っている。
私はとりあえずいつもの自前のローブに着替えて奥さまの後を着いて行くが、奥さまは微妙な顔をしていた。
私の一張羅なんだ文句は言わないで欲しいという態度をとっていたら、奥さまも何も言って来なかった。
「ふふふ、まるで娘が出来たようだわ」
奥さまは基本的に機嫌がいい。
私がカトラスの髪を染められると言ったときなど、子供のようにはしゃいでいた。
「まさかこうやって子供たちと一緒に買い物に出掛けられる日が来るなんて」
「・・・・・」
カトラスは乳母車の中ですやすやと眠っている。私は起きないように気をつけて、ゆっくりと車を押しながら無垢な赤子を見る。
とりあえず奥さまと同じ銀髪に染めておいたので問題ないが、黒髪のままならこうして気軽に出掛けることもできなかっただろう。
「こんな幸せな気分は初めてよ。私病気が治って本当によかったわ。あの人は少し後悔しているようだけど、私はあの剣に感謝している。幸せすぎて怖いくらい」
あの剣がなければ、奥さまは出掛けるどころか生きてもいない。カトラスも生まれなかった。
そう考えると、やはりあの剣を憎めないな。
旦那さまが後悔しているわけはない。あるとしたら慙愧の念だ。
自分への戒めの意味もあるだろうし、少しの感謝も無ければあんな大層に自分の執務室に剣を飾るわけがない。
私は貴族に偏見を持っていたが、この人たちにはまるで嫌味を感じない。まだ会って間もないが、この人たちは間違いなくいい人だ。
私は出来るだけこの人たちをサポートしよう。
そして来たるべき日に事情を話し、剣を使わせてもらおう。
…あと早いとこ借金を返そう。
「あぶない!!!!!」
突然の声に目を向けたときには遅かった。
私がぼけっとしている間に、少し先を歩いていた奥さまが大きな馬車に轢かれていた。
「お、奥さま!!!!」
うつ伏せに倒れている奥さまに駆け寄る。
なんということだ。私がぼーっとしている間に奥さまが!!
すぐに治癒魔術を!!
「あ~、びっくりしたわ」
奥さまは何事もなかったかのようにひょっこり起き上がった。
身体にどこも異常はないようで、2、3度スカートについた土を払うと、集まってきていた野次馬を見て「おほほ…失礼」なんて頬を赤く染めた。
なんだぎりぎり轢かれてなかったのかよかったよかった、と野次馬たちは解散したが、奥さまの背中にはくっきりと車輪の後が残っていた。
一応治癒魔術を施した私はカトラスを奥さまに任せ、邸に忘れ物をしたと言って執務室へ。
「おいコラ、どうしてこうなった!」
『今度はなんの話だ』
「すっとぼけんな! 奥さまの身体の話だ!」
『私がクリスの身体のことなど 知るわけがないだろう』
「じゃあなんであんな不死身のパーフェクトソルジャーみたいになってんだよ!むせるわ!お前以外に原因があってたまるか!」
『私に言われても困るが クリスの身体は願いによって「病気も怪我もしないように」されている 人間として限りなく死に難くなっているのはたしかだな』
「なん…だと…?」
『そう願われたからそうなったとしか 私は知らん 責任を私に求めるのは不当だ だからやめろ 魔術で硫化水素を精製するのをやめろ 貴金属部が変色する』
唖然とする。奥さまは夫によって改造超人にされていた。
急いで奥さまの元に戻る。奥さまはカトラスのベビー用品を見ていたらしく、すでに塔のような荷物を片手でゆらゆらと器用に持ち上げていた。
「ごめんなさい。覗くだけのつもりが、ちょっと買い過ぎてしまったわ」
「…………」
まぁ今の奥さまは人生を謳歌しているようだし、いいか。
どうやって持ってるんだアレ?
というか、どうするつもりなんだこの荷物・・・。
○
とりあえず荷物は近場の店に預かってもらった。買い物が終わったら何回かにわけて邸に運ぶとしよう。着せ替え人形よりはまともな仕事だ。
気を取り直して服飾店に入る。
奥さまは店に着くやいなや、信じられないほどの手際で店内の服をかき集めていった。
私は試着室に放り込まれた。
「店員さん奥に仕舞ってある服も全部出しておいて頂戴。そっちの人はこの子の着替えを手伝ってくれるかしら。あなたは赤ちゃんを見ていて頂戴」
「あの…、奥さま?」
心なしか奥さまの鼻息が荒い。
「何も心配することはないわメイス。あなたはただそこに立っているだけでいいのよ。まずはこの服を着なさい。その次はこっちのドレスね。
何をしてるの店員さん、グズグズしてないで早く準備して頂戴」
意見する余地もなくローブを剥ぎ取られる。
帽子は、とんがり帽子は師匠の形見なので大切に扱ってください。あと肌着はNGです。背中にドぎつい傷跡があるので恥ずかしいです。
店中まるごと服を着せられるのかという勢いだった。やはり私の仕事というのは奥さま専用リカちゃん人形だったらしい。
「これとこれとあとこれを貰うわ持ち運び易いように包んで頂戴。
メイス!次に行くわよ!」
50着近く着替えさせられた私はぐったり目を回しながら奥さまに引き摺られ、次の店でもまた同じように数十着と服を着替えさせられていく。
私は終始されるがままだったが、はたと気が付くと奥さまの手には黒い紐のようなものが。
「メイスこれも穿いてみて南の街のブランドの新作よ私のお気に入りなのきっと似合うから私が保証するわだからいますぐにこれを穿くのよ……」
「…奥さま目が恐い」
やめて! 下着はいいですから! いま穿いている物で十分ですから! 私ドロワーズ派ですから!
にじり寄る奥さまから最後の砦だけはなんとか死守する。危なかった。何かが終わってしまうところだった。
○
そんなことを十数店ほど繰り返し、買った服がもう持ちきれないほどになった頃には昼の鐘が聴こえてきた。
「あら、もうお昼なのね。メイス、昼食にしましょうか」
「はい! すぐにでも!」
即答。とにかく一刻も早くこの無間地獄から解放されたかった。
邸に戻って昼食を作るのかと思ったら、外食で済ませるらしい。
しかしこの人、湯水のようにお金を使うな。貴族ってこんなもんか?
レストランが立ち並ぶ広場に出る。見るとどの店も裕福層の人達で賑わっているようだ。
「この店に入りましょう」
奥さまは迷い無く一つのレストランに入った。きっと行き着けのお店の一つなのだろう。
奥さまに続いて店内に入る。ここも盛況だったが、奥さまが店内に入るとすぐにウェイターが飛んできて奥の目立たないテーブルに通された。
何事かと思ったら、赤ちゃんがいるので気を使ってくれたようだ。
想像していたような華やかな印象はない。東の街のレストランと比べたらやはりこちらの方が上だと思うが、落ち着いた内装だ。私は何故か落ち着かないが。
どうやら私に合わせて店をチョイスしてくれたようだ。「肩肘張る様な店ではないわよ」と奥さまは言うが、しかし私はどうも苦手な雰囲気だった。
「いらっしゃいませ。本日はどのように?」
「この子にメニューを。それと煎豆茶を二つ」
「かしこまりました」
ウェイターが滑るような動作で応対してくれると、コーヒーとメニューが運ばれてきた。早ぇ。
奥さまがムズがるカトラスをあやしている間にメニューを見る。
値段が書いてなかった。
やっぱりそういうレベルの店じゃないですかー! やだー!
ガクガク震える指でサンドウィッチらしきものを頼んだが、私の緊張は一層激しいものとなった。
よく見ると周りのテーブルの裕福層も、服装こそ落ち着いて見えるが装飾品がとんでもなかった。私の目玉くらいの宝石を着けている人もいる。誰も彼もトップセレブだった。
まさかとって食べられるわけはないが、猛獣の檻に入れられた兎みたいな気分になってしまう。少し間を置いて運ばれてきたサンドウィッチを食べ終えるも、味なんか全然わかんなかった。
奥さまは、なんかの小さな肉のローストとサラダを食べ終え、
「たまにはこういう食事も悪くないわね」
と微笑んで、奥様は、お会計に金貨を支払いお釣りを貰わなかった。
……聞きたくない。いつもはどんな食事をしているのか、私は聞きたくない。
○
カトラスの昼食も終わるとすぐにスーパー着せ替えタイム再開。
…殺される。圧倒的服飾に殺される。
もはや奥さまは私の仕事着という目的も忘れ、ひたすら目に付いた服を私に着せるためのマシーンと化してしまっていた。
このままでは身が持たない。誰か助けて。
本日30軒目の服飾店を出て奥さまにグッタリ引き摺られていると、通りの向こうに見慣れた顔の騎士が歩いているのが見えた。
「……フレイル! フレーイル!!たっけてーー!!」
フレイルが振り返る。私は奥さまによって赤を基調としたゴスロリ服を着せられ第5ドールの様な有り様だったが、気付いてくれたようだ。
だが、こちらに歩いてくるフレイルを見て、周りの人々がにわかにざわめき出した。
あっという間にフレイルは人だかりに囲まれてしまう。どうなってんだ。
人だかりは女性層が多い。というか全員女性だった。
「フレイルって・・・、もしかして騎士フレイル様!?」
知っているのか、○電!?
騎士フレイル――その源流は正直どうでもいい。
奥さまの目は、ハートに変わっていた。…あぁもういいよ。フレイルがイケメンだから婦女子のファンが多いことは予想してたよ。
人だかりの一人一人に握手をせがまれ、それを全て終えるまでたっぷり30分。息も絶え絶えにフレイルがこっちに来た。いっそ息絶えればよかったのに。
「ごめんごめん。街を歩いてるとたまにこういうことになるんだ。ちょうど君に会いに行くところだったんだよ。
聞いたよメイスちゃん! 商会の建物を破壊して無一文になったんでしょ?
首都に着いたその日からいきなり前科持ちになっちゃダメでしょ! 僕の権限でうまく言ってなんとか取り消してもらったけどさ!
公爵様のところで働くことになったのも聞いたよ! なんですぐに僕のところに来なかったんだい?
僕も今朝他の騎士から聞いたばかりだけど、心配したんだよ!」
数日ぶりに会う友人はいきなりぎゃーぎゃーうるさかった。
わかってるよ悪かったよ。そして前科消してくれてありがとう。フレイルってどのくらい偉いの?
「メイス・・あなたまさか・・・騎士フレイル様のお知り合い・・・?」
奥さまは、なんか小刻みに震えていた。
奥さまもフレイルのファンなのだろうか。
「えぇまぁ、知り合いというか、友達です」
「はじめまして。公爵ギロチン様の奥方、クリス様とお見受けします。
自分は王立騎士団直属部隊所属特別上位騎士フレイルであります。
私の友人がお世話になっていると聞き、馳せ参じました。
以後、お見知りおきを」
ざっと姿勢を正して直立、びしっと敬礼するフレイル。
おぉ、なんか本物の軍人みたいじゃないか。どうしちゃったんだフレイル。
まぁ本物の軍人だけどさ。
奥さまはそれを見て、口をぱくぱくさせては何を言うでもなく、両手を宙に漂わせては何を掴むでもなく、最終的に私を見た。
「えっと、奥さま? 私の友達のフレイルですが…」
「あなた……フレイル様と友達なんて……、
なんでもっと早く教えてくれないの!!!!!!!!」
……いや、そんなこと言われても。
「お、奥さま? 声が大きいです。もうちょっと声を…」
「騎士フレイル様よ!? 2年前に突如騎士団に現れた青の国の星!!東の街という辺境の常駐騎士でありながら、新聞に彼のニュースが載らない日はないわ!!圧倒的な女性支持を持ちながら一切気取らないその姿勢はさらなる人気に拍車を掛け、留まるところを知らない!国境を越えて三国全てにファンがいるのよ!!去年の式典では彼を一目見るために例年の倍以上の女性達が会場に殺到したわ!もちろん私も!!そんな国を挙げてのスーパースターとお近づきになれるなんてわああああああああ!!!!!」
くぁwせdrftgyふじこlp、と意味不明な声を上げてテンパる奥さま。駄目だこの貴腐人、早く何とかしないと…。
とりあえずまた人が集まってくる前に移動しよう。どうやらフレイルの人気は、私の考えている数段上のものだったようだ。
どうでもいい・・・、では済みそうにないなぁ。
○
フレイルにも荷物運びを手伝ってもらい、邸に帰ることにする。
奥さまは「あぁどうしましょうあのフレイル様がうちに来るなんて、もしも間違いがあったら主人になんて言えばいいのかしら」などと終始ソワソワして落ち着かない様子で後方やや離れた位置を歩いている。
色々な意味で危なっかしいのでカトラスの乳母車は私が押す。あぁカトラス、お前のお母さんは危なっかしい人だよ。あんまり見ちゃダメだよ。
「フレイルは騎士の仕事はクビになったの?」
「…なんでまずそんな発想なの?お昼休憩とかもっとまともな理由が先でしょ。
今日は訓練が中止になって休みだったんだけど、北の牛飼いの村で魔物が出たって話らしいから、北門で自主待機してたんだ。でもそこでメイスちゃんのこと聞いて、昼から抜けさせてもらって来たんだよ。元気そうで安心したけどね」
あぁそっか、そもそもフレイルは定期訓練で首都にいるんだった。
この世界において、騎士というのは一般の兵士を含む。
有事の際に傭兵として雇う人以外は、この国で働くほぼ全ての兵士は騎士ということになる。
一応王様に忠誠を誓ったりもするらしいが、数十人単位の宣誓で形だけのものらしい。儀式的なものは何も無く、なんか主君が剣を肩に置いたりだとかもしない。
私の常識とは随分違うようだ。
フレイルの立場も曖昧だ。
フレイルは王立騎士団直属部隊の所属らしい。初耳だよ。
王立騎士団とはこの国の軍隊だ。直属部隊というのは王の近衛の役割だが、要はこの国の軍隊の第一部隊ってことだ。
しかしフレイルの配属は東の街。東の街の常駐騎士がフレイルの仕事である。
「直属部隊所属って言っても、僕は特別に上位騎士にされてる立場だからね。名ばかりさ。そもそもBランクの僕がそんなところに所属してるのが特別だよ。僕は基本的に自由にさせてもらってるし、全然実感無いんだ。
特別上位騎士っていうのも国のイメージ向上のため、とかいって式典とかで挨拶とかさせられるだけだよ。新聞記者に張り付かれたりもするけど」
「へぇ、そういえば前にも東の街でインタビューされてたな」
顔がいいばかりに、色々と苦労もあるようだ。
同情はしない。
「私が知らない間にすっかりアイドル気取りか。いいご身分だな」
「話聞いてたメイスちゃん? あくまで騎士団の意向であって僕はそんなつもりじゃ…」
「ふん、どうだか。さっきも婦女子に囲まれて鼻の下が伸びてたぞ?」
「いやまぁ…、たしかに悪い気分じゃなかったよね~」
…この野郎。
「あらあら、メイスもフレイル様のことが大好きなのね。
私と話しているときとは大違い。自分を出してるって感じだわ。
嫉妬しちゃって。かわいい!」
後ろを歩いていた奥さまが背後からヌッと顔を出してきた。
……どうやら奥さまはとんでもない勘違いをしているようだ。
失礼してしまう。私が男を好きになるものか。
勘違いしないでよね!あくまで友達として付き合ってやってるだけなんだからね!
「奥さま…、私とフレイルはただの友達であって、私はそんな……」
「あらあらあら今度は赤くなっちゃって、ますますかわいいわ~寝室に飾っておきたいくらい」
「ちょ!私は赤くなってなんか!!」
なっていない。ちょっと熱っぽいだけだ。
なんで熱っぽいんだ? 頭に血が上ってるからだ。
なんで頭に血が上っているのか?
それはフレイルが……、
・・・いや、違う。
違う。そんなわけが無い。
私は違う。そんなわけがないんだ。
二人してそんな目で見るな!
「怒っちゃったかしら? フレイル様、何か言ってあげて」
「あ~っと、メイスちゃん、こういう話は君にはまだ早いんじゃないかな~って・・・」
だまれ恋愛敗者!どの口が言う!!
「……先に邸に戻ってお茶の用意をしておきます」
そう言い残して、足早にその場を去る。
おかしいと思わなかった。
疑問に感じられなかった。
胸が小さいことへの劣等感。
かわいいと褒められて嬉しかった?
なんだよドロワーズ派って。
今日のことを思い出しただけでも疑問を感じるべきところはいくつもあった。
…いつからだ? 私はいつからこうなっていた?
「どうしてこうなった。どうしてこうなった」
『今度はなんだ 顔が赤いが何かあったのか?
何かあったのならそう願えばいい たちどころに解決してやろう
だからやめろ 高温と低温を交互に当てるのをやめろ ひびが入る』
「私の身体について質問があります」
『何故いきなり敬語なのだ』
「身体というか心だ。お前私に何をした?」
『言葉の意味がわからんが 私はお前を「小さな女の子」にしただけだ。
私が叶える願いはひとつだけ しかもこの身は剣だ お前にはそれ以外の何もしてはいない』
「すっとぼけんな! こちとらジェンダーの危機なんだよ!!」
『ジェンダーも何も お前は正しく「小さな女の子」だ
それ以上でもそれ以下でもない
それ以前のお前 異なる世界の成人であるお前は もうどこにもいない
この世界の普遍的な意味での「小さな女の子」に変えられた
もう一度言うが お前の存在は余すところ無く全て 「小さな女の子」になっている』
「………な……ん……だと?」
それは・・・・、
それは、僕はもう完全に女の子になってしまっていると?
身も心も、完璧超絶絶世の美少女になってしまっているということか?
『そこまでは言っていないが お前を変えたのはサイの願いだ サイが望むままのカタチに願いは成就された』
「元に戻す方法は?」
『私にそう願えばいい』
…だと思ったよ。
……くそっ、ロリコンの呪い恐るべし!
その願いを叶えるのは、地球に帰る算段がついてからだ。
こんなくだらないことで貴重な奇跡を使うべきではない。
『どうした? やはりまた保留にしておくか?』
「あぁ、そうしてくれ」
…はぁ、どうしよう。
こんな完全無欠の美少女のまま精神が壊れてしまったら、私はメインヒロインになってしまう。メイスルートを攻略されてしまう。
『ふむ 願いの作用か この順応力は興味深いな』
「ふん、いちいちヘコたれてたらやってられるか。この姿になってからこっち、色々あったんだよ…」
そうだ。色々あった。人生を諦めてしまったこともある。
この程度の問題など、問題にもならない。
今回の問題は、どうやらフレイルにフラグが立ってるっぽいことだ。
私はフレイルなんぞに攻略されるつもりはない。
ならばこれ以上、フラグが立たないように、恋愛度が上がらないようにすればいい。
早い話が、フレイルと会わなければいいのだ。
………また、ぼっちになればいいのだ。
こちらは閑話です。
「十六話と十七話の間くらいの話」
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